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「エムポックス」とは何か。その危険度と予防を考える #専門家のまとめ

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 アフリカを中心に発生していたエムポックス(旧サル痘、モンキーポックス)が、2022年頃から世界各国へ広がり始めました。2024年8月14日、WHO(世界保健機関)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。2022年5月に続き、2回目の警戒を呼びかけています。

 WHOの懸念は、これまでより重症化リスクが高く、感染力も強いタイプのエムポックス・ウイルスが拡大しているのではないかという点にあります。日本でも報道が相次ぎ、アジアへの感染拡大も危惧される状況にあります。エムポックスとは何か、そしてどう予防すればいいのか考えます。

ココがポイント

▼予防接種に有効な天然痘ワクチン不足が問題

感染拡大「エムポックス」って何? WHOが「緊急事態」再び宣言 「サル痘」から名称変更 症状、対策は(東京新聞、2024/08/20)

▼感染者はアフリカから中東経由でタイへ

“重症化しやすい”エムポックス(サル痘) アジアで初確認か(NHK、2024/08/22)

▼必要な水際対策とワクチン安全保障、そして国際貢献も

エムポックス ワクチンで世界に貢献を(産経新聞、社説、2024/08/22)

エキスパートの補足・見解

 エムポックスは、1970年に中央アフリカ地域や西アフリカ地域でヒトへの発症が確認されて以来、コンゴ民主共和国などのアフリカ大陸の熱帯雨林地域で散発的に感染流行が起きていました。1970年からの10年間の感染者数は50症例に満たない数でしたが、2000年代に入ってから熱帯地方で感染者が増加し、コンゴ民主共和国では1980年代と2006年、2007年の比較では感染者の発生率は約20倍に増えました。

 アフリカで発生してきたエムポックスは2022年5月13日から21日までに北米、欧州、オセアニアで92症例が確認され、WHOは5月21日に従来の感染地域外へエムポックスの警戒を呼びかけたというわけです。従来の感染地域への渡航歴がない感染者も多く、2000年代に入ってエムポックス・ウイルスのゲノムが多様性を持ち始めているという研究もあります。

 エムポックスは天然痘と異なり、ヒトと他の生物に共通して感染する人獣共通感染症です。エムポックス・ウイルスが最初に報告されたのが実験動物のアカゲザルだったので、最初はサル痘と名付けられたようにサル類も感染源になり、オランダの動物園でサル類でエムポックスが蔓延した例もあります。

 また、ペットのウサギ、ネズミ、リスなどのげっ歯類がウイルスの主な貯水池となっている可能性があり、モルモットなどのペットから感染するリスクもあり、1990年代後半から2000年代前半にはアフリカ大陸から輸入されたラット、ヤマネ、リスといったげっ歯類を介して感染したプレーリードッグにより、北米で患者が発生した例もあります。

 エムポックスと天然痘は同じポックス・ウイルスの仲間です。そのため、エムポックスの予防には天然痘ワクチンが有効とされ、天然痘の予防接種を受けている人のエムポックスの発症が1万人あたり0.78人だったのに比べ、受けていない人の発症は1万人あたり4.05人と5倍以上のリスクだったという研究もあります。

 エムポックス・ウイルスには現在、2つの系統(クレード、Clade)があると考えられ、WHOが感染拡大に懸念を示しているのがクレード1bと呼ばれる株です。アフリカ以外でのクレード1b株の感染例は、今のところ前述したタイの例とスウェーデンの1例があると考えられています。

 エムポックスは、性行為などの身体接触、距離の近い会話などによる呼気や飛沫による感染が主で、新型コロナや麻疹(はしか)よりも感染力が低いとされています。潜伏期間は天然痘と同じ10日から14日、発熱や倦怠感、直径2ミリから5ミリほどの赤い発疹や水疱状の発疹といった症状が2日ほど出てから発症します。

 ただ、水痘(水痘帯状疱疹ウイルスによる水疱瘡)と紛らわしいなどの点から、エムポックスの診断は容易ではないようです。通常はリアルタイムPCR検査で調べますが、途上国でのPCR検査は医療資源の面などで広がっておらず、簡便かつ迅速に診断する方法はまだ確立されていません。

 エムポックスの治療では、感染後4日以内の天然痘ワクチン接種が推奨され、2週間以内でも一定の効果があるとされています。ただ、ワクチンに対してアレルギー反応を持つ人、がん治療中だったり臓器移植をした人、HIV感染者、免疫不全症の人など、免疫系に問題のある人、免疫力が弱っている人、1歳未満の子ども、妊娠中の女性などには非推奨となっています。

 エムポックスは、会話などの飛沫感染や濃厚な接触感染によって感染します。空気感染する天然痘や新型コロナに比べると感染力も低く、人類が天然痘との戦いで勝ち得たワクチンなどの知見も多いので、手洗いやマスク着用などの基本的な感染対策をしていれば現在のところ過度に恐れることはないでしょう。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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