「天皇の政治利用反対」という錦の御旗(3)張作霖爆殺事件
「文藝春秋2010年1月号」に、『昭和の肉声-いま甦る時代の蠢動』という特集記事がある。
歴史探偵を自認する半藤一利氏の解説で、昭和史の60のシーンを象徴する言葉でレビューしようという企画である。
その2番目に、昭和天皇の「最初に言つたことと違ふぢやないか」という言葉が取り上げられている。
昭和3(1928)年6月4日に、満州軍閥の指導者だった張作霖を乗せた特別列車が爆破され、張作霖が暗殺されるという事件が起きた。
いわゆる「15年戦争」と呼ばれる中国との戦争の導火線に火を点けた事件である。
この張作霖爆殺事件については、現在では、日本陸軍の陰謀であったことが共通認識になっていると言っていいだろう。
しかし、世の中には敢然と通説に反論する人がいる。
例えば、田母神俊雄元航空幕僚長である。
田母神氏は、アパグループ主催の第1回『「真の近現代史観」懸賞論文』の最優秀賞を受賞した人である。
応募の時点では現職の航空幕僚長であったが、この論文の内容が問題視され、職を解かれたことで話題になった。
2009年1月10日 (土):田母神第29代航空幕僚長とM資金問題
張作霖爆殺事件についての田母神氏の見解に対しては既に触れたことがある。
田母神氏は、張作霖爆殺事件は、「関東軍の仕業であると長い間言われてきたが」「最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」と書いた。
2009年1月13日 (火):田母神氏のアパ論文における主張②…張作霖爆殺事件
「文藝春秋」誌で解説を担当している半藤一利氏は、『歴史探偵 昭和史をゆく』PHP研究所(9205)において、「いまでは日本陸軍の陰謀であることは明らかになっている」が、「当時、なぜあれほど早くバレてしまったのか」いつも気になっていた、として、その背景事情を調べた経緯を書いている。
半藤氏は、『小川平吉関係文書』から、白川義則大将の小川宛書簡と、小川が中国に派遣していた工藤鉄三郎らの小川宛電報を見つける。
白川大将は、事件当時陸相の地位にあったが、この書簡の時点では、田中義一内閣が総辞職して後任の宇垣一成大将と交代していた。
書簡と電報から、現職の陸相だった白川大将から、主犯河本大佐の名前が明らかになったあとの、もみ消し工作の資金が拠出されていることが分かる。
張作霖爆殺事件については、当初から、陸軍に疑念がかけられていた。
元老西園寺公望に言われ、田中義一首相は、「張作霖爆殺事件については、どうも我が帝国の陸軍の中に多少その元凶たる嫌疑がありやうに思ひますので、目下陸軍大臣をして調査させてをります」と昭和天皇に報告した。
陸軍大臣は、上記の白川大将である。
陸軍部内の処罰に反対し、闇から闇に葬ってしまえ、という大勢に押されて、「断固処罰します」と明言していた田中義一首相は態度を変え、「本件を行政事務として内面的に処置し、然して一般には事実なしとして発表致したく」といいはじめた。
これに対し、『昭和天皇独白録』文藝春秋(9103)によれば、以下のような天皇の発言となる
田中は再び私の処にやつて来て、この問題はうやむやの中に葬りたいと云ふ事であつた。それでは前言と甚だ相違した事になるから、私は田中に対し、それでは前と話が違ふではないか、辞表を出してはどうかと強い語気で云つた。
そして、この事件の後、昭和天皇は内閣の上奏する所のものは、自分が反対の意見を持つていても裁可を与える事に決心した、と「NOを言わぬ天皇」となった。
現在とは政治体制も異なるが、昭和史の起点において、誰が天皇を政治利用(しようと)したことになるのだろうか?
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コメント
はて?
尾崎ほでみらのスパイ·ゾルゲ事件のように政権中枢や、226事件などに代表される軍部、一般日本国民にも共産主義者や社会主義者が多かった時代にコミンテルンの関与·陰謀が無いなどと言える根拠はどこにあるのでしょうか?
違う話で有名なのは、鹿屋の特攻隊基地の近くの神官が飛び立つ飛行機の数を米国に無電報告していたなんていうのもありますが?
投稿: | 2010年2月 6日 (土) 16時43分