全粒粉をおいしく、バラエティー豊かに／ベッカライ　アロ

FOOD 2024.07.16

池田浩明
「パンラボ」主宰

ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッド …

一筋縄ではいかなかった自家製粉でのパン作り

店の中に入ると、まるで包まれているような感覚を覚えた。わらがむきだした白い土壁のあたたかな風合い。ガラスのショーケースは曲線を描いて、時空が歪（ゆが）んでいるかのようだ。アフリカの先住民の家のようでも、宮崎駿の映画のようでも、夢の中のようでもある。

福岡市と北九州市のあいだ、玄界灘に面した福岡県福津市。そこに、自家製粉した全粒粉を中心にしたパンを作るベッカライ　アロがある。

甘さの理由は二つある。ひとつは、先に挙げた自家製粉。挽（ひ）いてすぐに使うから、石臼から出てきた瞬間の生命力あふれる香りがそのままパンとして表現される。

二つ目は湯種。全粒粉を熱湯で処理することで、しっとりとし、小麦の甘さも爆上がりする。

この一風変わったお店を営むのは、齋藤裕介さん。

「最初は普通に仕入れた粉でパン屋として独立するのが夢でした。でも、次男がアレルギーがひどくて。0歳6カ月のとき、はじめてパンを食べたら湿疹がぶわーっと出た」

子供が食べられないパンを作ることにためらいを覚えていたとき、松崎太さんの著書『ベッカライ・ビオブロートのパン』に出会い、光が差した。兵庫・芦屋ベッカライ・ビオブロートの主力は、オーガニック自家製全粒粉のフォルコンブロート。そこには乳や卵といったアレルギーの原因となる原材料も使用されない。

「こういうことができたら、うちの子供でも食べられるパンが作れるんじゃないのかな」

全粒粉を使って試作を繰り返し、松崎さんにも芦屋まで話を聞きに行った。手応えを得て、店をオープンさせたが、肝心の製粉機がオーストリアから到着したのが開店の1日前。ただでさえむずかしい自家製粉によるパン作りは、一筋縄ではいかなかった。

「製粉会社さんが挽いてくれる粉とちがって、自家製粉だと品質がぶれて、安定しない。挽きかたや温度がどうしても一定していなかった」

ある日はふくらむが、ある日はボリュームが出ない。そんなことを1年ぐらい繰り返してやっと「つかんだ」。鍵を握っていたのは、麦の表面を磨くために使っていた精米機。

「小麦のロットによってふくらむものも、ふくらまないものもある。ふくらまないときは、たくさん削って、小麦の中心部を使うようにすると、ふくらみがよくなる。削りすぎると全粒粉のよさがなくなるのでバランスが大事です」

全粒粉のパンというとストイックなイメージだが、アロにはバラエティ豊かなパンが揃う。

「ヌスシュネッケン」は、バターを配合した全粒粉生地にナッツを巻き込んだおやつパン。ふるるんもっちんとした渦巻きの中に、くるみにひまわり、ピスタチオ。ぼりぼりと砕けちると、オーガニックシュガーバターと全粒粉が黒糖のようなやさしい甘さで、ナッツの香ばしさを包み込む。

「有機いちじくショコラトーストブロート」は甘い具材を巻き込んだおやつ食パン。豊潤なチョコ、ドライイチジクのねっとりした香りと出会うと、全粒粉はそのフルーティーさまでをも自分の領分とし、シナモンのようなスパイシーさで新たな魅力を開示。切っても切っても具材が出てくるから、エンドレスで食べてしまう。

「藁（わら）一本トーストブロート」は全粒粉ではなく、例外的に白い粉を使った食パン。イタリアの自然栽培オリーブオイル「わら一本」を使用、ローズマリー、くるみ、ドライトマトとともに焼く。なんてしっとり感だろう。きゅっきゅと舌に吸い付く。ぷりぷりした歯応えで、音がするぐらいにちゅちゅちゅっと溶ける。小麦のミルキーさは濃厚。一方、しっかり焼いた耳はとんでもなく香ばしく、甘い。