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2024年8月13日 (火)

熊野神社の地蔵堂(多摩市関戸)

多摩市関戸のかつての鎌倉街道を南へ歩いていくと、熊野神社がある。東側を流れる乞田川は今でこそ真っ直ぐな流れだが、昔は関戸の辺りはくねくねと蛇行した流程であった。この辺りは低地に田んぼ、斜面に果樹園という風景だったようだ。熊野神社の由緒は室町時代の創建で、それ以前の鎌倉時代には街道の関所である木柵の石「霞ノ関南木戸柵」が築かれていた。

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関所の木柵が造られたのは建暦3年(1213)。参道沿いに木柵のモニュメントのような復刻版が並んでいた。熊野神社の創建はそれから200年近く後のことで、それ以来関戸村の鎮守として村の中心であったようだ。熊野神社の参道の北側に大きな覆屋が建っており、内外に石仏が並んでいた。

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覆屋の中に鎮座するのは大きな蓮台の丸彫の地蔵菩薩坐像である。文字は読めなかったが資料によると造立年は寛政8年(1796)4月。基壇のさらに下の土中に埋もれたところに刻まれているらしい。紀年と共に多数の願主名や寺、僧侶の名前が刻まれている。

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堂宇の右側には舟型光背型の庚申塔と不明の塔がある。庚申塔は日月、青面金剛像、三猿の図柄で、造立年は寛保3年(1742)12月とある。「奉造立庚申供養」の文字が刻まれている。左の塔は何だか分からないが、享保5年(1720)7月の紀年が刻まれている。上の玉石は後に載せられたもので、元は石仏の基壇だったのではないかと思われる。

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その奥には右から馬頭観音、庚申塔、地蔵と並ぶ。馬頭観音は舟型光背型で、安永9年(1780)8月の造立年があり、「良貞院日誠法師 施主 山角定尉」の文字。中央の角柱型の塔は庚申塔である。正面に大きく「庚申塔」、塔の文字は違うが江戸時代にはよくある。造立年は寛政8年(1796)冬とある。基壇には「弎匹猿」の文字で三猿を表している。左の丸彫の地蔵菩薩はかなり傷んでおり紀年などは不詳。個人の供養のための地蔵菩薩だろうか。

場所  多摩市関戸5丁目35-3

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