作者の身の回りの出来事をそのまま材料にした小説のこと。わたくし小説とも言う。
主な作家に上林暁、木山捷平、尾崎一雄など
単に身辺雑記物であるだけでなく、読者が、主人公を作者と同一視し、小説の中だけでは得られない作者についての知識を補足しながら読むことが、書き手、読み手両方に前提されていた。
また「心境小説」という隣接し、多くの場合、作品的に重複するジャンルでは、モノローグ的なストーリーのなかで、主人公=作者の、精神的成長、人格の深まりがテーマとなり、しばしば、作家の精神修行のその時点での成果の報告という性格さえ持った。
一方では宇野浩二や葛西善蔵などの作品は、そうした主人公=自己のからまわりする努力・苦闘をみずから自己言及的に語ることで、相対化し、ドン・キホーテ的な幻想性をもたせるという傾向ももった。この私小説のなかの一方の傾向は、牧野信一、石川淳、太宰治、坂口安吾といった私小説的物語内容を、つよい自覚的な虚構意識でささえるという作家群に大きな影響を与えている。