情報をどう考えるか/梅棹忠夫さんを悼む(8)
世界の識者に先駆けて「情報産業論」を発表した梅棹忠夫さんは、もちろん「情報」という言葉に対して、人一倍の見識を持っていた。
『人間にとって科学とはなにか』中公新書(6705)から、梅棹さん(と湯川さん)の「情報」に対する考え方を見てみよう。
先ず、われわれが使う「情報」を、次のようなものとする。
つみあげられた建築材料の山があって、材料のままつみあげられている限りでは、それは無秩序な物質の集合にすぎない。
それを一定の方式に組みあげて、一つの建築にまでもってゆくときも、その材料を使って組みあげ得る建物の種類は、無数にある。
その中で、「これだ。この通りにせよ」ということを指定する設計図のようなものが「情報」である。
つまり、「情報」は、基本的なところで、「秩序」ということと関係がある。
物理学でも、「秩序」に関連して、エントロピーという概念が使われている。
また、最近発展してきたいる情報理論においても、もっとも基礎的な概念としてエントロピーという言葉を使っている。
物理学のエントロピーは、「だんだんと増えてゆくことはあるけれども減ることはない」という特徴をもった一種の物理量である。
「際立った状態からだんだんとありふれた状態に移ってゆく傾向」を「エントロピーが増える」と物理学(熱力学)では表現している。
自然界は、何も手を加えないで放っておくと、エントロピーが一方的に増大する。
つまり、ありふれた無秩序な状態になっていく。
情報が集積されるということは、エントロピーが減ることである。
人間の営み、とくに機械を作るという人間の営みは、ありふれたものをありふれていないものにするということであり、自然と人間は逆方向を向いているようにみえる。
生物学の場合はどうか?
生物の進化をさかのぼれば、だんだん簡単な生物へ戻ってゆく。
たとえば、ウイルスは蛋白質と核酸からできているが、要するに原子が適当な並び方をしてできた分子の集まりにすぎない。
それが生物らしく振るまうのは、そこに大量の情報がたくわえられ、伝達されるからで、それはDNAという分子が遺伝情報を全部になっていることが分かってきた。
こうして生物物理といわれる分野では、情報の概念が大きな位置を占めるようになってきた。
20世紀の後半は、情報概念の入った学問がだんだんと盛んになってくる時代でもある。
シャノンの情報理論とか、ウィーナーのサイバネティックスが出てきたのは、ちょうど20世紀の前半と後半の境目あたりだし、ワトソン=クリックのDNAモデルが発表され、その構造がはっきりしたのも1950年代だ。
情報という概念に近いものとしては、確率とか統計がある。
物理的なプロセスにおいて個別的に精密に扱うことができぬ場合には、統計的・確率的に扱う。
エントロピーも確率に関係しているし、情報理論に非常に近づいてくる。
それでは、それはわれわれが使うような広い意味の情報とどういう関係にあるか。
情報理論やサイバネティックスなどの数学的アプローチからきた情報の扱い方は、情報の持っている一つの形式を抽象化して体系づけたものであって、普通の意味でいっている情報の性質、非常にたくさんのいろんな性質を落としているのではないか。
情報というものは、現実には、媒体=メディアに乗ってあらわれてくる。
電波に乗るとか新聞の活字に乗るとか、とにかく何か形をなしたものに乗って現れてくる。
頭の中で考える際も、神経系とか脳細胞とか、に乗ってくる。
動物における神経系統による情報伝達は、突きつめてみたら、現代の生理学では電気だということになっている。
しかし、人間なら人間、動物なら動物のからだの中に、その情報が伝達され、集積されてゆくにともなって、情報の意味が不明確になってくる。
複雑な生物体と、抽象的な情報とはどういう関係にあるのか
生物というものは、存在すること自体が情報であるというところがある。
「もの」であると同時に情報であるという存在である。
進化史などは、そう理解しないと分からない。
ものの比重が高くなっていくのが進化のプロセスである。
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