ビリー・アイリッシュ(以下BE)をご存じですか。
私はご存じなかったのですが、ただいまはなまる急上昇中の歌手なんですね。彼女のこんなエピソードがたいへんバズっておりました。
有名な話だけど、ビリーは巨乳で「性的な対象としてみられないためにダボっとしたファッションに身を包んでる」というネット民の解釈に対し、「私がオーバーサイズの服を着てるのは、アナタが私の胸を見て気まずい思いをしないため😜」と反論した話がとてもイケてて好き pic.twitter.com/mzdwCO1KQt
— 月子 (@gerorogokaku) 2020年1月28日
私は基本的にこの手のエピソードはまず出所を調べているのですが(見つかったら満足して終わり)、確かにBEはこの話はしていたのですが、彼女の発言を時系列に眺めていくと、このエピソードをちゃんと理解するためには、ツイートだけでは伝わらないのではないかと思い、記事にしてみました。私はファンでも何でもないので、もしかするとニュアンスの違うところがあるのかもしれませんが、そのへんはご勘弁を。
【目次】
- みんなに見てほしい(2017年10月19日)
- 服は私のセキュリティ(2018年2月2日)
- 通りを歩くような服を着たくない(2018年9月21日)
- ダボダボミームの発生(2018年11月ごろから)
- ビリーがダボダボファッションについて語る(2019年3月‐5月)
- 「あなたに」気まずくなってほしくない(2019年12月)
- 今日のまとめ
みんなに見てほしい(2017年10月19日)
2016年11月にブレイクした「Ocean Eyes」が、世間的に認知されたデビューと言っていいのかな、と思うのですが、その1年後にBAZAAR.comに、自分自身の「個性的な服装(her personal style)について、「これが私のカジュアルだ(That's my casual)」と語っています。
I am not comfortable when I'm wearing just some jeans and a shirt. I just feel wrong and I feel like very not me and out of my place and just weird. So my friend said, ‘Billie just likes to feel super judged.’ I love being judged. I'm here for it."
ジーンズとシャツを着ているとき、私は気持ちよくない。ただ居心地が悪いし、自分じゃない、自分の場所じゃないって感じがして、とにかくヘンな気がする。だから友達はこう言ったわ。「ビリー、君は批評されるのがただ特別に好きなんだよ」うん、私はジャッジされるのが好き。そのためにこんな格好をするの*1。
Billie Eilish Is a 15-Year-Old Pop Prodigy—And She's Intimidating as Hell
言ってしまえば、普通の人にとっては「ヘンな服」を着ることが、BEにとっては「心地よい」ということです。周囲の反応あってのスタイルだということになります。
注意すべきことは、「けっこう奇抜(pretty weird)*2」なスタイルとしてBEは認識されているということで、ダボっとした感じかどうかはここでは話題に挙がっていないということです。BAZAAR.comにあがっている写真を見ると、ダボっとしているようには見えるんですけどね。
服は私のセキュリティ(2018年2月2日)
この「ジャッジされるのが好き」という感覚は変わらず、Luxury Insiderというメディアでも似たようなことを語っています。自分自身のファッションブランドを作らないのか、という質問に対して、BEは「マジですぐにでもしたい!(Honestly, I want it to be as soon as possible. )」と答え、「私はジャッジされるのがホントに好きだから(I really like to be judged )」と続けています。
Not necessarily in a good or bad way, I just like to be looked at. I always wanted to wear whatever I wanted to wear. No one has ever told me otherwise even when I was a kid. Clothing is my safety net, it's like my security guard.
いいとか悪いとかそういうのも必要じゃない。ただ見つめられたい。私はいつも私が着たいと思ったものをなんでも着るの。子どものときでさえ、誰も私に他のやりかたを言ってくれなかった。服は私のセーフティーネット、セキュリティガードなの。
Billie Eilish On Her Fashion, Music, Instagram And More | Luxury Insider
BEの自分のファッションに対するこだわりがよくわかるコメントです。服が「セキュリティガード」という考え方は、今回のツイートの内容にかかわるもののようにも感じます。こちらも、ダボっとした感じの話としては出てきません。
通りを歩くような服を着たくない(2018年9月21日)
RollingStoneは、彼女にとって初めての「New York Fashion Week」の際にインタビューを行っています。BEは両親の服を切って自分の服を作ってしまう子ども時代だったようですが、彼女は、ファッションに影響を受けた人物としてBloody Osiris*3を挙げています。うーん、確かになかなかユニークです。彼女はこう続けます。
I don't want to wear something that I could walk down the street and somebody else could be wearing the exact same thing like I want something that's just me.*4
私はストリートを歩けるような服を着たくないんだ。私がこれこそ私だ、まさしく全く私だ、と言えるような服を着させていたいんだ。
Billie Eilish Reveal Style, Musical Inspiration at NYFW Interview - Rolling Stone
これは2017年のBAZAAR.comのインタビューと似ていますね。BEにとってファッションは自己表現の最たるもののひとつなのでしょう。
ダボダボミームの発生(2018年11月ごろから)
もちろん以前からダボっとした服を着ることは知られていたでしょうが*5、ネット上のミームとして成立し始めたのは、2018年11月ごろではないかと推察されます。
このころ、BEはまだインスタグラムをやっていて、彼女が投稿したらしい写真が話題となっていました。
.@billieeilish en compagnie de @sza et @TierraWhack (via instagram) pic.twitter.com/TlUjVGNgRa
— billie eilish france 🇫🇷 (@FranceBillie) 2018年11月12日
この大変ダボっとした服がSNS上で大いに取り上げられ、いろんなコラ画像まで作られる始末だったようです。
無論、これ以前にも彼女のスタイルがダボっとしていることは話題には上がっています。
the dumbest shit i've ever seen on the internet is someone call billie eilish "problematic" bc she wears baggy clothing GSLSHSJS
— enomis (@marsim0ne) 2018年4月26日
wow didn't realize how nice your legs were since you're always wearing baggy bottoms. anywho, have the best friday
— kamileonne (@kamileonne) 2017年12月1日
ただ、ミームのような形で広まり始めたのは、前掲した写真とそれに対する反応がきっかけだったのではないか、と思います。
ビリーがダボダボファッションについて語る(2019年3月‐5月)
ネット上が荒れるにつれ、彼女も自身のダボダボファッションに言及しだします。2019年3月には、BEは、NMEの取材にこう答えています。
If I was a guy and I was wearing these baggy clothes, nobody would bat an eye. There’s people out there saying, ‘Dress like a girl for once! Wear tight clothes you’d be much prettier and your career would be so much better!’ No it wouldn’t. It literally would not.
もし私が男で、ダボダボの服を着ていたら、誰も動揺なんてしないでしょ。で、こう言うんでしょ「一度女の子らしい服を着てみなよ!もっとぴっちりした服を着たらもっとかわいいし、君のキャリアももっとよくなるよ!」そんなことない。文字通り。
Billie Eilish Interview: The Most Talked-About Teen On The Planet
そんなBEが自身のダボダボファッションについて印象的に語ったのは、カルバンクラインの広告です。
彼女はこの中でこう言っています。
Nobody can have an opinion because they haven’t seen what’s underneath. Nobody can be like, ‘she’s slim-thick,’ ‘she’s not slim-thick,’ ‘she’s got a flat a**,’ ‘she’s got a fat a**.’ No one can say any of that because they don’t know.
誰もこの服の下に何があるのかわからないから、何の意見も言うことができない。誰も「彼女はスリムだ」「彼女はスリムでない」「彼女はペチャンコだ」「彼女はデッカイ」なんて言えない。わからないことについて誰も何もいうことはできない。
ここの発言だけ見ると、今回のツイート主が書いた、いわゆる「ネット民の解釈」である「性的な対象としてみられないためにダボっとしたファッションに身を包んでる」と近いことを言っているように感じます。実際、彼女の発言は、そのようにとられていきます。下記の発言がもっともシェアされたものでしょう。
damn so she dresses the way she does so she won’t be bodyshamed nor sexualized https://t.co/uFA5ToMlPv
— ⋆𝔧𝔦𝔰𝔢𝔩⋆ (@trustbenito) 2019年5月9日
「性差別的、体型を揶揄するようなものを彼女は望んでいない」ぐらいの意味でしょうか。注意しなければいけないのは、今回検証にあげたツイートだけ読むと、まわりが勝手に彼女の服装を「解釈」したと思えますが、一応、その解釈には彼女のそうととれる発言があった、ということです。
そして、彼女のタンクトップ姿が同年の6月に「Billie Eilish is THICK」というキャプションとともに拡散したことで、この話題は性差別的な要素も含みながら、おのおのの経験をもとに語られることとなります。これが、彼女が自身のダボダボファッションを説明した拡散の強化にもつながったでしょう。
また、多くのメディアが彼女のこの発言を、昨今のジェンダー論とからめた形で掲載したことも原因のひとつでしょう。
さて、ここで「おや」と思うのが、今まで彼女は「 I love being judged」と、むしろ周りからいろいろ反応されること自体が好きだという発言をしてきたということです。しかし、「見えないものについては誰も語れない」という彼女の発言は、それと逆の意図のようにも感じてしまいます。
「あなたに」気まずくなってほしくない(2019年12月)
しかし、周りが盛り上がる一方で、BEは「時々誤解される(miscommunicated sometimes)」とビルボードのインタビューに答えています。
Sometimes I get this response from parents like, “Thank you for dressing the way you do so my daughter doesn’t dress like a slut,” and I’m like, “Whoa! That is the opposite of what I’m trying to do.” If anything, I’m trying to make it easier for your daughter to wear what she wants.
ときどき、私は親世代の人から、「ありがとう、あなたがそんな服を着てくれるおかげで、私の娘がふしだらな格好をしなくてすんでるよ」なんて言われる。けど、どちらかといえば、私がしようとしてることは、そのあなたの娘が望む通りの服を着やすくなるように、ということなんだけど。
Billie Eilish: Billboard Woman of the Year Interview | Billboard
9月のELLEのインタビューではもう少し細かく答えています。
“You’re missing the point!” she cries. “The point is not: Hey, let’s go slut-shame all these girls for not dressing like Billie Eilish. It makes me mad. I have to wear a big shirt for you not to feel uncomfortable about my boobs!"
「論点がずれてる!」彼女は叫びます。「この話のポイントは、”ねえ、ビリーみたいな服にしていない女の子たちをスラットシェイミング
*6しようよ”、ということじゃない。私が大きいシャツを着るべきなのは、私のお〇ぱいで不快に感じないようにするためなんだから」
Billie Eilish Interview on Adjusting to Fame, Her Style, and Mental Health
ここでようやく、「私がオーバーサイズの服を着てるのは、アナタが私の胸を見て気まずい思いをしないため😜」という発言が出てきました。しかし、元ツイートだけ読むと、理屈っぽい解釈に皮肉で答えているような構図に見えますが、これまでの彼女の発言を眺めてみると、もうちょっと複雑かもしれません。
「slut-shame」というのは、「女性は貞操を守るべきだ」みたいな観念でもって、主に女性の服装や行動を非難するような言動をさすものです。彼女は自分の胸についてこう語ります。
“I was born with fucking boobs, bro. I was born with DNA that was gonna give me big-ass boobs.”...“I was recently FaceTiming a close friend of mine who’s a dude, and I was wearing a tank top. He was like, ‘Ugh, put a shirt on!’ And I said, ‘I have a shirt on.’ Someone with smaller boobs could wear a tank top, and I could put on that exact tank top and get slut-shamed because my boobs are big. That is stupid. It’s the same shirt!”
私はこのお〇ぱいで生まれてきたの。DNAが私にでっかいヤツをくれて生まれてきたの。(中略)この前男友達とフェイスタイムしてたんだけど、私はタンクトップを着てた。そしたら彼は「服を着ろよ!」って言うの。だから私はこう言った。「服は着てる」。小さい胸の子だったらタンクトップは着れる。私がそれとおんなじタンクトップを着ると、”アバズレ”になる。なぜなら私のお〇ぱいは大きいから。くっだらないよね。おんなじ服なのに!
BEの発言の面白いところは、主体と客体が逆転しているところです。カルバンクラインの広告の彼女の発言は、どちらかというと「”私が”誰かに何も言ってほしくないし見られたくない」のように聞こえますが、彼女の真意としては、「”あなたが”私について余計な気遣い(もしくはslut-shame)をしてほしくない」 と、いわゆる「巨乳」(あるいはその他身体的特徴)という記号が「ビリー・アイリッシュ」という人間を捉えるうえで善意にしろ悪意にしろ邪魔をするなら、だったらわからなくしてしまえばいい、という点にあるのではないでしょうか。
そう考えると、彼女が以前から言っている、自分の「スタイル」について「judge」してほしいという発言も、「これこそ私だという服を着たい」という意図も、服こそが自分の「セーフティガード」だという言葉も、つながってくるように思います。ただただ彼女は自分を表現すべく服を着ているだけであり、「つべこべ言わずに”私”を見ろ!」というメッセージが、逆説的ではありますが、彼女のダボっとファッションに表れている気がします*7。
今日のまとめ
①「性的な対象としてみられないためにダボっとしたファッションに身を包んでる」という解釈は、2019年5月のカルバンクラインの広告でのBEの発言を元に生まれている。
②「私がオーバーサイズの服を着てるのは、アナタが私の胸を見て気まずい思いをしないため😜」は、2019年9月のELLEのインタビューで発言されている。
③彼女のダボっとしたファッションは、お〇ぱいなどの身体的記号にとらわれず、純粋に「ビリー・アイリッシュ」を見てほしいという意図にあるのではないか。
彼女自身は自分の胸について否定的ではないですし*8、そもそもこういう解釈自体が野暮な気もします。
BEはけっこうたくさんのインタビューに答えていて露出も多いので、なかなかコメントを追うのに苦労したのですが、一番興味深かったのが、2017年・2018年と同じインタビューを2019年にも受けて、それを比べるという動画です。
私が今回なじみのないテーマを選んだきっかけは、彼女の発言に一貫性を感じられなかったからです。しかし、よくよく読んでいくことで、その根底には何か共通したものがありそうだな、という感触は得ました。私もやりがちなんですが、ある人物の発言を検証するときに、過去の発言と照らし合わせて整合性をチェックしたりして、矛盾したことを言っていると指摘したりすることってあると思うんですが、人間ってそんなに論理的でもないし、人生が首尾一貫している人の方が珍しいんでないかな、と思います。実際、上記の動画でBEは、「このころはこうだったな」「だけど今はこうだな」みたいな感じで答えています。だけどそれは、過去の自分が間違っていたということではないでしょう。あまり言葉尻だけでその人を判断しないようにしたいなというのが、今回の検証の教訓です。
*1:
今回BEの言葉の翻訳はこんなステレオタイプのはねっかえりの女の子みたいな調子でいきます。私に才能があればもうちょっといい言葉選びができるとは思うのですが、そこらへんは力不足です。
*2:
ですよね? 「キモカワイイ」じゃないですよね?
*3:
Osiris takes flight with the Air Jordan 5 Retro. ナイキ SNKRS JP
*4:これは動画から聞き取ったので、ちょっと違うかも。和訳は多少脚色しています
*5:
たとえばこちらの2018年4月24日の動画では、
BEの服装について思うところを説明する際、「oversized」で「baggy」な服を着ているというようなことを話して、彼女のファッションを再現しています。
*6:
*7:
彼女が危惧していることは、これから「体を見せたい(I wanna show my body.)」と思うようなパフォーマンスをしたとき、必ず人々の失望を受け取るだろうということです。
*8:
4:42あたりで、「ビリーが一番自信をもっているものは?(What is Billie most confident about?)」に対して、「BOOBS!」と叫んでいます。