ニッポン銭湯風土記
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大阪の夏、水風呂の夏 天満・楽天地温泉からの飲み歩き

楽天地温泉の名物・天然水かけ流しの水風呂

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

大阪天満、炎天下の昼下がり

時間が空いたので久しぶりにぶらりと大阪へ出た。

大阪の夏は天神祭でピークを迎え、あとはひたすら無慈悲な蒸し暑さになすすべもなく、だらだらと耐えるだけとなる。朝方あれほど鳴いていたセミも午後になるとみんな死んでしまったかのように声が聞こえない。

たまらず天五中崎通商店街のアーケード下に逃れ、力餅食堂に入った。冷房がありがたい。店の婆さまが持ってきてくれたコップの水がありがたい。名物の「カレー皿うどん」を「玉子落とし」で注文。この暑さではカレー系が第一選択とならざるを得ない。

大阪の夏、水風呂の夏 天満・楽天地温泉からの飲み歩き
力餅食堂中崎店の名物「カレー皿うどん」(500円)の玉子落とし(+50円)。カレー粉を練り込んだうどんにスパイシーなカレーがかかる
大阪の夏、水風呂の夏 天満・楽天地温泉からの飲み歩き
天五中崎通商店街と力餅食堂中崎店

常連客とおぼしき爺(じい)さまが店の婆さまにしきりと話しかけている。

「今日、一心寺に行てきたんや、3年にいっぺんしか行けへんけど、まあえっらい人や」
「盆前やからな」
「ほんで○○代のゼニ、30万やおもて持っていったら20万て書いてあるねん、わし10万もうけたで」
「さよか」

この同じやりとりが5回繰り返されたところで店を出る。商店街を東へ歩いて天神橋筋を渡ると、「日本一長い」天神橋筋商店街と交差する。このあたりが、無数の飲食店が迷宮のごとく累々と折り重なって密集する天満(てんま)エリアの核心部だ。

ここで私は、さっきの店にいた爺さまの墓参話を思い出した。墓、というわけではないが、私の中ではそれに近いものとして感じられる場所が天満にある。

それは私が31歳になるまで私自身に貼り付いていた「本籍地」だ。この交差点からほんの2分ほどの場所だった。当時まだ生きていた父親に「なぜ天満のこの場所が本籍地なのか」と聞いてみた。それまで私はそこへ行ったこともなかったからだ。すると、そこにはかつて祖母が営むたばこ屋があり、両親が結婚して最初に住んだ場所なのだということだった。おそらく1960年代はじめの頃のことである。

後日あるとき私は天満に出たついでに、ふと出来心でその旧本籍地を訪ねてみた。そこにはビルが建ち、1階にお好み焼き店が入っていた。私はその店に入ってお好み焼きを注文し、それを焼いてくれていたかなり高齢の女性店主にこう話しかけた。

「ここの住所、私の本籍地やったみたいなんですけど、○○という女性がたばこ屋をしてませんでした? 私はその孫なんです」

するとコテでお好み焼きを返していたその高齢女性の手がピタリと止まり、目を大きく見開いてしばらく固まり、やがて声にならない声を震わせた。そして少し落ち着くと、目を潤ませながら、「ええ、よく知っていますとも。○○さんはとても素敵な女性でした……」と話してくださった。

その後、私は寝屋川の実家へ行ったとき、父親に天満のお好み焼き店でのことを話し、近いうちに一緒に行ってみないかと誘ってみた。ところが父は意外にもプイと顔をそらして、「行かん」と言った。「なんで?」と聞いても返事はなかった。当時なにかトラブルがあったのだろうか。以後そのお好み焼き店にも行かずじまい。そして両親はそのまま死んでしまったから、真相は迷宮入りとなった。

でも、その場所は天満に来ると、しばしば訪ねるともなく通りかかる。この日も見るだけ見に行ったが、その店は定休日で黒い扉が閉じられていた。

NEXT PAGE天満市場で涼みながら

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