このNEWSポストセブンの記事を鵜呑みにした言説でしばし盛り上がっていました。
これによれば、エアコン1台を止めることで期待できる節電効果(1時間あたりの消費電力)は130ワット。一方、液晶テレビを1台消すと220ワットとなる。
単純に比較しても、テレビを消す節電効果は、エアコンの約1.7倍にもなるということだ。
この記事自体は2011年8月10日とかなり古め。いつもは「ポストw」みたいな感じで蔑むのに、こういう都合のいい記事には調子よくのっかるんだから…と思ってちょっと調べていたら、さっさとファクトチェックの記事が出てしまいました。
ご自身が「火元」ではないかということで、なるほど、こういう方でも失敗はあるんですねと、失敗の多い私は安心しました*1。
上記の記事を読んでいただければ、当初私の書きたかったことが書かれているのでいいっちゃいいんですが、せっかく野村総研にも問い合わせたので、少し違う視点から今回の件を取り上げてみようと思います。
【目次】
2011年の野村総合研究所のレポート
今回の元ネタは、東日本大震災直後に野村総研が出したレポートにあります。
「家庭における節電対策の推進」
野村総研が「震災復興に向けた緊急対策の推進について」ということで、2011年3月15日より始めた全11回の提言のうちのひとつです*2。
今回参照されているのが下のもの。
「テレビをこまめに消す」が220Wに対して、エアコンが1台あたり130Wで、それが節電効果が「1.7倍」の根拠になっています。
結論は「エアコンを切る」
ただし、野村総研は、だからといって「テレビを消そう」ではなく、「エアコンを消そう」という結論になっています。
なぜかというと、同時に得られた回答が、以下の「主な節電対策の実施率」。
「テレビをこまめに消す」が65%に対して、「使用するエアコンの数を減らす」はおよそ半分の34%。
で、先ほど示した「節電対策の期待節電量」に、上記の「実施率」を乗じた「想定節電量」によると、半分しか節電ができない――となるわけです。え、そうなるの? ちょっと強引じゃないすか…*3?
それはともかく、そのため、「期待節電率」はテレビほどではないものの、そもそも実施率の低い「エアコンの数を減らす」をもっと各家庭が実施すれば大きな節電効果が見込める、だから「エアコンの使用台数の削減」を優先的にプロモートすべきだ、という結論に野村総研はなってます。つまり、野村総研は決して「テレビの方が節電効果が高い」とは言ってないわけです。
「節電効果」のワット数
先ほどの「期待節電量」なる表のワット数について、典拠を「各種資料」としか野村総研は書いておらず、これでは検証しようがないため、問い合わせをしました。回答としては、
・2011年以前の機器の平均。「省エネ性能カタログ」や市販製品の公開情報を参照した。
・エアコンはJIS規格の冷房期間*4の1時間平均
・その他の機器は定格出力を元に算定
とのこと。
冒頭に挙げた検証記事では、既に「テレビの消費電力が実態に対して大きすぎる」という指摘がされています*5。これは確かにそうで、では野村総研はどのようにして算出したのでしょうか。
市販製品の公開情報をチマチマ足して割っていくのは骨が折れるため(というか野村もそう思ったのでは)、エアコンと同じく「省エネ性能カタログ2010年夏版*6」の「テレビ(液晶・プラズマ)を参照します。各サイズのテレビの消費電力を平均化すると以下の通り。
平均 | 最大 | |
16V | 30 | 48 |
19V | 38 | 61 |
20V | 65 | 86 |
22V | 55 | 73 |
24V | 50 | 55 |
26V | 73 | 109 |
32V | 98 | 162 |
37V | 152 | 187 |
40V | 158 | 225 |
42V | 188 | 268 |
46V | 200 | 290 |
47V | 246 | 291 |
52V | 211 | 350 |
55V | 316 | 460 |
60V | 299 | 390 |
65V | 568 | 568*7 |
プラズマ42V | 386 | |
プラズマ46V | 425 | |
プラズマ50V | 530 | |
215.1579 | 226.4375 |
平均で考えた場合、「液晶テレビ」とレポートでは書いてあるものの、プラズマを入れるならおよそ「215W」、プラズマを入れない場合は大きく下がってしまうので、最大出力で考えた場合は、液晶だけでおよそ「226W」と、近めの数字になります。問い合わせの回答では、テレビは「定格出力*8」で算定したそうなので、最大の方の値でとって考えたという方が自然でしょうか*9。
これについては、既に検証記事で指摘されている通り、220Wを超えるのが、当時シェアが20%強しかなかった40V以上のテレビのため、この平均のとりかたはミスリードだろうというのは確かにそうだと思います。また、消費電力は10年前と比べて格段に減っており、安易に比較できないというのも、同記事の言う通りです。
野村総研のレポートは正しいのか
今回の記事では、そもそもソースとして挙げられている野村総研のレポートが、どれほど信憑性があるのか、という点にも注目します。
定格電力と消費電力を混在していいのか
野村総研からの回答を読む限り、エアコンとその他の機器ではワット数の算定方法が違います。
エアコンについては、レポート内では以下のように計算したとされています。
エアコンの使用時の平均的な消費電力を132ワットとした*10 (「省エネ性能カタログ2010夏版」 より、壁掛け型冷暖房兼用 ・冷房能力 2.8kWクラス 省エネ型代表機種の期間消費電力の平均値から、 冷房期間の使用時間を除して算出)
前掲 P5
「期間消費電力」は、前述したように、JIS規格の条件下で運転した際の試算値。一方で、他の機器は「定格出力」なので、最大値を常に示しています。果たしてこれは比較として適切でしょうか。これら基準がバラバラなものを単純に足し算して、「一軒あたりの節電効果」を示すというのも、なかなか乱暴な話です。
やっぱりテレビを消せばいいのでは
野村総研は、エアコンに関して、東京電力管内の「想定節電量」の試算も出しています。
私は算数が苦手なので、どうしてもこの「20万kW」と「81万kW」にならないんですが、たぶん、計算式はこんな感じになりますよね…?*12
エアコン設定温度上昇効果=東京電力管内世帯数*実施率*13W*2*13
エアコン使用台数削減効果=東京電力管内世帯数*実施率*132W
野村総研としては、1台エアコンをとめれば、東京電力管内で81万kWの節電効果が見込める!と言いたいわけですが、いやいや、じゃあ君が出したテレビ220Wで「想定節電量」を計算したらどうなんだよって考えると、
1746万*0.65*220=約249万W
とまあ、エアコンなんて比じゃない節電効果が期待できるわけです。
だけど、エアコンには「実施率」の低さがある…ポテンシャルがあるから…!と考えてみても、仮にエアコン1台とめる気のない残りの66%が全員止めても、152万W。テレビに関しては、消す気のない残り35%が全員消したとしたら、134万Wと、けっこうどっこいどっこいです。だったら全員テレビ消した方がよくないすか…?
どうして野村総研は、徹頭徹尾、このレポートの中でテレビのことを無視し続けているのか理解に苦しみます。
結論ありきなのではないか
理解に苦しみますが、推察はできます。
レポートは後半部に、「どのように節電をプロモーションしていくか」という話になっていきます。「計画停電の情報の入手先」という年齢別のアンケート結果から、テレビが入手先として多いことに触れ、
例えば 「TV」 においては、年齢を問わずー 般的な節電プロモーションを行う一方、 「新聞」に関しては高齢者を意識したプロモーションを行う等、メッセージを伝達したい対象に応じてメディアを使い分けることが有用である。
前掲 P8
と述べています。そして、まとめ部分では、「きめ細かな「節電プロモ-ション」」を行うことを求めています。つまり、プロモーション先として筆頭に挙げられる「TV」の存在はなくてはならないものですから、それが切られるという結論に至ってしまってはよくない、という感じだったのではないでしょうか。
というか、あまのじゃくな見方をすれば、「エアコンの使用台数を減らす」という結論が先にあり、それをプロモートする媒体のひとつに「テレビ」があり、そういうまとめをしたいがために、いろいろな結果が曲げられているようにも思えます。
この調査を受けてかどうかよくわかりませんが、同年の資源エネルギー庁の「家庭の節電対策メニュー」には、「エアコンを切る」という項目があります。
同じくテレビを切る、という項目もありますが、10年前の節電は、エアコンを切る選択肢があったというのはなかなか感慨深いものがあります*14。
今日のまとめ
①テレビの節電効果はエアコンの1.7倍という言説の元ネタは、2011年の東日本大震災のあとの野村総研の提言。
②ただし、野村総研の提言の結論は、あまり実施率の高くない「エアコン稼働を1台減らす」を喧伝していこうというものであり、現在ちまたに回っている話とは真逆である。
③この提言については、数字の扱いにやや強引な部分があり、結論ありきで進められているようにも感じる。それは言い過ぎとしても、公平な結果とは言い難い。
今回おもしろいなと思ったのは、まとめの②の部分で、この野村総研の資料は、あくまでも「エアコンを切るのがいいんだ!」なんですよね。だけど、人々が注目したのはテレビの消費電力の高さであり、そのため「エアコンを切る」とは真逆の意見が大勢を占めてしまったということです。現代社会において、メディアほど安心して叩けるものはないですから…。けっきょくみんな、見たいものしか見ない、というつまらない結論になってしまいそうです*15。
検証記事では最後に消費電力の試算を出していましたが、まあ本当に時と場合と機種によるかなという感じがするので*16、みなさん無理のない範囲でやるしかないんじゃないでしょうか。みなさん体と心を大切に。
*1:
念のために書くと氏の記事はアーカイブされております。さすがにリンクを貼る意地悪なことはしませんが
*2:
東日本大震災からの復興に向けたNRIグループの取り組み | サステナビリティ | 野村総合研究所(NRI)
*3:
ちょっと気になってるのが、「想定節電量」が、テレビは142と出ているのですが、220*0.65は143なので、ちょっとずれてるのがすごい気になる。
*4:
期間消費電力量を省エネ性の目安にお選びください|家庭用エアコン|関連製品|一般社団法人 日本冷凍空調工業会
によると、冷房期間は5月23日〜10月4日です。1日当たり18時間で除して算定したものでしょう。後述するように、エアコンについては回答と同じものを算定基準を出しているのですが、実はワット数にずれがあります
*5:
つまり野村総研のレポートの「液晶テレビを消す(220W)」は、2010年当時は販売台数シェアで20%強でしかない40V型以上のテレビを対象とした数字であり(参考:10年間、進まなかった液晶テレビの大画面化 40型4K登場でついにシフト始まる?)、これを元に「節電にはエアコンを切るよりテレビを切った方が1.69倍効果的」と書くのはミスリードであると言えます。
「テレビ消せばエアコンの1.7倍節電」は誤り。2021年時点ではどちらも「大きさや種類による」(篠原修司) - 個人 - Yahoo!ニュース
*6:
*7:平均がなかったため、どちらも同じ数字になっている。定格と捉えた。
*8:定格消費電力ということですよね
*9:
「定格消費電力」とは、すべての機能を最大限に使用した場合の最大数値を表しています。
*10:
ところが、レポートのP5の図表においては、これを「130」としているので、おいおい、どっちが正しいんだよ、という感じです
*11:この図表のタイトルに「追加節電量」とあるのですが、「追加節電量」という言葉はレポート内に出てこないため(「追加節電効果」はある)、これがいったい何を指しているのか不明のため、ここでは「想定節電量」の話だけしています
*12:
ちなみにこれで計算すると、「エアコン設定温度上昇効果」は約23万kW、「エアコン使用台数削減効果」は約78万kWになる。近い数字にはなるけど…間違えてたらすみません。「エアコンの使用台数は、アンケート結果から推計した」とあるので、台数についてもなんかしてんのかな…
*13:2℃あげるらしいので2倍。エアコン2℃あげるって苦しくないすか…
*14:
ちなみに翌年の「夏季の節電メニュー」の資料には、「1台減らす」という項目が増えます。
*15:
いちいちリンクは貼りませんが、タイトルだけ見ても、
「野村総研「テレビを消せば、エアコンの1.7倍節電 できる!」」
「 野村総合研究所 「テレビを消すことによる節電効果はエアコンの1.7倍」」
というような感じで、真逆の主張がされています
*16:
たとえば、ダイキンのこの調査によると、
外気温36.3℃、冷房26℃設定、14畳用のエアコンを稼働した場合、日中(9時から18時)の1時間あたりの平均消費電力量は0.37kWhなので、えーと、370Wってこと? そう考えるとちょっとエアコンの消費はべらぼうに高いように感じてしまいます。