奈良新聞「明風清音」欄に、月1~2回、寄稿している。10/17付で掲載されたのは、〈「観光立国」の虚実〉、佐滝剛弘著『観光消滅 観光立国の実像と虚像』(中公新書ラクレ)の紹介である。
今の若い人はご存じないだろうが、終戦後には〈日本は資源がないから、戦争に負けた。これからの日本は観光と軽工業でやっていくしかない〉と言われた。ここでは「観光」も「軽工業」も、ややマイナスのイメージで語られている。
私は紹介しなかったが、本書にも〈もしかしたら、「観光立国」という言葉は、先進国という呼称に疑問符がつき始めた日本の姿を覆い隠す魔法のヴェールにすぎないのではないだろうか?〉と記されている。私はそんなことを考えながら、本書を読んだ。以下、記事全文を紹介する。
「観光立国」の虚実
佐滝剛弘著『観光消滅 観光立国の実像と虚像』(中公新書ラクレ)という刺激的なタイトルの本を読んだ。本書カバー袖の「内容紹介」には〈インバウンド需要を見込んで観光立国を目指した日本は今、観光地の大混雑、ホテル代の高騰、超高額メニューの登場など、「オーバーツーリズム」の弊害が各地で顕在化している。
これに加えて人口減による人手不足や公共交通の減便が輪をかけ、もはや日本の観光を取り巻く環境は、公害を超えて崩壊から消滅の道をひた走るのか。観光学の第一人者が豊富な事例をもとに、改めて「観光」の意義と、ありうべき「観光立国」の姿を問い直す〉。
本書著者はもとNHKディレクターで、現在は千葉県にある城西国際大学の観光学部教授である。豊富な事例に基づき、「観光立国」のさまざまな問題点を浮き彫りにしている。印象に残ったところを紹介する。
▼ウニをのせたステーキ串
築地場外市場は市場の移転後も、商売の街として賑わう。 〈2024年3月の平日の昼ごろ、築地場外市場を訪ねてみたら、完全に外国人の街であった。1串6000円するステーキ串、さらにそれにウニをのせた串もある。
(中略)そもそもステーキにウニをのせて食べる伝統的な食文化は日本にはない。日本人の足が遠のくのも無理はない。京都の錦市場や大阪の黒門市場もコロナ禍で一時日本人向けの店構えに戻っていたけれど、今は再び外国人御用達のマーケットになっている〉(本書から引用、以下同じ)。
▼京都人が京都に住めない
テレビなどで、オーバーツーリズムで京都では路線バスに乗れないとよく報道されているが、もっと深刻な問題がある。〈それは、「京都人が京都に住めなくなる」という弊害である。コロナ禍前から、京都では空き地ができるとそのほとんどがホテル用地として買収され、オフィスや住宅用に確保できなかった。
その結果、価格が高騰したりそもそも物件がなかったりで、本当は京都に住みたい人たちがやむなく近隣の自治体、特に滋賀県の方まで目を向けないと家を確保できない事態が進行していたのである〉。
▼日本の桜が咲かなくなる
地球温暖化に伴う気候変動が観光に悪影響を与えている。ここ3年、筆者(鉄田)は毎春、吉野山へ花見に行っている。基本的に下千本が見頃の時期をネットで確認してから行っているのだが、その時期が毎年、大きくずれるのだ。今年は4月5日、昨年は3月28日、一昨年は4月7日だった。
本書には〈気候変動にともなって桜の開花時期の予想が難しくなり、自治体などが設定した桜祭りの時期とずれてしまい、花見客の集客に大きく影響するようになった。(中略)さらに、桜の開花には、「休眠打破」という桜が寒さから目覚める作用が必要だが、冬の間にそのための気温まで下がらなくなっているという話まで聞かれるようになった。
近年、暖かいはずの鹿児島の桜の開花が東京などよりかなり遅れているが、これは鹿児島の冬の冷え込みが不十分なことが原因の一つと考えられている。もしこのまま温暖化が進むと、鹿児島だけでなく日本各地で桜が咲かなくなるともいわれており、「日本の春=桜」のイメージが崩れかねない〉。
▼世界遺産≠観光振興
〈世界遺産を求めて海外に行く日本人なら筆者も含め一定数はいるかもしれないが、海外から「そこが世界遺産に登録されているから」という理由で日本にやってくる外国人はそんなに多くはない。(中略)台湾には人口のほぼ半数にあたる1186万人(2019年)もの外国人が来訪しているが、台湾は世界遺産の登録を行うユネスコに非加盟のため世界遺産は一件もない〉。
▼真の「観光立国」に向けて
〈「ウニをのせたステーキ」を高額で販売するような行為は、本当の観光ではない。そもそも政府が進める観光振興策は、経済的な側面だけで効果を測ったり、富裕なインバウンドを受け入れることが最優先されるされるような風潮だったりすることが目立っている。本書では、その危うさをきちんと指摘したかった〉。
「観光立国」という言葉に惑わされず、日本観光の展開をシッカリと見守っていきたい。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)
今の若い人はご存じないだろうが、終戦後には〈日本は資源がないから、戦争に負けた。これからの日本は観光と軽工業でやっていくしかない〉と言われた。ここでは「観光」も「軽工業」も、ややマイナスのイメージで語られている。
私は紹介しなかったが、本書にも〈もしかしたら、「観光立国」という言葉は、先進国という呼称に疑問符がつき始めた日本の姿を覆い隠す魔法のヴェールにすぎないのではないだろうか?〉と記されている。私はそんなことを考えながら、本書を読んだ。以下、記事全文を紹介する。
「観光立国」の虚実
佐滝剛弘著『観光消滅 観光立国の実像と虚像』(中公新書ラクレ)という刺激的なタイトルの本を読んだ。本書カバー袖の「内容紹介」には〈インバウンド需要を見込んで観光立国を目指した日本は今、観光地の大混雑、ホテル代の高騰、超高額メニューの登場など、「オーバーツーリズム」の弊害が各地で顕在化している。
これに加えて人口減による人手不足や公共交通の減便が輪をかけ、もはや日本の観光を取り巻く環境は、公害を超えて崩壊から消滅の道をひた走るのか。観光学の第一人者が豊富な事例をもとに、改めて「観光」の意義と、ありうべき「観光立国」の姿を問い直す〉。
本書著者はもとNHKディレクターで、現在は千葉県にある城西国際大学の観光学部教授である。豊富な事例に基づき、「観光立国」のさまざまな問題点を浮き彫りにしている。印象に残ったところを紹介する。
▼ウニをのせたステーキ串
築地場外市場は市場の移転後も、商売の街として賑わう。 〈2024年3月の平日の昼ごろ、築地場外市場を訪ねてみたら、完全に外国人の街であった。1串6000円するステーキ串、さらにそれにウニをのせた串もある。
(中略)そもそもステーキにウニをのせて食べる伝統的な食文化は日本にはない。日本人の足が遠のくのも無理はない。京都の錦市場や大阪の黒門市場もコロナ禍で一時日本人向けの店構えに戻っていたけれど、今は再び外国人御用達のマーケットになっている〉(本書から引用、以下同じ)。
▼京都人が京都に住めない
テレビなどで、オーバーツーリズムで京都では路線バスに乗れないとよく報道されているが、もっと深刻な問題がある。〈それは、「京都人が京都に住めなくなる」という弊害である。コロナ禍前から、京都では空き地ができるとそのほとんどがホテル用地として買収され、オフィスや住宅用に確保できなかった。
その結果、価格が高騰したりそもそも物件がなかったりで、本当は京都に住みたい人たちがやむなく近隣の自治体、特に滋賀県の方まで目を向けないと家を確保できない事態が進行していたのである〉。
▼日本の桜が咲かなくなる
地球温暖化に伴う気候変動が観光に悪影響を与えている。ここ3年、筆者(鉄田)は毎春、吉野山へ花見に行っている。基本的に下千本が見頃の時期をネットで確認してから行っているのだが、その時期が毎年、大きくずれるのだ。今年は4月5日、昨年は3月28日、一昨年は4月7日だった。
本書には〈気候変動にともなって桜の開花時期の予想が難しくなり、自治体などが設定した桜祭りの時期とずれてしまい、花見客の集客に大きく影響するようになった。(中略)さらに、桜の開花には、「休眠打破」という桜が寒さから目覚める作用が必要だが、冬の間にそのための気温まで下がらなくなっているという話まで聞かれるようになった。
近年、暖かいはずの鹿児島の桜の開花が東京などよりかなり遅れているが、これは鹿児島の冬の冷え込みが不十分なことが原因の一つと考えられている。もしこのまま温暖化が進むと、鹿児島だけでなく日本各地で桜が咲かなくなるともいわれており、「日本の春=桜」のイメージが崩れかねない〉。
▼世界遺産≠観光振興
〈世界遺産を求めて海外に行く日本人なら筆者も含め一定数はいるかもしれないが、海外から「そこが世界遺産に登録されているから」という理由で日本にやってくる外国人はそんなに多くはない。(中略)台湾には人口のほぼ半数にあたる1186万人(2019年)もの外国人が来訪しているが、台湾は世界遺産の登録を行うユネスコに非加盟のため世界遺産は一件もない〉。
▼真の「観光立国」に向けて
〈「ウニをのせたステーキ」を高額で販売するような行為は、本当の観光ではない。そもそも政府が進める観光振興策は、経済的な側面だけで効果を測ったり、富裕なインバウンドを受け入れることが最優先されるされるような風潮だったりすることが目立っている。本書では、その危うさをきちんと指摘したかった〉。
「観光立国」という言葉に惑わされず、日本観光の展開をシッカリと見守っていきたい。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)