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2023/04/10

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  • 短編小説集(25)つかれる人[5]浸かれる人 <再掲>

    ああ…何年ぶりだ、このいい気分は・・と思いながら本山一郎は浴槽に浸かっていた。「あなた、着替え、置いとくわよ!」「ああ…」妻の千沙子の声に、なんと平和なんだ…と本山はさらに思った。本山は新聞社に依頼され、三年契約でアフリカの某国に派遣された戦場カメラマンだった。といえば聞こえはいいが、その実態は過酷で劣悪な環境にある小さな村々での生活だった。風呂などというものがこの世に存在するのかさえ知らない原住民と本山は三年ばかりも暮していたのだ。悪くすれば毒蛇や蠍(さそり)に刺される危険を孕(はら)んだ家屋での就寝は本山にきつさを感じさせた。加えて高温地帯特有の寝苦しさがあった。いや、それらもピシッピシッではなかったが、ヒューンヒューンと飛び交う流れ弾による死の恐怖に比べれば、まだマシな方だった。帰国し、手続きを終え...短編小説集(25)つかれる人[5]浸かれる人<再掲>

  • 短編小説集(25)つかれる人[4]突かれる人 <再掲>

    地下鉄(メトロ)は走っていた。幸い、列車内は鮨(すし)づめ状態ではなかったが、それでも混むことは混んでいた。堀田はそんな車輌の中ほどで、新聞を片手に吊革を持ちながら揺られていた。最近はどうも目が霞(かす)むことが多い・・と紙面を遠ざけると案の定、文字が鮮明に見えた。そろそろ老眼鏡か…とテンションを下げたとき背後から肩を二度、指で軽く突かれた。誰だ!と、すぐ振り返ったが、後部に人が立つ気配はない。両横には同じサラリーマン風の男がいたが、後ろには誰もいなかったはずだ…と堀田は思った。やがて駅ホームへ車輌が滑るように減速して停止した。自動ドアが開くと同時に乗客の数人が降り、ホームにいた数人が乗り込んできた。堀田は誰か知り合いが・・と乗降客を注視したが知った顔はなかった。まあ、いいか…と、その場は軽く忘れることに...短編小説集(25)つかれる人[4]突かれる人<再掲>

  • 短編小説集(25)つかれる人[3]付かれる人 <再掲>

    牧原由香は今をときめく若手アイドルである。中学一年のとき、偶然、歩いていたスクランブル交差点で声をかけられたのがきっかけで芸能界デビューを果たした。とはいえ、声をかけたのはスカウトマンではなく所属事務所の女性事務員だった。由香はそういう状況もあり、その宮田千沙に、さほど身の危険も感じないままスムースにムーンライズ・カンパニーの専属となったのだ。それ以降、どういう訳か由香はマネージャーがよく変わった。「君ね!これで6人目だよ。マネージャーをそう度々(たびたび)、変わられたんじゃ、うちとしても困るんだよ。何か言ってるの?」「私、なにも言ってません!なんか、いつの間にか押し黙って…」「しばらくすると、必ずここへ来るんだよ。担当を変えてくれってね。そういうの、本当に困るんだよね。なにかあるんだろ?訳がさ。そうとし...短編小説集(25)つかれる人[3]付かれる人<再掲>

  • 短編小説集(25)つかれる人 [2]憑かれる人 <再掲>

    目眩(めまい)がして三塚は会社を早退した。入社して二十年経つが、こんなことは一度もなかった。俺ももう年か…と三塚は会社ビルを出ながら思うでなく思った。幸い、いてもいなくても変わらない平サラだから、どうも!と愛想いい笑顔の一つも見せ、ペコリと課長に頭を下げれば、あっ!そうなの?お大事に…で了解された。まあ、悪くいえば、存在感がまったくない訳だが、三塚にとっては楽に休めるのだった。とはいえ、ズル休みではなく、目眩は本当なのだ。この日は、別人と自分が思えるほど仕事がはかどり、課長は上機嫌で早退を認めてくれた。そこのところが今一、三塚には解せなかった。三塚はひとまずかかりつけの再入会病院へ行こうと足どりを速めた。「おかしいですね…。異常な所見はありませんが?」神経外科、脳外科など一応、疑われるすべての検査を受けた...短編小説集(25)つかれる人[2]憑かれる人<再掲>

  • 短編小説集(25)つかれる人[1]疲れる人 <再掲>

    「どうも身体が、けだるいなあ」「ですね…。でも、僕なんか、課長に比べれば3倍は、やってるんですよ!」不満顔で肩を片手で揉みながら、課長補佐の杉下は戸山に返した。「ああ、そうだったな、すまん。これも管理職の悲哀か…」「…ですよね」「慰め合っていても仕方ない。どうする、勝負は明日(あした)だ」「ここまでの質問は飛ばない、とは思うんですが…」「ああ、まあ決算書の数値はかなり細かいからな。ここまで勉強した議員さま方がおられれば別だが…」「しかし、万が一ということもあります。流用充当の答弁文だけは片づけておきましょう」「だな。そのときの逃げ筋は必要だ」「別に悪いことをしている訳じゃないんですけどね。これも、結果として生じた予算の組み替えなんですから…」自己弁護するように杉下は正当化して言った。「そうだよ。俺達に比べ...短編小説集(25)つかれる人[1]疲れる人<再掲>

  • 短編小説集(24)厚化粧 <再掲>

    沙希は今朝もパタパタと鏡台で化粧を始めた。数年前から両目尻にカラスの足跡とか言われる細い皺(しわ)が目立つようになっていた。それを隠そうと、工事的にパタパタと叩(はた)くのだが、一向に成果は得られなかった。もちろん、種々のクリームなどの化粧品は試していた。だが、効果がないと分かると、最近の沙希は鏡台に座るのもテンションが下がるのか、億劫(おっくう)になっていた。鏡台に座る回数は減ったが、座ればパタパタは、その都度、激しさを増した。「お前な…」夫の智也はそんな沙希に、塗らなくても…と言おうとして、思わず口を閉ざした。言ってはいけない禁句のように思えた。これで、「今夜はスキ焼にするわ!」と、快活に言われた夕飯がフイになっては、たまったものではない…と思えたからだ。そうはいっても、皹(ひび)割れしそうな厚化粧は...短編小説集(24)厚化粧<再掲>

  • 短編小説集(23)食欲前線 <再掲>

    海鮮は、堀田家の食卓を自分が彩(いろど)るというテーブル上の野望に燃えていた。しかもそれは、飽くまでも楚々として、至極自然であらねばならなかった。そのためには肉盛が邪魔だった。唯一、それが可能となるのは中立の御飯の動向である。御飯はどちらの派閥にも属さず、中立を保っていた。海鮮は肉盛派を切り崩そうと謀(はか)っていた。御飯に連携できる料理を提案したのだ。『なんといっても、秋サンマにはカボスやスダチ、レモン、ユズ汁。醤油のオロシ大根。で、あなたでしょ?お寿司の新鮮なネタにはシャリ!』『はあ、まあ…』御飯は返事を濁した。肉盛も密かに携帯で御飯に打診していたのである。『ジュジュっとなった焼き肉に特製タレです。そして、あなたが…。どうです?スキ焼なんかも、いいなあ』『はあ!』御飯は乗り気になっていた。そこへ海鮮の...短編小説集(23)食欲前線<再掲>

  • 短編小説集(22)柳の風 <再掲>

    季節が違う…と聖也は思った。幽霊が賑(にぎ)わう相場は夏である。今は?と辺りを窺(うかが)えば、夕暮れで風が戦(そよ)いでいるが、そうは暑くない。いや、どちらかといえば涼しさが幾らか出始めた初秋の夕暮れである。風に揺れる柳、川堀などもあるから、この辺りはとっておきの現れどころなのだ。ただ、季節が少し遅い感じだった。聖也は予想外の珍事であの世に逝(い)ったものだから、今一つ死んだ、という感覚がマヒしていた。死んだ途端、なぜか記憶がスゥ~っと途切れ、そしてふたたびスゥ~っと戻ったのだ。変わったことといえば、ただそれだけだった。だから、聖也には死んだ感覚がなかったのである。皆がそうなのかは別として、焼いた餅を喉(のど)に詰めて死んだなどとはダサくて、若い聖也には言えたものではなかった。聖也とすれば、やはりここは...短編小説集(22)柳の風<再掲>

  • 短編小説集(21)残像 <再掲>

    めでたく新年が明け、遠くの山並みに昇る初日の出を見ながら勇は背伸びをした。この一年、どう過ごそうか…。確固とした計画もなにも立っていなかった。去年と同じで、また無為に一年が過ぎ去るのか・・と思えば、無性になにかしたい気分になった。気づけば車を止め、知らない街の繁華街を歩いていた。どう考えても、見た記憶が浮かばない街並みだった。落ちつけ!落ちつくんだ!と、勇は自分に言い聞かせた。記憶を遡(さかのぼ)ろうと立ち止り、目を瞑(つむ)った。家を出て駐車した車に飛び乗った。…そこまでは、はっきりと覚えていた。住んでいる街を抜けてしばらく走り、隣街へ入った。…確か、そうだった。この辺りの残像はまだ確率が高い、と勇には思えた。ふと、不自然に立ち止っている自分に気づき、一端、瞼(まぶた)を開けると歩道にあるベンチへ座った...短編小説集(21)残像<再掲>

  • 短編小説集(20)ガソリンを飲む男 <再掲>

    「今日はもう、帰っていいよ。お疲れさん!」所長の下岡にそう言われ、多田は緩慢に席を立った。ようやく一日の仕事が終わったか・・と多田は解放された機械のように思った。やれやれ、これでガソリンが飲めるぞ!と多田は嬉しくなった。下岡経理事務所に勤める多田にはひとつの秘密があった。それは秘密というより、下岡ばかりか誰にも話せない科学を覆(くつがえ)す秘めごとだった。多田がそうなったのには一つの原因があった。その頃、多田は親の脛(すね)を齧(かじ)る学生だった。なに不自由なく学生生活を満喫していた多田は、卒業式の後、打ち上げの飲み会に参加していた。学生生活もこれで最後か・・という気分も多少あり、テンションは高かった。「イッキ!イッキ!イッキ!」チューハイをすでに2杯飲んでいた多田だったが、同期の学生仲間に煽(あお)ら...短編小説集(20)ガソリンを飲む男<再掲>

  • 短編小説集(19)お粗末感 <再掲>

    人は立て前で生きるものだな…と、大森は思った。大森は立て前が嫌いな性分で、本音で生きてきた男だった。だから、公私ともに随分と損をしてきた。ここは抑えるところだ、と分かっていても、つい口に本音が出てしまうのだった。先だっても、こんなことがあった。「お前は、よく間違えるな~!同じところじゃないか!予算科目も分からんのか!これは、細節だ。いい加減に進歩しろ!大森の方は…これでいい」区役所の課長補佐、田坂は部下の三崎と大森を前に小言を並べていた。係長のときは猫の声だったものが、つい最近、管理職に昇進したのをいいことに管理者風を吹かせていた。嫌な奴・・という思いが大森にはあった。この日も、横の三崎が小言をもらった。「それは、ちょっと言い過ぎなんじゃないですか?!」大森は黙ってりゃいいものを、つい口にしてしまった。直...短編小説集(19)お粗末感<再掲>

  • 短編小説集(13)解毒[2] <再掲>

    「軽率だったな。だが、これで判明するぞ、現実離れした世界のすべてが…」篠口はトーンを下げて、前に座る係長の工藤に言った。「はい…」工藤は机の書類に目を通しながらの姿勢で、そう返した。「ただいま、秘書室の山崎から特別応接室の方へ藤堂専務をお通しした、とのことでございます」ふたたび、平林が課長席へ近づいて言った。山崎?…聞きおぼえがある名だ、と篠口は思った。「秘書室長の山崎茉莉君か?」「えっ?山崎は今年の入社でございますが…」平林は訝(いぶか)しげに篠口を見た。秘書の山崎は存在するか・・ただ、秘書室長ではなく新入りの秘書として…。篠口は頭が混乱しそうだった。「課長、お待たせしては…」考え込む篠口に工藤が忠言した。「分かってる…」篠口は課長席を立つと特別応接室へと向かった。篠口が特別応接室のドアを開けると、応接...短編小説集(13)解毒[2]<再掲>

  • 短編小説集(13)解毒[1] <再掲>

    ようやくマンションに辿(たど)り着いた篠口彰夫(しのぐちあきお)は、ドアを閉じた瞬間、崩れるように残業で疲れた身体を玄関フロアーへ横たえた。瞬間、これが酒の酔いなら最高だろうな…と、瞼(まぶた)が潤んだ。そして、それもつかの間、篠口は眠気に俄かに襲われ、そのまま深い奈落の底へと沈んでいった。牛乳配達員が表の受け箱へ瓶を入れるガラス音が微かにし、篠口は目覚めた。窓からは薄明るい翌朝の光が差し込んでいた。ああ・・昨日は一睡もせず仕事に忙殺されていたんだった。のんびりと決裁印を押してふんずり返っていたいよ…と、篠口は、ぼんやりと思った。篠口は、いつの間にか会社に毒されていたのかも知れない。「内示が出たよ、篠口君、来週から君は営業第一課長だ、おめでとう」部長の坂巻静一(さかまきせいいち)に言われたときは小躍りした...短編小説集(13)解毒[1]<再掲>

  • 短編小説集(12)狐狗狸[コックリ]さん <再掲>

    中学1年のときでした。職員室へ呼ばれた須藤君と桜庭(さくらば)君は生活指導の教師、川沼先生に注意されました。「まあ、今日のところは大目にみよう。次回からは、ご家族を呼んで厳しく指導するぞ!もう、帰ってよろしい」二人は、ぺコリと頭を下げると職員室を出ました。須藤君と桜庭君が怒られていたのは、放課後に教室で五目並べをしていたからです。担任の山村先生には、それほど好きなら部を作れよ、といわれていた二人でしたが、放課後に残る者が十人を超えたところで・・と密かに決めていたのです。それが、あと僅(わず)かのところで、生活指導の川沼先生の耳に入り、呼び出された・・という訳です。おそらく、クラスの誰かがチクったに違いない・・と二人は廊下を歩きながら語りあいました。「いや、木瀬だよ、きっと…。あいつは怪(あや)しい」「そう...短編小説集(12)狐狗狸[コックリ]さん<再掲>

  • 短編小説集(11)知らない花[ばな] <再掲>

    今日も暑い日になりそうです。今、ふと思い出したのですが、そう…あのことがあったのも、こんな暑い日だったと思います。それはもう、20年以上も前のことなのですが、かつて私が勤めていた会社での出来事でした。その日、私は残った仕事を終え、ようやく解放された気分で自分のデスクで背伸びをしておりました。ビルの窓ガラスの向こうは、すっかり暗闇です。残っている者といえば、私と係長の野坂(のさか)の二人でした。野坂は私から少し離れたところで明日のプレゼンテーション用の書類コピーをしておりました。やがてそれも終わったようで、野坂は私の席へ近づいてきました。「課長、そろそろ帰りましょうか?」「そうだな…」私は野坂から書類を受け取り、疎(まば)らに確認しながら頷(うなず)きました。そして、なにげなく隅(すみ)の卓袱台(ちゃぶだい...短編小説集(11)知らない花[ばな]<再掲>

  • 短編小説集(10)お気の毒 <再掲>

    無宗教のお別れの会が、しめやかにとり行われていた。ちょうど、某有名人のお別れの辞が読み終えられたところだった。ここは、とある私営葬祭場のホールである。会場は故人の遺徳を偲(しの)ぶかのように、多くの弔問者でごった返していた。その数、ざっと数百名。映画やテレビでよく知られた有名人も多く列席していた。祭壇に飾られた遺影の壇田(だんだ)は、彼らを見ながら、こんな俺のために態々(わざわざ)、来なくてもいいのにな…と、ぶつくさいいながら、餅を齧(かじ)っていた。━ご遺族さまに続きまして、順次、ご献花をお願いいたします━馴れた名調子で、葬儀社の進行係がマイクへ声を流す。遺影の向こうにいる死んだ壇田には、葬祭場の模様がテレビ画面で見るかのように克明(こくめい)に映し出されていた。むろん、献花する者達から見れば、ただの遺...短編小説集(10)お気の毒<再掲>

  • 短編小説集(9)鞄[かばん] <再掲>

    「あのう…もし。これ、忘れ物ですよ」鳥山住夫は電車を降りようとして隣の座席の男に呼び止められた。男が手にしていたのは鞄(かばん)だった。住夫が男との境に置いた鞄をうっかり忘れていたのには、それなりの理由があった。結果、住夫は呆然(ぼうぜん)として、鞄を持って乗ったことすら忘れていたのだった。住夫はギクッ!と驚いたように振り返った。「あっ!どうも…」軽い会釈で鞄を受け取ると、住夫は乗降扉の方へ歩いた。こんなヘマやっちまって、なにやってんだ、俺は…と、自分自身が腹立たしかった。小一時間前、ちょっとした手違いで課長の丸岡から、こっぴどく叱責(しっせき)され、住夫はすっかりテンションを下げていた。「駄目じゃないか!鳥山君!我々は公僕なんだぞ。間違えました・・では済まないんだ!幸い、先方さんが気づいてくれたからよか...短編小説集(9)鞄[かばん]<再掲>

  • 短編小説集(8)夜闇提灯[よいやみぢょうちん] <再掲>

    いや~、こう暑いと堪(たま)りませんな。ははは…私なんか、めっぽう暑さには弱いもんで、どこか涼しげな外国で暮らしたいのですが…。能書(のうが)きはこの辺にして、話を進めて参ります。私の実家はとある片田舎なんですがね。夏ともなれば蝉が我が世とばかりに集(すだ)く、今考えれば、いい風情の村でございました。私も今では大都会で暮らしておりますが、社会人になるまでは、この片田舎で暮らしておったというようなことでして…。話は私の子供時代へと遡(さかのぼ)ります。村は戸数が二十軒ばかりの山奥の小さな集落でしたが、ここには古い風習がありましてね。村の社(やしろ)の祠(ほこら)に年番で一年間、夜中参りをする・・という変な風習なんですが、そういうのがありました。私の家も来年、その年番が回って来るというので、父は、そろそろ精進...短編小説集(8)夜闇提灯[よいやみぢょうちん]<再掲>

  • 短編小説集(7)価値[value] <再掲>

    派手な衣装と高価なネックレスで身を纏(まと)い、厚化粧を塗りたくった老齢の貴婦人と、頭髪に似つかわしくないティアラを飾(かざ)った老齢の貴婦人二人が、高級宝飾店の店内でガラスケースを覗(のぞ)き込んでいた。「ホホホ…これなんか、安くて手頃ざ~ますわ、奥さま」ティアラ貴婦人が厚化粧貴婦人にアドバイスした。「あら!そうざま~すわね。高々、1億2千万…」「それに、なさ~ましな」「ええ、じゃあ…。あの~う!これね」厚化粧貴夫人はガラスケースを指さし、まるで召使いのように後ろに従って直立する若い女性店員に指示した。「かしこまりました…」「お支払いは、いつものようにね」「はいっ!あの…お付けになられますか?」「えっ?今日はその気分じゃないの。包んでちょうだい」「分かりました…」何度も通う常連と見え、話は滑(なめ)らか...短編小説集(7)価値[value]<再掲>

  • 短編小説集(6)ストップウオッチ <再掲>

    陸上部コーチの末松教諭はグラウンドを周回して戻った生徒の高輪進に声をかけた。「よし!1分50秒02だ。コンマ04早くなったぞ。フゥ~、暑くなってきたな。今日は、これまでだ!隣の北洋商業みたいに熱中症で倒れられたら、ことだからな」「…はい!…」進は荒い息を鎮めながら、そういった。湧き立つ積乱雲が俄(にわ)かにその勢いを増しながら全天を占拠し始めた。同時に遠雷が鳴った。二人はグラウンドを歩きながら空を見上げた。「進よ、こりゃ、ひと雨来そうだな」「そうですね…」ようやく乱れた息が静まり、進はタオルで顔を拭(ぬぐ)いながら返した。校舎へ入ると末松は職員用更衣室へ、進は部室へと別れた。「お疲れさま!」部室に残留していたマネージャーの藤崎有里香が元気よく、ペットボトルのスポーツドリンクをさしだした。「おう!有里香か。...短編小説集(6)ストップウオッチ<再掲>

  • 短編小説集(5)底なし沼 <再掲>

    皆さんは底なし沼というのをご存知でしょうか。実は、これからお話しするのは、その底なし沼に纏(まつ)わる不思議な出来事なんですがね。まあ、信じる信じないは、あなたの勝手、私は語るだけ語って退散しようと…思ってるようなことでね。なにせ、これだけ暑けりゃ、早く退散したくもなるってもんで…。かつて私が住んでおりました田舎は山村でして、今では廃村になっております。近年、この手の過疎化はどこでも見られる訳で、別に珍しい話でもなんでもないんですが…。しかし、私の村が廃村になった訳というのには、実は別の理由があったんですよ。と、申しますのは、もう随分と前、そう…私が赤ん坊の頃のお話なんです。過疎化とかが問題になるような時代では決してございませんでした。かく申します理由といいますのは、そう!最初に申しました沼に起因するんで...短編小説集(5)底なし沼<再掲>

  • 短編小説集(4)大きな蜘蛛(くも) <再掲>

    怪談には、ちょっと季節外れの話なんですがね。その日の朝は雪が降りしきる寒い朝でした。私は、いつものように起きますと顔を洗い、それから歯を磨きました。前の日と何も変わらない平凡な日だな…と、思うでもなく縁側の廊下を歩いておりました。日本家屋でしたから、廊下の向こうはガラス戸を通して庭が見える訳です。カーテンを開けますと、当然、雪明りで明るくパァ~!っと目が眩(くら)む一面の銀世界が広がっています。おお、積もったなぁ~と、しばし見ておりますと、なんか風情があるんですよね。深々と雪は降っております。ふと、いつもの手入れしております盆栽鉢がどうなっているだろう…と、なにげなく置かれた辺りに目を遣(や)った訳です。すると、たぶん私の目の錯覚だろうと最初は思ったんですがね。いや、これは今考えても私の目の錯覚だったんで...短編小説集(4)大きな蜘蛛(くも)<再掲>

  • 短編小説集(3)消えた羊羹(ようかん) <再掲>

    私の子供の頃の話なんですがね。その当時は終戦後の物資がまだ出回ってない頃でして、食い物にも事欠く有りさまだったんです。そう、あれは夏の暑い盛りでしたよ。私の父親の故郷へお盆に帰るってのが毎年の夏の恒例になってまして、この夏も帰った訳です。私は子供でしたから、田舎の従兄弟と遊べるのと昆虫採集とかが出来るってので、もの凄い楽しみにしておった訳です。それもそうなんですが、それ以上に楽しみだったのが美味しい食べ物の数々でした。なんといいましても、田舎の畑にはマクワ、トマト、スイカ、トウモロコシとかがいろいろありましたし、白い米だけのご飯が腹いっぱい食べられましたから…。そんなで、私は田舎の古びた茅葺屋根の従兄弟の家へ行った訳です。両親は私を連れて手ぶらで毎年、帰るのが、なんか心の蟠(わだかま)りになってたんでしょ...短編小説集(3)消えた羊羹(ようかん)<再掲>

  • 短編小説集(2)声が聞こえる <再掲>

    「え~、必ず私は一票の格差をなくし、この日本が住みよい国になるよう努めて参りたい!かように思う、わけでございます!!」立ち止まった矢森透は、街頭で行われている選挙演説を冷めた目で聞いていた。「ふん!どうだっていいさ…。どうせ変わらねえんだろ!」透の右隣にいた男がそう吐き捨てるようにいって立ち去った。透も同感に思え、その男の後ろに従った。足早やな透はいつの間にか緩慢に歩く男の横へ並んだ。突然、男が声をかけた。「あんたも、そう思うかい?」「はあ、まあ…」透は、ビクッ!として横を向き、そう返した。「そうかい…。だよな、俺達とは住む世界が違うんだよ、政治家さんは…。なんか、上から目線に聞こえるのさ。あんた、どう思う?」憤懣(ふんまん)この上ない・・と思える怒った声で、その男は透に同意を求めて訊(たず)ねた。透は少...短編小説集(2)声が聞こえる<再掲>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <38>

    ミイラの消滅・・コトのすべてはSFじみた事実にあった。その事実を知る者、それは奥多摩の山深くの庵で暮らす祈祷師の老婆、そして署長の鳩村の二人である。二人は孰(いず)れもЙ3番星人が憑依しており、地球の命運を握る人物と言えた。五体のミイラ‭に残された頭部の一致した星印の痣(あざ)の鑑定結果が科捜研から報告されるということで、捜査員と関係者を一堂に会し、合同捜査本部の会議は署長が戻った夕方近くに始まった。「科捜研の関さん、鑑定結果をお願いします…」正面最前列で一同に対峙して座る鳩村が指名し、科捜研の研究所員、関礼子がスクッ!と立った。「各ミイラの頭部に残された痕跡は孰れも後天性の痕跡で、傷痕と言える傷ではない・・という結論に至りました。現在の科学技術では到底、説明出きない痕跡であり、どのようにして付着したもの...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<38>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <37>

    「ともかく、よかったです…」「ええ…」手羽崎管理官と庭取副署長が顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。マスコミに知られまいと、署内の全員に箝口令(かんこうれい)を敷いた矢先だった。「このあと、どうします、副署長?」「そうですね。取り敢えずは署長から詳しい話を聞くことに…」「分かりました。合同捜査本部の会議は開く必要があるようですが…」「科捜研の報告がありましたね」「ええ…」二人はゴチャゴチャと話し合い、合同捜査本部と分化本部は関係署員達でザワザワしていた。^^そのとき、三人を乗せた覆面パトが麹町署へ戻ってきた。三人が急ぎ足で署へ入ると、署員達はまるで有名人を見るかのように遠目で視線を三人に送った。「署長っ!」「ああ、どうも…。心配をおかけしました」「どうされたんです?」「いや、それが…。私にもよく分からんので...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<37>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <36>

    「ははは…若い人は、まあ、いろいろありますからね…」何がいろいろあるのか?口橋や鴫田には分からない。鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人にとって、地球上には、いろいろと珍しい事象があった訳である。鴫田の空腹状態も、実はその一つなのだ。^^「さて、一度、署へ戻りますか…」「そうして下さい。署内では署長が消えた消えたで、偉い騒ぎになってますから…」、先に連絡して下さい」「分かりました…。ははは…それじゃ、署へ帰還しますかっ!」「はいっ!取り敢えず、合同捜査本部を一度、開きませんと…」「そうですね‥‥」「僕のパスタは?」「馬鹿野郎っ!そんなもの、いつでも食えるだろうがっ!」「ですよね…」鴫田はオーダーを立って待つウエイトレスに片手を振ってキャンセルした。署長を乗せた覆面パトは一路、麹町署を目指した...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<36>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <35>

    「他愛もない話ですか…」「ええ、公安がウイルス絡みで埋葬したという…」「公安のウイルス絡みの話でしたか…」口橋は一応、納得した。鳩村の内心は、やれやれ…である。それは鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人だった。Й3番星の異星人は過去、百年近く前から交代で地球へ先遣者を送っていた。その理由は人類が地球上に生存し続けていいか?を見定める為だった。今までの経験値からすれば、人類はアホで地球を死の星にする輩(やから)・・という結論に達していた。五体のミイラの一件は、人類に最後のチャンスを与えるЙ3番星人の行為だった。麹町署の誰もが、そのような事実があろうとは夢にも思っていなかった。全員、アホだったということではない。^^誰もが想像もつかないSF的な事実が進行していたのである。「そうです。実は…」鳩村...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<35>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <34>

    店内に客は疎(まば)らで、三人は周囲に客がいない席へ腰を下ろした。しばらくして、ウエイトレスが水コップをトレーに乗せて現れた。各自が注文を済ますとウエイトレスはオーダー書きを確認した後、楚々と去った。「今どき、ハンディで注文、取らないんですね、この店…」「いいじゃないか、レトロで…」鴫田が訊ね、口橋が軽く返した。「口さんが私に訊いた話なんですがね。情報は公安内部のある署員から聞いたんですよ、実は…」「とある地へ埋葬されたって言ってましたよね。それは?」「公安に迷惑がかかるかも知れませんので、今のところ、ドコソコとは話せませんが…」「そうですか…。それと、例の祈祷師の婆さんが、署長に訊けば分かるって言ってたんですが、何のこってす?」奥多摩の山深い庵で暮らす祈祷師の老婆に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<34>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <33>

    このとき、Й3番星から来た異星人は地球は人類に任せてはおけない…と考えていた。ただ。乗り移った鳩村には、その心理を伝えてはいない。鳩村がうっかり、そのコトの重大さを暴露でもしようものなら、Й3番星から命じられ偵察に来た自分の使命が果たせなくなるからだった。五体のミイラが車内から発見された一件でも、どのように人類が処理するかを観察する目的で放置したのである。元々、五体のミイラは古い遺跡から空間移動させたもので、警察が事件視するような遺体ではなかった。そのことを麹町署の庭取副所長、手羽崎管理官を始め、署内の誰もが考えてはいない。それも当然と言えば当然の話だった。奥多摩山中の庵に住む祈祷師の老婆も、実はЙ3番星から偵察に来た異星人の先遣者が乗り移っていたのである。「あの…署長はラーメンお好きでしたっけ?今までオ...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<33>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <32>

    ところが、どういう訳か鳩村署長は二人が後を追ってくることを予見していた。いや、鳩村が予見していたというより、鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人が予見していたと言った方がいいだろう。『口橋君と鴫田君は間もなく来るな…。よし、ここで待っていよう』鳩村は警察から失踪した理由を考えていた。その理由とは、署長自らミイラが消えた真相を調べていた・・というものだった。無論、その理由は二人を欺(あざむ)くための異星人の詭弁(きべん)なのだが…。五分後、口橋と鴫田は鳩村に追いついた。「やっぱり署長だっ!署長~っ!!」鳩村の姿を遠目に認めた口橋は片手を振りながら走った。鴫田も当然、走った。「やあっ!口さんですかっ!」「…いったい、どうされたんですっ!?署内じゃ、署長が消えたって大騒ぎになってますよっ!」「はは...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<32>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <31>

    二人が特製大盛りラーメンをズルズル~っと音を立てて食べ始めて数分したところで、オカメの店主が訊ねるでなく声をかけた。「確か…あんたら、警察の人だったね…」「ああ、そうですが…」「ほん今まで、ここに座っていた人も警察のお偉いさんでしたよ」「警察の?」「ええ、麹町署の署長さんとか言ってらしたが…」「本当かいっ!!」「ええっ!」二人は思わず顔を見合わせた。「どこへ行くとか言ってられませんでしたか?」口橋が箸を置いた。「いや、そこまでは…」「どっちへ行かれました?」鴫田は麵を啜りながら訊く。「右手へ歩いて行かれたと思いやすが…」「おい、行くぞっ!」口橋が鴫田の肩を軽く叩いて急かす。鴫田は名残惜しそうに半ば食べ終えたラーメン鉢を見ながら立った。「親父さん、ここへ置いとくっ!」口橋は勘定をカウンターに置くとオカメを飛...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<31>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <30>

    その頃、鳩村は口橋がよく出入りするラーメン屋のオカメで特製大盛りラーメンを食べていた。だが、鳩山はハプニングさえ起きなければ、来年三月の人事異動で警察庁へ返れる・・という未来を忘れていたのである。鳩村はただの署長になり果てていた。鳩村の体内には彼の記憶の一部を喪失させたЙ3番星から来た異星人が潜んでいた。むろん、そのことを鳩村自身は認識していない。実のところ、五体のミイラが発見されたのも署内の霊安室から忽然と消えたのも、このЙ3番星から来た異星人が関与していたのである。口橋と鴫田がラーメン屋へ入ろうとしたとき、Й3番星から来た異星人が乗り移った[憑依した]鳩村は、ちょうど勘定を済ませて店から出た直後だった。「…おいっ!あれ、署長じゃねぇ~か?」「ははは…署長がこんなラーメン屋へ入る訳ないじゃないですか…」...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<30>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <29>

    「ミイラは消えるわ署長が消えるわでは、話にならないじゃないですかっ!」鴫田が突然、絶叫したような声を出した。「ともかく、全てが消えた地点はこの署内だってことは疑う余地がないっ!」口橋が理詰めの考えを呟いた。鴫田は、それは当たり前でしょ!とは思ったが、とてもそんなことは言えなかった。「では今、ミイラや署長はどこなんですっ!?」「鴫田、それは簡単な話だ。すべては俺達が想像もつかない無い地点に存在しているのさ…」「無い地点って!?」「ははは…それが分かりゃ~なっ。まあ、いいさ…おいっ!いくぞっ!」何がいいのか分からないが、口橋の脚は動き始めていた。^^「口さん!待って下さいよっ!」鴫田は口橋の後を慌てて追った。二人が立ち去るのを手羽崎は呆然と見送る他なかった。『署長っ!かくれんぼ、してないで出てきて下さいよ…』...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<29>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <28>

    「様子を見るって、それまで私ら、どうしてればいいんですっ、管理官っ!?」口橋の鋭い追及に手羽崎はバタバタと羽根を動かすでなく、苦笑して片手で頭髪を撫でた。^^「私に訊かれても…。ともかく、今後の捜査方針は庭取さんと詰めますよ…」「それにしても署長、どこへ行かれたんでしょうね?」鴫田が口橋の横から訊ねた。「そうだな…。まさか、神隠しに遭われたってことは…。いやいや、そんなことはないな、ははは…」口橋は小さく哂(わら)ったが、顔は引き攣(つ)っていた。「ミイラの消滅といい、署長の行方知れずといい、私にはどう考えていいのか分かりません…」「管理官が分からないんですから、私らにはサッパリです…」「あなた達は刑事なんだから、目星とかそういうのは浮かばないんですか?」「署長は行方知れずになる前、署内におられたんですよ...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<28>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <27>

    口橋と鴫田が麹町署へ戻ると、署内の空気は一変していた。「偉いことだよ、口橋さん…」手羽崎管理官が口橋の姿を見るや、息を切らせて走り寄ってきた。「どうされたんです、管理官?」「署長が消えたんだよっ!」「!?…消えたというと?」「昼前は署長室におられる姿を見た者もいるんだが…」「どこかへ急用で行かれたんじゃないですか?」「それが…携帯でも連絡が取れないんだ」「副署長は?」「それが…庭取さんもご存じないんだ。弱ったよ…」「はあ…」口橋は管理官のあんたが弱ってどうすんだよ…とは思ったが、そうとは言えず、取り敢えず短い相槌を打った。「署長が行方不明というのも、いかがかと…」それまで二人の会話を聞く人になっていた鴫田が、重く口を開いた。「鴫田が言うとおりですよ、管理官。現場の指揮にも関わりますし…」口橋が鴫田を援護し...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<27>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <26>

    口橋は覆面パトのエンジン・キーを捻った。「はいっ!」鴫田(しぎた)は、急ぐって、運転してるのは口さんでしょ!?とは思ったが、とてもそんなことは言えず、素直に返事した。「署長に訊けって、どういうことだ、鴫田」「さあ…」「署長が婆さんを知っていたとはな…。署では億尾(おくび)にも出さなかったぞ…」「そういや、そうですよね。そこが妙だといえば妙なんですよ」「だいいち、合同捜査本部の立ち上げを了承したのは署長なんだしな…。新任の鵙川(もずかわ)が捜査から外されたっていうのも気になる…」「庭取さんは、どうなんですかね…」「どうとは?」「副署長なんですから、何か鳩村さんのことを知ってられるんじゃないですか?」「婆さんに言わせれりゃ、署長は天から降りてこられた尊いお方ということになるからな、ははは…」口橋は祈祷師の老婆...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<26>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <25>

    「あっ!もしっ!!」二人が庵(いおり)の外へ出た瞬間、老婆が大声で呼び止めた。二人の脚は今まで聞いたこともない老婆の大声に、ピタリ!と止まった。いや、止められたと言った方がいいのかも知れない。二人は後ろを振り返った。庵の前には老婆が立っていた。「一つ、言い忘れましただ…。お帰りにならっしゃいましたら、鳩村様に老婆がよろしゅう言ってたとお伝え下せぇまし…」「署長とは、どのような?」「あのお方は全てをお知りになっておられる崇高なお方でしゅじゃ~」「はぁっ!」「…」口橋は驚きの声を上げ、鴫田は無言で驚いた。「なにもそのよう驚かれることはごじゃりましぇん。鳩村様はあの彼方から来られた尊い方ですじゃ。ミイラは今も生きておることをご存じのはずですじゃ」「どういうことです?消えたミイラが生きておるとは?」「初めから五体...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<25>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <24>

    老婆が指さした庵の斜め上空・・それは、いったい何を意味するのか?口橋と鴫田は、しばし考え込んだ。だが、空の彼方へミイラが消えるなどということは、地球上の三次元世界の科学で起こる訳がなかった。「お婆さん、どういうことです?」口橋は、しばらく考え込んだあと、訝(いぶか)しげに訊ねた。「その、お婆さん・・という呼び方、やめて下しぇ~~まし」「では、どのように?」「ご祈祷師様・・で、よろしゅうごぜぇ~ましゅ」「・・では、ご祈祷師様、上空とはどういうことでしょう?」「フッフッフッ…怪(おか)しいことをお訊きになるお方ですのぉ~。遥か彼方の方向でごぜぇ~ますだ」刑事としては、そんな瞞(まやか)しを信用することなどとても出来ない。口橋は鴫田に視線を送ったが、鴫田も返す言葉がなく、二人とも押し黙ってしまった。老婆の話を信...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<24>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <23>

    老婆が言った20分ばかりは瞬く間に過ぎ去った。二人は老婆が淹(い)れたドクダミ茶をひと口だけ啜っただけで、ジィ~っと借り物の猫のように正座して待った。幸いにも床は硬い板ではなく干し草だったから助かった。「お待たせいたせぇましただ。では…」老婆は庵の中に作られた祭壇を向くと、一変した声で祈祷し始めた。口橋と鴫田はただ、その進行を見守る他はなかった。「%$#%$!"''%%~~""#$&%#"'#!!~~」老婆が祈る、訳が分からない祈祷は10分ほど続いたが、突然、老婆は何者かにとり憑(つ)かれたかのように茣蓙(ござ)の上で気絶し、そのままの位置で横倒しになった。そして数秒後、またゆったりと茣蓙の上へ座り直し、静かに語り始めた。「分かりましただ…。ミイラは、とある崇高なお方が連れて行かっしゃれましたな…」「とあ...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<23>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <22>

    「へぇ…」老婆は、やはり前の老婆に間違いない…と口橋は見て取った。弥生時代の装束を身に着けている老婆など、他にいる訳がない…と、即断したからである。^^「実は、この前、南西の方角から降りてきよるとミイラが言っておったと申されましたが、その五体のミイラが警察の霊安所から忽然と消え去ったんですよ。その件で今日は寄せて戴いた・・というようなことでして…」口橋は細かな説明をした。「さようでごじゃりましたか…。ミイラは消えよりましたか…」「はい…その消えたミイラはどこへ行ったか?それを占ってもらえないかと…」「なるほど…。消えよりましたミイラがどこへ・・ということでございましゅな?」「そのとおりで…」「お婆さん、分かりますか?」鴫田が会話に加わった。「ちと、お待ち願えれば、祈祷いたしましょうほどに…」「是非、お願い...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<22>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <21>

    青梅街道に入る手前のコンビニで食料や飲料を買い入れた二人は、後顧の憂いを失くし、ユッタリした気分で先を急いだ。なんといっても一度、行った経験がモノを言う。「そろそろ、自由乗降バスのパーキングエリアですね…」「ああ…」峰谷橋を越えた地点まで来たところで、口橋は車を減速させた。「ああ、アソコでしたね…」峰谷橋を渡った左斜め前方にのパーキングエリアが見えた。覆面パトは道路を外れ、パーキングエリアへ静かに駐車した。「やれやれ、これからが厄介だ…」「そう言うな…」口橋は鴫田を窘(たしな)めた。「はいっ!刑事でしたよね…」「そういうこった!」二人は以前のように繁茂する樹々や蔦、蔓を掻き分け、老婆の庵(いおり)を目指して進んでいった。土地勘は体験がモノを言う。一度ながらも実際に足を運んでいるから、所要時間も曖昧ながらも...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<21>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <20>

    口橋は慌てながら窓を開けると、警察手帳を提示しながら着脱式赤色灯を車上に乗せた。「あっ!すいませんっ!張り込み中でしたか…」「ああ…」口橋は方便で嘘を吐(つ)いた。「失礼しましたっ!!」女性警官はアタフタしながらその場を去った。「こんなことってあるんですね…」鴫田が眠そうに口を開く。「俺達が悪いんだ。場所が悪かった…」「ですよね…」二人は自分達の迂闊さを恥じた。「鴫田、もう、いいだろ…。そろそろ、行くか?」「いいですよ、僕は。いつでも…」「嘘、言えっ!あと二時間ほどって顔じゃねぇ~か」「すいません…」口橋は小さく哂(わら)いながらエンジンキーを捻った。「口さんっ!」鴫田が車の天井を見ながら、慌てて指さした。「おっ!いけねぇや…」口橋は慌てて着脱式赤色灯を外し、車内へ収納した。二人を乗せた覆面パトは一路、奥...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<20>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <19>

    「その話はいいとして、だ。鴫田、ミイラの行方、婆さんに祈祷で占ってもらうってのは、どうだ?」「でも口さん、またあの山林へ分け入るんですか?」「仕方ねぇ~じゃねぇ~か。俺達ゃ刑事なんだからよぉ~」「はあ、それはそうなんですがね。どうも気が乗らんのです…」「乗ってもらわなくちゃ困るじゃねぇかっ!若いんだからよぉ~」「はあ…」鴫田は渋々、頷いた。二人がふたたび覆面パトに乗り、奥多摩へ向かったのはそれから一時間後だった。その一時間は、いつも寄るファミレスで腹を満たしてからである。二人は朝から何も食べていなかったから、ファミレスでは普通量の二倍を食べ尽くした。「口さん、しばらく、そこで仮眠しませんか?」腹が満てば眠くなる・・としたものだ。長い道中の途中で運転を誤れば崖下の多摩川へ真っ逆さまに落ちる・・ということだっ...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<19>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <18>

    「ですね…」「それじゃ、また何かあれば声をかけますから、それまでは捜査を続けて下さい」手羽崎管理官が消えると、口橋と鴫田だけになった。辺りにバタバタ動く人の姿はあるが、二人に声をかける者は他にいない。「捜査を続けるといっても、ミイラが消えてちゃ、埒(らち)があきませんよね」「ああ、仏さんが消えた捜査は俺も初めてだ、ははは…」「笑いごとじゃないですよ、口さん」「いや、すまん…」「それにしても五体のミイラ、どこへ消えちまったんでしょうね」「たぶん今頃、署長が公安に駆け込んでるとは思うんだが…」「来年の本庁帰還がかかってますからね…」「それも、いいポストにな」「解決しなけりゃ、どうなるんでしょうね?」「そりゃお前、決まってるじゃねぇ~か」「と、言いますと?」「鳴かず飛ばずさっ!」「鳩だけに・・ですか?」「ははは...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<18>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <17>

    黙って聞いていた鴫田は、署長が煎餅かよ…と下目遣いで見ながら小さく哂(わら)った。しかし、署長が煎餅を齧れば刑法に触れる・・という条文がないのも確かなのである。^^鳩村は署内で[煎餅おじさん]と陰口を叩かれていることを全く知らない。「手羽崎さん、のちほど…」「はあ…」鳩村が署長室へ消えると、三人はふたたび話を続けた。「で、管理官、俺達はこれからどちらの本部付になるんです?」口橋は心配げに訊ねた。「口橋さんは今まで通りでいいんですよ。君もな…。分化本部の方は新たに増員されるようです」「そうですか…」口橋と鴫田はそれを聞き、少し安堵(あんど)した。とはいえ、もう一度、老婆が籠る山中へ足を運ぶというのも気乗りがしない。「ミイラが消えた・・というのは気になりますなあ…」「私が影で調べさせた情報だと、どうも公安が動...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<17>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <16>

    「たった今、五体のミイラ合同捜査本部の分化本部として、新たに霊安室・ミイラ消滅捜査本部が設置されたところですっ!」手羽崎管理官の声は興奮で少し上擦っていた。^^「なんか、ややこしいことになってきましたね、口さん…」鴫田が口橋を窺(うかが)うように呟いた。「ああ…。管理官、どこかへ署の者が移動した・・なんてことはないんでしょうね?」「ははは…口さん、治安を旨とする日本の警察署内で、ですよ」「そんな訳ないか、ははは…。待てよっ!治安といえば公安がありますよね」「しかし、公安といえど署長の許諾無しに移動は出来んでしょ…」「ああ、それはまあ…」口橋は頷いたが、ふと過去の苦い一件が脳裏を掠めた。そのときも刑事警察と公安警察の捜査方針の行き違いによるトラブルがあったのである。そのとき、若い鳩村署長が入ってきた。相変わ...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<16>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <15>

    「いや!お邪魔しました。また何ぞありましたら、ここへお電話を…」口橋は、ここには電話はないわな…と庵の辺りに生い繁った樹々を見回し、自分の名刺を一枚、老婆の前へ差し出した。^^「へえ…」老婆は珍しい物でも見るかのように、差し出された名刺に目を凝らしながら手にした。「では…」「…」老婆に一礼すると、樹々が繁る地点から二人は元来た方向へ歩き始めた。脚の下は蔦(つた)や蔓(つる)、雑草などが至る所に生え、二人の通行を妨げた。しかし、幸いにも2m間隔で名刺を破って括った目印が役立ち、二人は自由乗降バスのパーキングエリアまで戻ることが出来た。「もう、来たくないですね、ここへは…」鴫田が苦虫を噛み潰したような顔で口橋に告げた。「ああ…」口橋も、つい本音が出た。二人が警察署へ戻ると、予想もしていなかった事態が起こってい...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<15>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <14>

    「どうでごぜぇ~ましゅ、お味は?」「えっ!?ああ、まあ…」苦味はあったが、薄めてあるからか、飲めることは飲めた。だが、やはり苦味はあったから、美味いですね…とも言えない。ということで、口橋は暈した。^^「で、何に私を?」「ああ、そのことですが、何かお気づきになった五体のミイラが告げたこととか、は?」口橋は搦(から)め手から老婆に訊ねた。「そういや妙なことを言っとったと思っとりましゅ…」「どのような?」鴫田が二人の話に割り込んだ。「降りてきよる降りてきよる、と…」「何がです?」「暗闇の空を指さし、震え声で星座を…」「なんという星座です?」「フフフ…私ゃ星の名は分かりましぇん」「そうですか。いや、それで十分です。あの、どの方角を指さしたか、は分かりますかな?」「南西だったかと思っとりましゅ…」「お時間は?」「...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<14>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <13>

    やはり、この前の婆さんだ…と、口橋はひと目見て分かった。「少しお訊(き)きしたいことがありましてな。今日、寄せていただいたんですが、今、ご都合よろしいですかな?」「さようで…。私ゃ、ちっとも構いよりません。いつも暇(ひま)を持て余しておりましてのう…」「そうですか、それはよかった!」口橋は、何がいいのか分からないまま、老婆に返していた。相変わらず弥生時代の装束に身を窶(やつ)し、勾玉の首輪を首にかけている。警察へ訪ねて来たときと違うのは。老木の根で作ったとみられる一本の杖を右手に握っていたことだった。「まあ、中へお入り下せぇ~まし。汚(むさ)いところではごぜぇ~ますが…。ドクダミ茶の一杯でも差し上げましょうほどに…」口橋は、ドクダミ茶はいらねぇ~が…とは思ったが、そうとも言えず、小さく哂(わら)って頷いた...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<13>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <12>

    「さて、どうするか…」口橋は足元の革靴を見ながら言うでなく口を開いた。山道を歩くには分不相応な靴である。「かなりの距離ですかね?」「さあな…。今の男も行ったことがねぇ~って言ってたからな…」「どうします?」「どうしますも、こうしますも、ねぇ~さ。俺達ゃ刑事なんだぜ。行くしかねぇ~だろ、鴫田」「ですね…」二人は初老の男に言われた麓の細道からゆっくり登り始めた。鴫田のショルダーバックの中には、コンビニで買った茶のペットボトルがまだ、半分ほど残っていた。口橋はいつも水筒を肩から掛けて捜査する刑事で、署内でも有名だった。十五分ほど右に左にと登ったとき、前方の樹木の間に庵(いおり)らしきものが見えた。「口さん、あれは?」「婆さんの庵か…」二人はその庵らしき樹々が繁る地点へと少しづつ分け入っていった。数メートル前まで...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<12>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <11>

    「すいません…」口橋(くちばし)は玄関扉横のチャイムを押し、声をかけた。しばらく待っても応答がない。口橋は再度、チャイムを押した。『ピンポ~~ン』と響く音が建物の内部からしたが、やはり応答がない。「留守ですかね…」鴫田(しぎた)がボソッと口を開いた。「…かな?」口橋はもう一度、チャイムを押そうとした。そのときである。息を切らせた男の声がした。『は、はいっ!二階にいましたもので…。あの、何か?』「警察の者です。ちょっとお訊(き)きしたいことがありまして…」『今、開けますので…』バタバタと入口へ近づく気配がし、ガチャリ!とドアが少し開いた。中から初老の男が二人を覗き込み、ドアチェーンを外した。口橋と鴫田は玄関へ入り、警察手帳を背広の内ポケットから出して提示した。「麹町署の口橋です」「鴫田です」「はい…」「この...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<11>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <10>

    坂本トンネルの前方左側道路横に車の一時休憩場が見えた。「西東京バス、坂本園地か…。よし、ここで変わろう!」口橋は、すっかり疲れていた。鴫田は口橋の言葉を聞き、口さんも年だな…と、思うでなく思った。^^車を止め、二人はしばらく休むことにした。途中のコンビニで買った茶のペットボトルとサンドウイッチでとにかく腹を満たした。「口さん、来過ぎたんじゃありませんか?しばらく走れば峰谷橋ですよ…」「…だな。だが、鴫田(しぎたに)、婆さんが籠りそうな地形じゃねえか…」「それもそうですね…。民家が見えれば、ここら辺りで止めましょう…」「ああ、このままじゃ甲府へ抜けちまうからな…」意味もなく二人は、ははは…と呵(わら)い合った。峰谷橋を越えた地点に自由乗降バスのパーキングエリアがあった。とはいえ、トイレと駐車スぺース以外、店...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<10>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <9>

    「どこへ行くんです?」「とにかく行こうと言ったのは鴫田(しぎた)、お前じゃないかっ!」「あっ!でした…」鴫田は頷き、身を縮めた。「だろっ!まあ、いい。民家が見えるところまで行こう。そこで訊(き)けば、何か分かるだろう…」「はい…」覆面パトは青梅市を抜け、ひた走った。ただ、走ってはいるものの、行く宛のない放浪車だった。^^「代り映えしない景色ですね…」「それにしても青梅街道は続くな…」「ええ、青梅街道ですから…」覆面パト内の二人の会話は続いた。「…口さん、疲れないですか?」「馬鹿野郎!もう十分、疲れてる…」「だったら、そこいらで変わりましょうか?」鴫田は暗に、運転の交代を促した。「ああ、そうしてくれるか…。少し目が疲れた…」口橋は否定しなかった。なんだ、ほんとに疲れてんのか、この親父…と、鴫田は口橋の老化を...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<9>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <8>

    「変わった婆さんでしたね…」立ったまま二人の話を聞いていた鴫田(しぎた)が、立ち疲れたのか椅子へドタリ!と座り込み、口を開いた。「ああ…」口橋は空返事をした。「署長は継続捜査の意向のようですが、どう捜査すりゃいいんでしょうね?」「馬鹿野郎!それが分かりゃ、苦労はしないさ…」「ですよね…」「まあ、いい。今の婆さんの住処(すみか)へ、とにかく行ってみよう」「庵(いおり)ですか?」「婆さんは、そう言ってたがな。そんないいもんじゃないだろう…」口橋は意を決したのか、そう言うと奥多摩を目指し署から出て行った。当然、鴫田(しぎた)も小判鮫のように口橋に付き従った。覆面パトに飛び乗ったまではいいが、婆さんの庵(いおり)が山中のどこにあるのか?を聞き逃した口橋は、車を始動したまではよかったが、そのまましばらく氷になった。...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<8>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <7>

    「そ、その異星人とやらは、また現れるんですか?」「そこまでは…。私も人の子ですからのう…」「ええ、それは確かに…」口橋は、そんなことは当たり前だろっ!と一瞬、言おうとしたが、口にするのが憚(はばか)られ、思わず唾を飲み込んだ。「では、これで…。お伝えしたいことは、ぜぇ~~んぶ、お話ししましたですじゃ…」老婆はそう言うと、椅子からのっそりと立ち上がった。「ま、待って下さい!まだ、お訊(き)きしたいことがございますので…」「何ですかいのう?私ゃ、こう見えて、結構、忙しいもんでして…」老婆は、ノッソリと椅子へ腰を下ろした。「あの…その異星人とは、いつでもコンタクトを取れるんですか?」「フフフ…結構、目はいい方ですじゃ。コンタクトなんぞ嵌(は)めとりゃせんですが…」口橋は、そのコンタクトじゃないっ!と言いそうにな...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<7>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <6>

    「ミイラが申しますには、私どもは殺されたのではございません・・と…」「ええっ!!?ミイラがそう言ったのですか?」「はあ、申しましたとも、申しましたとも!」「では、なぜ車中で死んだのか?ということになりますが…」口橋は半信半疑ながらも老婆の話を掘り下げた。^^「はい…。その訳をこれから少しずつお話させていただきますだ。あのう…お時間は?」「ははは…時間は気にされず、その話を包み隠さずお話願えれば…」口橋は老婆が話すにつれ、興味をそそられていった。「では、申しますかいのう…。そのミイラが申しますには、私達は異星人に呪縛(じゅばく)され、身動きが取れないまま衰弱死したのだと…」「今、何と申されました。異星人に、ですか?」口橋は異星人と聞いた瞬間、こりゃダメだな…と、老婆への信憑(しんぴょう)性がゼロになった。「...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<6>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <5>

    合同捜査本部の会議が終わり、口橋(くちはし)は鵙川(もずかわ)から聞かされた老婆に面会した。「あの…どのようなことでしたでしょう?」口橋は面会室の椅子で座って待つ見窄(みすぼ)らしい老婆に対し、椅子に腰を下ろしながら下手で訊ねた。その老婆は弥生時代の衣装を身に纏(まと)い、勾玉をあしらった首輪をしていた。^^「あなた様が、こんとこの責任者様でござりますかいのう?」「えっ!?ああ、まあ…」口橋は、自分はそんな偉い者ではないが…と思いながら、暈して肯定した。「そうでしたかいのう…。実はですのう、奥多摩の庵(いおり)に住みよります私に、昨晩、不思議なお告げが舞いおりましたもので、そのことをお伝えしようかと伺わせていただいたようなことでしてのう…」老婆は、回りくどい説明を口橋にしながら、出された茶を啜った。「不思...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<5>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <4>

    一喝されては、どうもすいません…と頭を下げるしかない。口橋(くちはし)が、まずペコリ!と無言で軽く頭を下げ、鴫田(しぎた)、鵙川(もずかわ)がそれに続いた。庭取副署長は一瞬、三人を見据えたが、まあ、いいか…と机の書類に視線を戻した。なにが、いいのかは、よく分からない。^^「では、本件の概要を口橋さん!」鳩村に名指しで呼ばれた口橋は、想定外だったのか最初、アタフタとしたが、そこはベテラン刑事だけのことはあり、椅子から立ち上がるとスタスタと前方に歩いて刑事達に向きを変え、話し始めた。「奥多摩の森林地帯に乗り捨てられた車中から発見された五体のミイラの身元は今のところ掴めておらず、鑑定の結果、事件性を臭わせるこれといった外傷もないことから、未だ死因は判明していないっ!」そこまで話すと、口橋は立ち位置を鳩村、手羽崎...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<4>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <3>

    そのとき、新任巡査長の鵙川(もずかわ)が合同捜査本部へ駆け込んできた。鵙川は場の雰囲気を察したのか静かにドアを閉め、後方に座る口橋と鴫田に抜き足、差し足、忍び足でゆっくり近づくと、耳打ちした。『口さん、受付に妙な婆さんがやって来ましてね…』『…妙な?…どうよ?』口橋は呟くように小声で訊ねた。『この事件と関わりがあるようなんで急いできたんですがね…』『…関わり?』『どんな婆さんだ、鵙川?』口橋の隣に座る鴫田が話に加わり、ボソッ!と小声を出す。『それが、自称、祈祷師らしいんです…』『祈祷師?で、どうだと言うんだ?』『私ゃ、分かる・・とか、なんとか…』『何が分かるってんだっ?』「おいっ!そこの三人っ!!」そのとき、ゴチャゴチャ話す三人の姿が目に付いたのか、正面最前列の席で刑事達に対峙する庭取副署長が声高に一喝し...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<3>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <2>

    捜査本部で何をゴチャゴチャ捜査しているのか?を説明しよう。^^五体のミイラが森林に乗り捨てられた車内から発見された。現場検証の結果、殺人と思えなくもない不可解な事件である。設置された[謎のミイラ・捜査本部]は鳩村にとっては有難迷惑な事件にも似た一件だった。自殺、他殺、その他の原因と、憶測は憶測を呼び、捜査本部は混迷していた。現場に残された車内の地図には国土地理院の地図にもない不思議な地名が多数、記されていた。現実には無い地点ばかりだったのである。「まあ、とにかく捜査に当たってくれ…」捜査本部で指揮を執る新任の鳩村にすれば、そう言うのがやっとだった。『それで、いいんですか?署長…』右に座る庭取が小声で呟くように訊ねた。首は動かさず、正面の刑事達を見た姿勢のままである。『?ああ…』鳩村とすれば、そう返すしかな...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<2>

  • ユーモア推理サスペンス小説 無い地点 <1>

    警察庁長官官房人事課長の肩書を持つ鳩村豆男は、疲れ果てた挙句、片足をベッドの下に垂れ、夢の中で足掻(あが)いていた。刑事部と公安部の捜査上の衝突にその原因があることは夢の中だけに当然、誰も知らない。^^まあまあ、お二方・・とはいかない公安警察Vs.刑事警察という組織上の問題があった。加えて、次期公安部長の呼び声が高かったこともある。^^話は数年前に遡(さかのぼ)る。この頃、鳩村は制服組幹部の道を目指し、現場捜査の長として指揮を執っていた。掃き溜めに鶴・・とはよく言うが、掃溜めに鳩の鳩村もその一人で、一年後には現場を去り、本庁へ返り咲くことは、ほぼ確実視されていた。鳩村に限らず、過去の人事異動はそうした方向で発令されていたのである。制服組の若いトップの署長就任は年功を重ねた現場のベテラン刑事達にとっては痛し...ユーモア推理サスペンス小説無い地点<1>

  • 雑念ユーモア短編集 (100)作曲

    有名作曲家の尾平は頼まれた新人女性歌手の作曲をしていた。前庭の手入れをしていたとき、ふと浮かんだ旋律を忘れないうちに…と部屋へ駆け込んだ。駆け込んで採譜したまではよかったが、浮かんだ最初の旋律の続きが浮かばない。尾平は書き始めた譜面を机に置き、はたと考え込んだ。浮かばないものは浮かばないのだから仕方がない。尾平はすっかり気落ちし、沈み込んでしまった。^^浮かばないから沈んだ訳である。^^そのとき、電話が鳴った。「はい、尾平ですが…」『先生、もう出来たんじゃないかな?と思いまして…』音楽出版社の番記者からの電話だった。尾平は、牝鶏(めんどり)が卵を産むような訳にいくかっ!と一瞬、頭にきたが、そうとも言えず、「いや、まだだよ…」とだけ、幾らか気分悪げに返した。『そうですか…。そいじゃ、早めに頼みますよ。なにせ...雑念ユーモア短編集(100)作曲

  • 雑念ユーモア短編集 (99)さて…

    齢(よわい)を重ね、年老いると物忘れすることが増える。脳細胞が、はぁ?と考え込むようになり、老化する訳だ。^^これはもう、個人の問題ではなく、誰しも起きることなのである。なぜだ?どうして?などと雑念を挟む余地はなく、そうなるのだから致し方がない。^^野辺山は、やりかけていた残業を停止して考え込んでいた。「どうしたんです?野辺山さん」「えっ!?いや、まあ…」「私、先にやって帰りますよ。いいですか?」同じ残業をしていた鉾海は訝(いぶか)しげに野辺山を窺(うかが)った。「はあ、どうぞ…」鉾海は首を傾(かし)げながら先に作業場を出て行った。野辺山が考え込んだのには理由があった。ふと、浮かんだ今夜の総菜である。朝、家を出るとき妻に頼まれた買い物が何だったのか?を忘れてしまったのである。さて…と、野辺山は椅子に腰を下...雑念ユーモア短編集(99)さて…

  • 雑念ユーモア短編集 (98)リミット

    リミット・・平たく言えば限界である。だが、今ではすでに和製英語になっており、リミットと言っただけで誰もが限界か…と理解できる時代になっている。リミットが近づけば、雑念などを巡らせる余裕はなく、必死にその状況から解き放たれようとする一念だけになる。急に刺し込んだリミットの腹を押さえながら、管理者会から中途退席した田所はトイレの大便器に座りながらコトを済まそうとしていた。田所は大便器に腰を下ろし、ズボンを下げるとホッとした。その後、コトを済ませた田所は、腹具合のリミットが解消されトイレを出ようとトイレット・ぺーパーのボックスを見た。ところが生憎(あいにく)、トイレットぺーパーがなかったのである。管理者会には一刻も早く戻らなければならない。田所はどうしよう…と慌(あわ)てた。すると上手(うま)くしたもので、背広...雑念ユーモア短編集(98)リミット

  • 雑念ユーモア短編集 (97)解釈

    物事を、どう考えるかで、その後の結果が変化する。例えば、Aだと怒られそうだからBにしよう…と雑念を巡らせて尻込みした結果、怒られた・・などという馬鹿な話もある。度胸一番、Aにしておけば、怒られなかったのか…と反省するケースだ。Aを怒られると解釈したところが間違っていたのである。会社の同僚四人で麻雀をやっていた舘岡は、次の牌(パイ)をどちらを捨てるかで悩み、少し手が止まった。相手三人のうち、島畑はテンパイしているがリーチをかけず、闇テンで三人の捨てパイを待っている。だから、何待ちなのか?は三人には分からない。当然、舘岡にも分かっていない。『まあ、これならいいだろう…』軽く解釈した舘岡は東(トン)を捨てた。「はい、ロン!泣く子も黙る字一色(ツーイーソー)!」字一色・・舘岡は解釈が甘く役満を振り込んでしまった訳...雑念ユーモア短編集(97)解釈

  • 雑念ユーモア短編集 (96)疲労

    疲れていないときと違い、疲労していれば正しい判断が出来ないこともある。疲れ・・という体調の悪さが正しい判断を鈍らせる訳だ。ただ、その程度で済めばいいが、余計な雑念が邪魔をして間違いを起こさせることもある。宝木は疲れていた。山に登ったのはいいが下山の途中、、地図[マップ]に出ていない獣道(けものみち)に迷い込んでしまったのである。「少し休むか…」宝木は獣道の脇へドッペリと腰を下ろした。荷は小リュックだけだから、そう重さを感じることはなかったが、ヨタヨタと20分ばかり歩いたため、喉が渇いていた。山小屋を出るときに補給した水筒の水は四分の一ばかりしか残っていない。この先、どうなるか分からないから、残った水は貴重である。しかし、喉の渇きは我慢できず、宝木はその貴重な水をひと口、そしてもうひと口と飲んだ。その結果、...雑念ユーモア短編集(96)疲労

  • 雑念ユーモア短編集 (95)感情

    とある中堅企業、毛瓜物産に勤める小早川は、さてどうしたものか…と、雑念に惑わされ、思い悩んでいた。毛瓜一族の一人である若い小早川に役員待遇で招聘(しょうへい)すると誘いをかけたのは毛瓜物産と競合する、ライバル会社の川徳通商だった。小速川は毛瓜一族でありながら役員になれない毛瓜物産に不満を抱いていた。「小速川さん、ということでよろしいですね。このお話は極秘裏にお願いしますよ。会長の川徳から、よろしく…という伝言です」「はあ…有難うございます」小速川の感情はこのとき、川徳通商に靡(なび)くとは、まだはっきりと決まっていなかった。小速川の脳裏に巡るのは、先々への雑念だった。『毛瓜本家からは絶縁されるかも知れない…。いや、待てよ。そうだとしても毛瓜一族としてこのまま会社に残っても重役になれる保証はない。一族の浮田...雑念ユーモア短編集(95)感情

  • 雑念ユーモア短編集 (94)貧乏

    貧乏から抜け出せない芥山(あくたやま)は、なんとか金持ちになろう…と、雑念を巡らせた。その挙句、導き出した結論は食事業でのひと儲けである。そこで芥山はまず、小規模の仕出し弁当屋を始めることにした。小規模とは平たく言えば屋台での出店である。中古で買ったキャンピングカーを知り合いの自動車屋に頼み込んで調理専門車に改造し[陸運局へのへの届け出も含む]、芥山は小規模ながら事業を展開し始めた。最初の一日は、七食分作ったが二食残ってしまったので、夕飯と朝食に回そうと考えた。この雑念には無駄がなく、五食分の儲け-(原材料費+諸経費)=一日の純利益の計算通り、幾らかのお金が芥山の手元に残った。芥山はその金を手にし、ニンマリと哂(わら)った。小金持ちになったような気がしたのである。この繰り返しをひと月ほど続けた芥山は、アル...雑念ユーモア短編集(94)貧乏

  • 雑念ユーモア短編集 (93)気になる

    人とは妙なもので、ほんの些細なことでも気になり始めると、どういう訳かそのことに執着する傾向がある。いつまでも気になる訳だ。^^亀川は朝早く、鳥の囀(さえず)る声で目覚めた。『もう朝か…。んっ?今の囀りはなんという鳥だ?聞かない鳴き声だが…』気になり始めると、その一件が納得できるないと気が済まない性分の亀川である。洗顔もそこそこに、亀川はパソコンの検索を駆使して自分が耳にした鳥の鳴き声を調べ始めた。そして泥沼に引き摺り込まれたかのように亀川は鳴き声に埋没していった。そうこうして、小一時間が経過していった。すでにいつもの朝食時間は過ぎ去っていた。「お父さん、先に食べましたよ…」「ああ…」見えない妻の声が書斎の戸口から小さく聞こえた。一年前なら通勤に追われて考えなかった雑念である。退職後は、どういう訳か小さなこ...雑念ユーモア短編集(93)気になる

  • 雑念ユーモア短編集 (92)リモコン

    倉崎はリモコンに悩まされ続けていた。というのは、視聴用の電気商品には必ず付いているリモコンのためである。新たに買ったビデオレコーダーとテレビに付属していたリモコンは、ビデオレコーダーが1つでテレビが2つの合わせて3つだった。さらに以前に買ったVHS録画をできるレコーダーのリモコンも加えれば、合計4つなのである。『コレを録画すれば、コチラも録画してしまうな…』二台のレコーダーのリモコンが連動してしまうのを嘆きながら、倉崎は、どうしたものか…と雑念を巡らせた。『仕方がない…。片方の電源を切ってもう片方で録画しよう…』単純明快な解決策を倉崎は選んだ。電源を切ったレコーダーは当然、録画をしないから、リモコンで録画ボタンを押しても連動しないだろう…という読みである。『実にリモコンは難解だ…』取り分けて難解でもない内...雑念ユーモア短編集(92)リモコン

  • 雑念ユーモア短編集 (91)慌(あわ)てる

    雑念を湧かす間もなく慌(あわ)てる場合がある。世間はそれだけ何が起きるか分からない要素含んでいる訳だが、町川も通勤の途中で思いもかけないハプニングに出食わすことになった。まあ、悪いアクシデントではなく済んだのは良かったのだが…。いつものように自転車に乗ると、町川は出勤のため家を出た。そして、いつものようにお決まりの公設駐輪場へと向かった。そこから徒歩で約五分ばかりのところに地下鉄の下り階段がある・・といった寸法だ。町川は同じ時間帯で到着する列車を駅ホームで待ち、これもまたいつものように入ってきた列車に乗った。車内は朝早いこともあり、それほど混んでいなかった。と、いうか、町川の目に入る人影は皆無だった。この二本あとの列車から急に乗客が増えることは町川が調べ尽くした結果である。だから、この状況もいつもどおりだ...雑念ユーモア短編集(91)慌(あわ)てる

  • 雑念ユーモア短編集 (90)予想外

    予想外のことが突発して起きたとき、雑念で迷うか迷わないかは、人それぞれによって違う。ドッシリと構える人もあれば、オタオタして右や左に動き回る人もある訳だ。この男、老舗うなぎ専門店の板長、大物は前者の一人で、ドッシリと腰を据えるでなく、板場で立ったままニヤけた。「だ、大丈夫なんですかっ!?板長っ!!あと、二十分しかありませんよっ!!」「ははは…何をそんなに慌(あわ)てとるんだっ、小袋」「だって、あと、二十分しか…」予想外の入った注文に、板前見習いの小袋は語尾を濁(にご)した。「二十分もありゃ、御(おん)の字だよ小袋。十五分では少しきついが…」そう言いながら大物は、やり残した厨房作業をアレヨアレヨという間に処理していった。そして、およそ七、八分を残し、注文されたノルマをすべてやり終えたのである。この日のデリバ...雑念ユーモア短編集(90)予想外

  • 雑念ユーモア短編集 (88)寿命

    有馬は湯に浸かりながら雑念を湧かせた。ああ、いい湯加減だな…という雑念ではない。^^俺は今年で七十五になる。俺の寿命はいつまでだろう…という雑念である。「いいお湯ですな、有馬さん…」一緒に来た同じ老人会の鹿尾が、隣から赤ら顔で小さく声をかけた。「ああ…いい湯加減ですな…」二人が露天風呂に浸かってから、すでに十五分ばかりが経っていた。「鹿尾さんは、今年でお幾つになられました…」「ははは…有馬さんより二つ上になります…」「といいますと、七十七ですか…」「はい、喜寿で…」「それは、お目出度い…」「お目出度いかどうか…」「ははは…『門松や三途の川の一里塚目出度くもあり目出度くもなし』ですか…」「さようで…」「お互い、今を明るく過ごしましょう。ははは…」有馬は、寿命は考えても仕方がないか…と、浮かべた雑念を忘れるこ...雑念ユーモア短編集(88)寿命

  • 雑念ユーモア短編集 (87)返金

    橘はネットで商品を購入した。ところが、その商品を使用しようと設置を業者に依頼したところ、業者が、液化天然ガス取締法のコンプライアンス強化で設置できません…と攣(つ)れなく断られてしまった。購入商品は宙に浮いてしまったのである。¥30,000近い商品だったため、橘は宙に浮かせておくのも如何(いかが)なものか…と思慮し、ネット販売先でキャンセル手続きをした。そして、手続きが業者から了承されたため宅配便で返品した。橘は、やれやれ、これで返金される…と安堵(あんど)した。ところが、である。そのひと月後、とある買い物をして預金通帳から額を引き出したところ、クレジット会社から購入商品の全額が引き去られていたのである。橘は、?と頭を傾(かし)げた。キャンセルで商品は返品したのだから引き去られるはずがない…と考えた訳だ。...雑念ユーモア短編集(87)返金

  • 雑念ユーモア短編集 (85)腹具合

    人の腹具合というのは実にデリケート[繊細]に出来ている。小堀は、今日に限ってどうも腹が減るなぁ~…と雑念を湧かせていた。いつもはそうも思わないのだが、昨日は余り食欲がなかったため、そのギャップが雑念を湧かせたのである。『どうも腹具合だけは思うに任せない…』自分の意思ではどうにもならないと小堀は深いため息を一つ吐(つ)いた。「お父さん、そろそろ夕飯ですよ…」書斎で執筆する小堀に妻がドアを開けず声をかけた。「ああ…」小堀は小さく返した。今日の原稿を出版社へ明日の朝までにネットで送る必要に迫られていたが、コレという随筆の原稿ネタが浮かばなかったこともあり、仕方なく書斎のデスクから重い腰を上げた。と、いうのは口実で、腹具合が空腹に苛(さいな)まれていた・・というのが真相だった。夕食を貪るように食べ尽くすと、ようや...雑念ユーモア短編集(85)腹具合

  • 雑念ユーモア短編集 (84)やるだけやる

    出来不出来は別として、やるだけやる!と意気込むのは必要だ。岳上(たけがみ)も、やってやる!と雑念を振り捨て意気込んでいた。ただ、相手は大手のヘッジファンド、KARASである。ヘッジファンドはハゲタカの異名を持つ投資ファンドで、この餌食(えじき)になればM&A[合併と回収]により会社は乗っ取られる運命に立たされる。岳上の会社は、まさにその餌食になろうとしている矢先だった。「岳上君、君もしくは君の部下達がファンドにその実態を知られようと当会社は一切、関知しないからそのつもりで。成功を祈る!」「…」上司の人事部長の峠にミッション・インポッシブルのように告げられた特殊任務課の課長、岳上は、沈黙したまま一礼すると部長室を出た。ミッション・インポッシブルと違うのは、直接、言われたたことである。^^彼が率いる特殊任務課...雑念ユーモア短編集(84)やるだけやる

  • 雑念ユーモア短編集 (83)アレコレ2

    (49)アレコレの別話である。アレコレとしなければならなくなった砂木は、ついつい疎(うと)ましくなる自分を戒めた。疎ましくなったのは、疲れ+処理しなければならない物事の多さ・・が原因していた。なんといっても一週間、多忙に追われ、心身ともに疲れ果てていたのである。『だが、しなければ、俺以外に誰もする者がない…』砂木の脳裏を駆け巡る雑念は次第に膨れ上がっていった。『よしっ!ともかくやろうっ!』決心して意気込んだまではよかったが、何から手を付けていいのか?の算段がつかない。砂木は、ふたたびドッシリと腰を下ろし、雑念に沈み込んだ。『アレだけでも片づけるか…』決断し、とにかくアレコレのアレだけをやることにした砂木はアレを処理し始めた。すると案に相違して物事がスンナリと運び出したのである。アレヨアレヨという間に、アレ...雑念ユーモア短編集(83)アレコレ2

  • 雑念ユーモア短編集 (82)いい国

    この国ほどいい国はない…と、今年から社会人となった崖下は勤務後、駅へ続く歩道を歩きながら、雑念を浮かべていた。目の前にはポイ捨てられたタバコの吸い殻が、そしてしばらく歩くと空になったペットボトル、空き缶が転がっていた。崖下は捨てた人の心境が知りたくなった。『たぶん、何も思わず捨てたんだろうが…』崖下は捨てた人の心を善意に解釈した。誰もいい国を汚くしよう…などと考える人はいない…と思えたからである。ところが、崖下がまたしばらく歩いていると、走り去った車の窓が開き、火が点いたままのタバコが投げ捨てられる光景が目に入ったのである。『いい国だが、残念ながらそう長くはないな…』崖下はまた敗戦前の日本に戻る雑念を本能的に浮かべた。そして五十年の月日が流れ去った。崖下は、すっかり老いぼれ、地下都市で暮らしていた。地上は...雑念ユーモア短編集(82)いい国

  • 雑念ユーモア短編集 (81)夢のような話

    夢のような話が現実になることがある。ただ、その現実はなんとも不安定で変化し易(やす)く壊れ易い・・という欠点を持っている。だから、夢のような話が現実になったときの処し方が問題となる。「た、棚橋さん…当たってますよっ!!」会社のデスクに座り、パソコンで事務処理をしている棚橋に手が空いた隣のデスクの後輩社員、諸崎が新聞紙面と宝くじ券を比較しながら声を震わせて言った。手が空いた棚橋に諸崎が番号確認を頼んだのだ。「ははは…5等の1万円でも当たったか…」「と、とんでもないっ!!1等の前後賞ですよっ!!」「またまたまたっ!私を担(かつ)ごうたって、その手は桑名の焼き蛤(はまぐり)だっ!」「なに言ってんですかっ!み、見て下さいよっ!!」震える手で諸崎は新聞と宝くじ券を棚橋に手渡した。「そんな夢のような話が…どれどれっ!...雑念ユーモア短編集(81)夢のような話

  • 雑念ユーモア短編集 (80)いいこと

    当たり前と言えば当たり前の話だが、人は生きていく上で、いいことを求める。誰も悪いことを求めて生きる人なんかいないだろう!と言われればそれまでだが、この若い女性、坂宮もそんな女性の一人だった。今年、二十一になる大手商社に勤めるOLで、顔もそうブスではなかったから、それが返って坂宮にとって災いしていた。坂宮は日夜、自分にいいことはないものか…と憑(つ)きものが憑いたように雑念を巡らせながら生きていた。まず、奇麗に見せることで若い男性社員達からチヤホヤされたいと高額の化粧品で厚く塗りたくった。結果、塗らない方がいいのに…と、男性社員達に蔭で謗(そし)られ嘲笑された。それでも坂宮はいっこう気にすることなく、いいことを求めて塗りたくった。結果、坂宮の出費は嵩(かさ)んでいった。余り受けが良くないわ…と、ようやく気づ...雑念ユーモア短編集(80)いいこと

  • 雑念ユーモア短編集 (79)自業自得

    世の中は実に上手(うま)く出来ている…と野蕗(のぶき)は唸(うな)った。なぜ野蕗がそう思ったかを説明すれば話が長くなるが、概要を短く言えば、野蕗を陥(おとしい)れた生節(なまぶし)が、ものの見事に自分が仕掛けた策略で失脚し、出向として地方へ左遷されたからである。早い話、出世コースから完全に見放された片道切符の島流しだった。その一部始終を話せば、これも長引くから次のフラッシュに纏(まと)めたドラマを読んでいだたければ、分かって戴けることと思う次第だ。松の内も終わった一月下旬、人事部第一課長の生節と第二課長の野蕗は次の人事部長ポストを巡り、熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げていた。とはいえ、それは飽くまでも心理合戦であり、表面的には見えない戦いだった。生節は露骨な心理戦を展開し、人事部長の鮨尾(すしお)にプライべ...雑念ユーモア短編集(79)自業自得

  • 雑念ユーモア短編集 (78)付け足し作業

    長い作業を終えた川萩(かわはぎ)は一心地つこうと庭に置かれたテーブル椅子に座りコーヒーを啜(すす)った。昨日、スーパーで買おうとした焙煎豆入りのブルマン[ブルーマウンテン]が陳列棚に無かったため、仕方なく買ったブレンド豆の粉で淹(い)れたコーヒーだ。一口、二口と啜っていると、最近はどうも買おうとする品が不如意だ、二月か…如月(きさらぎ)も大したことがないぞ…という雑念が川萩の心に芽生えた。買おうとしている物がない・・これ即ち、川萩に言わせれば不如意なのである。如来さんも忙(いそが)しいのか…いやいや、どうも世の中の景気がよくないのかも知れん…と、川萩は雑念を益々、増幅させていった。そして、飲み終えたコーヒー茶碗を持ち、庭からキッチンへ上がろうと足踏み石に片足を乗せたとき、川萩の目に作業の不備な部分が目に映...雑念ユーモア短編集(78)付け足し作業

  • 雑念ユーモア短編集 (77)信仰

    人々が個人で見えない力を信仰するのは自由だが、その信仰の対象が個人ではなく複数の人になると、次第にその信仰は組織化され、増幅して問題となっていく。人類の歴史でもこの手の問題は政治や社会に大きな影を落とし、ここ最近でも我が国の国会で問題視されているくらいだ。この男、一小市民の禿尾はこの問題を解きほぐす解決策はないものか?…と、日夜、総理大臣にでもなった気分で偉そうに考えていた。そして雑念を重ね、ようやく辿り着いた結論が浮かんだのは、それから一年後だった。『そうだっ!』何が、そうだっ!なのかは、知る人もない禿尾だけの閃(ひらめ)きだった。そこで、館川のそうだっ!と浮かんだ結論を掻い摘んで箇条書きにしてみよう。[1]信仰の見えない力をプラス{+}と捉えれば、必ずマイナス{-}も起こり得るという信仰のデメリットと...雑念ユーモア短編集(77)信仰

  • 雑念ユーモア短編集 (76)謎

    推理する小説やドラマは真相が知りたくなり興味が湧くところだが、この傾向は次第に増幅するある種の依存症に似ていなくもない。館川も推理好きで、謎を知りたくなる傾向が強く、この手のドラマや小説にドップリと嵌(は)まり込んでいた。この夜、館川(たちかわ)が観ているドラマは、ほぼ真ん中辺りまで進行していた。『いやいや、そう思わせておいて、実は身近な第一発見者が犯人だった・・なんて筋だろう…』館川はドラマを観ながら、CMで中断している間、パーコレーダーで淹(い)れた焙煎コーヒーを啜りながら、そう思った。ところが、である。新たな人物がどんどん登場し、館川は何が何だか分からなくなっていった。ただ、謎を知りたい気分だけは益々、膨れ上がっていた。『Bは、ほぼ白に近いから関係がない。Bの友人のCもタバコを吸わないから関係がない...雑念ユーモア短編集(76)謎

  • 雑念ユーモア短編集 (75)世の中

    世の中の動きは本人の意思に関係なく動いていく。その動きに抗(あらが)う者は挫折し、従う者だけが世の中に溶け込んでいくのである。抗うこともなく、かといって従う訳でもない者は、ただ世の中の流れの中で浮かぶ木の葉のように流されていくだけだ。鏑矢(かぶらや)も流れに浮かぶ木の葉のように、ただ流されて生きる男だった。『鏑矢さん、専務がお呼びです…』内線が課長席に座る鏑矢の耳に聞こえた。秘書課の藤尾美香からだった。美人の美香は若い男性社員達の中でマドンナ的存在として獲得合戦の的になっているOLだった。「分かりました…」いつもの図太い鏑矢の声が緊張で高くなっていた。鏑矢もすでに三十路に入り、そろそろ身を固めるか…と思う年齢になっていた。そうは思う鏑矢だったが、世の中の流れは鏑矢のそんな思いとは関係なく、日々の仕事の雑念...雑念ユーモア短編集(75)世の中

  • 雑念ユーモア短編集 (74)思いつく

    ふと、思いつくことがある。それは、その瞬間まで考えてもいなかった考えで、矢橋は、さて、どうしたものか…と迷う雑念に苛(さいな)まれた。やらなくてもいい…と考えれば確かに今、やらなくてもいいことなのである。ただ、してしまった方が明日はどうなるか分からないから、やっておいた方が賢明といえば賢明だ…とも思えた。そんな雑念に苛まれた矢橋の動きはピタリと止まってしまった。矢橋は居間で茶でも飲むか…と思いながら取り敢えず台所へ行った。思いついた内容をするには材料が一つ足りないことにふと、矢橋は気づいた。矢橋はそのことに気づいたとき、茶を飲むことを忘れていた。材料が足りなければ思いついたことも出来ない。そんなことで、矢橋は、まあ、いいか…と、思いついたことを先延ばしにすることにした。それから半年が経過したが、矢橋が思い...雑念ユーモア短編集(74)思いつく

  • 雑念ユーモア短編集 (73)限界

    水で柔らかくした干し柿を一週間ほど食べ続けていた篠塚は、まだ食べられるだろう…と、夕食後、一つ齧(かじ)った。味は甘く、少しもダメになっていないように篠塚は感じた。『なんだ…ちっとも傷んでないじゃないか』そう心で呟(つぶや)くと、篠塚は二つ目の干し柿を齧った。『まあ、今日はこれくらいにしておくか…』篠塚は、そう思うでなく湯飲みの茶をガブリと飲んだ。その十分後、篠塚の腹は少し鬱陶しくなってきた。痛くはなかったが、トイレへ行きたいような感覚が篠塚を襲ったのである。仕方なく篠塚はトイレでコトを済ませた。少し緩くなっていた大便だったが下痢ほどではなかったから、さほど気にせず篠塚はトイレから出た。『二粒ほど飲んでおくか…』雑念を感じた篠塚は、念のため丸薬を二粒飲んだ。就寝したあとは何事も起こらなかった。翌日の夕方、...雑念ユーモア短編集(73)限界

  • 雑念ユーモア短編集 (72)右往左往(うおうさおう)

    人は前後不覚に陥(おちい)ったとき、右往左往(うおうさおう)する。この女性、坂山朋美も右往左往していた。事の発端は上司の副部長、静川の陰謀によるものだった。その理由は、キャリア・ウーマンの朋美が何かにつけて部長の大凧(おおだこ)に告げ口していたのを知り、その腹いせを画策したのだ。『フフフ…これで、あいつも部長に告げ口は出来ないだろう』静川はニヒルに嗤(わら)い捨てた。長年の恨みを晴らしたかのような悪辣(あくらつ)な陰謀だった。その陰謀とはトイレの紙を密かに持ち去り、生理的欲求が果たせないようにしたのである。静川は密かに一人のメンテナンスの作業者に多額の金を渡し、陰謀に加担させたのだった。「…か、紙がないわっ!」朋美は雑念を湧かす間もなくトイレの便座に座り続けねばならなかった。その頃、すでにタイム・リミット...雑念ユーモア短編集(72)右往左往(うおうさおう)

  • 雑念ユーモア短編集 (71)どうしたものか…

    いつもは迷わない鉾宮だったが、その日に限り、どうしたものか…と迷う雑念に悩まされていた。鉾宮とすれば、しようとする物事の時間が少し足りないように思えたのである。ただ、足りないようには思えたが、やろうとすればやれないこともない、なんとも紛(まぎ)らわしい時間が残されていたのである。そのあとのスケジュールは詰まっていて、ドコソコへ出かける手筈になっていた。そのどうしても行かねばならないならない物事は、しようとしている予定をしなければ、なんてことはなく、ゆとりをもって間に合うのだった。どうしたものか…と雑念に沈んでいる場合ではなかった。刻々と過ぎていく時間に鉾宮はついに決断を下した。『よしっ!なろうとままよ…、やろうっ!』鉾宮は、やろうとしている物事に取りかかった。火事場のバカ力・・というが、人には秘められた力...雑念ユーモア短編集(71)どうしたものか…

  • 雑念ユーモア短編集 (57)連絡

    受付でアポを取ってらっしゃいますか?と訊(たず)ねられた村雲は、いいえ…と返さざるを得なかった。どうもアポを取ってないとダメなように瞬間、村雲には思えた。ところが、そうですか、まあ、いいですよ…と返されたのには驚かされた。それなら初めから訊(き)くなよ…という雑念が村雲の脳裏を掠(かす)めた訳である。しばらくすると、村雲が連絡したのは携帯で、直接、本人と話していたから、すぐ会える…と村雲は軽く考えていたのである。ところが、受付での厳しいチェックが待っていた。村雲は、受付が内線で連絡している間、カンファレンスのロビーに置かれた長椅子で借り物の猫のように小さくなって座って待った。「お待たせしました…」しばらくして、エレベーターで降りてきたのは、この会社の会長で93才のおばあさんだった。どうも耳が遠いらしく、村...雑念ユーモア短編集(57)連絡

  • 雑念ユーモア短編集 (56)熱はいる

    人体は適度な熱を必要とする。体内では〇〇〇カロリーのエネルギーが体細胞に伝達され、体細胞はそのエネルギーを得て生命活動を継続する訳だが、そのとき発生するのが熱である。だが、悪性ウイルスや悪性菌の炎症を抑えようと細胞がフル回転すれば熱が異常発生して高熱を発するから、逆に危険となる。身体に熱はいるが、多過ぎても少な過ぎても困る訳だ。中年女性、竹松幸美は寒さに震えながら熱を欲していた。「寒いわ…}大雪の停電でマンションに敷設された床暖房のセントラル・ヒーティングがダウンし、冷え込んだダイニングのフロアで幸美は、袋入りのホッカイロを数個、服の下に潜ませながら溜息を漏らした。つい数日前までは風邪の高熱に悩まされ、ベッドで寝込んでいた幸美だった。「すみません…風邪で数日、休ませていただきます」『そうなの?インフルエン...雑念ユーモア短編集(56)熱はいる

  • 雑念ユーモア短編集 (55)凍った雪

    困ったことに凍った雪は重くなって樹々を痛める。雪にまた食われたか…と雑念を巡らせながら箱宮は雪折れした枝を手に取りテンションを下げた。前日に降った雪が融け切らず、凍った場合は悪者の雪・・と箱宮は定義づけていた。今回も二日前に降った豪雪が融け切らず凍っていた。『まあ、仕方ないか…』凍った雪にブツブツと語りかけて怒ってみても、これはもうお馬鹿さん以外の何物でもない…と、これくらいの道理は箱宮にも分かっていたが、どうも怒りが治まらなかった。箱宮は箒を逆にして叩き、凍った雪を取り除くことにした。凍った雪の下には丹精して育てたアイリス[アヤメ科]の茎葉が埋まっていた。それは恰(あたか)もツアースキーで危険なコースを滑り、雪崩に巻き込まれたスキー客に似ていなくもないな…と箱宮は雑念を増幅させた。司法試験を一発合格した...雑念ユーモア短編集(55)凍った雪

  • 雑念ユーモア短編集 (54)鬼は外ぉ~福は内ぃ~

    見事、国立大学に一発合格した心底(しんそこ)冷(ひえる)は、「鬼は外ぉ~福は内ぃ~」と、家の出入口で豆を撒(ま)きながら、ふと、雑念を巡らせた。『また今年も豆を撒いている。いったい、何故なんだろう…』と。どうも俺は、パブロフの犬だな…と思え、冷は思わず含み笑いをした。パブロフの犬とは考えもせず、条件反射で物事を繰り返しやってしまう・・という生物学の言葉である。冷は、そしてまた雑念を巡らせた。そうかっ!ひょっとすれば、したことで悪い出来事が最小限に食い止められているのかも知れない…と。ということは、今年も悪い出来事が最小限に食い止められるよう続けているのかも知れないと冷には思えたのである。『冷ぅ~!夕飯だから降りて来なさい~~』豆を撒き終え、二階の自室へ戻った途端、階下のキッチンにいる母親の声が聞こえた。『...雑念ユーモア短編集(54)鬼は外ぉ~福は内ぃ~

  • 雑念ユーモア短編集 (53)信用力

    何がなくても信用があれば食べられる…と、豆尾は雑念を巡らせて思った。季節は五月(さつき)で、鯉の吹き流しがあちらこちらの人家に見える。青空の中、心地よいそよ風に頬を撫でられながら豆尾は堤防伝いの土手道を歩いていた。川の中州では草野球の試合が行われている。よく見れば、カンバスを立て、絵を描く人もいた。しばらく歩いていると、豆尾は急に腹が減ってきた。家を出るとき、硬貨が入った小さめの財布は持って出たが、中身をよく見れば、百円硬貨が一枚と十円硬貨が三枚ほどしかなかった。これではパン+牛乳パックを買えない…と豆尾は困った。前方にパンの直売所が見えたところで、豆尾は堤防の土手を降り、店へと近づいていった。「やあ、豆尾さん。どうされたんです?今日は、やけに早いですね」店員は訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。「天気がい...雑念ユーモア短編集(53)信用力

  • 雑念ユーモア短編集 (52)スパイラル[螺旋{らせん}]

    最近は、どうも沈滞気味だ…と、梅川は歩きながら雑念を巡らせていた。キョロキョロと右横左、さらに右上左上と見回しながら辺りの景色に目をやれば、歩道、道路、中規模ビル、かろうじて残っているアーケード商店街・・と景観は変化していく。数年前に通ったときは人の姿が多く、ザワついていたが…と梅川は思った。景気が沈滞気味だと見て取ったのである。通る人も疎(まば)らで、マスク姿ばかりである。『負のスパイラル[螺旋{らせん}]か…』梅川は、どうも人類は危うい…と神様か仏様にでもなった気分で雑念を増幅させた。そのとき、いい匂いが梅川の鼻を擽(くすぐ)った。道路を挟んだ左前方に目を凝らせば、美味(うま)そうなスイートポテトを売る店が見えた。その店の前だけ黒山の人だかりが出来ている。どうも、いい匂いはその店から漂ってくるように思...雑念ユーモア短編集(52)スパイラル[螺旋{らせん}]

  • 雑念ユーモア短編集 (51)予定 2

    (16)でもタイトルにした予定の別話です。^^予定は未定で確定にあらず…と、竹岡は沈思黙考して雑念を巡らせていた。というのも、竹岡がすること成すことの全てが様々な事情で変化し、出来なかったからである。これは稀有(けう)な現象と言えた。本人がやろうとしていることが出来ないのだから、竹岡に限らず誰だって歯がゆく、イライラするに違いない現象に違いなかった。その日も竹岡は朝から一日の予定を頭に描いていた。ただ、いつも思うようにいかないのだから、どうせ出来ないだろう…とは頭の片隅で思っていたが、それでもアグレッシブに取りかかろうとしていた。その前には、まず腹ごしらえだ…と竹岡は思った。朝はいつも、ハム・エッグに野菜サラダ+トースト1枚[1斤の5分の1]と決めていたから、そのとおり準備にかかった、ところがである。冷蔵...雑念ユーモア短編集(51)予定2

  • 雑念ユーモア短編集 (50)中途半端

    物事をしたとき、中途半端がいい場合と悪い場合がある…と長崎は雑念を巡らせた。いい場合だと物事がスゥ~っと順調に進むが、悪い場合には滞留して進まず、しなかった方がよかった…と後悔する結果になる・・と長崎には思えた。そんな雑念を巡らせたのは、一獲千金を夢見て空売りした株の過去だった。長崎は株取引で億単位を僅(わず)か三日で稼いだのである。そして数日後には一億の大損を出し、結局手元に残ったのは二億の儲けだった。長崎は、また雑念を募らせた。一億の大損をしたのは中途半端な捨て売りだった。僅か三日で三億を稼いだときは…と想い出せば、このときも中途半端な捨て買いだった。底値をつけたな…と判断した長崎は、買う資金がないのに株を捨て買いしたのである。『あの頃は激動の時代だった…』長崎は証券取引の現役を退き、豪勢な別荘で余生...雑念ユーモア短編集(50)中途半端

  • 雑念ユーモア短編集 (49)アレコレ

    野原はアレコレ…と、明日の行動計画に雑念を巡らせていた。『アレが先か、コレが先か?だが…。やはり、コレからか…』野原はコレからにしようと心に決めた。ところが世間はそう甘くない。コレからにしようと野原はコレの関係へ電話をかけた。『ああ、コレですか…。誠に申し訳ないんですが、コレはナニで…と言いますのは、国のコンプライアンス強化で出来んのですわ』「ええっ!そんな馬鹿なっ!!工事されたのはオタクなんですから、出来ん訳がないでしょっ!!」『はあ、それはそうなんですが…。なにせ国の締めつけが厳(きび)しいもんでして、過去のお客様には大変、ご迷惑をおかけ致してますが…』そう電話声が聞こえたとき、野原は絵入りの道路工事看板を、ふと思い出した。[大変、ご迷惑をおかけいたしますm_m]看板の中にはヘルメットを被って立ち、頭...雑念ユーモア短編集(49)アレコレ

  • 雑念ユーモア短編集 (48)いよいよ

    大相撲の本場所も、あれよあれよ…という間に終わってしまったテレビ中継を見ながら、大事な一番に臨んだ力士の心境は、いったいどんなものだろう…と、飼葉は野次馬気分で雑念を巡らせた。『{前奏に引き続き御唱和を…}か。先場所は{心の中で御唱和下さい…}だったな…』それだけコロナが和らいだ・・ということか?と飼葉は関係ないことに雑念を向けた。『それにしても、呆気(あっけ)なかったな…』呆気なかった・・とは、優勝が決定する最後の一番である。その一番を思い出した飼葉の雑念だった。『呆気なかった・・ということは、負けた力士は、いよいよという立ち合いのとき、気持が昂って冷静さを欠いた・・ということになる。結果、それが相撲内容に出てしまった・・と、まあ、こうなるんだろう…』飼葉にとっては人ごとだから、人知が及ばない自然の節理...雑念ユーモア短編集(48)いよいよ

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