見もの・読みもの日記

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社会都市から企業都市へ/東京史(源川真希)

2023-08-22 22:03:25 | 読んだもの(書籍)

〇源川真希『東京史:七つのテーマで巨大都市を読み解く』(ちくま新書) 筑摩書房 2023.5

 著者は休日には東京の都心や隅田川の東側の地域を歩くことが多いという。冒頭に隅田川テラスから見た永代橋の写真が掲載されていたのに親近感を覚えて、本書を読むことにした。本書は「東京を通して浮かび上がってくる近現代の歴史」を七つのテーマに分けて論じている。七つのテーマは「破壊と復興(震災・空襲)」「帝都・首都圏」「民衆(スラム・貧困・労働環境)」「自治と政治」「工業化と脱工業化」「繁華街・娯楽・イベント」「高いところと低いところ」。東京は「権力」と「富」が集中する輝かしい巨大都市である一方、次々に問題が沸き起こり、責任ある人々は、対応に苦心してきた。そのダイナミックな展開こそが東京150年の歴史の魅力だと思うが、以下では、私が気になったトリビア的な記述を書き留めておく。

 ひとつは、破壊と復興を繰り返してきた歴史の記憶が、現在の街並みにも残っているという指摘。1945年の敗戦直後に占領軍が撮影した写真には、都心の多くの家屋が焼夷弾で焼き払われたにもかかわらず、奇跡的に焼け残った建物の姿が収められている。そうした建物(鉄筋コンクリート製)には今日まで使用されているものもあるという。馬喰横山駅を出たところにあるビルはその1例。今度見に行こう。それから「復興」とは少し違うが、湾岸地域には埋立てによって生まれた広大な土地がある。私の住む江東区の古石場、枝川、豊洲の一部などは東京市が作った。戦前、南砂町付近には海水浴場があったという記述にはびっくり。

 都市化が進んだ大正・昭和初期、路面電車がしばしば焼き打ちに遭ったというのも興味深かった。電車は人々の生活を合理化する一方、交通事故やストレス、車夫などの失業問題を引き起してもいたのだ。

 大正中期、都市下層民の居住場所は深川、本所、浅草区に多く、関東大震災以降は、さらに外側の郡部、のちの荒川、向島、城東区域などに拡散した。この時期(20世紀のはじめ~大戦前夜)世界の大都市では、さまざまな社会都市政策が試みられた。東京市も1919年末に社会局を設置して、公設市場、公営住宅、簡易食堂、児童託児所、公衆浴場、職業紹介所などを整備していく。こういうの、一国史だけ見ていると日本すごいとかナチスすごいになりがちだけど、国際的な趨勢だったんだよな。そして、いまの日本の大都市が、こういう社会政策を切り捨てる方向(民営化・収益化)に向かっているのが悲しい。東京市営の簡易食堂・深川食堂は、現在、深川モダン館として保存されている(我が家の近所)。

 制度史的には「東京都」の誕生が1943年7月、すでにガダルカナルから日本軍が撤退し、戦局が不利になっている状況下だったというのも、あらためて驚きだった。そして、このとき「東京府知事」という役職がなくなり「東京都長官」(国の官吏)が置かれたということにも。東京市は、国(内務省)に自治権を取り上げられたのである。この前段には、東京市議会が汚職の温床になっていた状況がある。そのため、市民の側も、優良候補を選出するなど、さまざまな啓発活動をおこなった。しかしこうした運動は「方向性がずれると、議会制それ自体を掘り崩しかねない」と著者は指摘する。これは、近年の選挙を見ていても思い当たるフシがある。

 工業化と脱工業化の章は、私の子ども時代(1960年代)の風景を思い出してなつかしかった。そうそう、ちょっと都心を外れれば、東京には大小さまざまな工場があった。総武線の沿線には、煙を吐き出す高い煙突や大きなガスタンクがあった。工場の地方移転が進むのは1980年代以降の話である。

 1980年代、中曽根政権は「都市再開発」を有効な政策と位置づけた。その象徴的な事業が、赤坂・六本木地区で行われた森ビルによる市街地再開発だという。そうなのか。今でこそ周辺の美術館によく行くけれど、同時代的には、全くその意義を理解していなかった。しかしバブル崩壊、構造改革を経て、都市再開発(都市計画行政)における経済対策の比重が増していく。「社会都市の行き詰まりにより、企業都市へに移行」というのが著者のまとめだが、喫緊の神宮外苑再開発問題も、この路線の上にあるものだと感じた。


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