きのう呟いたのですが、なかなか情報の遅いフェイクニュースが流れていました。
英メディア『CD Media』の報道によると、英首相ジョンソン氏は今後、中国企業ファウェイとの5G通信に関する契約を取り消すとともに、強い怒りを感じると関係者の二人が述べたという。その原因は、中国より発送された検査キットはすでに中共ウイルス(新型コロナウイルス)に汚染されていることにあるという。
いろいろ間違えていて、どこから突っ込んだらいいかわからなかったのですが、朝も忙しかったもので、とりあえず要点だけかいつまんで訂正をしました。
意外に反響があったことと、どうもうまく伝わらなかった部分があるようなので、もう少し詳しくした記事を掲載したいかと思います。いわゆる陰謀論のたぐいです。
CD Mediaの主張
今回のフェイクニュースの元となっているのは、4月1日の「CD Media」なるメディアサイトの記事です。これをソースとしたVISION TIMESは「英メディア」としていますが、少なくとも会社はマイアミにあるので*1全然違います。「Not Controlled By China」とロゴにあるぐらいなので、立ち位置のわかりやすいメディアですね。
CD Mediaが主張しているのは以下の通り。
①ジョンソン首相は検査結果が陽性になったことなどに激怒している。
②Eurofinsが作った検査キットがコロナウイルスに汚染されていることがわかった。
③汚染されているのは「プローブとプライマー」というサンプルを収集するための綿棒である。
④Eurofinsは「他の国から供給された」と言葉を濁しているが、それは中国に他ならない。
⑤そのため、イギリスはHuaweiとの5G サービスの契約をキャンセルするらしい。
Boris Johnson To Pull Out Of Huawei 5G Contract Due To CCP Misinformation - CD Media
とりあえずこの段階で、①については、今までのジョンソン首相の言動からすると違うのではないかと思います。
綿棒ではない
初報(というかほぼ全てのメディアの一次ソース)は、3月30日のテレグラフ紙です。「コロナウイルス検査の拡充は検査キット*2の汚染により妨げられる(Coronavirus testing effort hampered by kits contaminated with Covid-19)」というタイトルで掲載されました。
One of the suppliers - the Luxembourg-based firm Eurofins - sent an email on Monday morning to government laboratories in the UK warning that a delivery of key components called “probes and primers” had been contaminated with coronavirus and would be delayed.
サプライヤーのひとつである、ルクセンブルクのEurofinsは月曜日の朝、イギリス政府の研究所にメールを送り、「プローブとプライマー」と呼ばれる主要な部分がコロナウイルスによって汚染され、配達が遅れるだろうと警告した。
Coronavirus testing effort hampered by kits contaminated with Covid-19
まずここが大きく誤っているのですが、CD Mediaは、「プローブとプライマー」を、綿棒としていますが、違います。
Eurofinsの製造している検査キットはPCR法のもので、今更ですが、「検出したい微生物が特有に持っている遺伝子をターゲットにして細菌やウイルスの検出を行」う*3方法です。プライマーは、私も詳しくないのでそのまま書くのですが、要はDNAです。増やしたいDNA配列にプライマーをくっつけて、遺伝子を増やし、コロナウイルスに該当するものがないか探す、というわけです。綿棒ではありません。
プローブは、
何らかの手段で標識した物質で,遺伝子や遺伝子産物,タンパク質などを検出するために,用いるもの.例えば,DNAをプローブとしてDNAやRNAを検出したり,標識した抗体をプローブとしてタンパク質を検出する.
というものです(雑ですみません)。うまく想像できないと思いますが、少なくとも綿棒ではありません。
「検査キット」というと、何かの装置だけを思い浮かべますが、そうではなくて、遺伝子増幅で行うものなのですから、その製造の過程でコロナウイルスに汚染されるという可能性は十分にあるわけで、これは他にも例があります*4。
だいたい、綿棒ぐらい他の製品を使えばいいじゃないですか。
中国とは言ってない
Eurofinsはそもそもルクセンブルクの会社なので、中国とは関係がありません。広報担当はこの件について以下のように述べています。
“We are aware that contaminations of the nature you mentioned have been observed by several primers and probes manufacturers around the world after they produced SARS-COV2 positive controls. Those initial problems can be easily resolved by proper cleaning and production segregation procedures.”
我々は、今回のコンタミネーションについて、世界中のいくつかのプライマーやプローブの製造会社において、 SARS-COV2の陽性対照を生成したのちに確認されていると認識しています。この初期問題については、適切なクリーニングと生産分離手順によって容易に解決可能です。
Coronavirus testing effort hampered by kits contaminated with Covid-19
実はEurofinsが述べているのはここだけなので、「中国」としているわけではありません。他のメディアも国には言及していません*5。
しかし、テレグラフ紙をソースとしたインドのREPUBLIC WORLDは、4月1日付の記事で、以下のように述べています。
...the key components which were ordered from other countries were reportedly found contaminated with coronavirus itself.
(承前)他の国から注文された主要な部分が、コロナウイルスに汚染されたと伝えられたことがわかった。
Coronavirus test kits heading to UK found contaminated with virus: Reports - Republic World
REPUBLIC WORLDはもちろん、Eurofinsの広報が述べた、「世界中のいくつかのプライマーやプローブの製造会社」を、「other countries」と言い換えたわけですが、「CD Media」は、この「other countries」という表現でもって、「外交辞令(diplomatic language)」であり、これは中国のことを表しているのだと断定しているわけです。まあ、その可能性ももちろんありますが、なかなか乱暴です。
ついでに、Eurofinsの検査キットについては、記事掲載時点で、実際に輸入されたわけではなく、遅れる可能性があると伝えられただけなので、イギリス国内にそういう不完全な検査キットが出回っている、という話ですらありません。
5Gのキャンセルはしない
この話を検証したAfrica Checkによれば、イギリスとHuaweiは、少々いざこざがあったことが書かれています。アメリカがHuaweiにセキュリティ上のリスクがあると非難したのは記憶に新しいですが、イギリスはその後に、Huaweiとの取引を継続するという決定をしたんですね。これが保守党などからの反発を招いたのですが、
Since then, neither prime minister Boris Johnson nor any other member of the UK government has announced a repeal of the Bill that allows Huawei to provide 5G infrastructure.
その後、ボリス・ジョンソン首相も、イギリス政府のどの議員も、Huaweiとの5G網の提供を可能とした法案について廃止を発表していない。
Huawei doesn’t produce Covid-19 test components, UK not pulling out of 5G contract | Africa Check
ということになっています。
私は、5Gが出てくるのは、「5Gの電波により、人の免疫力が低下してウイルスに感染しやすくなる」などといったウワサ*6が、特にイギリスでは4月上旬に広まったこととも関連があるのかな、と思いました。
メディアへの広まり方
さて、まとめもかねて、この話がどのように広まっていったかを時系列で記します。
3/30 テレグラフ紙に、検査キットのメインに汚染があったことがイギリスに伝えられたという記事が掲載される。
3/31 ほかのメディアもテレグラフ紙をソースに同様の内容を伝える。
4/1 CD Mediaが、検査キットの汚染部分は綿棒であり、それは中国が製造したものだと断定する。
4/6 インドや他の海外メディアがCD Mediaをもとに、同様の中国綿棒起源説を報道する。英語圏を中心にSNSに広がる。
4/6 南アフリカ人に綿棒が汚染されてるから使うなと言うビデオがSNSで広がる。
FAKE NEWS | No, Covid-19 testing kits are not contaminated | News24
4/9 中国語圏(台湾)でも同様の内容が広まる。
4/15 VISION TIMESなるサイトが同様の内容を日本語で記事にする。
4/16 日本で広まる。
4月6日に広がったのは、ジョンソン首相の入院報道があったことも関係しているでしょう。それにしても、こうして時系列にすると、この話題がいかに今更感のただようもんかがよくわかると思います。
今日のまとめ
①Eurofinsというルクセンブルクの会社が製造しているコロナ検査キットの一部分が汚染されていたのは事実である。
②汚染箇所は綿棒ではなく「プライマーとプローブ」である。
③Eurofinsの広報は「プライマーとプローブ」を製造する各国の会社のいくつかはこのようなリスクがある認識を示したが、中国だという話はしていない。
④5GとHuaweiについては、契約をキャンセルするような話は出ていない。
まあ、Eurofinsが、製造会社の国籍を明らかにしていないという形で事象を拡大解釈するならば、中国は全く関係ないという話かどうかは不明です。ただ、CDCも似たような失敗をしていたところをみると、そのようなリスクはどこの会社でもあるんだろうという感じはしますし、この程度のことで中共の工作員に認定されるのも、なかなかおかしみがあります。
私は今回、意識的に「フェイクニュース」という語を使ったのですが、なかなか扱いの難しい言葉だと思いました。「フェイク」と聞くと「全くのデタラメ」という感じもしますが、実際は事実誤認による推測であったり、一部の誤りであったり、情報不足による真偽不明であったりと、いろいろなパターンがあります。その定義は人々の間で違うので、ちょっとずつ違った反応を引き起こすのかな、と感じました。これからも気を付けていければと思います。
*1:
Business Entity Detail - Wyoming Secretary of State
*2:
たぶん、「検査キット」という訳も、インフルエンザの判定に使われるようなやつを想像させてよくないのかなと思うのですが、他に思いつかなかったのでこのままにします。
*3:
【JML】微生物検査のPCR法とは - 遺伝子検査・PCR法・微生物検査 -
*4:
CDCは2月5日に新型コロナウイルスの検査キットの配布を開始した。だが、その後間もなく、検査キットの多くが、試薬が汚染された結果、ネガティブコントロール(コロナウイルスが存在しないときに陰性を示すと分かっている対照実験)で異常が見つかった。恐らく検査キットの開発に急いだことによる副次的影響だろう。
*5:
Testing kits heading to the UK contaminated with coronavirus | Metro News
*6:
5Gでコロナウイルス感染拡大?→WHOが否定 英国、陰謀論で放火など30件「正気の沙汰じゃない」(南龍太) - 個人 - Yahoo!ニュース