奈良県の奈良市三条通り 大正末の欧風建築、取り壊し免れる 地元呉服店が補修しテナントビルに
奈良市の目抜き通り、三条通りにある大正末ごろの歴史的ビルが取り壊しを免れた。地元の呉服店が補修し、テナントビルとして再生させる。存続の危機にあった近代建築に、民間企業から救世主が現れた。
同市角振町の鉄筋コンクリート造り3階建ての建物。建築面積約100平方メートルで、石造り風の外壁やアーチ型の窓、幾何学模様のレリーフなど欧風の意匠が特徴だ。登記簿などから大正末ごろの建築とみられ、銀行から生命保険会社、公民館、飲食店へと、時代とともに役目を変えながら市民に親しまれてきた。三条会館ビルとも呼ばれている。
同通りに残る戦前の近代建築のビルは、ほかに南都銀行本店(1926〈大正15〉年、登録有形文化財)ぐらい。
しかし、築90年前後を経て老朽化が進み、昭和初めからの所有者だった市内の酒造業者は、建物の維持は困難として取り壊しを予定していた。
同市椿井町の呉服店、柴田衣料店はことし1月、酒造業者から敷地と建物を購入。柴田義太郎社長(48)によると、専門家によるコンクリートの強度試験で、引き続き使用可能との結果が出た。古いがしっかりしている、とのことだったという。通行人の目を引く建物だから、雰囲気を生かしながらあらためて利用できればと、テナントビルとして残すことにした。
建物には必要な補強を施し、外壁の傷んだ部分を補修する。3階の塞がれた状態になっている窓は当初のアーチ型に戻す。工事に当たっている業者は、当時としては最先端を行く、手を掛けた建物だったと感心しているという。入り口からは石段に使われていた大きく立派な石が見つかった。しっくいの高い天井やシャンデリアを取り付ける部分の装飾も特徴という。
1960~73年に市が公民館として借りていたため、地元の年配の人は卓球をしたことを思い出して懐かしがるという。
現在は工事中で、5月いっぱいは作業用の覆いに隠れているが、その後は姿が見られる。入居する店や開店の日は未定という。
柴田社長は「皆さんに喜んでもらえるものにしたい。三条通りのランドマークになれば」と話している。