タイから帰国して2年以上が過ぎ、母の物忘れはひどくなっている。もう88歳なので、仕方のないことだと思うが、最近では午前中電話をしたことも、夕方には忘れてしまっており、前日のことなど、ほとんど覚えていないのではないかと思う。それでも、毎日のルーティーンワークはできるようで、毎日同じ朝食と昼食、そしてたぶんメイン料理は少し変えているだろう夕食は自分で作っている。
お風呂とトイレの掃除は、ヘルパーさんがやってくれているが、目につくところはホコリも溜まっていないようなので、他の部屋は自分で掃除機もかけているようだ。洗濯も、2,3日に一回はやっている。買い物も、水や重いもの、大きいものは、私がオンラインで注文したり買っていくので、自分の食料は歩いて7,8分の小さなスーパーへ行っているようだ。
先週火曜日、ヘルパーさんから「顔に湿疹がでている」と連絡があった。ちょうど翌日に、次女を連れて父のお墓参りに行く予定だったので、母の顔を見ると、前日より少しマシになっているようだった。一瞬、帯状疱疹じゃないかと思ったのだが、母は「痛くも痒くもない」という。私が以前帯状疱疹になったときは、ピリピリ痛くてたまらなかったので、「お母さん、何かいつもとちがうものを食べた?」と聞いても「覚えてない」。実家の庭には、いろいろ草木も生えているので、「お母さん、何か草とか木とか、抜いたり触ったりしてない?」と聞いても「覚えてない」。だめだ、全然アテにならない。結局、「痛くない、痒くない」という言葉を信じて、翌日来てくれるヘルパーさんにもみてもらって、ひどくなったら病院に行くようにと言っておいた。
木曜日の夜に電話をすると、やはり病院には行かなかったようだ。もう何ともないという。次女が土曜日にニュージーランドへ戻るため、金曜日は忙しくしており、土曜日の朝9時頃に電話をかけた。
「左のまぶたのところが痛いねんけど。」
「結局、病院行ってないの?今まで痛いって言ってなかったよね。」
「そうやったかな。」
やっぱり病院に連れて行くほうがいいかなと思い、次女を空港まで送ったあと、そのまま実家へ言った。顔を見ると、前よりひどくなっているわけではないが、確かにまぶたの上にも発疹ができている。
母の行きつけのところは、内科、外科、整形外科があり、皮膚科は週1回だけ。でも電話をすると、内科の先生で良ければ診てくれるというので、夕方の診察開始前に診察券を出しにいった。そして17時半からの診察に行くと、先生はひと目見るなり、「帯状疱疹やなあ。もう枯れかけてるけど。」(枯れかけてるって、そんな言い方をするんだ!?)
「そうかなとも思ったんですが、母が痛くも痒くもないというので・・・」と私は弁解。
「痛くない場合もあるからなあ。軟膏だけ塗って、様子見やな。もし新しくできたら、薬を飲んでもらうから、また連れてきて」とのことだった。
母の病院に付き添うときは、受付や支払いも、母自身でしてもらうようにしている。その受付で「久しぶりにくるから・・・」とか言っているが、実は、先週の月曜日に眠れないからと言って、睡眠導入剤を出してもらっている。それも覚えていないのだ。
母は、いつものことはできても、そうじゃないことはもう対応するのが難しいのだなと実感した。あとどれくらい一人暮らしができるのだろうか。
私は月曜から木曜に仕事をして、週末は空けている。母の病院や、ボランティアの茶道教室が金曜土曜にあるためだ。それにどこかに出かけるのも、金土ででかけることが多い。旅行に行かなければ、週1回は母の様子を見に来ているが、夏冬の1ヶ月のタイ滞在は、いつまで続けられるのだろう。
まあクヨクヨ思い悩んでも仕方がない。母の状態が良くなることはなく、これからますます介護の必要性が出てくるのは絶対だ。自分なりに気持ちと時間を調整していかなくては。
お風呂とトイレの掃除は、ヘルパーさんがやってくれているが、目につくところはホコリも溜まっていないようなので、他の部屋は自分で掃除機もかけているようだ。洗濯も、2,3日に一回はやっている。買い物も、水や重いもの、大きいものは、私がオンラインで注文したり買っていくので、自分の食料は歩いて7,8分の小さなスーパーへ行っているようだ。
先週火曜日、ヘルパーさんから「顔に湿疹がでている」と連絡があった。ちょうど翌日に、次女を連れて父のお墓参りに行く予定だったので、母の顔を見ると、前日より少しマシになっているようだった。一瞬、帯状疱疹じゃないかと思ったのだが、母は「痛くも痒くもない」という。私が以前帯状疱疹になったときは、ピリピリ痛くてたまらなかったので、「お母さん、何かいつもとちがうものを食べた?」と聞いても「覚えてない」。実家の庭には、いろいろ草木も生えているので、「お母さん、何か草とか木とか、抜いたり触ったりしてない?」と聞いても「覚えてない」。だめだ、全然アテにならない。結局、「痛くない、痒くない」という言葉を信じて、翌日来てくれるヘルパーさんにもみてもらって、ひどくなったら病院に行くようにと言っておいた。
木曜日の夜に電話をすると、やはり病院には行かなかったようだ。もう何ともないという。次女が土曜日にニュージーランドへ戻るため、金曜日は忙しくしており、土曜日の朝9時頃に電話をかけた。
「左のまぶたのところが痛いねんけど。」
「結局、病院行ってないの?今まで痛いって言ってなかったよね。」
「そうやったかな。」
やっぱり病院に連れて行くほうがいいかなと思い、次女を空港まで送ったあと、そのまま実家へ言った。顔を見ると、前よりひどくなっているわけではないが、確かにまぶたの上にも発疹ができている。
母の行きつけのところは、内科、外科、整形外科があり、皮膚科は週1回だけ。でも電話をすると、内科の先生で良ければ診てくれるというので、夕方の診察開始前に診察券を出しにいった。そして17時半からの診察に行くと、先生はひと目見るなり、「帯状疱疹やなあ。もう枯れかけてるけど。」(枯れかけてるって、そんな言い方をするんだ!?)
「そうかなとも思ったんですが、母が痛くも痒くもないというので・・・」と私は弁解。
「痛くない場合もあるからなあ。軟膏だけ塗って、様子見やな。もし新しくできたら、薬を飲んでもらうから、また連れてきて」とのことだった。
母の病院に付き添うときは、受付や支払いも、母自身でしてもらうようにしている。その受付で「久しぶりにくるから・・・」とか言っているが、実は、先週の月曜日に眠れないからと言って、睡眠導入剤を出してもらっている。それも覚えていないのだ。
母は、いつものことはできても、そうじゃないことはもう対応するのが難しいのだなと実感した。あとどれくらい一人暮らしができるのだろうか。
私は月曜から木曜に仕事をして、週末は空けている。母の病院や、ボランティアの茶道教室が金曜土曜にあるためだ。それにどこかに出かけるのも、金土ででかけることが多い。旅行に行かなければ、週1回は母の様子を見に来ているが、夏冬の1ヶ月のタイ滞在は、いつまで続けられるのだろう。
まあクヨクヨ思い悩んでも仕方がない。母の状態が良くなることはなく、これからますます介護の必要性が出てくるのは絶対だ。自分なりに気持ちと時間を調整していかなくては。
お母様の帯状疱疹は大事に至らなくて良かったですね。年寄りは家族に気兼ねしてはっきり言わないとかありますから。
まあこの程度は物忘れにはなりませんから大丈夫です。
私の場合、家に行ったら何時作ったのか分からないご飯とか、数日間何も食べた形跡がないとかありましたから。
このままだと自分で買い物をしても家が分からなくなるようになると病院で言われて、慌てて引き取ったんですが。
nakko
がしました