“世界最強のトリデンテ”の崩壊、宿敵に喫した屈辱的大敗、新星の長期離脱、独立運動を巡る争い、卑劣なテロリズム……。2017-18シーズンがスタートした頃、バルセロナというクラブ、そして街は、黒く暗い雲に覆われていた。―しかし、決して“闇”に支配されることはなかった。変わらず違いを見せるエース、復活を遂げた主将、そして、謙虚で柔軟な新指揮官という“光”に導かれ、バルサは新しい時代を迎えようとしている。
文=工藤拓 写真=ゲッティ イメージズ
[ワールドサッカーキング 2018年5月号]
混迷を極めた17-18シーズンの船出
「来シーズンは我慢の1年になる」
ラ・リーガではレアル・マドリードの後塵を拝し、チャンピオンズリーグではユヴェントスに2戦合計3-0の完敗を喫した。失意の1年となった昨シーズンを終えた時点では、多くのバルセロニスタがそう覚悟していたことだろう。
先発の顔ぶれは2年前のCL優勝時からほとんど変わらず、新たに加わった控えメンバーは誰一人として主力組の立場を脅かすことなくベンチを温めるばかり。結果としてコパ・デル・レイの1冠のみで“ラストシーズン”を終えたルイス・エンリケは、疲れ切った表情で「このタイミングでの退任は私にとってもチームにとっても素晴らしいこと。悲しみはない」と言い残し、3年間のサイクルに終止符を打った。
不動の3トップを維持しながら、いかにチームを進化させるか--。後任のエルネスト・バルベルデに課せられた課題も、当初はL・エンリケが取り組んだのと同じものだった。
しかし、間もなく状況は一変する。予期せぬネイマールのパリ・サンジェルマン移籍により、チーム構想の変更を余儀なくされたからだ。
ネイマールの電撃的な移籍がもたらした動揺は、レアル・マドリードに2試合合計で1-5と大敗したスーペルコパ・デ・エスパーニャで形となって表れた。試合後、ジェラール・ピケは「マドリードが自分たちを上回ったと感じたのは、この10年間で初めてのことだ」と完敗を認め、セルヒオ・ブスケツは「チーム刷新のためには補強が必要」と危機感を口にした。
その後クラブは左サイドの補強を急務としてフィリペ・コウチーニョやアンヘル・ディ・マリアの獲得を急ぐも、最終的に獲得できたのは若いウスマン・デンベレだけだった。しかもそのデンベレはチームになじむ間もなく、負傷によって早々に離脱してしまう。
それらに並行して、クラブの周囲ではジョゼップ・マリア・バルトメウ会長の辞任を求める不信任投票が行われ、ランブラス通りではテロ事件が勃発し、カタルーニャの独立を巡って警官隊の暴行事件が起きるなど、非常事態が相次いだ。
バルセロナの17-18シーズンは混乱極まる船出となった。
新生バルサを支えたバルベルデの柔軟な采配
それが、だ。シーズンも残り2カ月を切った現在、バルサはCLでは準々決勝でローマに苦杯を喫したものの、2冠に向けて順調に歩みを進めている。
ラ・リーガでは、取りこぼしを繰り返すレアル・マドリードを尻目に、シーズン序盤から独走態勢を確立した。12月末には敵地でのエル・クラシコを3-0で快勝し、年越しすら待たずして最大のライバルをタイトルレースから蹴落とした。その後、追いすがるアトレティコ・マドリードに一時は勝ち点4ポイント差にまで迫られたが、第27節の直接対決を1-0で制した時点で決着はついたと言える。
その後もバルサは第30節まで無敗を維持し、レアル・ソシエダが78-79シーズンから79-80シーズンにかけて樹立した「リーグ戦38戦無敗」の記録まであと1試合と迫っている。
その勢いはCLの舞台でも変わらず、グループステージではイタリア王者を相手に昨シーズンのリベンジを果たし、決勝トーナメント1回戦では難敵チェルシーを撃破。コパ・デル・レイでもセルタ、エスパニョール、バレンシアを下し、セビージャとの決勝では5-0の大勝でクラブ史上初となる大会4連覇を成し遂げた。
シーズンの幕が開けた当初、不穏な空気に包まれていたバルサは、いったいなぜ安定して勝ち星を積み重ねることができたのか。その最大の要因は、温厚な常識人として知られるバルベルデの柔軟かつ的確な采配にある。
ジェラール・デウロフェウ以外にサイドアタッカーがいなかった開幕当初、バルベルデは左サイドではプレーできないデウロフェウを右ウイングに配置し、左には固定のウイングを置かない左右非対称の4-3-3を考案した。
このシステムには守備時に左サイドをカバーするタスクを担ったルイス・スアレスがゴールから離れがちになるデメリットが生じたものの、ウイング不在の左サイドではジョルディ・アルバの攻撃力を最大限に引き出す効果をもたらした。
その後、デウロフェウが不安定なパフォーマンスを繰り返し、新加入のデンベレもケガで失ったことで、バルベルデは伝統の4-3-3に固執せず、MFを1人増やした4-4-2をベースに戦うようになっていった。バルサの歴史においては“異端”とも言えるこの新システムは、FWの駒が不足している一方、MFを多く抱えるチームの状況に適したものであっただけでなく、複数の脇役たちに活躍の場を与えることにもつながった。
その恩恵を最大限に受けたのは、今夏中国の広州恒大から加わったパウリーニョだ。加入当初こそ「バルサ向きの選手ではない」とファンやメディアから否定的な目を向けられたが、持ち前のフィジカルと運動量を生かした守備面のハードワークに加え、2列目から前線に飛び出す得意のプレーで攻撃面でもすぐに存在感を発揮し始めた。今では中盤で複数の役割をこなす便利屋としての評価が定着している。
さらに、長らくL・エンリケに干されていた2人の選手も、この新システムによって息を吹き返した。サイドバックとしては守備に難があったアレイクス・ビダルは今、本職の右MFでのびのびとプレーしている。センターフォワードのポジションではなかなか出番のなかったパコ・アルカセルも右MFでのプレーに順応し、守備のタスクをしっかりこなしながら、機を見て前線に抜け出しては貴重なゴールを決めるようになった。
守備では成果を挙げたが攻撃に“進化”は見られず
現有戦力をフルに活用する指揮官の采配に支えられ、今シーズンのバルサは安定したパフォーマンスを維持してきた。
前線では右サイドから中央にポジションを戻したリオネル・メッシがネイマールの不在を補って余りある活躍を見せている。昨シーズンは攻撃の組み立てからチャンスメークにかけてのプレーに重点を置いていたが、今シーズンはスアレスの調子がなかなか上がらなかったこともあり、シーズン序盤からゴールに直結するプレーを連発した。ラ・リーガ第33節を終えた時点で、ゴールネットを揺らした回数は29回。これは、最終的に37ゴールをたたき出してリーグ得点王に輝いた昨シーズンと同じペースだ。それでいて、アシスト数はすでに昨シーズンの記録(10アシスト)を上回る13を記録している。
中盤に目を向けると、ブスケツとイヴァン・ラキティッチの「ドブレピボーテ」(ダブルボランチ)が絶妙なバランスを保っていることが分かる。
守備面の貢献は言うまでもないが、とりわけシャビが去って以降のブスケツは中盤の底でボールを散らすだけでなく、隙あらばディフェンスラインの手前に位置するメッシにくさびのパスを刺し込み、相手の守備ラインを突破するきっかけを作ってきた。さらに今シーズンは、気の利いたポジショニングで攻守のバランスを保ってくれるラキティッチの存在によって、以前にも増して高いポジションで攻撃に絡む機会が増えている。
第30節のセビージャ戦で2失点を喫したことでアトレティコ・マドリードに抜かれたものの、それまでラ・リーガ最少失点に抑えていた守備陣の存在も今シーズンの快進撃を語るうえで欠かせない。
今シーズンのバルサは選手個々の守備意識が高まり、チーム全体がコンパクトな陣形を保ちながら質の高いプレッシングを持続できるようになった。たとえそのプレスを破られたとしても素早くリトリートして守備ブロックを形成し、ピケとサミュエル・ユムティティのセンターバックコンビを中心に相手の攻撃をしっかりはね返している。それでもフィニッシュまで持ち込まれた際には、絶好調の守護神マルク・アンドレ・テア・シュテーゲンがビッグセーブを披露してきた。
ネイマールの移籍によって左サイドからドリブル突破で切り崩す攻撃のオプションが失われ、スピードと機動力を生かしたロングカウンターの威力は半減した。今シーズンのバルサはこれだけ目に見える結果を残しているにもかかわらず、MSNの破壊力が猛威を振るった昨シーズンまでと比べて物足りなさを感じさせる。
バルベルデはその現実を受け入れたうえで、失った攻撃力を別の形で補うべく、よりゲームコントロールと守備の安定に重きを置いた4-4-2のシステムに行き着いた。だがそれは、チームの台所事情に即した選択ではあっても、指揮官が描いた理想形とは限らない。
MSNの攻撃力を前面に押し出したL・エンリケ時代と比べ、今シーズンのフットボールはジョゼップ・グアルディオラとティト・ビラノバが突き詰めた“ポゼッション至上主義”のスタイルに回帰したと言えなくもない。
問題は、それが“進化した形”なのかどうかだ。ここまでの戦いぶりを見る限り、守備についてはある程度の手応えを得ている。だが、攻撃についてはどうか。
今シーズンのバルサの攻撃は、過去の数シーズン以上にメッシへの依存度が高まった感がある。そのメッシも、6月で31歳を迎える。あと数年はトップパフォーマンスを維持できるだろうが、後継者となるはずだったネイマールを失ったことで、“メッシ後のバルサ”が白紙になったことは大きな問題だ。
さらに、メッシと同様に替えのきかない存在であるアンドレス・イニエスタには、今シーズン終了後にバルサを退団する可能性が浮上している。もしそれが現実のものとなれば、今後はますます「メッシ依存」が進むだろう。それゆえに、クラブは早急に長期的視野に立って強化戦略を見直す必要がある。“メッシもイニエスタもいないバルサ”は、そう遠くない未来にやってくるのだから。
バルベルデがとる針路は回帰か復刻か新時代か
クラブにとっても、チームを率いるバルベルデにとっても、今シーズンはネイマールの喪失を乗り越えながら結果を残すことが最大のテーマだった。その意味では、“ポスト・ネイマール”を担う人材として期待されたコウチーニョの獲得が予定より半年も遅れ、デンベレが2度の負傷離脱で出遅れる不運に見舞われながら、ここまで文句なしの結果を残してきたことは大いに評価すべきだ。
いずれもクラブ史上最高額の移籍金を支払って獲得したコウチーニョとデンベレは、シーズン終盤に入ってようやくコンスタントにプレーする機会を得られるようになった。今はまだ新たな環境への適応を進めている段階で、評価を下すには時期尚早なのは分かっている。しかし、果たして彼らにネイマールやイニエスタの代役が務まるのだろうか。率直に言って、小粒すぎる印象は否めない。
来シーズンの補強の目玉として、早くからアントワーヌ・グリーズマンの名が挙がってきたのも、クラブがさらなるクラックの獲得が必要だと考えているからだろう。コウチーニョの加入時、すでに空いていたアルダ・トゥランの背番号「7」ではなく、ハビエル・マスチェラーノの中国移籍を待ったうえで「14」を与えたのも、今オフのグリーズマン獲得を見据えてのことだと言われている。
アトレティコ・マドリードの、そしてフランス代表のエースが前線に加われば、MSN時代に猛威を振るっていた縦に速い攻撃の復活が望めるはずだ。だが彼はスペースありきのカウンタースタイルでこそ生きる選手であり、メッシやネイマール、イニエスタのように静止した状態から2、3人のマーカーを翻弄するようなドリブル能力は持っていない。
同じくスピードに乗ったドリブル突破を最大の武器とするデンベレに続き、さらにカウンター向きのアタッカーを前線に加えようとしているのだとすれば、それはクラブがそうした方向性を打ち出しているということだろう。
確かに、MSNが暴れまわった昨シーズンまでのバルサには、グアルディオラ時代に象徴されるようなポゼッション至上主義のチームとは異なる魅力があった。中盤が間延びするのもいとわず、カウンターの応酬を仕掛けて攻め勝っていた当時の試合は、ピッチ上を延々とショートパスが行き交うフットボールに見慣れてしまったファンには、さぞ刺激的に映ったことだろう。クラブがあの頃のスペクタクルなフットボールを再現したいと考えているとしても何ら不思議ではない。
ポゼッション至上主義への回帰か、MSN時代の復刻か--。
現時点でバルサがどちらを目指すのかは分からない。いずれにしても、17-18シーズンは一時代を終えたチームの準備期間のようなものだった。そんな中で2冠を獲得する可能性を残しているのだから、今シーズンは“ほぼ完璧な移行期”だったと言っていい。この“ほぼ”が消え、後に「完璧な移行期だった」と評されるかどうかは、これからバルベルデが開く新時代の成否にかかっている。