Matthew Desmond(マシュー・デスモンド)さんが、最近、「Poverty ,by America(アメリカによる、貧困)」という本を出版したことに伴い、Prospect Magazineの主催するPodcast , Guardian Newspaper(ガーディアン紙)にも インタビュー記事 が掲載されていました。
個人によると思いますが、私は本を読む前に、著者のインタビューを聞くのが好きです。その本を書いた背景や、その人の声や話し方を聞いた後に本を読むと、二次元の世界ではなく、三次元の世界になり、著者の世界に入り込んでいくような感覚があります。また、フィクションでもノンフィクションでも、話が上手な著者も多いので、聞くだけでも楽しいです。どの国の作家でも英語が話せる人はとても多いので、英語が分かることは、自分の世界を広げて楽しいことを増やすのにとても役立ちます。
イギリスは貧困の差が大きい国ではあるものの、アメリカほど大きくはありません。興味深いのは、ヨーロピアンの多くは、自分たちの国は貧困の差が大きく生まれ落ちた階級から上に行くのはとても難しいと感じていますが、アメリカは、ヨーロッパよりも生まれ落ちた階級から上にあがるのはとても難しいのに、そう感じてる人々の数が少ないことです。これは、日本にも通じるのではないでしょうか?日本では絶対的な貧困は少なくても、アメリカ同様、相対的貧困がとても高く、子供の貧困も高い国です。イギリスでは、現在の保守党政府は特異なイデオロギーで「貧困なのは、個人のせい」といった見方を押し付けてきますが、これはイギリスの戦後に長く続いていた考えとは全く異なるものであり、多くの政治家や人々も、貧困は個人の問題ではなく、政治や社会の仕組によるものだという認識はきちんとあります。
マシューさん自身、貧しい家庭に生まれ、実際に大学院で「貧困についての研究」を行う面談を受けている段階で、両親は家を失い、住む場所をなくしました。アメリカでは、ファイナンシャル・クライシスが起こった際、ギャンブルを行い経済を傾かせた銀行役員たちには何もお咎めがなかったものの、家のローンがある人々や学生ローンがある人々は自己破産ができず、とても難しい状況に陥りました。イギリスは、ヨーロッパの中では異端で、現保守政党が社会福祉をかなりの勢いで削り続けていますが、アメリカよりはよっぽど社会福祉は高い状況です。
アメリカはなぜ、ここまで貧困がひどいのでしょう?
マシューさんは、以下の3点を挙げています。
既に貧困状態にある人を、さらに搾取する (ゼロ時間等で、労働者の権利を最大限に奪い、いくら働いても生きていけないような状況を続けさせる。何も持っていないので、選択肢はない(給料が低すぎてどんなに働いても、必要経費を払うと何も残らないので貯金もできないし、家や土地等の資産も何もない) → どんなに条件の悪い搾取的な仕事でもせざるを得ない。税金も、貧困状態の人々のほうが高い率で払うように法律制定し、裕福層には多くのループホールや優遇政策をつくり、税金を払う率を極端に低くする。)
特定の政治家を選挙で選ぶーこの政治家たちは、貧困を減らすことについては全く関心がなく、すでにとても裕福な人々や企業を優先し、さらに彼らを裕福にさせる法律を制定する(例/収入が多い人に対しての所得税を低くする、子供や親戚への資産や家屋の贈与への税金を無料にする・とても低くする、政府から企業への助成金を多額に支払う、石油系企業への規制を緩め環境汚染で苦しむ人々が増えても企業の利益が大きくなるようにし、企業は環境汚染被害への責任や支払いは生じないようにする等)
不平等さがいつまでも続くように、裕福な地域と貧困地域を分ける(貧困地域には良い学校や基本的な水道施設や道路も整っておらず、どんなに賢い子供も教育を受けることも難しければ、健康に育つことさえ難しい)
マシューさんは、アメリカでのUnspoken Contract(暗黙の契約)は、「持てるものが、持たざるをものを搾取する」ことだとしています。
でも、マシューさんはこの状況がいつまでも続くとは思っていません。
アメリカでの1960年代に起こったCivil rights movement(公民権運動)は、黒人への差別(黒人への教育の機会を大きく制限、白人の使う場所には黒人を入らせない、黒人には職業を極端に制限する等)が激しかったにも関わらず、多くの困難(運動家に対する殺害や暴力も含めて)はありましたが、権利を勝ち取りました。
ただ、これが実現したのは、抑圧されている側からの、戦略的で絶え間ない抵抗があったからです。ここには、教育や仕事の機会が黒人にも平等に与えられるべきだというヴィジョンもありました。
抑圧している側が、自分たちにとって都合の良い状況を、慈悲心を起こして、自ら変えることはありません。もし、慈悲心があれば、こんなひどい差別は最初から起こらなかったか、早いうちに消滅していたはずです。
ガンジーは「非暴力・不服従」で徹底的に権力者に抵抗を行いましたが、日本では全く逆の意味の「無抵抗主義」として知られています。
これは、日本だけで暮らし、日本語で書かれた情報だけを読んでいると気づかないかもしれませんが、Totalitarianism((全体主義ー誰もが同じように考え行動しなければならないー少しでも違う見かけや考え・行動は「抵抗」していると見られ、(権力者たちから、或いは同胞たちから)非難・迫害され、生きていくのが難しくなる。「抵抗」はこのシステムでは最悪の罪にあたる))のような世界では、「抵抗」という考えは危険なので、この言葉は意図的に変えられたのかもしれません。
George Owell(ジョージ・オーウェル)は、「過去をコントロールする者は、未来をコントロールする。現在をコントロールする者は過去をコントロールする」と歴史のナラティブの書き換えに警鐘を鳴らしていました。私たちも、どういう言葉が使われているのかを、注意深く観察する必要があります。
イギリスでのEugenics(ユージェニクス/優生学思想)の初期発達段階では、貧乏人たちが多くの子供たちを持つことを恐れたことが大きかったそうです。当時の既得権益者の貴族たちは、自分たちは「上」で、それ以外は「下」で、この「下」の人々が増えると社会の秩序が乱れるとしたそうです。
この「上下の序列」は、何の根拠もなく、当時の権力者たちが勝手に定義したことだと気づく必要があります。
なぜ、既得権益者が貧しい人々の人口が増えるのを恐れたのかと言うと、自分たち既得権益者が貧しい人々を搾取して権力と金力を保っている状況に気づいた貧しい人々が、大勢で協力して「抵抗」を始め、自分たちの持つ権力と金力を失うことを恐れたからです。人口を適切に抑えておけば、搾取するには十分な人数がいるけれど、大勢で抵抗を起こし、自分たちの既存特益を脅かす恐れはとても低くなります。
人の「上下」なんて科学的な根拠もないのに、「上下」をつける発想には注意しなくてはなりません。これには、政治的な思惑があり、「Eugenics/優性思想」の土台となっています。
現在は、「優生学思想」は、科学的な根拠のないものだと明らかにされています。それでも、数年前に、イギリスの現保守党で雇用されたアドバイザーが、この優生学思想を明確に引用し「貧困者は貧困になるように生まれついているので、貧困なのは貧困者個人のせい(=政府が貧困者を助ける必要も義務もない)」といった発言をし、解雇されました。この「優性思想」は「Genetic determinism/Biological determinism(遺伝が全てを決定する。環境は関係ない)」という思想にもつながり、危険です。遺伝子学の専門家の多くは、遺伝子は解明されていない部分も多く、今分かっている範囲でも、「目の色/髪の色」といった単純なことですら、完全には説明しきれない、としています。一部の病気では、ある特定の遺伝子が関っていると判明したケースもありますが、わずかなケースです。学業の優秀さ等になると、環境が大きく関わっており、「遺伝が全て決定する」という考えがいかに科学的根拠がないののかは明らかでしょう。また、人間的な性質が優れているかどうかなんて、どうやって判断するのでしょう?
ただ、政治的にこういった思想を利用したい人々がいる(=既に特権を持っている人々が自分たちの特権を維持或いは大きくし、何も持たない人々を搾取するだけの存在に留めておくこと)は、心に留めておく必要があるでしょう。
アメリカやイギリス、または日本といった経済的に豊かな国で、貧困が起こること自体が、本当は不自然なのです。これは個人の問題ではなく、システム的な問題です。
別に学者でなくても、「高い水準での栄養と教育が全員にあり、縁故主義と機会の不平等の完全廃止」を行えば、貧困がなくなり、多くの人々が自分の才能を花開かせるのは明らかでしょう。
イギリスの王室に生まれれば、子供の頃から海外へも良く行き複数言語で育ち、最高の家庭教師がつき最高レベルの教育を受け、住む場所や食べるものの心配もすることなく過ごせます。誰もがこのような環境で過ごせば、世界は天才があふれる場所になるでしょう。
マシューさんが言っているように、「貧困がゼロ」な社会をつくることは十分に可能です。
それには、この貧困の仕組を理解し、誰もが自分の才能を最大限に活かし、楽しく暮らせるという社会にするという希望を持ち続け、周りの人々と協力して現状の体制に抵抗し続けることが必要です。