地元の阪神間が舞台になっている小説を読み進めています。
今回は、久坂部羊著「無痛」を読みました。
芦屋、神戸市東灘区、灘区、中央区、北区と聞き慣れた地名のオンパレードで、登場人物が歩いている風景が目に浮かぶぐらい地元をテーマに書かれた作品でした。
読書メモとして記録しておきます。
タイトル「無痛」とは
物語に登場する伊原忠輝(イバラ)が先天性無痛症であることに由来します。
先天性無痛症とは、生まれつき痛みを感じにくい、あるいは全く感じない稀な遺伝性疾患です。痛い、熱いなどの体に危険が及んでいるサインが感じ取れないので、やけどやケガをしても気づかず、大けがにつながることが多いとされています。
同時に、イバラは頭がい骨同士の癒合が速かった事によって起こる尖頭症でした。脳の発達障害あり、頭がい骨がとんがっていたため、同級生からいじめを受ける対象になっていました。
小説「無痛」は、イバラなしでは物語が構成できないほどの重要人物です。先天性無痛症であるイバラが痛みを感じないことが、人の痛みを理解しないことにつながり、後のストーリーにつながっていきます。
登場人物
久坂部羊の小説「無痛」の主要な登場人物をまとめます。
為頼英介(ためより えいすけ)
- 主人公
- 驚異的な診断能力を持つ町医者
- 患者の予後だけでなく、犯罪因子も予見できる特殊な能力を持つ
高島菜見子(たかしま なみこ)
南サトミ
白神陽児(しらが ようじ)
- 白神メディカルセンター院長
- 主人公の為頼と同様の予後予測能力がある
- 医療の発展を目指す一方で、違法な試みも行う
早瀬順一郎(はやせ じゅんいちろう)
- 灘署刑事
- 一家殺人事件の担当刑事
- 刑法第39条に強いこだわりを持つ
伊原忠輝(いはら ただてる)
- 通称「イバラ」
- 先天性尖頭症、無痛症、無毛症を持つ
- 白神メディカルセンターの器材管理職員
- 伊丹あすなろ園出身
佐田要造(さだ ようぞう)
- 菜見子の前夫
- 広江を利用して菜見子にストーカー行為を繰り返す
その他の登場人物
内容とあらすじのメモ
テーマは刑法39条(心神喪失者の責任免除)の是非
刑法39条を一言で言うと、「心神喪失者の行為は罰せず、心神耗弱者の行為は刑を減軽する」ということになります。
この条文は、精神障害や知的障害などにより、行為の善悪を判断する能力(弁識能力)や自身の行動を制御する能力(制御能力)が著しく低下または喪失している状態で犯罪を犯した場合、その責任能力に応じて処罰を免除または軽減するものです。
この法律の趣旨は、自らの行為の意味を理解できない、あるいは行動をコントロールできない状態にある人に対して、通常の刑事責任を問うことは適切ではないという考えに基づいています。ただし、責任能力がないと判断された場合でも、必要に応じて強制的な治療や入院が行われることがあります。
本作品でも、刑法39条にまつわるエピソードはたびたび挿入されます。
両論併記によって読者に問題提起を行う手法は、前に読んだ「黒医」でも使われていました。
病気だから仕方がないのか、被害をどう償うのか。どちらに立つかで見え方が変わる、そして正解はない問題です。
のっけから惨殺
灘区の山手で起きた一家四人殺害事件。その事件現場の詳細な描写から物語は始まります。こだわりを持った犯人による、残忍な殺人現場の風景が細やかに描写されます。事件の描写は冒頭だけではなく、その後鑑識および解剖結果から事件の残虐性を上書きされて記載されます。
生々しくも的確な言葉を紡いで現場を表現する描写は、医師である作家久坂部氏の特色かもしれません。
その残虐さは、Netflix「地面師たち」のハリソン山中のウェスタンブーツ級のシーンに匹敵します。読まれる時はご注意ください。
また、惨殺シーンは後にも登場します。
スーパードクター登場
主人公の為頼英介は、観察力が優れていて、見るだけで患者の病気を言い当てます。例えば、顔色は血管の開き具合によって変化し、肺気腫になれば指先が丸く変形します。病気によって皮膚や目つき、姿勢や歩き方などに特徴的なサインが出現するそうです。為頼は体に出現するそれらのサインを丁寧に拾っていく、視診を重視する医師として描かれます。
男は警官の喉元を見て、密かに思った。 この警官は、膀胱が弱っている……。 彼は自分の診断を確かめるために、さりげなく警官の足元を見た。革靴のつま先が内向きに減っている。慢性の腹圧がかかっている証拠だ。
その観察眼は、会った瞬間に職業を言い当てるシャーロックホームズを彷彿とさせます。また為頼は病気がわかるばかりではありません。拘置所の監察医の経験から、凶悪犯罪を犯す人間が持つ眉間の特徴を把握しています。
冒頭で三ノ宮で刃物を持った男による無差別殺人が起こるシーンが描かれます。為頼は、すれ違った男の眉間の特徴から、無差別殺人の発生を予知して、本作のヒロイン的登場人物を救います。
タクシーで財布を忘れるうだつの上がらない風貌のおじさんが、特殊能力を発揮してヒロインを救う。スーパードクター降臨の瞬間です。
作品で出てきた地名やランドマーク、道路
本山北町七丁目
主人公為頼のクリニックのある地名です。
神戸市東灘区本山北町は実際は6丁目までしかなく、小説のための架空の住所でした。
JR及び阪急の駅の東側で、保久良神社の南側の坂の多い地形です。
灘警察所
都賀川と山手幹線の交わるところにあります。刑法39条について悩んでいる早瀬刑事の職場です。
鶴甲(つるかぶと)地区
臨床心理士高島菜見子の自宅がある六甲山ふもとの高台。神戸大学の北側、六甲ケーブルの南側。もともとは山であったところを切り崩して、その土砂は灘区灘浜東町~東灘区深江浜町の埋め立てに利用された。
鶴甲山から海岸までの間には阪急、JR、阪神の各鉄道や国道2号、43号などの幹線道路が走っており、その障害を防ぐために地下式コンベヤを都市計画道路高羽線の路下に設置したのである。延長3.7km、ベルト幅員1.2m、速度150m/分でその運搬能力は1,600t/時。36年から41年まで運用され、1,500万m3の土砂運搬を行った。コンベヤ撤去後は開削トンネル部は共同溝に、山岳トンネル部の一部は神戸大学の実験施設に転用されている。
市道山麓線
神戸を東西に走る街道です。北野異人館付近は一方通行の部分もありますが、須磨から神戸に帰るときの抜け道として使っている道です。六甲山のふもとの道なのでアップダウンがきついですが、車線が少なく、交通量も少ないので、のんびり変えるときにはうってつけの道です。
最後に
神戸を舞台にした小説を読んでいます。久坂部羊の「無痛」は、ショッキングなシーン具多い小説ですが、すべてのストーリーが芦屋および神戸市内で展開されていて、距離感が実感できて大変楽しめる作品でした。