能登半島孤立「初動遅れ」には理由があった 何度も地震があったのに「災害時の道路復旧計画」国は検討だけ
2024年1月26日 12時00分
能登半島地震に関して24日、初めて行われた国会の集中審議。道路の寸断による初動の遅れが指摘される中、国が道路啓開(緊急復旧)の計画を作っていなかったことが明らかになった。集落の孤立も招いた道路問題は過去の地震でもたびたび取り上げられ、法整備も行われている。繰り返された半島の震災で、立法府は責任を果たせたのか。(西田直晃、岸本拓也)
◆北陸地方整備局だけが策定していなかった
「北陸地方整備局だけが道路啓開計画を策定していなかった。事実ですね」
24日の参院予算委員会。立憲民主党の杉尾秀哉氏がこう質問すると、斉藤鉄夫国土交通相は「首都直下地震や南海トラフ巨大地震などが想定されるところで計画を策定してきた。(北陸地整管内は)対象となる災害が想定されておらず、内部での検討にとどまっていた」と答えた。
聞き慣れない言葉だが、「道路啓開」とは何か。国交省によると、災害発生時に本格的に道路が復旧する前、緊急車両などを通行させるため、最低限のがれきや土砂の処理で救援ルートを設けることだ。東日本大震災では、救助部隊が東京方面から被害の甚大な沿岸部に向かうため、内陸部に道路を確保し、そこから沿岸部に複数の道路を通す「くしの歯作戦」が成果を挙げた。
その後、国や県などの道路管理者が道路啓開計画を立案する—と国の防災基本計画に明記された。首都直下地震でも道路の素早い開通が重視され、万が一の際には都心に向けた8方向、上下線各1車線のルートを優先的に啓開する計画が昨年7月に策定された。生存率が著しく下がる72時間以内に救助部隊が都心周辺に赴けるようにする。
◆総務省に勧告されたのに手つかずのまま
こうした計画が策定されていなかった北陸地整管内。総務省行政評価局が昨年4月、国交省に計画づくりを進めるように勧告していたが、「関係各県と調整中だった」(国交省幹部)として手つかずになっていた。
地震後の能登半島では、自衛隊のほか、石川県と災害協定を結んでいた県建設業協会の加盟社が啓開を担った。
国交省によると、25日午前7時時点では、主要な幹線道路の約9割の啓開を終えたという。だが、発生13日目に被災地入りした冒頭の杉尾氏は「道路環境はほとんど手付かずだったように思える。なぜ、こんなに遅いのか疑問だった。計画を立案していれば違ったのでは」と疑問を投げかける。
◆「計画」では重機・資材調達、がれき搬出先まで策定
計画には具体的にどんな内容が盛り込まれるのか。道路問題に詳しいライターの鹿取茂雄氏は「自治体によって異なるが、津波で想定される浸水域で壊滅的被害があった場合、どの道路を優先的に復旧させ、どの業者に声を掛けるか、重機や資材をどう調達し、がれきをどこに運ぶのか。そんな細かい点まで書き込んでいる」と説明する。
さらに「計画を策定しなければ、人員や費用の面でも事前の計算ができない。多くの県は建設業協会と災害協定を結んではいるが、実際にどのように動いてもらうかは、いざ災害が起きてから考えるのでは遅い」と言い切る。
「能登半島地震クラスの大災害は全国どこで発生してもおかしくない。計画づくりは『やったほうがいいけど、業務の優先順位として後回し』といったところだろうか。国も石川県も巨大地震への認識が甘かったような気がしてしまう」
◆国会でたびたび議論、政府は対応「自賛」
災害時の孤立問題は、過去の国会でも何度も議論されてきた。
阪神大震災直後の1995年2月の衆院建設委員会(当時)。自民党の山本有二氏が「(自動車専用で災害に強い)高規格の幹線道路網を見ると、半島は全部行き止まりで循環できない。そこが切れたら全部終わり。半島性を解消するには循環道路が必要」と求めた。建設省(現国交省)側は、当時進めていた約1万4000キロの高規格道路網の完成を急ぐ考えを示した。
2007年4月の衆院災害対策特別委員会では、まさに能登半島での孤立リスクを議論。直前の07年3月に起きた能登半島地震に関連し、社民党の日森文尋氏が対応状況を質問した。
内閣府の増田優一政策統括官は、60超の集落が孤立した04年の新潟県中越地震を教訓に各都道府県が地域防災計画を変更し、「訓練や地域への周知など、孤立集落対策に真剣に取り組んでおり、着実に成果が上がっている」と自賛。「能登半島地震でも地元がしっかり取り組み、大きな問題は出ていない」との認識を示していた。
◆珠洲市最大震度6強の地震後にも議論したのに
そして昨年6月にも参院災害特別委は開かれ、能登半島で活発になっていた群発地震の対策の中で道路整備が議論された。
自民党の足立敏之氏が、同年5月に石川県珠洲市で最大震度6強を観測した地震を挙げ、「能登半島を縦貫している(高規格の)珠洲道路は大きな被害が出ず、珠洲も孤立しなかった。しっかりした道路整備が大事だ」と強調。国交省の丹羽克彦道路局長は「半島部を含め災害に強い道路ネットワークの機能強化を図ることが重要。高規格道路のミッシングリンク(失われた輪)解消を進めている」と答えている。
◆防災強化へ全国で「半島振興法」の延長・拡充求め
こうした対策にもかかわらず、多くの国道などが寸断された今回の能登半島地震。他の半島を持つ自治体からは、防災強化に向けて道路整備を求める声が上がる。その手段の一つが10年ごとに延長する「半島振興法」。来年3月末で期限切れになるのを前に、和歌山県や長崎県など22の自治体が今夏までに延長・拡充を政府に求める考えだ。
住民の孤立対策の整備などを進める半島振興法は、道路のインフラ整備などを国が支援する枠組み。長崎県地域づくり推進課の本多良成参事は「半島は地理条件が悪く、社会基盤の整備が遅れている。能登の地震を受け、高規格道路の整備のための予算拡充などを求めたい」と話す。
政府も、国土強靱(きょうじん)化の名の下に全国で高規格道路の整備などを進めている。昨年6月には、中期計画の策定を政府に義務付ける国土強靱化基本法の改正案が成立したが、全面的な整備には多額の財源が必要。国会では野党から「防災を口実に大型事業を推進するもの」との声も出た。
◆高規格化した道路でも通行できなくなることも
26日から始まる通常国会でも、防災や道路整備を巡る議論が注目される。東大の片田敏孝特任教授(災害社会工学)は「安全度の高い主要道路の確保は必要だ。しかし、予算の制約もあり、全国の道路を高規格化するのは難しい」と指摘。避難や広域支援が前提の現在の地域防災のあり方について、見直しを含めた議論が必要と説く。
「高規格化した道路でも、津波のがれきや噴火の火山灰で通れなくなることはあり得る。自然災害で道路が閉塞(へいそく)されることを前提に防災を考える必要性が今回の地震で浮き彫りとなった。特に半島部など孤立の懸念がある地域では、少なくとも72時間は、救助活動を含めて、地域や家庭が『自活』できるよう備えておくなど、これまでの『避難ありき』の防災計画を改めないといけない。
◆デスクメモ
半島振興法は防災対策の推進として、国と自治体が「住民が孤立することを防止するため」、避難施設や備蓄倉庫、通信設備を整備し、「救助その他の保護を迅速かつ的確に実施する」よう定める。惨事を予測していたかのような法律に言葉を失う。どれだけできたのか検証が必要だ。(本)
おすすめ情報