インバウンド事例
高付加価値ビジネスで地域課題に新機軸、青森ねぶた祭で1組100万円のプレミアム席が継続できる理由
2023.08.25
日本全国には大小あわせて30万以上のお祭りが存在するが、人口減少や高齢化、若者の都市部への流出などによって多くが存続の危機に立たされている。
そこで、地域の生活や暮らしに根差した文化ともいえるお祭りをビジネスの手法を用いて付加価値向上を図り、持続可能な形で継承しようとする動きが加速している。その象徴的な取り組みの一つに、2022年に話題になった「青森ねぶた祭の100万円のプレミアム観覧席」がある。
この取り組みを主導した株式会社オマツリジャパンは、「祭りで日本を盛り上げる」をミッションに、お祭り専門メディアの運営や祭りの主催団体や自治体へのコンサルティングなどを展開している。
今回は、青森ねぶた祭の仕掛け人であるオマツリジャパン・菅原健佑(すがわらけんすけ)氏に、「100万円のプレミアム観覧席」誕生の裏話のほか、バージョンアップした2023年のサービス内容や販売戦略、付加価値の高い商品づくりのポイントを伺った。
お祭りの資材置き場が超高額プレミアム観覧席に、その中身とは
明かりを灯した巨大な灯籠(=ねぶた)を山車に乗せて練り歩き、そのまわりをハネトと呼ばれる踊り手が飛び跳ねながら踊る姿が特徴のねぶた祭。青森県を中心に毎年8月の初旬に行われるが、なかでも最大規模を誇る「青森ねぶた祭」は、青森市の中心部であるJR青森駅周辺で開催され、コロナ禍前の2019年は285万人が訪れた。4年ぶりにコロナによる制限が解かれ全面解禁となった2023年は、8月2日(水)~7日(月)の6日間の開催で101万人(※)を動員したとの公式発表があった。
※AI(人工知能)による集計
そのねぶた祭で昨年に続き今年も設置、販売されたプレミアム観覧席はどのようなものか。
まず席が設置された場所だが、これまでお祭り当日は資材置き場としてしか使われていなかったホテルの駐車場だという。プライベートでもねぶた祭を訪れていた菅原氏の経験からロケーションを見定め直接交渉した結果、実現した。
▲2023年プレミアム観覧席の設置場所、最も眺めの良い場所から観覧ができる
全コースの中でも最も間近に「ねぶた」を楽しめる平和公園通りの沿道の特別スペースには、2022年に設置した「VIPシート」「ボックスシート」と2023年から新設されたカップル向け「ペアシート」の3種類があり、地場産素材の郷土料理と地元のお酒や飲物が供される。
VIPシートには、専属のコンシェルジュとねぶた師による解説がつき、100万円で最大8名での観覧が可能となる。ボックスシートは4名で20万円、ペアシートは2名で5万円となりこちらにはコンシェルジュと解説のサービスはつかない。
2年目となった2023年は、ペアシートの新設以外にも、昨年それぞれ1組ずつだったVIPシートを1日6組、ボックスシートも1日16組(両シートとも1組の人数はかわらず)へと大幅に増加。お料理とお酒などの飲物や観覧席の造りや装飾もグレードアップしたという。
▲2023年のねぶた祭で使用したプレミアム観覧席
商品造成のステップ、祭りを構成する要素を分解。歴史や起源に着目
菅原氏は、価格に見合ったサービスを考えるうえで、お祭りの起源などを遡りつつ全てを「要素分解」することの大切さを説く。
「日本は世界的に見てもお祭りが多い国です。また、八百万の神がいるともいわれています。お祭りが祭礼という性質があることからも地域によって内容や様式も様々です。
そこで、お祭りの起源などを遡りつつ『要素分解』をする。要するにお祭りを形作っている地域の歴史や風土や風習と、郷土料理や食材を含む諸文化と紐づけ、お祭りと違和感なくマッチしたストーリーとして、オリジナルな体験に昇華していくことが、付加価値の向上へと繋がっていくと感じています。
例えば、『青森ねぶた祭』は青森県内でも津軽地方特有のお祭りです。津軽平野は農業が盛んな地域であることから、夏の時期に農作業を怠けてしまうことへの戒めや穢れを水に流すという意味を込めて『ねぶり流し』という灯籠流しの風習が根づきました。それが祭の起源といわれています。
そういった歴史や成り立ちをふまえたうえで、提供する郷土料理、お酒はもちろん、座席の設えや装飾、接客スタッフの衣装や、照明など、細部にまで要素を分解し、ねぶた祭の世界観とマッチするように趣向を凝らして創りあげていくようなイメージです」
お祭りを様々な要素に細分化し、そこにお祭りのエッセンスを注入していく。これにより、単なるお祭りの観覧という枠を超えて地域が培ってきた風土や文化に触れることができる。それが富裕層の知的好奇心を満たすのだ。
▲地場産素材をふんだんに使った郷土料理
100万円のプレミアム観覧席、緻密に練られた販売戦略とは?
菅原氏は、海外では「富裕層観光」というものが5年も10年も先を進んでいる、その波が日本にも必ずやってくると考え、富裕層コミュニティへのアプローチを開始しつつ情報収集を図っていった。なかでも愛媛県にある大洲城の天守閣に100万円で泊まれる「城主体験プラン」など国内でも生まれ始めた先行事例に着目したという。
ただ、大洲城のプランとは大きな違いがあった。それは大洲城では年間30組を上限に受け入れが可能なのに対して、ねぶた祭を含めてほとんどのお祭りは年1回しか受け入れられないという点だ。ある期間に時期が絞られることになると、人気があればあるほど混雑は激しくなる。多くの人が集まり喧騒が生まれることはお祭りの醍醐味ではあるが、富裕層からは「行ってはみたいが、そんなに混むのならば……」と二の足を踏むという声も聞こえてきたという。
そこで菅原氏は「お祭りの臨場感を楽しみながらも城主プランのように混雑とは無縁のサービスを作れれば、高額になっても富裕層は足を運んでくれる」と逆に考えて企画を練りあげた。また、販売ルートとして、銀行やクレジットカード会社、上客をもつ旅行代理店などとの関係も構築していった。
そんななか、コロナ禍を経て世の中のお祭りが再開されはじめた2022年に、青森県庁の観光企画担当者にプレミアム観覧席の構想を話し、賛同を得られたことで実現した。
ちなみに、この100万円という価格はメディア受けを狙ったインパクト重視の値決めだったという。お祭りの観覧席で100万円という意外性でマスコミを惹きつけ、SNS上で話題に上がりやすくすることも作戦のうちだったということだ。
こうした戦略が実を結び、2023年のプレミアム観覧席には全国各地から観光客が訪れた。週末を挟むなど曜日まわりが良かったことも手伝って後半の日程はほぼ完売、インバウンド客も東アジアやアメリカを中心に連日予約があった。初めて観る祭りだからこそ、よりよい場所で観たいと上質なサービスを求める声も多かったという。
▲オマツリジャパンが運営するメディア
高付加価値サービスの実現に必要な三つの要素
ここまで、高付加価値化を図ったお祭りの観覧サービスの内容とポイント、そしてそれをどう企画し、どのようにターゲットへとリーチをしたのかをみてきた。次に、実際にその高付加価値化を推進するにあたって大切な三つの要素――「顧客視点」「発想力」「行動力」についてお伝えする。
一つめの要素「顧客視点」について、富裕層は「ねぶた祭は見てみたいが雑踏には二の足をふむ」という話を紹介した。これは顧客から聞きだせないと知りえない本音の部分であり、解決すべき課題の本質だ。それが出来れば、新たな需要を獲得することが可能になる。一方、企画を行う際にこの顧客視点を持てずに「運営者目線」だけになってしまいがちな点は注意が必要だ。
プレミアム観覧席という付加価値の高いサービスを用意するとなれば、当然顧客はお祭りがよく見えるという「眺望の良さ」を期待する。ただ、ここで運営者側の目線だけで考えると問題が起こる可能性がある。例えば、街路樹の成長に従って年々眺望が悪くなっていることも考慮せずに「毎年ここに設置する」という運営者目線だけで捉えていれば、真にお客様に心の底から祭りを楽しんでもらうことは難しいという。
本音を知り顧客ニーズの本質を積極的にとりにいくこと、運営者目線ではなく顧客の視点でものごとを見つめることはとても大切だ。
二つめの要素は「発想力」。ねぶた祭当日は資材置き場となっていたホテルの駐車場をプレミアム観覧席にしようというアイデアも一つの例だ。そこに駐車場があるのは地元の人ならば誰でもが知っていたことだが、そこに100万円の価値を生み出す観覧席を作ろうと発想した人はいなかった点を考えても、新たな価値創造と言える。
またコンシェルジュには地元TV局出身のフリーアナウンサーを起用したという。地元のことをよく知りアナウンサーとして培ってきた経験や知識がVIP対応や臨機応変な動きにも活かせると考えての人選だったという。既成概念にとらわれず自由に発想することが重要だ。
▲ボックス席越しに見えるねぶたは迫力満点
三つめの「行動力」。これは顧客の本音を知り、それを実現できるアイデアを思いついたら、実行しやり切るチカラだ。この行動力がなければプレミアム観覧席は実現しなかった。
時代の変化が速くなったいま、お祭りに限らず「現状維持は衰退」を意味する。コロナ禍で誰しもが悩み何かを考えたことは間違いないが、思い切った行動に移す人は少ないのではないだろうか。やはり実行力がなければ何も始まらない。
高付加価値化への道は、顧客視点という視座を大切にしつつ既成概念にとらわれず自由に発想し、思い切った行動によって切り開かれていくということを忘れていけない。
独立した組織だからこそできる「ビジネス」視点を取り入れたサービス
一般的に、お祭りは自治体や商工会、青年会議所などからなる実行委員会が主催するケースが多い。青森ねぶた祭の場合も、市役所をはじめ、観光協会、商工会議所など地域の組織が名を連ねるが、同社は実行委員会の一員としてではなく、昨年は青森県庁、今年は青森市との共催という形を取りつつ第三者的な立ち位置で携わっている。
この第三者的な立ち位置にとどまることで、客観的な視点を保ち続けられるからこそ、「ビジネス」の発想を祭りに持ち込んで、自由度高く新しいことにも挑戦して取り組んでいけるのだ。
昨今、ねぶた祭以外でも京都の祇園祭、徳島の阿波おどりなど高額な観覧チケットが話題となっている。菅原氏はどちらも観覧席の造作や富裕層への応対などのアドバイスをしているという。
いま、オマツリジャパンには、評判を聞きつけた全国のお祭り関係者から多くの問合せがあるというが、菅原氏自身、高付加価値化による高額サービスはまだまだ過渡期だという感触を持っているそうだ。
レジャー・娯楽産業のスポーツ観戦やコンサート鑑賞、移動手段の飛行機や新幹線などのVIP席という存在は、日本でも一般的なものとして受け入れられている。
また、当初は鎮魂や慰霊などの意味を込めて始まったといわれる花火大会も、混雑による事故防止や警備体制の強化のための「有料化」も受け入れられ、特別観覧席の設置などの動きも加速している。
こうして考えると、お祭りの高額観覧席について、今後は一定の理解を得られていく流れになることは間違いない。
ねぶた祭で得た収益を地域へ還元する仕組み
一方で、お祭りは、地域の伝統であり、文化であり、人々の生活、暮らしに根差したものであり公共性の高いイベントでもある。誰もが広く参加できる「平等性の担保」が求められる側面もあるからこそ、高額な特別席を用意することに対する否定的な意見も出てくる。
ただし、これまで通りのやり方を踏襲するだけではお祭り自体の存続が難しいという危機感を持つ人が増えているのも事実だ。その根底には、地域住民が地域社会や文化への誇りと愛着をもち、自分たちの暮らしをより良いものにしていこうという思いがある。地元住民が持つシビックプライドと、外部からもたらされる刺激を上手く活用することで、今回のプレミアム観覧席というような新しい取り組みが可能となる。
祭りという公共性の高い行事・イベントとビジネスを共存させていくからには、「利益を地域に還元する」こと、それを地域に対して分かりやすく見せていくことも、地元の理解を得るにあたって重要になると菅原氏は話す。
「東京からきたよそ者がみんなの祭りで儲けて帰ってしまったと言われないように、祭りが終われば、お客様の満足度・フィードバック、ノウハウなどを地域の関係者に共有するとともに、収支を地域にも還元しながら、どのようにしてこの取り組みを仕組み化して継続していくかを考えていく」という。
要するに、知恵を出すことで貢献した外部の支援企業と実行委員会を含む地元とで、どう収益を分配するかが、今後のポイントになるということだ。
▲今回話を伺ったオマツリジャパン オマツリ暮らし創造部 部長の菅原氏
地域コミュニティの核となり地元文化の象徴ともいえるお祭り。そこには地元では当たり前になってしまい気づけない魅力と価値――観光資源としての大きなポテンシャルがある。それを発掘して活かすための外部視点に加え、地元を愛するシビックプライドが新たな手法を取り入れるカギになる。
地元のことは地元の人が一番よくわかっていることは間違いないが、それが外部からどう見えているのか、そしてそれをどう解決して発信していけばよいかを知ることはとても難しい。地域文化の核を守るためにも外部のチカラを使うことを是非考えてみて欲しい。
(写真提供:株式会社オマツリジャパン)
文:冨山晃
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