武田vs.徳川・織田の板挟みに！　長篠の戦いと“国衆“の武節城

愛知県豊田市にある武節（ぶせつ）城は、1575（天正3）年の長篠の戦いで織田信長・徳川家康連合軍に敗れた武田勝頼が、領国の信濃（長野県）へ撤退する際に立ち寄った城だ。三河（愛知県東部）の北東端にあり、三河・信濃・美濃の国境付近、現在の愛知・長野・岐阜の3県境付近に位置する。

武節城は、長篠の戦いで勝頼に従った菅沼氏の本城・田峯城（だみねじょう）＝愛知県設楽（したら）町＝の支城だった。田峯城主の菅沼定忠は、設楽原（有海原）での決戦に敗れると勝頼を伴い田峯城へ帰還。ところが、留守を預かっていた叔父の菅沼定直と家老の今泉道善に入城を拒否されてしまう。勝頼らはやむを得ず、さらに北上して武節城へ逃避したという。

城主であるにもかかわらず入城を拒否されたのは、すでに武田軍の敗報が田峯城に届いており、織田・徳川軍の報復を恐れたためと考えられる。菅沼氏のような「国衆（くにしゅう）」と呼ばれる在地の小領主にとって、こうした家中の決裂は珍しいことではなかった。

国衆とはどのような存在だったのか——。長篠の戦いへの道のりをたどりながら、ゆかりの城を歩いてみよう。

強大勢力の狭間で割拠した「山家三方衆」

山家三方衆は婚姻関係を結んで連携しつつ、お互いに利害を調整しながら勢力を拡大。状況に応じて周囲の大名を頼ることで地域支配を維持していた。大名が守ってくれないとみなせば、離れるのも当然だった。

とりわけ奥三河は、今川・武田・松平（徳川）・織田など強大な勢力の狭間（はざま）にある地域だ。そのため従属先をめぐっても家中で意見が対立し、たびたび分裂していたという。16世紀中ごろになるとようやく今川氏に一本化したが、1560（永禄3）年に桶狭間の戦いで今川義元が敗れると再び不穏な情勢となっていた。

桶狭間の戦い後、山家三方衆は三河を支配した家康に従ったが、1572（元亀3）年10月に武田信玄が家康領地の遠江（とおとうみ）・三河に侵攻してくると信玄の傘下に入っている。当時の武田氏の軍事力は絶大で、向かうところ敵なし。生き残りを考えれば当然の流れといえるだろう。信玄によって、山家三方衆は支配領域を安堵（あんど）されている。

信玄の急死で形勢逆転　奥平氏が離反、長篠城は徳川方に

ところが翌1573（元亀4）年4月に信玄が急病死すると、風向きが変わる。信玄に攻め込まれていた家康は好機とばかりに巻き返しに転じ、7月には長篠城を攻撃。山家三方衆の所領は、信玄の後を継いだ武田勝頼に引き続き安堵されており、勝頼は奥平氏の亀山城に援軍を派遣していた。しかし、戦いの最中に大事件が起こる。なんと、奥平貞能（さだよし）・信昌父子が徳川方に寝返ったのである。

奥平氏の離反は、山家三方衆内部の所領争いのもつれが原因だった。信玄・勝頼の方針は〈支配領域を安堵するが、内部で起きた問題は山家三方衆で解決する〉というもので、田峯菅沼氏と奥平氏が牛久保領をめぐり衝突しても深く介入しなかった。これに不満を抱いていた奥平氏に、家康はかなりの好条件を提示したのだ。

8月20日付で家康と奥平父子が交わした7カ条の起請文（きしょうもん）には、家康の長女・亀姫と信昌の婚姻、本領に加えて新たな知行地の保証、さらに信長からも起請文を出してもらう約束をするなど、奥平氏にとっては願ってもない厚遇が記されている。

奥平氏に寝返られた経験がある家康は、国衆にとって大切なことを熟知し、奥三河最大の国衆である奥平氏を掌握しておくことの重要性を痛感していたのだろう。奥平氏離反の影響は大きく、勝頼は作戦変更を余儀なくされて長篠城は9月8日に降伏した。長篠城が徳川方の最前線となり、やがて長篠の戦いへとつながっていく。

ただし奥平貞能・信昌父子は亀山城を脱出する形で離反しており、やはり家中での分裂は避けられなかったようだ。武田氏に人質として預けていた貞能の子らはもちろん殺害されており、奥平父子としても苦渋の決断だったのは間違いない。