画期的な口溶け! 「湯種の魔術師」が生地で勝負する新店/ドウイスト
「シュークリームのイメージ」のクロワッサン
「湯種の魔術師」の異名を取る川原司シェフが、東京・麴町の行列店「No.4」を卒業、新店舗を東京・笹塚に出店した。店名はドウイスト=生地専門家。具材の映えたパンが人気を集める中、パン職人らしく堂々と、パン生地のおいしさで勝負するという宣言である。
「クロイスト」を食べた瞬間、僕の中で、新時代のファンファーレが鳴り響いた。それぐらい画期的な、パウダーケースサイズのサワードウ。食感はむにゅむにゅ、やがてねっとり。異常な高速でとろーんと溶け、穀物風味の甘酒のようになる。ルヴァンの奏でる香りはフルーティー。とてつもない甘さ、ほのかな酸味と相まって、梨を思わせる。
クロイストに使用されるのは、埼玉県産の農薬不使用全粒粉「61 SIXTY-ONE」(農林61号)。世田谷の“粉挽(び)き小屋”島田製粉所で挽いたばかりの粉が近隣のパン屋さんに届けられ、フレッシュな状態でパンになる。にしても、小麦をフルーツのように感じるほど、61 SIXTY-ONEの香りが引き出されるなんて想定外だ。
「ダジャレみたいな感じで、61だから湯種を61%にしてみたら、おもしろいものができました。この粉に出会ったことが新しい製法のヒントになったんです」
湯種とは小麦粉をお湯でこねる製法。でんぷんを強力にアルファ化させることで、甘さやもっちり感を引き出す。一方で、湯種にした生地はグルテンが出なくなり、ふくらみが弱くなってしまうため、20~30%程度までと一般には考えられている。川原シェフは常識の先へ踏み込み、50%以上湯種を配合する異次元のパンを展開しはじめた。
クロイストで使われるのは「発酵湯種」。61 SIXTY-ONEを湯種にし、ルヴァンを入れて、乳酸発酵を促す。湯種にすることで、農林61号がやや苦手とする水和を進ませ、豊かに糖分を作りだすことで、品種の持つ香りのポテンシャルを1段階も2段階も進めてみせたのだ。
ブリオッシュ生地にはなんと70%もの湯種を配合、「卵やバターが入るブリオッシュはパサつきがち」という常識を一蹴。昨今流行の生ドーナツもこの生地で作る。しゅわっ。口に入れた途端、斜め上のダッシュ力で溶解、カスタードクリームに変貌(へんぼう)する。
クリームという表現が大袈裟(おおげさ)でない訳は? ここで繰り出すのは、「バター湯種」。通常お湯で行う湯種作りを、溶かしたバターも入れて行う。グルテンにはばまれて通常は生地の中に入っていきづらいバターが、小麦の粒の中までしっかりと入る。炊き込んだカスタードのようになるから、小麦とバターが一体となって溶け出し、クリームを思わせるのだ。
バター湯種には、さらに小麦粉を入れて中種を作り、熟成の時間を経させる。
「僕の昔からのベースの考え方として、ぜんぶの粉を熟成させたいっていうテーマがあります。湯種だったら普通は10~20%、残りの粉が80~90%あるわけで。その部分になんにも手を加えないでパンにしちゃうのはもったいないな」
小麦粉のあらゆる部分が熟成を経て、すっかり水和し、糖分やアミノ酸への分解も進んでいる。すると、こんなにも口溶けよく、味わい深いのだ。
さらに、クロワッサンは「シュークリームのイメージです」と言われ、意味がわからないまま口にしたところ……しゅりしゅりともろく壊れる表面はたしかにシュー。ならクリームはどこか? 中身がもっちり。いや、それが完了する前にとろけ、バターの風味が小麦と一体にあふれだすさまは、たしかにカスタード。1個のクロワッサンが、表面はシュー、中身はクリームの役目を果たす。
砂糖や油脂が入らない、バゲットのようにシンプルな「山食」でさえ、見事ふにゃりと溶けてミルキーに溶ける。あるいは、店名と同名のシグニチャー「ドウイスト」も、サワードウでありながら、干し芋のように甘く、山芋のようにとろとろ。湯種が実現するこの食べやすさ、甘さは、日本人が苦手なハード系パンを日本に定着させる大きな武器になる。
「砂糖は一切入ってないのに甘い。それに、皮は引き(かみ切りにくさ)がないんです。かみ切りやすいのでサンドイッチにもできるし、翌日まで冷蔵庫で保存しても硬くならない。バゲットって日本人にはハードルが高い。日本人による日本のパンを作りたい。それが僕のモチベーションです」
とんでもない製法が作るとんでもないパンは、日本の食卓を変えるかもしれない。
ドウイスト
東京都渋谷区笹塚3-12-5
11:00~19:00