獣医師・吉田尚子さんに学ぶ、健康を支える犬の力とは?
今、世界中で注目されている「SDGs」という言葉。これは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の頭文字を合わせたもので、世界193か国が貧困や環境問題の改善を2030年までに達成するために掲げた17の目標のこと。2020年からスタートした連載では、CanCamモデルのトラちゃんことトラウデン直美が「SDGs」について読者の皆さんと考える機会を作っています!
今回は、動物と人の健康・福祉を守ってきた吉田尚子さんに、ドッグセラピーの可能性をうかがいました。
学会や小児病棟など…吉田先生の活動
病棟内での喧嘩や暴力件数が格段に多い児童精神科。でもその件数の推移を見ると、ドッグセラピーの日だけ大きく減少する結果に。吉田先生が発表したパリの学会でも注目された。
学校で子供たちに犬との接し方を指導。ちなみに、いきなり頭を撫でるのはNG、まずは鼻の前に優しくグーを差し出してにおいを嗅がせてあげる。
小児病棟でセラピーチームの皆さんと。小型犬も活躍!
人と犬が信頼して触れ合うことで「幸せホルモン」を分泌
トラ 吉田先生は、今日一緒に撮影させていただいたサニーちゃんのような犬たちを介在させる教育や療法に携わっていらっしゃるんですよね。
吉田 はい、動物の健康って実は人間の健康とも関わり合いがすごく強いんですね。皆さんの身近なところでは、食肉や鶏卵、牛乳などの安全性を管理するのも獣医の役割のひとつ。私の場合は主に子供たちを対象としていますが、普段は手が動かない高齢の方が犬に触れたり、ボールを投げて遊んだりすることで少しでも動かせるようになるという医療プログラムもあります。
トラ そういえば、日本の高齢者1万人以上を対象にした調査で、「犬と一緒に暮らしている人は、介護が必要になったり、亡くなったりするリスクが半減する」という研究結果が出たという記事も見かけました。
吉田 欧米でも様々な研究が進んでいて、犬による健康効果が報告されていますね。ただし、「犬が適切に飼われて幸せであれば」というのがポイント。信頼関係にある飼い主と犬が見つめ合ったり触れ合ったりすると、どちらもオキシトシンが多く分泌され、人と犬の双方に癒やし効果があることが科学的に証明されています(2015年・『サイエンス』誌)。これは、チンパンジーや狼には見られないこと。オキシトシンはストレスの緩和、不安や恐怖の減少、免疫力アップなども期待でき、「幸せホルモン」と呼ばれていますね。
子供たちの傷ついた心を癒やす非言語コミュニケーション
トラ サニーちゃんの癒やし力で私も自然と笑顔に! 同時に、セラピー犬は私たち人間からストレスを受け取ってしまわないかな? と心配にもなりました。
吉田 たしかに、飼い主でもあるハンドラーさんが犬のストレスサインを見極めながら触れ合うことは前提ですね。ひとつの安心材料として、私たち日本動物病院協会と千葉県こども病院が共同で行った調査では、小児がんの子供と犬は、普段の関わりはほとんどなくてもその場だけの約30分のセラピーで双方にオキシトシンが出ていました。これは、つらい状況の子供たちが癒やされていること、そして犬たちも我慢やストレスを感じておらず一緒に楽しんでいるということを示しています。もうひとつのバロメーターは、セラピー活動用のベストやバンダナを身につけると、犬たちが喜んで玄関に走っていく姿でしょうか。
トラ 「早く行きたい! 」という気持ちを感じますね。
吉田 病院などへの訪問セラピーの他、児童精神科病棟の先生や弁護士さんと一緒に取り組んでいるのが、虐待された子供たちへの法廷での付き添いです。
トラ 大人でも緊張する事情聴取や裁判で、つらい体験を話すことは大きな負担になりそうです。
吉田 暴力や性的虐待で傷ついた子は、心と体が乖離した状態になることも。でも、傍にセラピー犬がいると、フッと我に返って表情を取り戻す。トラウマを軽減したり、話す勇気をもらえたり…ということがあるんです。以前、ある男の子に「このワンちゃんたちって、叩かれるからお利口にしてるんだよね?」と聞かれて。「ほめられてうれしくて来てるんだよ。みんなに触ってもらって、ワンちゃんたちは喜んでるよ」と答えたら、「そうなんだ、僕は親に叩かれて育ったから」って。彼はそれまで自分が親に虐待された事実を一度も人に話したことがなく、主治医の先生も驚いていました。
トラ 人が相手だと気を使ってしまうけれど、ありのままを認めて受け入れてくれるワンちゃんの存在が気をラクにしてくれたのかもしれませんね。
吉田 期待も評価もせず、頑張れとも言わず、ただ寄り添ってくれるから心の壁を低くできるのかなと。
トラ 若者の特集番組に参加して、自己肯定感をもてずに苦しんでいるという10代の話を聞いたばかりで、動物と触れ合う機会がもっとあればと思います。
吉田 動物って自殺しないんですよね。自分の命に最後まで真摯に向き合う。心が繊細で疲弊している思春期こそ、その生命力を感じられるようです。私たち専門家の大人がいくら励ましてもうまくいかなくて、非言語コミュニケーションをとる犬だからこそアプローチできるんだなという場面を何度も見てきました。
人間、動物、生態系の健康はすべてつながっている
吉田 日本はこの20年で殺処分は10分の1まで減りましたが、残念ながらまだ軽い気持ちでペットを迎えてしまう傾向があります。犬の怖がることやイヤがる触れ方の知識がなく接すると、信頼関係が築けず悲しい事故を招いてしまうことがあるため、幼稚園や学校での動物介在教育にも力を入れています。子供たちには、命をめぐる問題を当たり前だと思わずに、時に心を痛めながらでも模索して育っていってもらえたら。
トラ 私は幼い頃から乗馬が趣味で、馬と過ごすと人間も動物で自然の一部だと実感します。一方で馬がケガをすると、安楽死も視野に入れなくてはいけません。苦しいけれど目をそらさずに考える、命の勉強だなと。
吉田 まさに! 「ワンワールド・ワンヘルス」で、この地球上では数多くの生命体が支え合って生きているんですよね。人とは違う生き物に親しみをもつことで、命への意識は変わっていくのではないかなと思います。
身近な生き物との関係性は、いつか全部自分に返ってくる
ワンちゃんたちが楽しいから人にとってもセラピーになると学び、すごく納得感がありました! 生き物にどう接するかは、全部自分に返ってくるんだなと。自然や生物の多様性を守ることも、人間が地球で生き残れるかどうかに直結するんだろうな。
目指せ「SDGs」!トラちゃんの今月の一歩
■環境対策、街での変化を感じるように
「レジでビニール袋を辞退している人を見かけたり、コーヒーを頼んだらプラスチックのフタが付かなかったり。試行錯誤しながらも着実に変化しているんだ!と感じ、自分にできることを改めて考えたいなと思いました」byトラウデン直美
■今月の1冊は…『SDGsの教科書~10代からの地球の守り方』
SDGsの17の目標ひとつひとつに著名人の体験や思いが綴られていて、共感や驚きを得られる1冊。私の大好きなエマ・ワトソンの言葉にも注目です!
今月のSDGsブランド「CASA FLINE」
「地球に優しい、人に優しいモノづくり」をコンセプトとしたセレクトショップ。環境負荷が少ない素材を使うだけでなく、地域産業産地を活性化させ、雇用や技術を伝承。在庫商品はリメイクなどで新たな付加価値を生み、再販につなげている。