#06
藤浪小道具 関慶人
――小道具にはどういったものがあるのでしょうか。
関 「出道具」と「持ち道具」があります。「出道具」は舞台上に出ている小道具のこと。「持ち道具」は俳優が手にするものです。よく「大道具と小道具の違いはなんですか?」と質問されることがあります。簡単に言うと、俳優が触れないものは大道具、触れるものは小道具です。例えば、『一谷嫩軍記熊谷陣屋(いちのたにふたばぐんきくまがいじんや)』で主人公・熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)が首実検の際に用いる制札(せいさつ)は、俳優が触れるものなので小道具です。でも『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』に出てくる柵の中にあるような制札は、大道具といった具合です。
――舞台では、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
関 現在100人ほどの従業員がいますが、「刀剣部」、「工作部」、「管理部」の3つのセクションがあります。刀剣部は、刀や槍など木工や竹を扱う部門。工作部は『番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)』で使われるお皿や料理から、駕籠(かご)などの乗り物や鎧も作ります。管理部はこれらすべてを管理します。小道具は同じ種類のものであっても、色や形によって用いられている場面の状況が異なります。「行燈(あんどん)」一つとっても、木枠が朱色であれば設定は吉原、黒色であれば大名の家であることを表します。溜塗(ためぬり)とよばれる茶色い行燈は、芝居が上方(かみがた)で生まれたことを意味します。大道具との調和を取り、物語の世界にスーッと入っていける手助けをする。それが小道具の仕事だと、思っています。
――先日伺った倉庫には見渡す限りの小道具がありました。
関 そうですね。私たちは、とにかく「ないものは全て作る」。倉庫には「ぼて」と呼ばれる、演目で使用する小道具の一式が詰め込まれた木の箱が、並んでいます。これを「決まり」といい、「ぼて」さえ持っていけば、どこでも芝居ができます。長さや重さ、幅などにこだわられる俳優もいらっしゃるので、「決まりもの」と呼びそれぞれ管理をしています。一つひとつの物が、名優がこれまで手にし、芝居をしてきたものばかり。プライスレスで価値が付けられない財産ですね。
――それらが、舞台上に現れるまでにどのような準備がされるのでしょうか。
関 前月の20日前後に、衣裳や小道具などの担当者に、配役が書きこまれた「附帳(つけちょう)」と呼ばれる和紙でできた小冊子が配布され、ここに各担当者が必要なものを書きこんでいきます。ですが、配布を待っていては舞台の仕込までに間に合いませんので、お客様が手に取るチラシに演目が出た段階で準備を始めます。 小道具の場合、一つの演目に対して点数があまりにも多いので、「附帳」に書ききることができません。そこで、藤浪小道具独自の「附帳」を各月の担当者が作り、必要な道具を全て書きだしていきます。これを基に会社の各部門の代表者4~5名が集まり、公演について社内で検討をします。例えば「三月大歌舞伎」の『女鳴神(おんななるかみ)』は、歌舞伎座での興行が実に27年ぶりです。27年前に出演されている俳優はいらっしゃいませんし、出演する俳優本人も初役(はつやく)なので、事前に「聞き合わせ」をしてお話を伺います。『勧進帳』などの何度も公演をしている演目ですと、関係者が集まればあっという間に芝居が組み立てられていきます。これは、歌舞伎ならではの凄さだと思います。
――「聞き合わせ」ではどういった内容を打ち合わせされるのでしょうか。
関 歌舞伎は、基本的には演出家がいませんので、主役の方がやりやすいようにイメージを伺います。特に若い方には、「どなたに習うのか」と伺います。実はどなたに習うかによって、小道具が微妙に異なってくるからです。『弁天娘女男白波(べんてんむすめめおとのしらなみ)』の弁天小僧が用いる煙管(きせる)には、ぜひ注目してください。煙が出るほうを「雁首(がんくび)」というのですが、これには2種類あります。ツルッと表面が滑らかな「のべ」、小さな刻みが入った「千段巻(せんだんまき)」です。音羽屋は「千段巻」を使用しますが、中村屋の場合は「のべ」を使用します。「三月大歌舞伎」では、幸四郎さんは中村屋の形を継承されておりますので「のべ」を、猿之助さんは「千段巻」を使用されています。一方、夜の部『盛綱陣屋(もりつなじんや)』は王道中の王道の作品で、家によっての違いもありません。当たり前のように間違えずにちゃんと準備をすることもまた、大切な仕事です。
つづく