【西武糸川亮太】2度抹消眠れず「自分に嫌」も脱ネガティブへ割り切った/ 連載67

西武ドラフト7位ルーキーの糸川亮太投手(26)が、眠れぬ夜を過ごしました。即戦力として開幕1軍の座をつかむも、再調整で2度の降格を経験。2軍戦では防御率1点台と安定した成績を残し、再昇格に向けて投球に磨きをかけています。自らの性格を「ネガティブ」と表現する右腕が、苦しかった日々を振り返り、未来に向けて前向きに語ってくれました。

プロ野球

◆糸川亮太(いとがわ・りょうた)1998年(平10)4月30日、愛媛県生まれ。中学時代は硬式の川之江ボーイズ所属。川之江では3年春の県大会で優勝。甲子園出場はなし。立正大では2年秋に神宮大会で優勝に貢献。卒業後はENEOSに入社し、22年都市対抗野球で日本一。23年ドラフト7位で西武入団。プロ1年目の今季は開幕1軍入り。3月31日楽天戦でプロ初登板を果たした。170センチ、78キロ。右投げ右打ち。決め球はシンカー。今季推定年俸950万円。

3月31日の楽天戦に延長11回から1軍初登板も敗戦投手に

3月31日の楽天戦に延長11回から1軍初登板も敗戦投手に

「ファームでは成績も悪くない」

――ファームで経験を積んでいますが、現状はいかがでしょうか

ファームでは成績も悪くない(7月16日時点で20試合、防御率1・42)ですし、いい感じには投げられてるので。それをどうやって1軍でそのまましっかり出せるかっていうところが、自分の中で一番の課題かなっていうのは。

上(1軍)で投げるってなった時に、やっぱりどうしても気持ち的に、力でバランスを崩してってなってるので。そこをなんとか、メンタルもあると思うので。

そこをどうやって、いつも通りじゃないですけど、そういう力を生み出すことはできるのかっていうところをやってます。

――1軍で投げるということはものすごく力んでしまう場所

僕はやっぱり「結果を出さなきゃ」って思いすぎる部分もあると思う。そこで一つ力んでバランス崩してっていうのを繰り返してるので、そこをなんとか。

西武から7位指名され、ENEOSの大久保監督と握手

西武から7位指名され、ENEOSの大久保監督と握手

ENEOS時代「途中からめっちゃ優しく」

――社会人ENEOS時代もピリピリする場面は経験してきましたが、それとはまた違う感覚でしょうか

僕、社会人の時も結構そういう必要以上に力んでっていうことは結構あったので。それを社会人の時の(ENEOS)大久保監督にも言われてますし、そこがまだしっかりできてないと感じてますね。

――大久保監督は近鉄で捕手で活躍されました。捕手目線からどんな指導を受けてこられましたか

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野球

黒須亮Ryo Kurosu

Tokyo

1998年5月、茨城県古河市出身。23年入社。古河三高から2浪の末、「おもしろそうだから」という理由で出願した立大文学部キリスト教学科に入学できた。ゼミは「キリスト教音楽論」。立大野球部ではDeNA中川颯投手が2学年上、楽天荘司康誠投手が同期。リーグ戦出場には遠く及ばなかったが、現在プロや社会人野球で活躍されている選手やマネジャーと過ごした4年間は貴重な時間だった。趣味は母がオペラ歌手だった影響から舞台観劇。また、幼少期からMLBが大好き。24年5月にドジャース大谷翔平投手と同じマットレスを購入するなど、とりあえず形から入る。