2019年04月15日
成年後見人等には「身近な親族を選任することが望ましい」(最高裁判所見解)
2019年3月18日に開催された成年後見制度の利用の促進に関する有識者会議において、最高裁判所は、成年後見人等には「身近な親族を選任することが望ましい」との後見人選任に関する公式見解を明らかにしました。
以前の記事「成年後見制度について(問題と展望)」で、成年後見人と親族との間で対立が生じる背景等について解説しました。今回は、上記最高裁見解について、考えてみましょう。
1 成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下、「成年後見利用促進法」という。)
平成28年4月8日、成年後見利用促進法が成立し、同年5月13日から施行されました。成年後見制度の利用が日本社会の高齢化に見合うほどに十分進んでいない現状に鑑み、制度利用促進について国家の責務を明らかにするものです(成年後見利用促進法第1条)。
高齢化にもかかわらず成年後見制度の利用が進んでいないというのはどういうことでしょう?
このことを確認するために最高裁判所事務総局家庭局が毎年発表している「成年後見関係事件の概況」を見てみましょう。細かい増減を見ることは本稿の目的ではないので、大雑把な数字だけを見ます。
平成26年から平成30年までの5年間を見ると、毎年3.4〜3.6万件台の成年後見等開始審判申立が行われています。これは、1年間に新たに後見、保佐、補助、及び任意後見の開始(成年後見「等」というのは、これら4類型を合わせたものです。任意後見については、監督人が選任されることにより後見が開始します。)の審判が申し立てられたということです。申立件数は、最近2年間で若干増えています。そして、申立件数のほとんど(95%超)において、申立を認容する審判が行われました。
既に成年後見等が開始している事件の利用者数の推移をみると、平成26年の184,670人から平成30年の218,142人まで増加しました。つまり、毎年、平均6,700人くらいずつ利用者が増えているということです。
利用者数というのは、成年後見制度によって保護される本人(被成年後見人、被保佐人、被補助人、被任意後見人)をすべて含んだ人数のことです。そして、一旦後見等が開始されると、本人が死亡する(又は他の後見類型に変更される)まで制度利用は原則継続するので、この約6,700人というのは、大雑把に言えば、新規開始申立等の認容事件数から、本人死亡等により終了した事件を引いた数ということになるでしょう。
以上からは、成年後見制度の利用が進んでいないかどうかということはまだあまりよく分かりません。
比較のために、同じ期間(5年間)の高齢化について見てみましょう。
この期間、高齢者(65歳以上)人口数は、3200万人(平成26年)から3557万人(平成30年)まで増加しました。これを総人口に占める高齢者の割合に換算すると、たった5年の間に25%(平成26年)から29.5%(平成29年)にまで高齢化が進んだということになります(総務省統計局データによる)。ただし、高齢化は、高齢者人口増加とともに総人口減少の結果でもあります。
高齢化の急速な進行の一方で成年後見開始等申立件数が横ばいに近いということなので、たしかに成年後見制度の利用は進んでいないという結論になるでしょう。
2 第三者成年後見人等選任の事情
法定後見3類型(成年後見、保佐、及び補助)について平成30年に選任された成年後見人等のうち親族は23.2%で、残り76.8%は第三者(多い順に、司法書士、弁護士、社会福祉士。)でした。
平成12年、禁治産制度に代わって成年後見制度がスタートした当初は、親族が成年後見人等に選任されることが主流(91%)で、第三者が選任されるのは少数(9%)にとどまっていました。
ところが、親族後見人の選任割合は制度開始からほぼ一貫して低下し、平成24年を境に親族後見人と第三者後見人の選任割合が逆転します。そして、平成30年には上記の選任割合に至ります。
(第三者後見人を偏重するようになった傾向)
前回記事でも述べた通り、家庭裁判所が第三者後見人を偏重するようになった背景には、被後見人等財産の不正な処分(横領等)による被害が増大したことがあります。
ところが、家庭裁判所は、本来であれば自らの監督機能を強化すべきところ、第三者後見人を選任するという安易な方法により不正を防止しようとしてきたのです。
成年後見人等の選任に関するこの経過を概観すると、「専門職第三者は制度についてあらかじめよく知っているはずだから、いちいち細かいことまで指導監督しなくてもよい。それに、報酬を付与しているのだから、適正に財産管理してくれるはずだ。」という家庭裁判所の本音が透けて見えてきます。
成年後見制度の利用が低迷しているのは、赤の他人(第三者後見人)に被後見人等となるべき本人の財産を握られてしまううえに報酬を取られてしまうのを、申立人となるべき親族が嫌うことが一因でしょう。「財産を握られてしまううえに報酬を取られてしまう」というのは人聞きの悪い誤解ですが、多くの人がそのように感じていることは事実です。
もちろん、制度利用が低迷している理由はそれだけではありませんが、本稿のテーマから外れるので述べません。
3 影響・効果
成年後見人等には「身近な親族を選任することが望ましい」との後見人選任に関する最高裁判所の見解は、家庭裁判所の安易な第三者後見人等選任に歯止めをかけるものです。
このこと自体は歓迎すべきことだと思います。
というのも、これまで家庭裁判所は、後見開始申立にいたる具体的事情や本人を取り巻く親族関係を具体的詳細に検討せずに、現預金の額だけを基準(大まかに1200万円超と言われています。)として第三者後見人を(親族に優先して)選任してしまっていたように見えるからです。この傾向は、私(申立に関わる司法書士)にとっても目に余るものでした。
後見人選任についての上記見解が表明される前の平成31年1月、最高裁判所はすでに同見解をすべての家庭裁判所に通達していたとのことです。よって、今後、家庭裁判所は、適任な親族がいない等の場合を除いて、原則として親族を成年後見人等に選任するようにせざるを得ないでしょう。
また、既に第三者後見人が就いている継続事件についても、親族からの申立てによって成年後見人等の変更が行われるような事案も増えるでしょう。第三者後見人に対して不満を持っている親族はとても多いのです。従来、第三者後見人に余程の不正でもない限り、途中から成年後見人等を変更するなどということは困難(事実上不可能)でした。
注意すべきは、今回の最高裁判所の見解表明が変化のきっかけに過ぎないということです。
家庭裁判所が安易に第三者を成年後見人等に選任することができなくなったということは、親族後見人に対して従来よりも細やかな指導監督が必要になるということを意味します。ところが、長年、指導監督体制の拡充をサボってきた家庭裁判所に、一朝一夕でこの変化を期待するのは楽観的に過ぎるでしょう。
おそらく、家庭裁判所は、親族を成年後見人等に選任する代わりに、第三者を成年後見監督人等として同時に選任することによって指導監督体制の不足を補おうとするものと考えられます。ただし、家庭裁判所は、このような対応が応急措置でしかないことを自覚しておくべきでしょう。なぜなら、それは、家庭裁判所の指導監督という役割を、本人の金銭的負担によって、第三者に丸投げするに等しいことなのですから。
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| 成年後見
2018年04月11日
成年後見制度について(問題と展望)
「成年後見人を解任したい。」という相談を被後見人の親族から受けることがあります。別に珍しいことではありません。今回は、なぜこのような相談が生じるのかその背景を考えるとともに、成年後見制度の展望について私なりの考えを述べてみたいと思います。
1 成年後見制度とは
(1) 制度の概略
成年後見制度とは、認知症等によって判断能力の十分でない人の保護のため、その法律行為や財産管理を円滑に行えるようにするための制度です。例えば、この制度を利用すれば、認知症になった人でも、施設への入所契約を行ったり保有財産の管理や処分を行ったりすることができるわけです。
広義に成年後見制度といえば、家庭裁判所の関与の度合いが大きい「法定後見制度」(=狭義の成年後見制度)と、私人間の契約を基礎とする「任意後見制度」とがあります。さらに、前者には、保護を受ける人の判断能力の程度に応じて、「後見」(=最狭義の成年後見制度)、「保佐」及び「補助」という3類型があります。しかし、任意後見制度の利用は相対的にそれほど多くはありません。さらに、狭義の成年後見制度のうちでも、8〜9割方は後見類型が利用されているのが実情です。そこで、本稿でも、特に断りがない限り、後見類型の法定後見制度、つまり最狭義の成年後見制度について話をすることにします。
成年後見は、判断能力を欠く常況にある人について、家庭裁判所が一定の親族等の申立てにより開始します(民法第7条)。そして、後見の開始とともに、この判断能力を欠く常況にある人(「成年被後見人」といいます。)に対して、法定代理人(「成年後見人」といいます。)が付されます(民法第8条)。これによって、成年後見人が、成年被後見人の法律行為を原則として全て代理して行えるようになるわけです。ただし、成年被後見人は、単独で(=代理人抜きで)、婚姻等の身分行為をすることはできるし、選挙権を行使することも日常の買い物も問題なく行うことができます。
(2) 親族後見人と専門職後見人
成年後見制度が始まったばかりのころは、家庭裁判所に対して親族の一人を後見人候補者として申し立てて、これがすんなり認められる(=候補者たる親族がそのまま成年後見人として選任される)のが常でした。ここで成年後見人になった親族のことを「親族後見人」とい呼びます。
しかし、最近では、後見人選任をめぐる事情は大きく変化しました。平成27年に選任された成年後見人のうち、親族後見人の占める割合は3割を切る程度にまで減少しています。残り7割は親族以外の第三者が後見人になるのですが、その大部分を占めるのが、多い順に、司法書士、弁護士、社会福祉士等の「専門職後見人」です。つまり、現在では、専門職後見人が親族後見人に優先して選任されるようになったというわけです。(平成28年9月23日「成年後見制度の現状」内閣府成年後見制度利用促進委員会事務局参考資料6)
このような変化があった理由は、親族後見人による「不正」が頻発したためです。ここでいう「不正」は、主に後見人による被後見人の財産の横領を指します。成年後見制度の利用が増えるにつれ、横領の被害額も増加し、例えば家庭裁判所が平成26年単年に把握した全国の成年後見人による被害金額だけで合計約56億7000万円に達したとのことです。同じ被害を事件数でみると、平成26年単年で831件の後見事件において不正が発覚したというのです。
もちろん、親族後見人だけが横領をするのではなく、専門職後見人も横領します。前段落のデータを親族後見人と専門職後見人とに分けて見ると、全体的な傾向が分かるでしょう。
被害額約56億7000万円のうち、90.1%が親族後見人による被害額で、9.9%が専門職後見人による被害額です。さらに、事件数831件のうち、親族後見人によるのは809件(事件数全体の97.3%)で、専門職後見人によるのは22件(同2.7%)です。これを1件当たりの被害額平均に換算すると、親族後見人約632万円に対して、専門職後見人約2545万円ということです。分かりやすくまとめると、次のように言うことができます。
「専門職後見人を選任した場合に横領等事件が起こる割合は、親族後見人を選任した場合に比して遥かに低い(100分の3未満)。しかし、専門職後見人が横領等した場合には、親族後見人が横領等する場合に比して被害がかなり大きい(約4倍)。」
しかし、「後見人は横領するもの」だと単細胞に誤解してはいけません。現在、継続中の成年後見制度(広義)の利用は約20万件もあるのです。つまり、20万人の被後見人が、この制度の支援を受けているということです。横領するような不徳な後見人は、親族であれ、専門職であれ、ほんの一握りに過ぎません。大部分の成年後見人は、まじめに後見事務を行っているということはきちんと認識すべきです。
(3) 不正防止の対策
上記に挙げた平成26年をピークに、以降、成年後見人による不正は減少しています。不正防止のために行われている対策が、一定の成果をあげていると評価することも出来るでしょう。主な対策を紹介してみましょう。
対策1: 専門職後見人の選任
上記(2)のとおり、近年、専門職後見人が選任される比率が高くなってきました。法律等の専門家だから不正を行わないというわけではありませんが、専門職後見人にとって不正防止の動機付けが大きいことは当然です。仮に専門家が不正を行えば、刑事訴追されて実刑を受ける可能性が高いうえに、自身の生活の糧である資格も信用も失ってしまうわけですから、そんなリスクを冒してまで横領する専門家は稀ということです。
対策2: 成年後見監督人の選任
親族後見人が選任され、かつ、横領されやすい財産(現預金)が多い場合、後見人のお目付け役として「成年後見監督人」が付されることが多くなりました。成年後見監督人には、通常、司法書士や弁護士が選任されます。
成年後見人は、定期的(年1回)及び必要に応じて家庭裁判所に事務報告しなければなりません。つまり、家庭裁判所は、事務報告を通じて後見事務の適正を監督するわけです。しかしながら、このような監督方法は受動的で、きめ細かい監督を行うことができません。仮に後見人の不正があっても、家庭裁判所がそれを見過ごしたり、欺かれたりするかもしれません。
そこで、家庭裁判所の監督機能を強化するために選任されるのが成年後見監督人です。成年後見監督人は、専門家の目で、臨機応変に後見事務を監督し、時には後見人に助言したり、後見人と被後見人の利益が相反する行為の代理を務めたりもします。
対策3: 成年後見制度支援信託の利用
親族後見人が選任され、かつ、横領されやすい財産(現預金)が多い場合には、「成年後見制度支援信託」が利用されることも多くなりました。
「信託」の意味についてはここでは説明を省略しますが、成年後見制度支援信託とは、大雑把に言えば、被後見人の生活にとって通常必要でない現預金の大部分を信託銀行に預けてしまうという仕組みです。例えば、預金を10億円持っている被後見人にとって、1年間に必要な生活費が300万円でしかないのだとしたら、当面必要のない残りの9億9700万円を信託銀行に預けてしまうわけです。
信託された預金を利用するには、信託契約の中に予め用途、金額、支払時期等が定められているか、又はその都度家庭裁判所の指示を仰ぐ必要があります。つまり、後見人が信託財産に手を触れることができなくなれば、横領される危険もないというわけです。
2 成年後見人と被後見人の親族との不和について
(1) 成年後見制度を利用するきっかけ
成年後見制度は、被後見人たるべき本人が抽象的な法文上の要件(「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」民法第7条)に該当するようになったからと言って、当然に利用(=家庭裁判所への申立て)されるものではありません。
利用の契機となる典型的ケースを挙げてみましょう。イメージしやすいように、「精神上の障害により事理を弁識する常況」を「認知症」と置き換えて単純化してみますが、もちろん認知症に限られるわけではありません。
ケース1: 相続問題
遺産分割する必要があるが、共同相続人Aは、認知症のため協議することができない。
ケース2: 財産処分
認知症の親Aを介護施設に入れるにあたって、費用捻出のためAの資産の一部を換価したり、介護保険契約や入所契約を有効に結んだりしなければならない。
ケース3: 財産処分
認知症の親Aのために、子Bがその預金を解約しようとしたら、Aが認知症であることを知った銀行が口座を凍結してしまった。
ケース4: 親族間の財産争い
認知症のAの財産を、近所に住む親族Bが勝手に占有し自己のために勝手に使用している。他の親族Cらはこれに不満をもっている。
ケース5: 孤独
高齢者福祉担当の市職員Bが身寄りのない一人暮らしのA宅を訪問すると、Aの認知症が進行し、このまま生活を続けることが著しく困難であることが判明した。
(2) 不和はなぜ生じるのか?
上記ケース5を除いて、一般的に、成年後見制度を利用しようとする親族の動機は、目の前にある具体的問題を解決することにあります。そして、その問題解決のために利用可能な選択肢が成年後見制度だけであるということも少なくありません。それならば、成年後見人は、親族に有り難がられる存在であるはずです。ところが現実には、冒頭の相談のように、親族から「成年後見人を解任したい。」という発言が出てくることがあります。なぜでしょう?
このことは別に矛盾ではありません。というのも、被後見人の親族は、目の前の一回的問題を解決したいだけであることが少なくありませんが、成年後見制度というのは、被後見人が死亡するまでの継続的な財産管理を目的とする制度であるからです。つまり、制度利用の具体的動機と、その制度趣旨が全く違うのです。目の前の問題が過ぎてしまった後にも居残っている成年後見人が、親族にとっては邪魔者に見えてくることがあっても不思議ではありません。
さらに、もともと被後見人の財産をめぐって親族間に争いのあるケース4のような場合には、専門職後見人が親族の憎しみの対象になってしまうことも少なくありません。
また、専門職後見人は、仕事として後見事務を行っているのですから、当然報酬を取るのですが、この報酬は、「報酬付与の審判」という家庭裁判所の決定によって、被後見人の資産の中から支払われます。誤解の多いところですが、専門職後見人が管理する被後見人の財産から、好き勝手に報酬を取って(「お手盛り」)いるわけではありません。しかし、親族にとっては、この報酬の仕組みも、専門職後見人に対する怨嗟の原因になることがあります。
5 成年後見制度の問題点
以下、成年後見制度について私が不満に思っていることを挙げてみましょう。
(1) 重厚長大な制度
例えば、認知症の共同相続人が関わる遺産分割のような場合(上記ケース1)、成年後見制度を利用する他に適切な(=違法・脱法でない)選択肢がありません。しかし、現実には、管理されるべき本人の財産がわずかしかないとか、親族が十分満足にに本人を事実上「後見」できているとか、本人の実情に沿った臨機応変な解決が図れないとかいった様々な理由で、成年後見制度を利用するのが妥当でないと思われることが多々あります。成年後見制度が重厚長大過ぎて、使いづらいということです。
(2) 家庭裁判所の監督機能の不備
不正が起こってしまう原因を不徳な成年後見人の側にだけ求めるのは、一方的だと思います。成年後見人は、不正の誘因に囲まれており、成年後見制度に十分な不正防止機能が当然に備わっていて然るべきなのです。ところが、この制度は、制度設計においてもその運用においても、性善説にもとづいているように思われてなりません。
成年後見制度の利用は、右肩上がりで増え続けています。大雑把に言えば、毎年新たに約7000人ずつ成年後見制度(広義)の利用者が増えています。そして、一旦利用が開始されると、基本的には利用者が亡くなるまで継続します。これに対して、制度運営を監督すべき家庭裁判所の人員はそれに釣り合うだけ増員されることはまずありません。
専門職後見人や成年後見監督人の選任を増やすという最近の傾向も、意地悪な見方をすれば、家庭裁判所の監督機能不足を、被後見人の負担で補っているとも解することができます。
(3) 後見人の担い手不足
司法書士、弁護士、社会福祉士等の専門家にとっても、親族とのトラブルに巻き込まれる可能性の高い後見事務は、引き受けるのに勇気のいる仕事です。さらに、被後見人の財産状況によっては、専門職後見人の報酬がほとんど出ないボランティアのような仕事になってしまうことも少なくありません。
近年、市民のなかから後見人としての人材を育成する「市民後見推進事業」が自治体規模で行われるようになりました。しかし、これも意地悪な見方をすれば、後見事務の負担を善意の市民に押し付けていると解されなくもありません。
(4) 費用
現在、成年後見制度の利用のための費用(申立費用及び後見人報酬)を公費で援助する仕組み「成年後見制度利用支援事業」を実施する自治体が全体の約8割を超えています。つまり、資産のない本人も成年後見制度を利用しやすくなりつつあるということです。
とは言え、成年後見制度の利用が本人負担であることに変わりありません。さらに、専門職後見人が付された後見事件においては、被後見人本人の負担は決して小さいものではありません。上記のように、成年後見人に対する報酬は家庭裁判所が決定し、資産の規模や個別事情に応じて一応の相場が形成されているため、被後見人を害するような不当な報酬が支払われるということはありません。
しかし、誰しも判断能力が衰えたり失われたりする可能性があるのに、その解決を原則各人負担とすることが制度として妥当なのか、考え直す必要があると思うのです。
(5) 他の制度的選択肢(任意後見制度、信託)
成年後見制度(狭義)の「不便」を問題として、任意後見制度や民事信託を推奨する自称「専門家」達がいます。これら各制度の内容について本稿では説明を省略しますが、私は、成年後見制度以上に不正の温床になりやすく、監視機能の欠けているこれらの利用を、現状のままでは誰に対しても勧める気にはなりません。
そもそも、ここで成年後見制度の「不便」として語られるのは、保護されるべき本人の「不便」ではなく、親族の都合であることが常であるように思います。また、推奨している「専門家」たちも、本人の利益を思ってそうしているのではなくて、頭の中で自分の算盤をはじいているだけのように見えます。
6 展望
(1) 法的選択肢の拡充
判断能力を失ってしまった本人が、法律行為を有効に行うためには、現在、成年後見制度を利用することがほとんど唯一の選択肢です。ところが、成年後見制度は、一回的な法律行為のための制度ではなくて、包括的かつ継続的な財産管理の制度です。このため、目の前の法律問題を解決するという目的のためには、成年後見制度が重厚長大に過ぎると感じることが少なくありません。
思いつきに過ぎないと叱責されるかも知れませんが、家庭裁判所の関与のもとに一回的な問題解決に適するような特別代理人を選任するような仕組みがあればと思います。親権者と子の利益が相反する場合に特別代理人が選任される(民法代826条第1項)のと同じようなイメージです。
(2) 後見監督事務のIT化、AI化?
成年後見制度に対する家庭裁判所の監督機能は不足しています。この不足を補うため、専門職後見人の選任が増加し、成年後見制度支援信託の利用が促されることとなりました。しかし、家庭裁判所は、監督機能不足の問題を解決したというよりは、つまるところ、これを被後見人本人に押し付けただけなのではないでしょうか。専門職後見人の報酬も、成年後見制度支援信託利用のための費用も、結局は被後見人本人が負担するのですから。
だからと言って、私は、単に家庭裁判所の後見部門の人員を増やせばよいとは考えていません。というのも、財産管理という事務は、IT(情報技術)やAI(人工知能)と非常に親和性があると考えるからです。外部者である私が言うのもおこがましいことですが、家庭裁判所が後見監督事務をIT化する余地は無限にあるように見えます。
一例として、成年後見事務を扱う司法書士でつくる公益社団法人リーガルサポート(私自身は会員ではありません。)は、会員からの同法人に対する後見事務報告(家庭裁判所への報告の事実上の前審査に相当)を独自のオンラインシステムを用いることによって省力化・自動化しています。同システムでは、不正が疑われるような事案も、データ間の齟齬からすぐに探知されてしまいます。
リーガルサポートの存在自体に議論のあるところですが、家庭裁判所が後見監督事務をIT化するうえで同法人の取り組みをモデルとすることができるでしょう。裁判事務をオンライン化するという発想に対しては、紙至上主義の人達からの拒絶反応が予想されますが、そんなものは時代錯誤だと思います。コンピューターの方が人よりも優れているような分野の仕事は、コンピューターにさせるべきです。
(3) 成年後見制度支援信託の利用拡大
さきに紹介した成年後見制度支援信託というのは、法律上の制度ではなくて、家庭裁判所の実務上の取扱に属する制度です。現在、成年後見制度支援信託は、親族後見人が選任され、かつ横領されやすい形態の積極財産(現預金)が一定額(1200万円程度)を超える場合、利用されています。
私は、この制度を専門職後見人が選任された後見事件にも積極的に適用すべきだと考えます。専門家だからと言って、被後見人にとって通常必要のない額の財産を手の届きやすいところ(普通預金や定期預金)に置いておいて良いということにはならないからです。それに、一旦、専門家が横領すると、その被害額は多額になる傾向があることは前記した通りです。
成年後見制度支援信託の利用を広げることは、家庭裁判所の運用を変更するだけで簡単にできることです。ただし、そのためには、費用をもっと下げる必要もあるでしょう。
ここで、費用というのは、主に信託契約時に一時的に選任される専門職後見人の報酬のことです。成年後見制度支援信託を利用する際には、法律の専門家でない親族後見人が信託という複雑な契約を結ぶのは困難であることから、親族後見人に追加して一時的に専門職後見人が選任され、信託すべき財産の規模や契約内容を精査し、信託契約だけを代理します。 そして、この報酬の相場は、30万円〜と言われています。もちろん、この報酬も家庭裁判所が決定するので、別にお手盛りではありません。しかし、私には、信託契約を行うという型通りの事務をするのに、30.万円〜の報酬を取るほどの手間がかかるとは到底思えません。
仕事でやっている以上専門家が報酬を取るとこは当然だと思いますが、成年後見制度は被後見人のための制度であるということを忘れてはいけません。成年被後見人に、不正防止の費用を転嫁するという発想がおかしいと思います。
他方、信託銀行に支払う信託報酬は、銀行にもよりますが、既に利用を普及させるに十分な程度に低廉であると思います。振替を行うのが主な事務ですから、報酬もそれに見合う程度です。
(4) 少子・高齢化:赤の他人が支えあう社会
国民が全体として若く、大勢の親族たちが限られた地域に集まって生活するのが普通であるような社会においては、判断能力の衰えた本人を親族の誰かが事実上「後見」して、それでなんとなく全て丸く収まってしまうことでしょう。しかし、残念ながら、現在の日本はそのような社会ではありません。少子化と高齢化は、今後も数十年間は進行する見込みです。それに伴って、判断能力が衰えたにもかかわらず誰にも頼ることのできない高齢者もますます増えていくことでしょう。成年後見制度の出番も増えるわけです。
さらに、上記のように、現在、専門職後見人は、親族後見人の倍以上選任されるようになりました。不正防止という動機を除いても、赤の他人が赤の他人を後見するということは、将来的には当たり前になっていくでしょうし、そうならざるを得ないと思います。
ところで、現在の成年後見制度は、個人の行為能力を補うためのものでしかなく、その利用負担も当の個人にかかってくるような考え方にもとづいて設計されています。つまり、極端な言い方をすれば、ある程度の資産を持っている人を利用者として想定しているわけです。
しかし、少子化と高齢化が進んだ社会を見据えたときに、制度の想定する利用者はもっと広くあるべきでしょう。私は、成年後見制度は、介護保険制度などと同じく、社会保障の一つとしてきちんと位置づけられるべきと考えます。判断能力の低下や喪失という事態は、誰にでも高い頻度で起こりうることなのですから、国民全体でその危険を負担し合うという社会保障の考え方にもとづいた制度にすることが妥当だと思うのです。
7 私(司法書士)自身の成年後見制度とのかかわり
私は、成年後見の申立事件や継続事件に関する書類作成を受託することは多々ありますが、実は、誰の後見人にもなっていません。今後も、この制度が大きく変わらない限り、後見人になるつもりはありません。私が後見人にならない方針であるのは、現状の成年後見制度について、本稿で述べたようないろいろな不満を持っているからです。
その一方で、私は、成年後見制度が日本の社会保障において大きな役割を果たすような制度に成長することを夢に見ています。私自身にも、私の大切な人たちにも、いつか判断能力が無くなってしまう日が訪れるかもしれません。その時には、呆けた私達が安心して暮らせる社会になっていたらと切に願っているのです。
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| 成年後見
2015年03月27日
任意後見制度とは
通常、人は、自分の判断で、住む場所やライフスタイルを選択し、必要に応じて財産を利用・処分します。しかし、このような判断を自分ですることが出来なくなったとしたら、どうするのでしょうか?
今回は、判断能力の低下に備えるための制度の一つである「任意後見制度」について整理してみましょう。
1. 任意後見制度とは
任意後見制度とは、本人が、将来精神上の障害のために自身の判断能力が失われてしまう事態に備えて、予め他人に対して一定の代理権を付与する旨の契約(以下、「任意後見契約」という。)を結んでおき、実際に本人の判断能力に問題が生じたときに、家庭裁判所の選任にかかる監督人のもとで、任意後見人が代理行為を行うという制度のことです。
2. 法定後見制度との違い
任意後見制度に類似した制度に、法定後見制度があります。どちらも、判断能力が不足又は欠如した本人の、財産管理や身上監護をするための制度です。
(1)代理権等の範囲
法定後見制度は、本人の判断能力の程度によって、後見類型(事理弁識能力を「欠く常況にある」民法第7条)、保佐類型(事理弁識能力が「著しく不十分である」民法第11条)及び補助類型(事理弁識能力が「不十分である」民法第15条)に分かれます。法定後見制度を利用するためには、一定の者からの家庭裁判所への審判開始申立てが必要ですが、任意後見制度のように予め契約によって準備する必要はありません。
後見事務の内容である代理権等(代理権、同意権及び取消権)の範囲についても、任意後見制度においては契約によって定められるのに対して、法定後見制度においては法定されるか審判によって付与されます(後見類型における代理権について民法859条等、保佐類型における同意・取消権について民法第13条等)。
(2)両制度の優先関係
本人の意思を尊重するという趣旨から、任意後見制度と法定後見制度が競合する場合には、原則として任意後見制度が優先します(任意後見契約に関する法律第10条、同法第4条2項)。
(3)家庭裁判所の監督
任意後見契約が発効するためには、本人の事理弁識能力が「不十分な状況」になったときに、申立てにより家庭裁判所が監督人を選任しなければなりません(任意後見契約に関する法律第4条)。
監督人選任以降、任意後見人は、報告義務等を通じて、監督を受けます。しかし、家庭裁判所が任意後見人を直接監督することはありません(任意後見契約に関する法律第7条)。また、任意後見人に不正行為があったような場合でも、家庭裁判所が申立てによらずに職権で任意後見人を解任することもできません(任意後見契約に関する法律第8条)。
これに対し、法定後見制度においては、家庭裁判所が、後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)に対して、報告徴求や調査等を通じて、直接監督権を行使することが出来ます(民法第832条)。また、家庭裁判所は、必要に応じて職権で後見等監督人をつけることもできるし(民法第849条等)、後見人等の不正行為を認知したときには職権でこれを解任することもできます(民法第846条等)。
3. 任意後見契約の特徴
(1)要式行為
任意後見契約は、法務省令で定める一定の様式に従って、公正証書によって行う要式契約です(任意後見契約に関する法律第3条)。さらに、任意後見契約は、公証人の嘱託によって、登記されます。
(2)委任事項の定め方
委任事項の定め方については、法務省令に規定される第1号様式又は第2号様式を用いることとされています。
第1号様式とは、予め列挙された委任事項にチェックを入れる方式です。以下のようなものです。
(第1号様式)
A 財産の権利・保存・処分等に関する事項
A1□ 甲に帰属する別紙「財産目録」記載の財産及び本契約後に帰属する財産(預貯金〔B1・B 2〕を除く)並びにその果実の管理・保存
A2□ 上記の財産(増加財産を含む)の処分・変更
B 金融機関との取引に関する事項
B1□ 甲に帰属する別紙「預貯金目録」記載の預貯金に関する取引(預貯金の管理、振込依頼、払い戻し、口座変更・解除等。以下同じ)
(以下略)
第2号様式は、自由記載方式です。例えば、以下のような包括的な定め方がなされます。
(第2号様式)
1 不動産、動産等すべての財産の保存、管理及び処分に関する事項
2 金融機関、郵便局、証券会社及び保険会社とのすべての取引に関する事項
(以下略)
実務上は、第1号様式よりは、第2号様式が用いられることが多いようです。その理由は、代理権の範囲に関して漏れの無いように記載するためと考えられます。このようにすると、法定後見の後見類型に近い範囲の代理権を、任意後見契約で定めることになります。
4. 問題点
任意後見契約を締結しても、それがすぐに発効するとは限らないため、任意後見制度の問題点については、まだ顕在化していないようです。しかし、この制度に濫用の危険はないのでしょうか?
(1)家庭裁判所の監督の問題
上記2(3)で述べたように、家庭裁判所の任意後見人に対する監督は、間接的なものに過ぎません。家庭裁判所の直接的な監督機能は、監督人選任審判においてのみ発揮される(任意後見人に不適格な事由があれば、家庭裁判所は、監督人選任審判を却下することが出来ます。)に過ぎません。任意後見人に不正行為があっても、家庭裁判所がそれを発見する能力を持たず、職権で解任することもできないのでは、監督機能として十分と言えるでしょうか?
(2)包括的代理権を与える契約の問題
上記3(2)で述べたように、任意後見契約によって任意後見人に対して、広範で包括的な代理権を与えることが出来ます。任意後見契約締結時点では、本人に不十分であっても判断能力が備わっているのですから、契約を締結する能力自体に問題があるわけではありません。しかし、そんな「なんでも代理権」を他人に容易に与えてしまう契約を締結することの結果を、本人は本当に理解しているのでしょうか?
任意後見契約を、公正証書という方式によって締結しなければならないとしたことの趣旨は、公証人に一定の監視機能を持たせることにあります。そのため、公証人は、本人に任意後見契約締結の意思があるのかを、一定の書類を提出させるとともに、直接面接して確認しなければなりません。しかし、そのことだけで、本人が契約の結果を理解しているということが本当に担保されるのでしょうか?
5. 法定後見制度との適切な使い分け
私見は、任意後見制度のような監督機能の不十分な制度のもとで、任意後見人が広範で包括的な代理権を持つべきではないというものです。
任意後見契約の発効条件たる監督人選任審判は、本人の事理弁識能力が「不十分な状況にあるとき」(任意後見契約に関する法律第4条1項)に行われます。これは、法定後見制度の補助類型の審判要件と同等です。しかし、補助人には、特に審判によって付与される同意・取消権及び代理権という限定された権限しかありません(民法第17条、同法第876条の9)。この差は、合理的と言えるでしょうか?
確かに、財産の管理を、自身が信頼する第三者に任せたいという要求に対して、法定後見制度では応えることが出来ません。そこに、任意後見制度が存在する意味があるのです。しかしこの制度は、濫用の危険に対して十分な対策を欠いているように思えてなりません。
任意後見制度を安全に運用したいのであれば、委任事項を必要な範囲に限定し、その範囲で十分な後見事務が行えなくなったときには、速やかに法定後見制度へ移行させるような措置を講ずる等すべきでしょう。はたして、そのような運用が期待できるのでしょうか?
今回は、判断能力の低下に備えるための制度の一つである「任意後見制度」について整理してみましょう。
1. 任意後見制度とは
任意後見制度とは、本人が、将来精神上の障害のために自身の判断能力が失われてしまう事態に備えて、予め他人に対して一定の代理権を付与する旨の契約(以下、「任意後見契約」という。)を結んでおき、実際に本人の判断能力に問題が生じたときに、家庭裁判所の選任にかかる監督人のもとで、任意後見人が代理行為を行うという制度のことです。
2. 法定後見制度との違い
任意後見制度に類似した制度に、法定後見制度があります。どちらも、判断能力が不足又は欠如した本人の、財産管理や身上監護をするための制度です。
(1)代理権等の範囲
法定後見制度は、本人の判断能力の程度によって、後見類型(事理弁識能力を「欠く常況にある」民法第7条)、保佐類型(事理弁識能力が「著しく不十分である」民法第11条)及び補助類型(事理弁識能力が「不十分である」民法第15条)に分かれます。法定後見制度を利用するためには、一定の者からの家庭裁判所への審判開始申立てが必要ですが、任意後見制度のように予め契約によって準備する必要はありません。
後見事務の内容である代理権等(代理権、同意権及び取消権)の範囲についても、任意後見制度においては契約によって定められるのに対して、法定後見制度においては法定されるか審判によって付与されます(後見類型における代理権について民法859条等、保佐類型における同意・取消権について民法第13条等)。
(2)両制度の優先関係
本人の意思を尊重するという趣旨から、任意後見制度と法定後見制度が競合する場合には、原則として任意後見制度が優先します(任意後見契約に関する法律第10条、同法第4条2項)。
(3)家庭裁判所の監督
任意後見契約が発効するためには、本人の事理弁識能力が「不十分な状況」になったときに、申立てにより家庭裁判所が監督人を選任しなければなりません(任意後見契約に関する法律第4条)。
監督人選任以降、任意後見人は、報告義務等を通じて、監督を受けます。しかし、家庭裁判所が任意後見人を直接監督することはありません(任意後見契約に関する法律第7条)。また、任意後見人に不正行為があったような場合でも、家庭裁判所が申立てによらずに職権で任意後見人を解任することもできません(任意後見契約に関する法律第8条)。
これに対し、法定後見制度においては、家庭裁判所が、後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)に対して、報告徴求や調査等を通じて、直接監督権を行使することが出来ます(民法第832条)。また、家庭裁判所は、必要に応じて職権で後見等監督人をつけることもできるし(民法第849条等)、後見人等の不正行為を認知したときには職権でこれを解任することもできます(民法第846条等)。
3. 任意後見契約の特徴
(1)要式行為
任意後見契約は、法務省令で定める一定の様式に従って、公正証書によって行う要式契約です(任意後見契約に関する法律第3条)。さらに、任意後見契約は、公証人の嘱託によって、登記されます。
(2)委任事項の定め方
委任事項の定め方については、法務省令に規定される第1号様式又は第2号様式を用いることとされています。
第1号様式とは、予め列挙された委任事項にチェックを入れる方式です。以下のようなものです。
(第1号様式)
A 財産の権利・保存・処分等に関する事項
A1□ 甲に帰属する別紙「財産目録」記載の財産及び本契約後に帰属する財産(預貯金〔B1・B 2〕を除く)並びにその果実の管理・保存
A2□ 上記の財産(増加財産を含む)の処分・変更
B 金融機関との取引に関する事項
B1□ 甲に帰属する別紙「預貯金目録」記載の預貯金に関する取引(預貯金の管理、振込依頼、払い戻し、口座変更・解除等。以下同じ)
(以下略)
第2号様式は、自由記載方式です。例えば、以下のような包括的な定め方がなされます。
(第2号様式)
1 不動産、動産等すべての財産の保存、管理及び処分に関する事項
2 金融機関、郵便局、証券会社及び保険会社とのすべての取引に関する事項
(以下略)
実務上は、第1号様式よりは、第2号様式が用いられることが多いようです。その理由は、代理権の範囲に関して漏れの無いように記載するためと考えられます。このようにすると、法定後見の後見類型に近い範囲の代理権を、任意後見契約で定めることになります。
4. 問題点
任意後見契約を締結しても、それがすぐに発効するとは限らないため、任意後見制度の問題点については、まだ顕在化していないようです。しかし、この制度に濫用の危険はないのでしょうか?
(1)家庭裁判所の監督の問題
上記2(3)で述べたように、家庭裁判所の任意後見人に対する監督は、間接的なものに過ぎません。家庭裁判所の直接的な監督機能は、監督人選任審判においてのみ発揮される(任意後見人に不適格な事由があれば、家庭裁判所は、監督人選任審判を却下することが出来ます。)に過ぎません。任意後見人に不正行為があっても、家庭裁判所がそれを発見する能力を持たず、職権で解任することもできないのでは、監督機能として十分と言えるでしょうか?
(2)包括的代理権を与える契約の問題
上記3(2)で述べたように、任意後見契約によって任意後見人に対して、広範で包括的な代理権を与えることが出来ます。任意後見契約締結時点では、本人に不十分であっても判断能力が備わっているのですから、契約を締結する能力自体に問題があるわけではありません。しかし、そんな「なんでも代理権」を他人に容易に与えてしまう契約を締結することの結果を、本人は本当に理解しているのでしょうか?
任意後見契約を、公正証書という方式によって締結しなければならないとしたことの趣旨は、公証人に一定の監視機能を持たせることにあります。そのため、公証人は、本人に任意後見契約締結の意思があるのかを、一定の書類を提出させるとともに、直接面接して確認しなければなりません。しかし、そのことだけで、本人が契約の結果を理解しているということが本当に担保されるのでしょうか?
5. 法定後見制度との適切な使い分け
私見は、任意後見制度のような監督機能の不十分な制度のもとで、任意後見人が広範で包括的な代理権を持つべきではないというものです。
任意後見契約の発効条件たる監督人選任審判は、本人の事理弁識能力が「不十分な状況にあるとき」(任意後見契約に関する法律第4条1項)に行われます。これは、法定後見制度の補助類型の審判要件と同等です。しかし、補助人には、特に審判によって付与される同意・取消権及び代理権という限定された権限しかありません(民法第17条、同法第876条の9)。この差は、合理的と言えるでしょうか?
確かに、財産の管理を、自身が信頼する第三者に任せたいという要求に対して、法定後見制度では応えることが出来ません。そこに、任意後見制度が存在する意味があるのです。しかしこの制度は、濫用の危険に対して十分な対策を欠いているように思えてなりません。
任意後見制度を安全に運用したいのであれば、委任事項を必要な範囲に限定し、その範囲で十分な後見事務が行えなくなったときには、速やかに法定後見制度へ移行させるような措置を講ずる等すべきでしょう。はたして、そのような運用が期待できるのでしょうか?
posted by 司法書士 前田 at 09:22| Comment(0)
| 成年後見
2014年12月29日
後見制度支援信託について
今回は、後見人の誤った財産管理によって被後見人に生じる損害を防止するために、平成24年2月から導入された「後見制度支援信託」について整理してみましょう。(本稿では、未成年後見についての説明は割愛します。)
1. なぜ必要か?
成年後見開始審判があると、認知症等の精神上の障害によって事理弁識能力(自らの法律行為の結果が自分にとって有利・不利になるのかを判断できる程度の能力)を失ってしまった本人(以下、「成年被後見人」という。)のために、家庭裁判所によって選任された法定代理人(以下、「成年後見人」という。)が財産管理及び身上監護を行います。
成年後見人は、他人である成年被後見人の財産を管理するのですから、厳格な規律のもとに職務を行われなければなりません。誤った財産管理は、下手をすれば背任や横領といった犯罪に該当することもあるからです。このため、成年後見人は、報告義務や選解任権等を通して家庭裁判所の監督に服さなければなりません。
しかし、いくら家庭裁判所が監督しているとは言っても、子や配偶者等の親族が成年後見人となっている場合(以下、「親族後見人」という。)に、他人の財産を管理するという意識が希薄であることから、誤った財産管理が行われるケースが後を絶ちません。
他方で、成年被後見人が残存能力を活用して住み慣れた環境の中で暮らしていけることを目標とする成年後見制度の趣旨からすれば、従前から成年被後見人の生活全般にわたって面倒を見てきた親族が、そのまま成年後見人に就任するのが最適だといえる事案は多いと考えられます。
そこで、親族後見人選任の必要性と、親族後見人による財産管理の適正化とを実現するための手段の一つとして考案されたのが後見制度支援信託なのです。
2. どのような制度か?
(1) 利用できる後見類型
後見制度支援信託を利用できるのは、成年後見(狭義)と未成年後見です。成年後見制度の中でも、保佐類型や補助類型においては後見制度支援信託を利用することは出来ません。
(2) 制度の概略
後見制度支援信託とは、被後見人の財産のうち、日常必要とする範囲の金銭だけを親族後見人に管理させ、残りの金銭を信託銀行等に信託するという仕組みです。
信託対象となる財産は、金銭(換価容易な有価証券等は換価したうえで信託する。)に限られます。なぜなら、金銭(又は換価容易な有価証券等)は、濫用される危険が最も大きいからです。
仮に、被後見人のために日常的な必要費を超える想定外の支出等の必要が生じた場合には、その都度、後見人が家庭裁判所に対して指示書の発行を求め、この指示書に従った財産管理(例えば、信託財産の一部の払い戻し等)を行わなければなりません。つまり、後見制度支援信託とは、大きな金銭を動かす必要がある場合等に、その都度、家庭裁判所の監督機能を働かせる制度だということができます。
ちなみに、信託とは、財産管理の方法の一つです。信託を設定するためには、(@)一定の財産が受託者に帰属すること、そして(A)受託者が、一定の目的に従って、受託した財産を管理・処分し、目的達成に必要な行為をする義務を負うこと、を定める必要があります。ここでは、被後見人(「受益者」という。)のために使用することを定めて、金銭を信託銀行(「受託者」という。)に預けることだという程度の理解をしておけばよいでしょう。
信託という枠組みが利用される理由は、信託財産の保全のためです。すなわち、信託財産は、受託者の固有財産とは分別管理され、受託者の債権者から保護されていますし、万一受託者が破産しても破産財団に組み入れられることもありません。また、信託財産は、利用目的を限定されていることから、後見人が自由に処分することもできません。
(3) 利用方法
後見制度支援信託において、信託銀行と信託契約を行うのは、弁護士や司法書士等の「専門職後見人」でなければなりません。このため、後見開始審判の際に親族後見人を付すことが予定されている場合、家庭裁判所は、親族後見人とともに専門職後見人を選任する等の必要があります。
後見制度支援信託を利用しようとする際には、まず、専門職後見人は、被後見人の生活・財産状況を踏まえて、いくらの金銭を日常必要な生活資金とし、いくらの金銭を信託すべきかを家庭裁判所に対して報告します。
次に、家庭裁判所は、専門職後見人の報告をもとに、信託契約締結のための指示書を発行します。
そして、専門職後見人は、この指示書に従って、信託銀行と信託契約を締結します。締結後に、専門職後見人は、後見人を辞任し、後見事務を親族後見人に引き継ぎます。
本稿は、親族後見人の財産管理権の濫用防止のための方法の一つとして、後見制度支援信託を解説しています。これは、親族後見人による財産管理権の濫用事例が多数発生しているためです。ただ、誤解しないでいただきたいのですが、私は、専門職後見人の財産管理について問題がないと言っているわけではありません。他人の財産を管理する以上、専門職後見人にも、親族後見人の場合と同じように濫用の危険が当然存在するからです。しかし、この点に関しては後稿に譲りたいと思います。
今回も、長い文章を読んでいただいて、ありがとうございます。皆様の忌憚のないご意見をお寄せ下さい。
posted by 司法書士 前田 at 19:06| Comment(0)
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