ああ…何年ぶりだ、このいい気分は・・と思いながら本山一郎は浴槽に浸かっていた。「あなた、着替え、置いとくわよ!」「ああ…」妻の千沙子の声に、なんと平和なんだ…と本山はさらに思った。本山は新聞社に依頼され、三年契約でアフリカの某国に派遣された戦場カメラマンだった。といえば聞こえはいいが、その実態は過酷で劣悪な環境にある小さな村々での生活だった。風呂などというものがこの世に存在するのかさえ知らない原住民と本山は三年ばかりも暮していたのだ。悪くすれば毒蛇や蠍(さそり)に刺される危険を孕(はら)んだ家屋での就寝は本山にきつさを感じさせた。加えて高温地帯特有の寝苦しさがあった。いや、それらもピシッピシッではなかったが、ヒューンヒューンと飛び交う流れ弾による死の恐怖に比べれば、まだマシな方だった。帰国し、手続きを終え...短編小説集(25)つかれる人[5]浸かれる人<再掲>