【エッセイ】オロオロしまくったら自信と安心が手に入った話(3300文字)

2024/09/03

エッセイ・感想

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 防災のことなど特に意識せずのほほんと暮らしていた2024年の元日、能登半島で震度7の地震が発生した。いわゆる「令和6年能登半島地震」である。

 私の住まいは四国にあるので地震の被害は受けなかったが、石川県には知り合いがいた。

 幸いその方は無事だったけれども、知人が大地震の被害を受けたという事実に私は衝撃を受けた。他人事ではない。そう強く感じたのである。

 自分も大災害の被害を受ける可能性は十分にあると考えた私は、オロオロしながら大慌てで防災情報を集めた。同時に、防災用品も集めた。

 就寝時に大地震が起きた時に備えた枕元用の防災用品、外出時に災害が発生した時に備えた持ち歩き用の防災ポーチを、地震への恐怖に震えながら大急ぎで準備する日々を過ごす。

 臆病な性格の私は防災情報をいくら集めても安心できず、オロオロする日々を送った。



 それから7ヶ月が過ぎた。この期間に四国で大災害などは特に起きなかった。
 7ヶ月も経つとさすがにオロオロはしなくなっており、私は再びのほほんと暮らしていた。

 しかし8月8日、宮崎県で震度6の地震が発生し、その日のうちに「南海トラフ地震臨時情報」が発表される。

 この発表は「これから1週間、南海トラフ巨大地震が発生する確率が相対的に高まっている」状態だと注意喚起するものであった。

 私の住んでいる地域は南海トラフ地震巨大地震の被害をモロに受ける地域だとされている。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。

 私の慌てよう、オロオロっぷりは正月の比ではなかった。
 前回、途中で気が抜けてを準備を放棄してしまっていた防災リュックの中身を大焦りで用意し直し、神経をすり減らしながら防災情報を収集する。

 オロオロと情報収集と防災準備をしたまま1週間が経ったが、地震は起きなかった。
 私はホッとし、またしてものほほんとした暮らしに戻った。



 私がのほほんとできたのは束の間だった。
 同月の22日、台風10号がマリアナで発生。
 日本の南を北上し、非常に強い勢力にまで発達した台風10号は、四国に接近するという予報が発表された。

 この台風10号は非常に発達している上に速度がものすごく遅かった。遅い台風は雨の被害が大きくなるおそれがある。洪水が起きるかも知れない。

 私は今年の「オロオロしながら収集した防災情報」で得た知識を元に、ハザードマップで我が家の洪水予想を確認した。

 国土交通省がWebで提供している「重ねるハザードマップ」によると……洪水発生時、我が家は3メートルから5メートルの浸水の可能性。

 3メートルから5メートル!?

 私は焦った。我が家は2階建ての戸建てである。5メートルも浸水したら、2階まで被害が出るではないか。

 この情報により、南海トラフ地震臨時情報の時を超える「人生で最大のオロオロ」に襲われた。

 オロオロしながら私は防災リュックの中身を何度も確かめ、テレビに張り付いてYouTubeや地上波の台風情報をチェックしまくった。

 台風10号は本当に速度が遅く、いったいいつになったら四国に来るのかとやきもきしながら台風情報を確認しまくる日々を送る。



 そして8月29日。台風は熊本県を北北東に進んでいる。
 この日は朝から激しい風雨が我が家を打ち付けていた。

 確実に四国に近づいている台風に怯えながらテレビに張り付き、台風情報をチェックし続ける。
 すると午後3時頃、テレビ画面に「M市に高齢者等避難」という字幕が表示されたのを見た。

 「高齢者等避難」は「警戒レベル3」の避難情報だ。「災害のおそれがあるため、高齢者や障がい者は避難を始めるように。それ以外の者も避難の準備をするように」という指示である。

 警戒レベルが4になると「避難指示」となり、全ての人間に対して「必ず避難しなさい」と警告が発動される事態となる。

 M市はここから西へ、車で2時間ほどの距離にある。
 台風の進路を考えると、我が家もじきに危険な状態になるかも知れない。

 私はビクビクしながら台風の動向に注視する時間を過ごした。

 午後6時半。雨が凄まじい音を立てながら我が家の屋根を叩き付ける。

 いよいよ洪水が起きるのではないかと怯えながら気象情報を確認すると、線状降水帯が発生したという情報がテレビから飛び込んできた。

 線状降水帯が発生した位置を見て私は一瞬、思考停止した。どう見ても、我が家の真上にある。さっきから激しく打ち付ける雨はこれのせいか。

 線状降水帯とは「発達した雨雲が次々と発生し、列をなして数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで、局地的な大雨をもたらす降水帯」のことである。
 この降水帯は非常に危険で、例えば、線状降水帯が発生した「令和2年7月豪雨」では、86名の死者が出ている。

 こんな大きな被害をもたらす可能性のある線状降水帯が、我が家の真上にあるなんて。
 私はこれ以上ない恐怖を覚え、身を震わせながらオロオロと室内をうろついた。

 線状降水帯が発生してから15分後、スマホから聞いたことのない音がけたたましく鳴り響く。
 何かのアラームのような音である。スマホを確認すると、「高齢者等避難」と表示されていた。

 その表示を見た瞬間、私の中の「オロオロ」が突如として幕を下ろした。

 私はスマホをテーブルに置くとスッと立ち上がり、クローゼットから吸水速乾性と伸縮性に富んだTシャツとジョガーパンツを取り出した。ダボダボかつ綿100%で速乾性が無く走りづらそうな部屋着から、それらに即座に着替える。レインウェアの上下と防災リュックを準備する。

 私は極めて冷静だった。さっきまで洪水に怯えてオロオロしていたことなど嘘のように、落ち着いて避難の準備をした。

 全く怖くない。焦ってもいない。
 ただ粛々と、このまま「高齢者等避難」が「避難指示」に移行するかどうか、今後の情報を待つ。

 緊急の気象情報を流し続けるテレビ画面を見ながら、私は「なんでこんなに落ち着いているのだろう」と自身の冷静さについて考えた。

 答えは分からない。ただ、これがいわゆる「腹を据える・覚悟を決める」という状態なのだなと、なんとなく思った。

 本当にいざという時になったら、人間は、却って落ち着き払うものなのかも知れない。

 そんなことを考えながら、気象情報を眺め続けた。

「人間は」などと主語を大きくしてしまったが、少なくとも私は今、「いつ避難指示が出てもおかしくない、出たら迅速に避難するのみ」と覚悟を決めて、こうして落ち着いて待機している。

 あんなにオロオロしていたのに、案外、自分は肝が据わった性格だったのかも知れない。

 もっとも、落ち着いていられるのはこれまでの「オロオロ」の中で、防災情報と防災用品を念入りに収集していたから、というのもあるだろう。
「備えあれば憂いなし」の時間差バージョンというか、「憂いなし」の部分が遅れてやってきたのかも。

 20時になった。テレビを確認すると、線状降水帯は先程よりかなり東のほうへ移動していた。実際、我が家に打ち付けていた雨音もだいぶ和らいでいる。

 避難しなければいけない事態になりそうな可能性は無くなったようだ。
 私は部屋着に着替え直し、就寝の支度をした。



 これを書いている9月2日現在、台風は勢力を落として熱帯低気圧に変わっている。少なくとも、四国からは台風の脅威は去ったと言えるだろう。

 平穏な日常に戻った今、改めて線状降水帯が発生した日のことを思い出している。
 あの、高齢者等避難の表示を見た瞬間、気持ちがスッと落ち着いたこと。落ち着いて素早く避難準備を始めたこと。

 あの冷静さはやっぱり、「備えあれば憂いなし」の「憂いなし」が時間差でやってきたものだろう。オロオロしながらも、備えまくったもの。

 そう思うと、オロオロも無駄では無かったようだ。
 オロオロしながらも防災準備をしたおかげで、結果的に「自分は実は臆病ではなく、けっこう肝が据わっているのかも知れない」というちょっとした自信まで持つこともできた。

 災害は遭わないに越したことはないが、「備えあれば憂いなし」。
 昔の人の言葉は正しかったのだなあと、この夏、痛感したのだった。
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