SNS問題に見るファンのありかた 「お客様は神様ではない。王様である。王の中には首をはねられた者もいる」

 

SNS問題に見るファンのありかた 「お客様は神様ではない。王様である。王の中には首をはねられた者もいる」
(c)Getty Images

「素性明かさず俺にメッセージ送って満足かもだけど、俺は相手が誰だか分からない。だから本気で応援している人には謝るけど、俺もそろそろ我慢限界よ?」 (原文ママ)

それは今季Jリーグ開幕後のことだった。

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■アスリートに対する誹謗中傷は今に始まったことではない

なかなか勝利を得られないでいた清水エスパルスのゴールキーパー権田修一のTwitterでの投稿がクローズアップされた。

勝てないことへの鬱憤ばらしなのか、心ない言葉が連ねられたのだろうSNSのメッセージに対し権田は怒りを露わにツイートしている。

原因となったメッセージが第三者の目に触れるものではなかったとは言え、一部のメディアが取り上げた内容は事実への言及にとどまった。この問題の深刻さに明確に触れることのない記事への違和感がなかったと言えば嘘になる。

アスリートに対する誹謗中傷は今に始まったことではない。ひとつひとつ取り上げるだけのスペースはないが、伝えられるたびに問題にされながら根絶されることなく現在まで続いている。

それら中傷行為は大きく2つに大別できると考える。

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ひとつは「アンチ」。日常はスポーツやアスリートに特段の関心を持っているとは思えない人たちが、ちょっとしたスイッチから中傷に走る。競泳の池江璃花子への東京五輪代表辞退要求や、競技外の活動への中傷がエスカレートしプロレスラー木村花さんを自死にまで追い込んだ事件は記憶に新しい。

もうひとつは普段はファンとして接していながら、自分の期待する結果を得られないアスリートやチームに「裏の顔」を使って攻撃を行う者。

昭和の昔のようにテレビで野球中継を視ながら、監督の采配や選手起用にボヤいていたのとは訳が違う。ネットへの投稿は延々と残り、ダイレクトなメッセージであれば確実にメンタルを削る。

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SNSを介した誹謗中傷の多発する問題に対し、コミュニケーションに関する著書もある研究家の藤田尚弓氏に聞いた。

「SNSでの中傷は社会問題になり法改正などもありましたが、まだまだ問題は解決していません。自分は正しいことをしていると信じ込んだり、このぐらいの書き込み・メッセージは問題にならないと思ったりとの『認知のゆがみ』が影響していると考えられます」。

表に出せないメッセージや素性を隠して並べ立てられた言葉に発奮する者などいない。そのダメージを引きずればパフォーマンスは落ち悪循環となるのだから、一面ではファンの顔を持つ(と考えられる)者の中傷行為は逆効果でしかないと断言できよう。

インターネットを介しての不適切な行為は、アスリートに向けられるものばかりではない。

あるJリーグのクラブ代表者のSNSでの書き込みが目に留まった。前述の権田の一件に関しての「この問題にメディアは真剣に取り組め」との問題提起だった。そのクラブ代表のタイムラインをさかのぼって行くと、自身も心ないメッセージに悩まされていることが見てとれる。

SNSはファンとの距離を縮めコミュニケーションを深めることを容易にした反面、リスクと表裏一体であることを思い知らされる。もちろんそれを悪用する側に非があることは明白だ。勝てない、不甲斐ないプレーを見せられたとき、それに怒るにしても限度はあろう。藤田氏はこうも続ける。

「怒りは反芻することで増大することが先行研究でも明らかになっていますから、それをわざわざ文字にして発信するのは精神衛生の面でも良いものではありません。ポジティブに穏やかな気持ちでSNSを利用する人が増えることを願ってやみません」。

■日本野球機構もついに声明を発表

SNS、インターネットはコミュニケーションの範囲と速度を劇的に変化させた。だがそれが人を傷つけるための攻撃の道具とされたとき、受けた側のダメージはとてつもなく大きいことは言うまでもない。同時に藤田氏によれば、中傷を行った者の心も蝕む。一時の怒りを誰かにぶつけて満足したとしても、結局自分に返ってくるだけということになる。いいことは何ひとつない。

実は私もネットでの中傷被害を受けたことがある。嘘を事実として流布され、まるで害獣・害虫の類にたとえられるなど視るに耐えない侮辱の言葉を並べ立てられるのだ。

一般人の生活圏でのことであるから発信者の特定は容易ではあったが、広がった火を消すには相応の時間を要した。

これが私のような個人ではなく、少しでもファンサービスになればとの思いでSNSを運用しているアスリートやチーム・クラブとなると、発信者の特定は犯罪被害の申し立てとしない限りほぼ不可能だろう。

プロスポーツもビジネスだ。スポーツの枠を取り払ってみれば明らかだが、選手や組織に向けられる歪んだ怒りは「カスタマー・ハラスメント」に他ならない。

日本の企業は長らく消費者の理不尽な不平不満にも耐えしのぶ姿勢でいたと思えるが、近年はSNSでの閲覧数稼ぎとしか思えない不適切動画(店舗スタッフへの土下座要求や商品・ブランドへの毀損行為)などに毅然とした態度を明確にするようになってきている。

日本野球機構(NPB)は3月29日、これらの問題に対し「発信者情報開示請求等の法的措置を講じ、専門家や警察などの関係機関と連携するなどして、これまで以上に断固とした対応をとってまいります」と警察と連携し対処する旨を発表している。これまでもそうした姿勢がなかったわけではないが、NPBの意思表明は各ジャンルのクラブ、競技団体にも同様の方針の浸透が加速するものと思われる。

「お客様は神様ではない。王様である。王の中には首を刎ねられた者もいる」。

これは、古いドラマの台詞である。ファンは選手の上位存在ではない。健全な想像力を有する者にこそ、スポーツやアスリートたちの伴走者たる資格がある。それが試され始まったことは自覚しておきたいものだ。

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著者プロフィール

中田由彦●広告プランナー、コピーライター

1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。