単調な日々を送っていた美佐子は、とある仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉と出逢う 美佐子は雅哉の無愛想な態度に苛立ちながらも、彼が過去に撮影した夕日の写真に心を突き動かされ、いつかこの場所に連れて行って欲しいと願うようになる 命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われてゆく雅哉。彼の葛藤を見つめるうちに、美佐子の中の何かが変わりはじめるー。
こちらは2017年制作の 日本 フランス ドイツ の
合作映画です(102分)
以前ご紹介した 「あん」 「殯の森」 の河瀨直美監督作品の今作も、カンヌ映画祭の
コンペティションに出品され パルムドールは逃しましたが、エキュメニカル審査員賞
(キリスト教関連の団体から贈られる別枠の不思議な賞です) を受賞しております
視覚障害者の為に、映画に 音声ガイド を付ける仕事をしている新人 美佐子 田
舎に認知症を患う母を残し、都会で働く彼女が音声ガイド を付けた「その砂の行方」
という映画を、実際の視覚障害者の人達に 「観て」 もらいます 様々な意見が交わさ
れる中、最も辛辣な意見を言う 元・売れっ子カメラマンの 雅哉 の言葉にショックを
受けます 自分の仕事の難しさに悩む美佐子 ある日、上司の頼み事で 雅哉のアパー
トに拡大読書器を届ける事になります 「お茶でも」 と言われ、雅哉の部屋に上
がり 実際の視覚障害の人の 生活と気持ち を間近で体験する事で少しずつ美佐子の中
で変化が起こります。一方の 雅哉は、辛うじてまだ微かに見えていましたが、日増し
に視力が失われて行く事に恐怖を感じ、人生の全てだったカメラを 手放さなければ
ならない日、それは同時に目から 「光」 が消える日 を受け入れられないでいるので
した、、、
この二人の物語を通し 様々な問題を提起されます 二人は気付かないうちに、互いに
影響し合う事により 美佐子は田舎の母と、亡くなった父のトラウマを 母娘で共有す
る事で浄化し、人間として成長します 雅哉は完全に視力を失いますが、すがって
いたカメラを捨てる事で、新たな人生を生きる決意をします 二人が出会うきっか
けとなった映画 「その砂の行方」 の音声ガイドが完成し、試写が行われ 美佐子の書
いたガイドを聞きながら 「映画を観る」 視覚障害者 の人々の満足そうな顔で映画は
終わります
個人的な感想を書く為に、かなり端折った紹介となってしまいました この映画の出
演者は 美佐子に 水崎綾女 雅哉に 永瀬正敏 の二人と、劇中映画の監督、兼主役
に 藤竜也 美佐子の母に 白川和子 という方々 中でも、永瀬正敏 の盲人になって行く
演技は誰が見ても納得するものでしょう 水崎綾女 は初見でしたが、無垢である必要
の美佐子という役にはまっていたと思います リアリティを尊重する監督ではありま
すが、主役二人の美しさは仕方なかったようですね 映画のリサーチの為、藤竜也
演じる監督の下へ美佐子がインタビューへ訪れ 映画について語る場面の藤竜也の
枯れた感じも素敵でした
そして何より、音声ガイド という仕事の存在 まるで伊丹映画を観るような「ハウツー
物」の面白味がありました それと雅哉の生活風景の描写 拡大読書器や、パソコン
の拡大機能等を利用し工夫した生活に現在のリアリティを感じましたし 撮影も健常
者と視覚障害者の視覚的アプローチも工夫されていて、観ている方にも疑似体験させ
られるような意図が上手く機能していたように思いました。映画の中で、完成前の試
写をした後、視覚障害者の方々に美佐子がダメ出しされる場面があるのですが、実際
の視覚障害者の方と思われる女性がこう告げます。「私達、映画を観ている時に スク
リーンを見ているよりも、もっともっと大きな世界に入り込む感覚で作品を楽しんで
います」 その世界に入っているような感じで?その中に自分も居るような感じで?
「同じ空気を吸って、同じ音を聞いて、色んなものを感じて映画を観ています」 「そ
の大きな世界を、言葉が小さくしてしまう程 残念な事はないです」 台本には書いて
ない、つまりセリフではない と思われる 刺さる言葉でありました
世間的にも、世界的?にも 評価が高く、前作 「あん」 で学んだのか、一般的にも受
け入れやすい (河瀨作品の中では) 映画です、、、ですが!個人的に幾つか 「」
と思う部分がありました 細かい部分は止めておいて、まず 美佐子と雅哉の距離感が
上手く伝わらないのでして、ポスターにもなっているキスシーン 美佐子から雅哉にブ
チュ~っ とするのですが、このシーンは唐突で 雅哉に対する 哀れみ からか?とザワ
ザワと感じてしまう場面でした そのかなり以前の場面で、雅哉が「顔を触らせてく
れ」と美佐子の顔を手でなぞるように触れるだけの素敵なシーンがあったのに、この
場面で急に 性的なものになってしまったように感じて必要だったのでしょうか?視覚
障害者の方の言葉をそのまま返したいような残念で余計なシーンでした
次に 決定的 にまずかったのが、美佐子が苦労して 音声ガイドをつける 劇中映画 が、
驚く程つまらなそうな作品なのです 藤竜也が監督兼、主演という設定の 「その砂の
行方」 ほぼ3つのシーンのみ繰り返し映されます 1 リビングでいちゃつく夫婦、 2
砂の上で妻の髪をまさぐる夫、 3 砂丘を上がり夕日を見つめる夫 1、2は妻を失っ
た男の回想シーンのようです 3 は実際の映画の中でもエンディングとなる重要なシ
ーンです が、この映画の中でも最もつまらない映像です この劇中映画がつまらな
いと、必死に美佐子が苦労しているのが虚しく感じますし、映画のクライマックス
(美佐子のガイドの完成品であり、ナレーションで映画のテーマを語っている) とエ
ンディングの重要な作品なのですが、、、藤竜也の無駄使い感 それを補うかのよう
に、ナレーションは樹木希林を起用するという暴挙 希林さんのナレーションでエン
ディングを迎えてしまい、これまでのドラマを全部 希林さんが持って行ってしまうの
であります
美佐子の母の認知症という設定と、田舎と都会の対比、父の思い出、夕日と 多くの
要素を詰め込んでいるものの、そのまま散らかっただけで終わっているエピソードも
多々あります そう、確かに日常はそんな事の羅列ですが、それならば美佐子と雅哉
の二人に焦点を絞った方が良かった気がしました ラストシーンありきの構成で、
少々お話の遠近法に失敗したように感じてしまいました セリフの節々に、河瀨監督
自身の言葉そのものでは?というものを感じました 私だけでありますが、、、
トータル 河瀨監督ワールドの本作 多々文句ではなく、注文の多い長文になってしま
いましたが、観て損は無い映画ですし、演者の演技を観るだけでも十分価値のある作
品だと思いますので、機会があればご覧になってみてはいかがでしょうか です
「想像力の問題じゃないですか?」「無いのはどちらかしらね?」(劇中より)
では、また次回ですよ~!
撮影は美しいです、ご自分の目で作品をご覧になってみて下さい ませませ