昨年4月に直腸がんの手術を受け、人工肛門になった都内在住の主婦Tさん(59才)がため息をつきながら振り返る。
「命と引き換えなら人工肛門も仕方がないと納得して手術を受けて、ようやく日常生活にも慣れてきました。ところが先日、自治体の健康診断で一緒になった同世代の人は私と同じステージ3の直腸がんで手術をしたにもかかわらず肛門を温存できていたんです。
彼女は主治医に“最近はオペ後、一時的に人工肛門にしても、永久的に人工肛門にするケースは激減しています”と言われたそうです。私の主治医はそんな説明はしていなかったのに……と、いまさらながら悔やまれます」
治療における選択肢の多いがんにおいて、医師の知識の差は患者の予後を大きく左右する。医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが語る。
「かつて大腸がんは大がかりな手術をして人工肛門になるケースが多かったが、いまは内視鏡手術や放射線治療で対処できるようになり、患者のQOL(生活の質)が大きく改善されました」
上さんが懸念するのは、外科医が説明不足のまま本来なら必要のない大規模な手術をすすめるケースが少なくないことだ。
「たとえば現在、胃がんや食道がんなどの早期がんでも、内視鏡で切除できるものが増えています。昔のように胃の大部分を切除し、食事制限をする必要は少なくなりました」(上さん)
女性の大敵である乳がんの治療法にも変化がみられる。
「昔は乳がんになると手術で乳房を全摘出することが一般的でしたが、いまはよく効く抗がん剤がある。かつてのように乳がん=乳房を失うという状況ではありません」(上さん)
抗がん剤に加えて、乳がんでは2020年に抗HER2薬「エンハーツ」が承認された。特定のたんぱく質を目印にがんを攻撃する薬で、大きな治療成果が期待される。だが、いかに画期的な新薬があっても医師が処方してくれなければ、私たち患者はその効果を享受することはできない。銀座薬局代表で薬剤師の長澤育弘さんが語る。
「エンハーツのほかにもがん細胞にピンポイントで薬物を届ける抗体薬物複合体(ADC)や分子標的薬、免疫システムを再活性化する免疫チェックポイント阻害剤など、がん治療薬は毎年のように新薬が出る分野です。
しかし、特に地方の開業医は複数科や専門外を担当するため新しい薬の知識が乏しくなりがちで、副作用が強い従来の抗がん剤を使うケースが目立ちます。やはりがん治療については、知識がアップデートされているがんの専門医にかかる方が安心です」
がん検診の中にも古くて間違った方法は潜んでいる。医療に詳しいジャーナリストの村上和巳さんが語る。
「人間ドックのオプションでよく見る腫瘍マーカーはがんと診断された人が治療方針などを確定するために受けるもので、未発見のがんを見つけるのには適しません。乳がんのマンモグラフィー検査も40才未満の女性に限れば、検診を受けて死亡率が下がったとのデータはなく、健康でも偽陽性と判断されやすい」
長澤さんは「CTを多用する医師は古い」と指摘する。
「CT検査を一度受けるとニューヨーク〜東京間の片道フライト70回分ほどの放射線を浴びます。全身の画像診断をするなら磁気を利用した安全なMRI一択です」
また、がん患者を取り巻く状況も医学の進歩とともに刻一刻と変化している。たとえば以前はがん=不治の病であり、罹患したら仕事をやめ、子供を持つこともあきらめるべきとすらいわれていた。だがそのイメージはもう過去のものになりつつある。新潟大学名誉教授の岡田正彦さんが語る。
「いまは世界中の膨大な研究により、がんは『超悪性』『やや悪性』『割と穏やか』『まったく無害』など多様な形があることがわかり、がん=死というイメージが揺らいでいます。後者2つに分類されたがんであれば命にかかわることはありません。検査法や治療法の概念も大きく変わりつつあり、旧来の常識ではなく新たなエビデンスに基づいた医療を受けることが重要です」
2人に1人がかかる国民病と対峙するために、最先端の医療を知っておきたい。
※女性セブン2023年8月3日号