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【サッカーに生きる人たち】視聴者が納得する映像を届けたい 涌田尚孝(株式会社フジ・メディア・テクノロジー 制作技術センター 制作技術部 SW・カメラ)

2016.05.25

 テレビでサッカー中継を見ると、スタジアムのあらゆる場所にテレビカメラが設置され、様々な角度から撮影された映像が流されていることが分かる。メインスタンドから試合の流れを追うカメラに、ピッチサイドでボールを持つ選手を追いかけ、迫力ある映像を狙うカメラ。中には特定の選手を追い続けるカメラや、サポーターの熱狂ぶりを伝えるためのカメラもある。

 その大半は試合中、常に何らかの映像を撮影しており、それらは中継車のモニターへと届けられる。そして、その中からお茶の間に届ける映像を選び取る作業は、「スイッチャー」と呼ばれる人間が手動で行う。求められるのは瞬時の判断力と、視聴者が求める画を見抜く感覚。中継の良し悪しは、スイッチャーの腕にかかっていると言っても過言ではない。今回、株式会社フジ・メディア・テクノロジーに勤務し、スカパー!のFC東京や浦和レッズの試合中継でスイッチャーを担当する涌田尚孝さんに話を聞くことができた。テレビ業界でのキャリア15年を誇る涌田さんが語る、サッカー中継の極意とは――。

『キャプテン翼』がサッカーとの出会い

 涌田さんは、サッカーどころとして知られる静岡県で生まれ育った。しかし、通っていた小学校にも中学校にもサッカー部がないという静岡にしては珍しい地区だったため、当時は野球少年だったという。サッカーとの最初のかかわりは、テレビで放映されていた『キャプテン翼』だ。

「小学校の遊び道具の中にサッカーボールがあるじゃないですか。休み時間や放課後に、友達と『キャプテン翼』ごっこというか、オーバーヘッドキックやスカイラブハリケーンのまねごとをしていました(笑)。それがサッカーとの出会いと言えば出会いですね」

 テレビを通じてサッカーに出会ったこの原体験が、後にテレビの世界、そしてサッカー業界に足を踏み入れるきっかけとなったのかもしれない。実際、テレビ業界入りした理由について、涌田さんは「テレビが好きだったから」と語っている。

「高校生の時に進路について考えた時、テレビが好きで、普段、ブラウン管越しに見ているものの現場に行きたいと思ったんです。中でもカメラに興味があった。何かを操作するということが魅力的だと思ったんですね。好きなタレントに会えるんじゃないか、という動機もありましたけど(笑)。そのための専門学校に通わなければならなかったので、親を説得して東京の学校に通い、なんとか現在に至っています」

 とは言え、テレビ業界入り後に最初からサッカー中継に携わったわけではない。専門学校を卒業後、最初に就職したのはテレビではない映像業界の会社だった。その後、テレビ関連の企業を経て静岡第一テレビの子会社へと転職。ここでカメラマンとしてのキャリアをスタートさせると同時に、サッカー中継ともかかわりを持つようになる。

「静岡県内で行われた少年サッカーの大会を撮ることになって、それが最初のサッカー中継へのかかわりです。それまではバラエティー番組や情報番組ばかりで、スポーツ中継はほとんど撮っていなかった。その会社にいなければ、サッカー中継に携わっていなかったと思います」

 先述したとおり、涌田さんは野球少年で、高校まで野球部に所属していた。『キャプテン翼』でサッカーに触れてはいたが、当時は実際の試合を見た経験は少なく、ルールなども分からない状態。そのため、最初は苦労も多かったという。

「サッカー用語の表現って、年代ごとに変わったり、ポジションやフォーメーションが複雑になったり、ヨーロッパから新しいものが伝わったりするじゃないですか。フォーメーションの呼び方もクラブや選手によってまちまちで。ルールもオフサイドは知っているよ、という程度だったんです。でも、ルールを知らないと撮れないから、仕事をやりながら覚えていきました。試合を見たり、知っている人に聞いたりして、ようやく覚えることができました」

 その後、現在の勤め先へと転職。それまではカメラ専任だったが、スイッチャーを育てる、という社の方針で涌田さんが抜擢され、本人も「やってみたい」という意思を示したため、スイッチャーとしてのキャリアをスタートさせることとなる。

22人全員の「プレー」を見せたい

 涌田さんが初めてスイッチャーとして中継を担当したのは、浦和レッズの試合だったという。

「ただ、どの試合だったのかは覚えていないんですよね。業務の引き継ぎをした先輩が隣でサポートしてくれたんですが、『試合を冷静に見られていない自分がいるな』っていうのが後々、思ったことですね。先輩にも同じことを言われました」

 その後、数々の試合でスイッチャーを担当し、経験を積んでいった涌田さん。その中で特に印象的だった試合を尋ねると、日本代表の若きエースが輝きを放った一戦を挙げてくれた。

「昨年、武藤嘉紀がFC東京の一員としてプレーした最後の試合ですね(編集部注:2015シーズンのJ1リーグ1stステージ第17節、清水エスパルス戦。武藤は1アシストを記録)。試合の内容もよかったですし、武藤選手は大学生の頃から見ていたんですが、世間から注目を浴びていましたし、中継するたびに『いい選手だな、海外に行っちゃうんだろうな』と思いながら見ていましたので」

 今ではスイッチャーとしてだけでなく、時にはカメラマンとしても数多くの試合の中継を担当している。スイッチャーとして映像を切り替える時、涌田さんが心がけていることは何なのだろうか。

「中継には実況と解説の方がいるので、コメントをよく聞くようにしています。あと、あまりプレーを切らないように、というのは徹底して言われますね。特にスカパー!さんはプレー第一なので、『あそこの寄りのシーンはいらなかった』などと中継後に言われることがあります。自分がスイッチングしたものを後で見ても、『ここは違ったな』とか『選手のプレーをもっと長く見せておけばよかったな』といった反省は多々あります」

 では、スイッチャーとして工夫していることはあるのだろうか。

「サッカーだと注目選手や代表選手が必然的に注目されて、中継する側も多めに撮りがちなんですが、フィールドには22人いて、できれば全員の顔が分かるように撮りたい。だけど、寄りの画はそこまで多くはいらない、という視聴者が多いんですよね。だから22人全員の『プレー』を見せてあげられるかどうかが中継の肝なのかな、と思います。ワールドカップやUEFAチャンピオンズリーグを見ると、カメラ台数がそもそも違うというのはあるんですが、よく撮っているな、と思いますね。ヨーロッパのサッカーは世界最高峰なので、技術チームの腕も世界最高峰で、日本人には撮れない感覚や視点を備えています。やっぱりサッカーを知り尽くしているんでしょうね」
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迫力ある瞬間を視聴者に届けたい

 スイッチャーとして、視聴者が求める映像をお茶の間に届けることに心血を注ぐ涌田さん。今後、どのような中継をしてみたいかと尋ねたところ、彼の口から非常にユニークなアイデアが飛び出した。

「現実的ではないかもしれないですけど、ボールの中にカメラを埋めた『ボールカメラ』が出てきたら、その映像をスイッチングしたいですね。目が回っちゃうかもしれないですけど(笑)、ボールの主観を取り入れたい。ステディカムやスパイダーカム、クレーンカメラといった特殊機材の次にそういうカメラが出てきたらいいかな、と。イメージでしかないですけど(笑)」

 既成の映像技術にとらわれず、新たな映像の可能性を模索し続ける涌田さん。最後に、スイッチャーとして今後、どのような映像を視聴者に届けていきたいかを語ってくれた。

「視聴者の皆さんを納得させたいというか、『あそこの中継っていいよね』という印象をつけたいですよね。監督が怒ったり叫んだり、選手が激突して倒れたりといった迫力ある瞬間を、リプレイではなくライブの映像で、スタジアムにいるよりも近くで見たという感覚を視聴者に与えたいです。カメラマンは選手に最も近い距離で映像を撮れるという特権があるので、その画をうまくスイッチできれば、視聴者の印象も変わるんじゃないでしょうか。私が主に担当するFC東京には日本代表選手が何人かいるので、彼らを抜くことが多くなってしまうんですけど、かつての武藤選手のように若くて生きのいい選手が出てきたら、その選手を印象づけられるようなスイッチをして、ファンの方々に見てもらいたいですね」

株式会社フジ・メディア・テクノロジー

取材=佐藤祐毅(サッカーキング・アカデミー/現フロムワン・スポーツ・アカデミー
写真=啓塚光一

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