甲子園に快音が響く。嫌な空気を切り裂く一撃だった。9月4日の中日戦。いきなり守備のミスから1回表に2点を失った。相手は小笠原。苦しい展開は避けられない。ベンチもスタンドも、そう感じた直後だった。
裏の攻撃で近本、中野が連打。ここで打席に入った3番森下。小笠原の見送ればボール気味の外の高めストレートを右中間にライナーで打ち返した。同点の二塁打…。これをベンチで見届けた監督の岡田彰布は、胸の中でうなった。「ようなってるやろ。ホンマ、ええバッティングが続いているもんな」。
この同点打で形勢は一変。一気の6点攻撃を生むポイントになった。これぞ森下の成長だ。めったに褒めない岡田が笑いを浮かべながら、森下を称賛した数日前を思い出した。
負けられぬ戦いの中、岡田が森下の打撃に触れた。「ようやくやな。いまはホンマによくなっているわ。バットがレベルに出ているもんな。ここに来るまで時間がかかったけど、これで自分のもんにしたんやないかな」。こちらが「森下はどう?」と軽く尋ねただけなのに、岡田の口から森下談議が長く続いた。
ルーキーだった昨年、ほとんどいじらなかった。1年目はこれまで通りにやらせる。長所を優先しての育成。だが2年目は違っていた。打席で力みが目立ち、力任せに下からしゃくり上げるようなバッティングを指摘した。特にバットが出てくる角度がポイントだった。レベルスイングへの意識を持たせた。
それでもこの2年目の若者は「わかっているのかどうか」(岡田)、いろいろな方法を自ら取り入れた。何種類ものバットを試し、迷いが目に見えてあった。
「そら、悩むのもいいし、試すのもええ。そこで、いかに自分に合った打法を身につけるかよ」。シーズン途中に2軍に行かせた。サジを投げかけた時もあったが、森下は自らはい上がってきた。
試合前の練習中。森下の打撃練習を見つめながら、岡田は言った。「打球の質が変わったからな。バットの出がいいから、強い打球を打てるようになった」とし、「これで自信もついたやろ」と手放しで褒めた。褒めない監督の最大級の褒め言葉が並んだ。
昨年は勝負強さが際立ったけど、実際は規定打席には届かず、打率も2割3分7厘。打点も41とイメージ先行の成績で終わっていた。それが今シーズン、途中に遠回りがあったものの、9月4日時点で打席数は440。5日のゲームでシーズン通しての規定打席数に到達する。さらに打率は2割6分4厘。打点も61、本塁打は12本。すべてに昨年を上回っている。
4番と5番が時に入れ替わるなどもあったが、3番森下は今後も不動。そう岡田は決めているはず。近本、中野の1、2番が左打者で、余計に右打者の3番は重要になっている。そこに森下がいる。このままの成長曲線を描けば、残り試合も得点力はさらにアップする。それだけの期待感が森下のスイングにあふれている。【内匠宏幸】(敬称略)(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)