暴力団から足を洗って5年以上なのに、どうして銀行口座つくれないの? 元組員が「不合理な差別」と提訴

2023年6月30日 12時00分

メガバンクの看板=東京都内で

 元暴力団員が、みずほ銀行に口座開設を拒否され精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求めて水戸簡裁に提訴した。開設が可能となるのは一般的に「離脱後5年」とされるが、元組員の場合は5年以上経過し、拒否を「不合理な差別」と訴える。口座なしでは社会復帰は進まず、組織の弱体化や再犯防止につながらないとして、警察庁も支援に乗り出している。訴訟で事態は動くか。(西田直晃)

◆説明もなく断られ

 元組員は茨城県で暮らす50代男性。代理人の篠崎和則弁護士によると、組を抜けた後、5年以上前から県内の建設関連会社に勤めているという。
 4月中旬、男性と篠崎氏が県内の銀行窓口で口座開設を申し込むと、特に説明もなく断られた。男性には妻子がおり、子どもの給食費は妻の口座から引き落とされ、給与も同口座に振り込まれる。住居や携帯電話も家族名義での契約という。篠崎氏は「暴力団を辞めても口座が作れなければ、多くの人は就職や普通の生活さえ難しい」と訴える。

◆勤務先の会社社長は更正への姿勢を評価

 みずほ銀行は「反社会的勢力の排除に係る規定」を設け、組員のほか組を辞めて5年以内の客とは取引しない方針を示す。男性は離脱から5年以上が経過しているというが、同行広報室は「(訴訟の件は)答えられない」と回答。一般論として「支援施策に従い、『問題なし』であれば口座を作れる」と説明した。訴訟は水戸地裁に移管された。
 この「支援施策」とは、警察庁が進める「暴力団離脱者の口座開設支援」のことだ。昨年2月、同庁は金融庁を通じ、全国の金融機関に「就労先から給与を受け取るため(中略)、過去に暴力団員であったことを理由として排除されることがない」よう求める通達を出した。組員ではないか、受け入れ先として登録された協賛企業に勤めているかなどを都道府県警が調べ、口座開設の可否を判断する仕組みとなっている。
 提訴した男性の勤務先は「協賛企業ではない」と篠崎氏。とはいえ、男性は会社に素性を伝え、社長は更生に向けた姿勢を評価しているという。「男性が離脱を考えていたとき、組の上層部との話し合いが難しく、茨城県警の警察官が間に入った経緯もある。県警も把握しているはずで、組員でないのは明白だ」と篠崎氏は言う。
 警察や弁護士が元暴力団の口座開設を進めるのは、組員の離脱を促し、組織の弱体化と将来的な再犯防止を目指すためだ。

◆巧妙な偽装離脱を懸念

 ただ、全国暴力追放運動推進センターの中崎和博事務局長は「口座開設に至らない事例も多い」と説明。都道府県ごとの進み具合も「バラバラ」という。「組を抜けるという当事者の決意が、よっぽど固くなければ難しい。短期間で勤め先を辞めたり、住まいから逃げる元組員もいる。警察は脱会届や破門状などで離脱の事実を確認するが、巧妙な偽装の可能性もある」
 東京の3つの弁護士会は2018年から、暴力団追放運動推進都民センターと連携し、元組員の協賛企業での就労を示す証明書を発行するようにした。しかし、制度に詳しい石塚智教弁護士は「離脱したと言っても、警察の支援がなければ、反社会的勢力に戻る懸念は払拭できないとする金融機関の意見は理解できる」と述べる。知人の会社で働くなどのケースが警察庁通達の支援対象外となることもあり、活用実績は「残念ながら、警察庁の通達後でも少ない」と説明する。
 ただ、石塚氏はこう付け加えた。「家族のために暴力団と手を切ると覚悟を決めた元組員もいる。そういう人が社会に居場所を持てなければ、アウトローに戻ってしまって新たな犯罪被害者を生みかねない。小規模な支援制度だとしても、今は確実な成功例を積み上げていく段階だ」

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