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小泉進次郎が総理になっても必ず「政権交代」が起きると思うのは参議院の存在

田中良紹ジャーナリスト
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

フーテン老人世直し録(768)

葉月某日

 メディアの世界では自民党総裁選で小泉進次郎氏の勝利が確実視されている。メディアに登場する政治通を自称する論者たちは、小泉進次郎氏が次期総裁になるだろうと口々に言う。年内に行われる総選挙に勝つための自民党の選択は進次郎氏だと見られている。

 その背景には自民党の中で影響力を持つ森喜朗、菅義偉氏らが進次郎氏を推している現実がある。総裁選を左右するのは党員票と国会議員票だが、世論調査で国民に人気のある石破茂氏は党員票を獲得できても、国会議員に不人気なことから、国会議員票の比重が大きい決選投票で不利になる。

 それに比べ進次郎氏は国民にも人気があるが、さらに森、菅の両氏が後ろ盾になるため国会議員票も動かせる。次の総選挙で当選することが何よりも重要だと思う国会議員たちは、経験や実力より「刷新感」で国民大衆を熱狂させる役割を進次郎氏に期待する。そしてメディアが小泉総理誕生を予測すれば、自民党員も国民もそれに引きずられ、その流れが現実になると考えている。

 この状況は現在進行中のアメリカ大統領選挙とよく似ている。テレビ討論会で躓いたバイデン大統領に危機感を抱いた民主党は、総力を挙げてバイデンを引きずりおろし、次の候補者をじっくり人選する時間的余裕がないので、政治的能力も実力も危ぶまれるカマラ・ハリス副大統領を大統領候補に押し上げた。

 高齢のバイデンに不満だった選挙民に「刷新感」をアピールして世論の支持率を上げ、その支持率アップを繰り返し報道することで国民大衆に人気があることを印象付ける。そうやって当面の選挙勝利に突き進み、メディアの予測を現実の流れにしようと民主党は画策している。

 日本の自民党と米国民主党に共通するのは、間近に迫った選挙に勝つため、実力も能力も関係なく「刷新感」を国民にアピールする報道を繰り返す戦略である。つまり短期的な視野でこの危機を乗り切ろうとしている。それは果たして思惑通りになるのだろうか。

 自民党総裁選でフーテンが最も注目したのは、裏金事件の中心人物と言われる森喜朗氏が暗躍を始めたことだ。暗躍と言っても自分はじっとして他人を動かすのではなく、自分が直接動いているのだからよほど危機感に駆られた暗躍に見える。

 森氏が何を恐れているかを想像すれば、政権交代が起きて自民党が権力を失うと、岸田総理には最大派閥をまとめて政権運営に協力した貸しがあり、岸田総理は裏金問題で森氏の国会招致に踏み切れなかったが、野党が権力を握れば国会招致が実現する可能性がある。

 それによって国民の怒りが自分に向かえば、これまで疑惑とされながら検察が動かなかった東京五輪招致をめぐる問題に光が当たる。東京五輪招致を巡っては菅氏もパチンコメーカーに賄賂を要求したことが週刊誌で報道されており、2人でガードを固めなければならない。そのためにはどうしても政権交代を阻止しなければならない。

 政権交代を阻むには不人気の岸田総理を引きずりおろし、菅氏の配下の進次郎氏を総理にするのが最適だ。そのため森氏は父親の小泉純一郎氏を説得し、「50歳になるまで総裁選に出馬はさせない」と言ってきたことを撤回させ、進次郎氏本人にも「親の言う通りにはならない」と言わせた。

 そうした動きを見て岸田総理は総裁選への不出馬を決断したのではないか。自分が出れば進次郎氏が対抗馬となり、下手をすれば現職総理が総裁選で若手に敗れる不名誉な結果になる。それを避けて岸田総理は、自分の足を引っ張った森喜朗、菅義偉、麻生太郎、茂木敏允の各氏らに対し、政治力を弱体化させる逆襲を考えた。それが数多くの候補者が乱立する自民党総裁選の構図となる。

 この総裁選は決選投票が勝負だが、その時の合従連衡が単純な足し算引き算にはならず、複雑な方程式の世界になる可能性があるように思う。どのような方程式になるかフーテンには予測がつかないが、ぎりぎりまで出馬を模索した岸田総理がおとなしく過去の人になるとは思えない。何かを考えて候補者を乱立させているはずだ。

 もう一つの注目点は、真っ先に立候補を表明した小林鷹之氏の背後に福田達夫氏がいることである。福田達夫氏は進次郎氏の兄貴分だったが、進次郎氏以上に将来を嘱望される政治家だ。祖父は福田赳夫元総理、父は福田康夫元総理で、最大派閥となった安倍派の源流は祖父の福田赳夫氏が創設した「清話会」だ。

 福田赳夫氏は池田勇人氏が「宏池会」を作った時、派閥政治に反対して「党風刷新連盟」を結成し派閥政治の解消を訴えた。その「党風刷新連盟」が「清話会」になる。福田達夫氏は3年前の総裁選で「党風一新の会」を作り派閥横断的に若手を糾合して岸田総理を支援した。つまり菅氏と菅氏が担いだ河野太郎氏と敵対した。

 そのせいか閣僚経験がないのに党の最高議決機関である総務会の会長に岸田総理が抜擢した。そして裏金問題が起こると岸田総理は「自民党刷新本部」を作る。それは「宏池会」に対抗して福田赳夫氏が作った「党風刷新連盟」を思い出させる。つまり岸田総理には派閥解消を訴えた福田赳夫氏に共感する部分があり、自分の派閥の「宏池会」を解散した。

 そして自民党総裁選が始まると、達夫氏は真っ先に小林鷹之氏を担いで立候補させるが、それは進次郎氏に対抗する動き、つまり森氏や菅氏に対抗する動きで岸田総理と連動している可能性がある。達夫氏の行動によって、最大派閥は分裂状態であり、森氏の思い通りにはならないことがはっきりした。

 さらにより重要なのは、次の総選挙に勝利しても来年の参議院選挙に勝利しなければ政権交代を阻止することはできない事実だ。日本の政治構造は衆議院選挙より参議院選挙に勝つことが政治を支配するのに必要であることを教えてくれる。

 田中角栄氏は参議院に多数の議員を擁することで日本政治を支配した。森氏も裏金のキックバックで安倍派の参議院議員には全額を支給し衆議院議員より優遇している。それらは参議院で数を持つことがいかに重要かを物語る。

 日本で選挙による政権交代が実現したのは、09年に民主党が自民党に勝利して政権を握った1度だけだ。それは07年の参議院選挙で小沢一郎氏率いる民主党が安倍晋三氏率いる自民党に大勝したからだ。

 日本では予算以外のすべての法案を参議院で成立させなければならない。参議院で過半数を失うと「ねじれ」と言ってすべての法案を成立させられなくなり、政権は死に体になる。小沢一郎氏は07年の参議院選挙に勝利すると自民党政権に揺さぶりをかけ、09年の政権交代を成功させた。

 だから近視眼的な見方で進次郎氏を総理にしても、それだけでは足りない。来年夏の参議院選挙に勝てる人物を選ばないと、政権交代を阻止することはできない。しかも岸田総理が総裁選への不出馬を決断した理由は、裏金問題で国民に不信感を持たれた自民党を大きく変える一歩として、まず自分が責任を取ると言った。

 森氏と菅氏に担がれた進次郎氏が総理になれば、自民党は大きく変わるどころか、まるで何も変わらないことになる。岸田総理の面目は丸つぶれだ。そんな結果になることを岸田総理は黙って見過ごすのだろうか。フーテンは何か予想とは異なることが起こる気がする。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:9月29日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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