インバウンド特集レポート
地方創生の切り札として注目を集める「観光」。少ないリソースで効率的に付加価値の高い商品、サービスを提供するためにも、デジタル技術を活用して、社会、生活、ビジネスの変革を目指す「DX(デジタルトランスフォーメーション)」への注目は高まり、観光分野でも、全国各地で取り組みが進んでいる。
一方で、「社会、生活、ビジネスを変革する」というDXの本来の目的を見失ってしまっているケースも見られる。「何のために取り組むのか」「地域課題を解決するための一手法と捉えて取り組めているのか」、改めてDXの原点に立ち返った上で、推進にあって求められる視点やポイントを押さえていく。また、いざ、進めようと思っても、組織の中に「DX」を正しく理解したうえで、事業を推進できる人材がいなければ、正しい方向には進んでいかない。そんなとき頼りになるDX推進の束ね役SIer(エスアイヤー/システムインテグレーター)の存在と、地域振興に一役買うデジタル技術についても伝えていく。
DX推進にあたって、多くの人が陥りがちな罠
「DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、社会や生活、ビジネスを変革すること、地域課題を解決することであり、デジタル化は、その実現のための手段にすぎません。それなのに、デジタル化が目的となってしまっているケースが圧倒的に多い。手段として捉えなければいけません」こう力説するのは、株式会社サービスマーケティング代表取締役の清永治慶氏だ。
清永氏は、長年業績不振に陥るスキー業界にて、数々のスキー場の経営を黒字化させた経歴をもつ。さまざまな観光地での事業に携わり、現在は佐渡市の総合戦略アドバイザー、愛媛県今治あきない商社顧問などを務め、複数の企業を取りまとめて地域でプロジェクトを推進する「地域アグリゲーター」として活躍している。デジタル技術の活用において、これまでに数多くの地域で課題に直面してきた清永氏によれば、DX推進においてまず大切な視点は大きく2つあるという。「効果」と「目的」を共有することである。
清永氏は以前、群馬県のスキー場で、キャッシュレスの自動販売機を導入したことがある。当初、地域の担当者は難色を示した。群馬ではSuicaの所持率は高くないからとの理由だった。しかし、来場者の多くは東京から。説得するために、キャッシュレスの自販機と、硬貨の自販機をトイレの前に並べて設置するという実験を試みた。その結果、月額の売り上げは40万円も差がつき、その効果を目の当たりにした担当者は、ようやく導入に納得した。
このようにDX推進において、デジタル化による「効果」の認識は重要である。導入を決めるタイミングも大事だ。システム導入のイニシャルコストやランニングコストと人件費を天秤にかけ、デジタル化によるメリットのほうが高いと判断した時点を見計らうべきである。清永氏自身、デジタル導入のコストより作業を行う人件費のほうが安く済む場合、デジタル化しない判断をしてきた。ところが、そうした見地から検討しないケースが観光業界には多いと、清永氏は指摘する。
地域においてDXが長続きしない理由
DXを推進する「効果」を理解するとともに、「目的」を見失わないことも肝要だ。以前、清永氏は佐渡で地域通貨導入に尽力した。ところが導入後、3年後に廃止されてしまったという。ロイヤルカスタマーを獲得し、関係人口を拡大、さらにはふるさと納税による財源確保を最終的な目的にしていた。しかし、CRM(顧客関係管理)のためにメールを送付する人手が足りない、という事態に阻まれ、地域通貨は打ち切りとなってしまった。導入の「目的」を見据え続けていれば、人手不足という理由で停止にはならなかっただろうと、清永氏は振り返る。
▲佐渡市で推進されただっちゃコインを活用したCRM施策
また、民間企業でコンソーシアムを組み、実証実験にも携わった際には、CRMの仕組みを入れるのに活用できる補助金がないからデータ分析ができないという事態に直面した。これまでの苦い経験を踏まえて清永氏は、「補助金なしでもスタートできるぐらいのスモールスタートが肝心。大切なことは継続です。但し、小さく始めたため、途中で辞めやすくなってしまったという観点では、失敗事例ともいえる」と話す。
求められるは、腹を決めて実行する人材、外部人材も有効に活用を
それでは、DX推進において、地域には何が必要なのだろうか。清永氏によれば、「ビジョンをもち、そこに到達するための手引き(計画)をつくることが大切」とのことだ。「この方針が崩れると、地域の事業者は敏感にその『ブレ』を感じとり、合意形成には至らない。そして、このビジョンを立てるのに必要なのが、目利き力(経験)、交渉力(知識)、取りまとめ力(コミュニケーション力)を駆使し、聞いて、調べるという作業」だと、清永氏は言う。なお、地域で連携し、合意形成をはかることについて、清永氏は「100%の合意形成をつくる必要はない」と言う。「最初は1人の味方をつくることから始まり、やがて2人の輪へとつながっていく。10%か20%の合意でも、地域で推進するんだという『ノリ』をつくり、動き出すことが大切」と話している。
こうしてDXを推進すべく、地域で新規のシステムを導入する段となったとしよう。しかし、DMOの担当者は、そこで多くの壁に直面する。上司が賛成してくれるかどうか、決まった期限内に終えられるか、どの企業と組んだらよいのか、補助金がなくなったあとのコストはどうしたらよいのかなど、複数の壁に阻まれ、相談すべき相手もいない。
▲デジタル化推進にあたってのシステム導入でよくある課題
求められるのは「こうした事態に内外の環境や情報、継続性や効果を見極めながら腹を決めて実行していくDX人材であり、それをフォローし意思決定できる人材だ」と清永氏は言う。DMO内で見つけるのが難しければ、企業と連携すればよく、その強い味方が、SIer(エスアイヤー)と呼ばれる、システム開発に関わる仕事を請け負う企業である。彼らは、DXの取りまとめ役として、さまざまなステークホルダーをパズルのように組み合わせ、コミュニケーションをとれる存在である。もちろん、DMOとしては、彼らに丸投げするのではなく、地域としてブレない視点を掲げ、活用できるヒト・モノ・カネ・情報を明確に伝え、共有したうえで付き合っていくことが大切である。
SIer大手が、地域の魅力を伝える観光メタバース開発
SIer大手として、この度、地域振興につながるサービスを開発したのがTIS株式会社である。TISはITシステムの開発、構築、導入を行う独立系SIerとして、クレジットカードの基幹システム開発で国内市場シェア約50%を誇っている。新規事業として開発したのは、XR技術を活用した360度実写観光メタバース「Buralit」というアプリだ。
「Buralit」は、360度動画で撮影され、3Dマップ上に配置されたスポットと呼ばれる場所を、アバターで巡るというサービス。特殊な360度カメラによって撮影された観光名所や商業施設などがバーチャル空間上に広がり、参加者は実際にその場所に行った気分を味わうことができる。また、グループ機能によって、参加者同士でおしゃべりしながらその町を散策できるといった特徴も備えている。地域の魅力を多くの人に伝え、来訪のきっかけづくりにしたい地域の方と、旅をしたいユーザーをつなぐプラットフォームというわけだ。
▲Buralitのイメージ画像
「Buralit」の事業開発リーダーである、TIS株式会社 テクノロジー&イノベーション本部 XRチームの山﨑晴貴氏は、「現在は、デジタル化をしなければインターネット上にはないものに等しいとみなされる時代」と話す。「観光資源をデジタル化して発信することで、観光地の地域振興に力添えをしていきたい。すでにウェブサイトやSNSの運用は始めているけれど、新機軸に取り組みたい地域はぜひお声がけいただけるとうれしい」と話している。
「Buralit」は360度実写動画をベースに作成された観光名所や商業施設のバーチャル空間をアバターで自由に回遊し、空間内で他のユーザーや現地の人と交流しながら、疑似観光体験や買い物などができる360度実写観光メタバースアプリです。
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