サソリのような姿をした奇妙な昆虫
誰しも気味が悪いような見た目の生き物には好奇心を持ってしまうものです。
特にweb上においては自分は扱いたくないけれどもゲテモノのような生物のコンテンツは見たい。という方が多い傾向が読み取れます。
今回は見たことは無いけども名前や姿は知られているカニムシという珍妙な生物を紹介し、生息場所や生態、マダニの天敵としての側面などの魅力を紹介していきます。
未知の生物はどんな生態を持っているのでしょうか?
カニムシとは?
カニムシは虫と付いていることから昆虫の仲間であると勘違いされがちなのですが、足が片側に4本あることからダニの仲間が近い種類です。
タラバガニがヤドカリの仲間であることと同じようなものです。
大きさは数mm程度で種によって異なりますが、大きいものでは5~7㎜程度の大きさを持つ者もいます。
体の上側にはカニやサソリを連想させるような大きなハサミ(挟角)を持っており、これを利用して獲物を捕まえます。
ダニの仲間らしい口器を持ち、それを獲物に突き刺して体液を吸います。水生昆虫のタガメのように消化液を流し込むことで食事をとります。
この性質から肉食性です。
カニムシには土壌性のものと樹上性のものがいます。
土の中にいる印象が強いのですが、樹上性のものは樹皮の下などで生活をしています。
どちらの種類もカニムシを探すつもりで探さないと出会えないので、実物を見たことはあまりいないと思われます。
生息環境について
カニムシを探したい場合には見つけたい種類に応じて土壌と樹皮を見ていく必要があります。
試行回数が多くないので結論は述べられませんが、カニムシというものを見たいならば冬場に樹皮を、それ以外の時期ならば土壌を見ていくのが良いのかと思います。
土壌性
土壌性のカニムシは探すのがとても大変です。
腐葉土的な環境を始めおそらく広葉樹林下のような落ち葉が堆積した環境があれば普通に生息していると思われます。
土壌の世界が菌や1mm以下の生き物で多くが構成されていることからそれらを捕食するカニムシも数はいると思われます。
カニムシの仲間は肉食性であるため、食物連鎖の関係上個体数はそれ以外の生産者に比べると少なくなります。
土壌はとんでもない小さな生き物たちからなる世界です。捕食者である彼らも餌資源に困ることなく生活できるのでしょうね。
土壌性昆虫を採集する場合、土壌動物が光に対して逆側へ逃げる(負の走光性という)性質を利用したトラップを使うのが有名です。
コーヒー抽出のような漏斗状のものに土を入れて上からドライヤーなどで土を乾燥させれば土壌動物を下から落下させることができます。
樹上性
樹上性のカニムシはいればとても成果が分かりやすい採集方法です。
樹上というと地上から数十mもあることをイメージするかもしれません。彼らの多くは樹皮のめくれに生息していることが多いので実際には地上から1m以内の範囲であってもめくれがあれば出会える可能性があります。
出会いやすい種類としてはトゲヤドリカニムシというものがおり、これはスギやヒノキなどの樹皮下に生息しています。
2種の樹木はめくれが起きやすい植物であり、かつ日本には戦後以降積極的に植林されてきた背景があるため、比較的簡単に出会える種類であると思われます。
大きさも4㎜くらいあるのが嬉しいですね。
今回紹介するトゲヤドリカニムシについて
トゲヤドリカニムシはカニムシの中でも大型の方で、大きさはおよそ手を伸ばして考えると6~7㎜程度になります。
トゲヤドリカニムシは前述の通り針葉樹の樹皮下に生息しているカニムシです。
なぜ樹皮下に生息しているかについては根拠となる例に乏しいのですが、自身で観察してきた経験から考察していくと環境が安定しているからであると考えます。
例えば樹皮の下というのは越冬性の昆虫にとって理想的な環境であることがうかがえます。冬にトゲフタオタマムシという越冬性のタマムシを採集していた時のことです。
このタマムシはスギやヒノキの樹皮下で越冬するものなのですが、探しているとカメムシの仲間や寄生性のハチと思われる生き物、ハサミムシやカニムシなどが出てきました。
越冬性昆虫は太陽光などの温度変化で春と勘違いして目覚めてしまうと、そのまま死亡する可能性があります。
そのため日が当たらなく、適度な湿度を保持し、冷たい風などを避ける環境を選ぶ傾向にあると感じています。
樹皮下はこの条件に適していますよね。
加えて樹皮下にある湿度によってめくれた樹皮下には菌類や挟まった生物の死骸などがあることもあり、それを利用する小さな生き物たちが観察されました。
当初の仮説では樹皮下にいるカニムシたちはそうした生き物を利用していて適度な湿度が必要であると考えていました。
しかし生活史に関する論文を読んでいくとこのカニムシはより乾燥した樹皮下を好むそうです。
加えてカミキリなどによってボロボロな樹皮などでは見つかりにくい傾向があるとされ、新木よりも老木を好むとされています。この点は一般的な越冬性の昆虫とは真逆な気がします。獲物から水分を得られる都合上乾燥地帯でも問題ないということでしょうかね。
捕食に関しても同論文が分かりやすく、トゲヤドリカニムシが主にトビムシ(土壌にたくさんいる白っぽい生き物。跳ねる)を利用していることが示唆されていました。
しかしトビムシ食いという訳ではなく、利用する生き物はアリやアブラムシなど幅広いようです。
トビムシは土壌動物であることからこれを利用するトゲヤドリカニムシは地際の樹皮下にいることが多いようで、今回は地上から60㎝ぐらいのところにいました。発見可能な範囲は今のところ地際~60㎝程度です。結構広いですよね。
また、驚くべきは彼らの寿命の長さです。数㎜程度しかないのに寿命が5年以上ある可能性が示されていました。
小さい生き物は体が小さい分世代交代のペースが速いものです。例えばゴキブリやトコジラミなどはその世代交代の速さから薬剤抵抗を獲得してきましたよね。
なぜこんなに長生きができるのか不思議で仕方がないです。
ちなみにですが今回のトゲヤドリカニムシは3匹が同じ樹皮下にいました。
このことから優先的に選ぶような環境条件があることやフェロモンのようなもので仲間を呼び寄せる可能性が考えられますね。
もしかすると雌雄の比率なども関係あるかもしれません。
とても奥深い生き物だと思います。
カニムシの捕食方法
カニムシは前方の2つのハサミが大きくなっています。
名のもとであるカニはそのハサミを利用してちぎる様にして食事をします。カニムシは獲物を逃がさないためにハサミを持っており、捕まえた獲物に口器を差し込んで消化液を流し込みます。
食事方法としてはゲンゴロウの幼虫やタガメ成虫のようなものが似ていると言えますね。
カニムシ自体が小さい生き物なので口元はハッキリと確認できません。
しかし後述のマダニ捕食に関する論文では体液を吸われたマダニの姿が乗っていました。小さいながらも恐ろしい食事方法です。
サソリ的な印象とは異なり人への毒性はないとされています。しかしゲンゴロウやタガメのような同質の消化液を注ぎ込む系の虫は、万が一人に攻撃した場合に壊死する可能性があります。
カニムシは小さいのでそこまでのパワーは無いと思いますが、大きいものでは後半mmのサイズがあるので気を付けておいて損はないと思いますね。
殺人ダニことマダニを捕食する!?
観察事例はオオヤドリカニムシというカニムシであり、今回扱っているトゲヤドリカニムシではありません。
しかしカニムシの仲間には殺人ダニことマダニを捕食している事例が観察されています。
オオヤドリカニムシは土壌性でも樹上性でもない可能性が浮かんでいるカニムシの仲間で、ネズミ類を利用しているとされています。
自然界の哺乳動物にはマダニやヤマビルといった吸血性の生物が付きます。
どういう訳かオオヤドリカニムシはネズミにマダニがつくことを知っているようで、ネズミに張り付くことで移動と餌資源の確保を労力をかけずに得ているようです。
この研究ではこのカニムシがネズミの巣を転々と移動している可能性が示されていました。
マダニやヤマビルはどういう訳か動物が通る獣道を探知してその付近で新たな獲物が通るのを待ち構えています。
同様にそれを捕食するカニムシもネズミの巣で餌を身に着けるネズミを待っているそうです。
異なる生き物が対象は違えども似たような行動を取るというのはやはり生存において効率的な手法なんでしょうね。
マダニは扁平で挟みやすいとてもいい餌資源であると思います。また、マダニが積極的に襲われる対象であることからマダニもまた自然界では必要な存在であるというのが分かりました。
神奈川県西部ではシカの増加に伴いマダニもとても増加していると推測できます。もしかしたらオオヤドリカニムシの個体数もとても増えているのかもしれませんね。
カニムシは今回紹介したように姿も面白く生態も面白い生き物です。探すのはやや大変ですが、樹皮下のものは冬に見つけやすいので探してみてください。
参考文献
トゲ'ヤ ド リ カ ニ ム シ の 生 活 史 に つ い て
佐 藤 英 文
森のネズミと暮らすオオヤドリカニムシはマダニの天敵だった
岡部 貴美子