力強さを秘めた“静”の世界　永瀬正敏が撮った下田(275)

地面に向けシャッターを切った後、
僕はしばらく地面を見つめていた。

出会ってから今までの日々、
あの日感じた思い、
あの人たちの感情を目の当たりにした日、
言葉を失った現実……。

様々な感情がまだ渦巻いていた。

この作品に参加させていただく際、
最初に湧き上がった不安や様々なもの。
それを抱えながら折り目が一切ついていない、
真新しい台本を開いた。

そこには複雑な思いをポジティブに変換してくれる、
世界が広がっていた。
過程は踏まなければならない。
そこはつらい。
しかし、全体に流れる前向きな空気感と、
ラストへ向かう過程が、
あの人たちにも何かきちんと思いが伝わるのではないか？
そう思った。
慌てて原作本を手に入れ、夢中で読んだ。

なんとか地面から顔を上げた時には、
ほとんどのスタッフの皆さんは次のシーンの、
準備にとりかかられていた。
先発してもう姿の見えない方もいた。

僕も移動しなければと、
心に力を入れ立ち上がり歩を進めた。

そして、ふと立ち止まり振り返ると、
僕が見つめていた場所の、引きの世界が広がっていた。

漁を待つ静けさの中で、丁寧に準備された器具。
生きていく力強さを秘めた“静”の世界がそこにあった。

僕はレンズを向け、シャッターを切った。

そして改めて振り返り、
その先へ歩を進めた。
先ほどより少し広がった歩幅とともに。