2017センター現代文―小説「秋の一日」(野上弥生子)解説
平成29年度のセンター試験小説は、野上弥生子「秋の一日」。登場人物は、主人公の直子、夫、息子、淑子と少なく、間に過去の回想が入っている以外は、場面展開もわかりやすく、とても読みやすい部類かと思います。
そういった複雑でない本文に対しては、どうしても問題作成する側は、作中の何でもないような心情を表した、細かい言葉尻をとらえて、微妙な正誤解答を要求するものなので、今回は読み方というよりは解き方を考えるという意味で、問題を見ていきたいと思います。
まず問2の傍線部A「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」についての心情説明。まずはなぜそのような気がしたか、因果関係を確認する。するとその直前に、「~とそう思うと」とあるので、「そう」思ったから傍線部の心情になったということ。「そう」の指示語はその前文に掛かっていて、
「それが可い。展覧会は込むだろうから朝早くに出掛けて、すんだら上野から何処か静かな田舎に行く事にしよう。」
という独白のことを指す。さらに「それが可い」の「それ」とは何を指すかといえば、
「明日の晴れやかな秋日和を想像して左様しようと思った」
ということであり、この「左様しようと思った」の「左様」とは、
「(絵の展覧会に)早く行って見ようと思った。けれども長い間の望みの如く、彼のあけび細工の籠に好きな食べものを入れてぶらぶら遊びながらと云う事を思いついたのは、其前日の全く偶然な出来心であった」
ところに結びついてくる。ここで「けれども」という逆接を使って、例年同様の展覧会見物よりも、手提げ籠を持って郊外をぶらぶらしたいということに、より直子の願望があることがわかります。そしてその「手提げ籠」は、本文の始まる前にも問題作成者からヒント(キーワード)が与えられており、それに対する直子の執着が伺えます。
以上を踏まえれば、問2の①、②、③は展覧会に行く事だけで、郊外に出掛けることに触れていないし、②、③、⑤は籠に触れていない。また、⑤は上で見た因果関係がすり替わっている。直子の心情の流れを適当なものは④となります。
このように指示語・キーワードをたどっていくこと、因果関係を把握すること、逆接(一般的に後ろの文章が強調されるといわれる)などの目印を見逃さないこと、など意識すれば微妙な選択肢も簡単に消去できるはずです。
続いて傍線部B「この微笑の底にはいつでも涙に変る或物が沢山隠れているような気がした」についての説明問題。まず「この微笑」とは、直前の「女中の肩を乗り出して眺め入ってる自分の子供を顧みると、我知らず微笑まれた」という部分を指すのはすぐにわかる。
実際、問3の選択肢の文章を見ると、
「思わずもらした微笑は」
①身を乗り出して運動会を見ている子供の様子に反応したもの
②小学生たちの踊る姿に驚く子供の様子に反応したもの
③子供の振る舞いのかわいらしさに反応したもの
④幸せそうな子供の様子に反応したもの
⑤子供が運動会を見つめる姿に反応したもの
と前半部分はそれぞれ違うが、ここに明確な間違いはなく、前半部分では正誤を判断できなくなっている(これがセンター試験設問者のイヤラシイところ)。
そうなると、「涙に変る或物」というものの実態を把握することがカギとなります。「涙」というキーワードを頼りに、傍線部と同段落をたどっていくと、いろいろ書いていることがわかる。
・ふと訳もない涙(34行)
・何に出る涙か知らぬ。何に感じたと気のつく前に、ただ流れ出る涙(35行)
・不図この涙におそわれる(36行)
・子供に乳房を与えながら、その清らかなまじめな瞳を見つめている内に溢れる涙(36-37行)
・(涙の理由は)なんにも知らぬ(38行)
これだけ「理由がわからない涙」、「漠然とした涙」を強調しており、これについて問3は聞きたいのだとわかります。選択肢文の後半を見ると、
①病弱な自分がいつも心弱さから流す涙と表裏一体のものがあると感じたということ。
②無邪気な子供の将来を思う不安から流す涙につながるものがあると感じたということ。
③純真さをいつまでも保ってほしいと願うあまりに流れる涙に結びつくものがあると感じたということ。
④これまで自分がさまざまな苦労をして流した涙の記憶と切り離せないものがあると感じたということ。
⑤純粋なものに心を動かされてひとりでにあふれ出す涙に通じるものがあると感じたということ。
とあり、①、②、③は、明らかにとある対象について涙を流しているという説明なので間違い。④は説明なし。⑤については、「純粋なものに心を動かされて」の記述が若干あやしいが、「ひとりでにあふれ出す涙」と、その性質を唯一説明しているので、消去法で正解としたい。
問4の傍線部C「こうした雲のような追懐に封じられてる」は、60行「不図先日仏蘭西から帰った画家が~」から始まる回想を聞いている。その回想部分の中に傍線部がないので、設問者はこの2ページ分の理解を問うているのだな、とすぐ気づけば上出来です。
同時に、回想というのは必ず現在の自分に跳ね返るわけで、回想問題にあたったときはそれに対する現時点から見た心情をあわせて押さえなければならない。実際、選択肢文を見ると、句点(。)の前は過去の説明、後は現在の心境となっているので、分けて比較しながら消去していく必要があります。
回想は長いので、現在の心境を先に考慮するのが時間的には無難。
(1)かれこれ十年近くの長い日が挟まっているのだけれども、ちっともそんな気はしない。(94行)
(2)(今にも友達が来る気がするが)其中に交じる自分は、ひとり画の前に立つ此自分ではなくって全く違った別の人のような気がする。(94-95行)
(3)(そんな自分を)笑い度いような冷やかしたいような且憐み度いようなきがした。(96行)
(4)過去の姿の、如何にも値なく見すぼらしいのを悲しんだ。(97行)
とくに(3)、(4)の過去の自分を引き離した捉え方は見逃してはいけない。実を言えばこれらさえ押さえれば解ける問題。
③「慕わしさが次々と湧き起こる」「後悔の念に胸がふさがれている」といった感傷を直子は負っていない。
④「もうこの世にいない淑子さんの姿がかすんでしまっていることに気付いて、懸命に思い出そうと努めている」は、上記(1)に反している。
⑤「女学生の頃の感覚を懐かしみ、取り戻したいという思いにとらわれている」は(3)、(4)の過去の自分への複雑な感情を無視している。
①「長い間の病気が~」は説明がない。(問2、問3と続けて誤選択肢に「病弱」を強調する理由は正直わからない)
直子の変化を押さえ、過去への過剰な感傷なく、憂いの気持ちを説明している②が正解になる。
問5。ある描写がどういう意味を持っているかという一対一対応問題。基本的にはその部分を読み返せば因果関係が違っている等の誤りが見つかるので消去法で正解を見つけ出す。ただし、正解である④は、文章の通りのひねりのない選択肢である。曖昧な正解選択肢を作らないようにしたということだろうか。
問6は表現問題。問題を解くときは、○(明らかに正解)△(微妙な選択肢)×(明らかに不正解)で決めていくとよい。①②⑤は○、③は△、というように。
それにしても、⑤「絵画や彫刻にかたどられた人たちの、穏やかな中にも生き生きとした姿を表現したもの」という選択文は、いったい何を言いたいのか。本文では絵画や彫刻を擬人法で表しているだけで、かたどられた「人」だけに適用されるものではない、というのが×の理由なのだろうか。絵画彫刻の内容?に適用される表現ではなく、絵画彫刻という形式にあてはめられた表現だから、という理由なのだろうか。
また④「直子の無知を指摘し、突き放そうとする表現」というのも気になる。「誰が」指摘し、突き放そうとしているかを書いていない。作者か、第三者語り手か。実際に無知を指摘しているのは間違いではないし、語り手次第では突き放そうとしているといってもよい。
あまりぐちぐち言っても仕方ないですのでこのへんで。
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そういった複雑でない本文に対しては、どうしても問題作成する側は、作中の何でもないような心情を表した、細かい言葉尻をとらえて、微妙な正誤解答を要求するものなので、今回は読み方というよりは解き方を考えるという意味で、問題を見ていきたいと思います。
まず問2の傍線部A「誠に物珍しい楽しい事が急に湧いたような気がして」についての心情説明。まずはなぜそのような気がしたか、因果関係を確認する。するとその直前に、「~とそう思うと」とあるので、「そう」思ったから傍線部の心情になったということ。「そう」の指示語はその前文に掛かっていて、
「それが可い。展覧会は込むだろうから朝早くに出掛けて、すんだら上野から何処か静かな田舎に行く事にしよう。」
という独白のことを指す。さらに「それが可い」の「それ」とは何を指すかといえば、
「明日の晴れやかな秋日和を想像して左様しようと思った」
ということであり、この「左様しようと思った」の「左様」とは、
「(絵の展覧会に)早く行って見ようと思った。けれども長い間の望みの如く、彼のあけび細工の籠に好きな食べものを入れてぶらぶら遊びながらと云う事を思いついたのは、其前日の全く偶然な出来心であった」
ところに結びついてくる。ここで「けれども」という逆接を使って、例年同様の展覧会見物よりも、手提げ籠を持って郊外をぶらぶらしたいということに、より直子の願望があることがわかります。そしてその「手提げ籠」は、本文の始まる前にも問題作成者からヒント(キーワード)が与えられており、それに対する直子の執着が伺えます。
以上を踏まえれば、問2の①、②、③は展覧会に行く事だけで、郊外に出掛けることに触れていないし、②、③、⑤は籠に触れていない。また、⑤は上で見た因果関係がすり替わっている。直子の心情の流れを適当なものは④となります。
このように指示語・キーワードをたどっていくこと、因果関係を把握すること、逆接(一般的に後ろの文章が強調されるといわれる)などの目印を見逃さないこと、など意識すれば微妙な選択肢も簡単に消去できるはずです。
続いて傍線部B「この微笑の底にはいつでも涙に変る或物が沢山隠れているような気がした」についての説明問題。まず「この微笑」とは、直前の「女中の肩を乗り出して眺め入ってる自分の子供を顧みると、我知らず微笑まれた」という部分を指すのはすぐにわかる。
実際、問3の選択肢の文章を見ると、
「思わずもらした微笑は」
①身を乗り出して運動会を見ている子供の様子に反応したもの
②小学生たちの踊る姿に驚く子供の様子に反応したもの
③子供の振る舞いのかわいらしさに反応したもの
④幸せそうな子供の様子に反応したもの
⑤子供が運動会を見つめる姿に反応したもの
と前半部分はそれぞれ違うが、ここに明確な間違いはなく、前半部分では正誤を判断できなくなっている(これがセンター試験設問者のイヤラシイところ)。
そうなると、「涙に変る或物」というものの実態を把握することがカギとなります。「涙」というキーワードを頼りに、傍線部と同段落をたどっていくと、いろいろ書いていることがわかる。
・ふと訳もない涙(34行)
・何に出る涙か知らぬ。何に感じたと気のつく前に、ただ流れ出る涙(35行)
・不図この涙におそわれる(36行)
・子供に乳房を与えながら、その清らかなまじめな瞳を見つめている内に溢れる涙(36-37行)
・(涙の理由は)なんにも知らぬ(38行)
これだけ「理由がわからない涙」、「漠然とした涙」を強調しており、これについて問3は聞きたいのだとわかります。選択肢文の後半を見ると、
①病弱な自分がいつも心弱さから流す涙と表裏一体のものがあると感じたということ。
②無邪気な子供の将来を思う不安から流す涙につながるものがあると感じたということ。
③純真さをいつまでも保ってほしいと願うあまりに流れる涙に結びつくものがあると感じたということ。
④これまで自分がさまざまな苦労をして流した涙の記憶と切り離せないものがあると感じたということ。
⑤純粋なものに心を動かされてひとりでにあふれ出す涙に通じるものがあると感じたということ。
とあり、①、②、③は、明らかにとある対象について涙を流しているという説明なので間違い。④は説明なし。⑤については、「純粋なものに心を動かされて」の記述が若干あやしいが、「ひとりでにあふれ出す涙」と、その性質を唯一説明しているので、消去法で正解としたい。
問4の傍線部C「こうした雲のような追懐に封じられてる」は、60行「不図先日仏蘭西から帰った画家が~」から始まる回想を聞いている。その回想部分の中に傍線部がないので、設問者はこの2ページ分の理解を問うているのだな、とすぐ気づけば上出来です。
同時に、回想というのは必ず現在の自分に跳ね返るわけで、回想問題にあたったときはそれに対する現時点から見た心情をあわせて押さえなければならない。実際、選択肢文を見ると、句点(。)の前は過去の説明、後は現在の心境となっているので、分けて比較しながら消去していく必要があります。
回想は長いので、現在の心境を先に考慮するのが時間的には無難。
(1)かれこれ十年近くの長い日が挟まっているのだけれども、ちっともそんな気はしない。(94行)
(2)(今にも友達が来る気がするが)其中に交じる自分は、ひとり画の前に立つ此自分ではなくって全く違った別の人のような気がする。(94-95行)
(3)(そんな自分を)笑い度いような冷やかしたいような且憐み度いようなきがした。(96行)
(4)過去の姿の、如何にも値なく見すぼらしいのを悲しんだ。(97行)
とくに(3)、(4)の過去の自分を引き離した捉え方は見逃してはいけない。実を言えばこれらさえ押さえれば解ける問題。
③「慕わしさが次々と湧き起こる」「後悔の念に胸がふさがれている」といった感傷を直子は負っていない。
④「もうこの世にいない淑子さんの姿がかすんでしまっていることに気付いて、懸命に思い出そうと努めている」は、上記(1)に反している。
⑤「女学生の頃の感覚を懐かしみ、取り戻したいという思いにとらわれている」は(3)、(4)の過去の自分への複雑な感情を無視している。
①「長い間の病気が~」は説明がない。(問2、問3と続けて誤選択肢に「病弱」を強調する理由は正直わからない)
直子の変化を押さえ、過去への過剰な感傷なく、憂いの気持ちを説明している②が正解になる。
問5。ある描写がどういう意味を持っているかという一対一対応問題。基本的にはその部分を読み返せば因果関係が違っている等の誤りが見つかるので消去法で正解を見つけ出す。ただし、正解である④は、文章の通りのひねりのない選択肢である。曖昧な正解選択肢を作らないようにしたということだろうか。
問6は表現問題。問題を解くときは、○(明らかに正解)△(微妙な選択肢)×(明らかに不正解)で決めていくとよい。①②⑤は○、③は△、というように。
それにしても、⑤「絵画や彫刻にかたどられた人たちの、穏やかな中にも生き生きとした姿を表現したもの」という選択文は、いったい何を言いたいのか。本文では絵画や彫刻を擬人法で表しているだけで、かたどられた「人」だけに適用されるものではない、というのが×の理由なのだろうか。絵画彫刻の内容?に適用される表現ではなく、絵画彫刻という形式にあてはめられた表現だから、という理由なのだろうか。
また④「直子の無知を指摘し、突き放そうとする表現」というのも気になる。「誰が」指摘し、突き放そうとしているかを書いていない。作者か、第三者語り手か。実際に無知を指摘しているのは間違いではないし、語り手次第では突き放そうとしているといってもよい。
あまりぐちぐち言っても仕方ないですのでこのへんで。
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