1992年、本田技研工業は、ジョルノという50ccの原付スクーターを発売した。
デザインは「ローマの休日」で有名なイタリアのベスパをパク、いや、リスペクトしたレトロ調のモデルで、そのおしゃれでキュートなスタイルは、若者に大人気となった。
ヤマハとスズキもガッポリ儲け、いや、市場のニーズを考慮し、そっく、いや、同様のモデルを追って発売した。
ジョルノは独自の発展を続け、そのコンセプトは最後の50cc原付となるであろう現行モデルにまで受け継がれている。今後は電動スクーターに転生するのかもしれない。
初期型ジョルノは昭和の終わり頃に登場したと思っていたが、メットインスペースがある、平成2年(1992年)のデビューだった。
そのジョルノAF-24がうちに来たのは、2007年3月のこと。これは、私の自転車趣味も、散歩記も、まだ始まる前の話。
ジョルノは、うちの嫁さまの友人が、安い中古を買って通勤に使っていたが、そのうちにアクセルを開いてもすぐには走り出さず、しばらく唸って振動したあと急発進するようになったらしい。怖いので嫌になって放置していたらエンジンがかからなくなり、処分するつもりだったそうだ。
直してあげようと言ったのだが、もう乗りたくないそうなので、引き取ることにした。
当時、うちにはミニカー登録した3輪のホンダジャイロキャノピーがあったが、2輪の原付は20年くらい乗っていなかった。オモチャにぜひ欲しいというのが本音だ。
まずは長崎市内のジョルノの保管場所へ現物を見に行った。カバー類はツヤが落ち、レッグシールドとステップはテキトーな再塗装がしてあり、所々はがれていた。イタズラでスーパーの100円シールを貼られて可哀想だったのを覚えている。
放置期間は2ヶ月くらい。キック十数回で、エンジンはべべべべべ・・と目覚め、2ストの白い煙をモクモク吐いた。振動がちょっと大きいようだ。
さて、これを諫早までの20数km、どうやって持って帰るか。軽トラをレンタルすればけっこう取られるし、持っている知り合いもいない。
ジョルノの周りをうろうろ歩き回り、近所の人に「泥棒が下見している」と思われながら考えた。
「うん、乗るばい!」私は、ジョルノを自分のクルマに積んで運ぶことにした。
当時乗っていたホンダ モビリオスパイクは、軽貨物車の前部に1500ccのエンジンをつけ足したような、室内が高くて広い、ぼっくし使い勝手のいいワゴンだった。使い勝手がよすぎて、16年間も乗っていた。
輸送当日。まずジョルノのミラーをはずし、スピードメーター部分のカバーを分解して全高を低くした。
そして、コインパーキングに停めたクルマに手作りのスロープを取り付ける。スロープは家にあった長い板切れの端に穴をひとつ開けたものを、テールゲート下のロック金具にひもで結んだだけ。
ジョルノを押してスロープを登らせ、自分も中に乗り込む。測った通り、高さはギリギリ入った。
※イメージ図
センタースタンドを立て、洗濯ロープであちこちに「これでもか!」と言いながらしばりつけた。押しても引いても全然動かない。よーしOK!
一緒に来ていた嫁さまは、一切、手伝うことなく、ずっと友達と家でお茶していた。
金などいらんと言われたが、まだ価値のあるものをタダでもらっては、バチが当たってベベンベンと音が鳴り、「祇園精舎の鐘の声〜」と平家物語が始まってしまうので、5千円だけ受け取ってもらった。
長崎バイパスを通って無事に諫早へ持って帰り、早速、近所を試走。情報通り、駆動部が空転したあとグワッとつながり、ンギョギョギョー!と加速する。昔のドッカンターボ車を乱暴者にした感じだ。体重が軽い人だと、カタパルトのように射出されるので、確かに恐ろしかろう。
それよりもビックリしたのが、なぜか低速でまっすぐ走れないこと。
ハンドルがフラフラフラフラして「なんじゃこりゃあ」と困惑した。フレームかフォークが歪んでいるのかと思ったが、スピードが出たら安定するので、どうやら「前後バランス」の問題らしかった。
3輪キャノピーは、背もたれがあるので、少しふんぞり返る格好で乗っていたが、普通の軽い2輪スクーターで同じように乗ると、前輪の荷重が抜けて接地感が無くなりハンドルが取られ続ける感じになるようだ。
前側に体重がかかるように座ると、普通にちゃんと走った。
2輪スクーターの乗り方をすっかり忘れていたらしい。若い頃と比べて体重が20キロ近く増えていたからかもしれない。(いや、ほぼそれだろう)
早速、駆動部を分解。ジャイロキャノピーと違って、車体のカバー類をはずす事なく、ものの数分で駆動部のフタが開けられる!なんと簡単にメンテができることか!
変な挙動の原因は、プーリーという部品にエグレたような深いミゾが出来ているためだった。
※イメージ図
この段差が出来る原因はいろいろ考えられるが、とにかく、駆動部一式をまともな状態に戻してやることが先決だ。
ディオ・ジョルノ系のパーツは流通量が多く、社外品も多いため安く手に入る。ヤフオクでジョルノのパーツカタログも買い、純正部品を取り寄せた。
駆動部をリフレーッシュしたジョルノは、スムーズに加速し、軽快に走った。
エンジンの振動が気になっていたので、ついでに台湾製のノーマルピストン・シリンダーセットを買って交換。
走りはますますスムーズになり、3輪キャノピーよりも出撃回数が多くなった。
くすんだボディはコンパウンドで磨いてツヤを出した。
無くなっていたJIORNOバッジも取り寄せて付けた。リアキャリアは、純正は小さくて何も積めないので、ディオ用の社外品を力技でひん曲げて取り付け、中国製リアボックスを装備した。これで、4リットルの焼酎大五郎も買いに行ける!
シートの表皮もタッカーを買って自分で張り替えた。とにかく、自分で出来ることは何でもやってみたかった。
赤いジョルノなど、いいおっさんが乗るようなバイクでないのは解っているが、初期型ジョルノは不思議に男子女子関係なく使える、トラディショナルな雰囲気がある。
そういえばなんとなく、スーパーカブにも似ている。
「ジョルカブ」という、カブのエンジンを積んだモデルが存在したくらいなので、元からそういう狙いはあったのだろう。
原付が2台あると、1台を分解メンテ中でも、もう1台を使える。気が済むまでじっくりイジれるのでストレスがない。
しかし、令和の今は税金がえらく上がっているので、気軽に2台持ちもできなくなった。やはり、わしらの時代は、もう終わったということじゃ。ああ、腰が痛い。
ジョルノは片道5キロほどの通勤にもよく使った。見た目はカワイイが、本気を出せばダッシュでクルマを引き離せた。だが、50ccの原付一種なので、本気を出すと青い服を着た悪い人につかまって金を巻き上げられてしまう。急ぐ時はミニカー登録のキャノピーの方が安心だった。
私有地で最高速を試したら60キロくらい出た。ハイスピードプーリーに替えてウェイトローラーを調整したら、向かい風でまずヘルメットが浮き、続いて車体が離陸しそうになった!
ビックリして小便がチュッと漏れそうになった! 冷たかった・・。(もれとるやんけ!)
車体が軽い上、当時は運転する人間も今よりはだいぶ軽かった。
しかし、大空に飛び立ったら怖いし、ノーマルのショボいブレーキでは思ったように止まれないので、プーリーは元に戻した。
仕事が定時で終わったら、寄り道して鳥や野の花を見たり、川で跳ねる魚を見たり、田んぼの稲の生育状況を見たりして過ごした。
海岸で夕焼けをポケーと眺め、長崎空港へ舞い降りて行く飛行機を見て、日が暮れたら家に帰った。
ある時は裏路地を抜け、知らない店や見晴らしのよい高台を見つけたりした。
ジョルノで遠出することはなかったが、普段使いで大いに活躍してくれた。ジャイロキャノピーよりも気軽さは上だったので、荷物がなければジョルノを選んだ。
ただ、冬の寒い時期は体が凍って、涙と鼻水が水平に流れてしまうのでお留守番だ。
ジョルノで出勤したある日、天気予報がはずれて帰りに大雨が降り、ずぶ濡れになったことがあった。そして、家に帰った途端、すっかり止んだ。
気象庁に侵入して、天気予報用の下駄を叩き割ってやろうかと思った。
おっさんになってからの原付生活は、2台のホンダ車と共に過ぎて行った。
やがて自転車散歩生活が始まると、ジョルノもキャノピーも出番が減ってゆく。
通勤でも自転車を使うようになると、ますますお留守番が増え、バッテリーが上がらないよう、時々近所を周回するだけになってきた。
自転車を軒下に入れ、ジョルノは露天に置かれて雨に打たれていることもあった。
カバンのようにしまい込む訳にもいかず、ちょっと持て余してきた。
乗り物は走ってこそナンボ。たとえ雨ざらしでも、なるだけ乗った方がいいに決まっている。
そんな時、友人の家族が原付を探していると聞き、これでよければタダで譲るとお見合い写真を送ったら、本人も気に入って、お嫁にゆくことになった。
2013年、春3月。ジョルノがうちに来てから、ちょうど6年が経っていた。
駆動系の部品は、全てノーマルに戻して渡したが、あとから聞いた話では、その状態でも「私有地」で最高速は60キロのメーターを軽く振り切っていたそうだ。
カネはいらんと言ったのだが、本人がバイトで稼いだ金からどうしても払いたいということで、5千円受け取った。
最後は、ジョルノを届けるため、初めての遠出。ただ一度きりの片道ツーリングだ。
国道を避けて裏道を走り、山あいの集落から普段めったに通らない峠を越える。
足を伸ばして海岸まで行き、しばしジョルノとの別れを惜しんだ。
若い頃は、乗らなくなった原付を放置し、結局そのまま処分という可哀想なことを何度かした。
乗り物は機械なので、感情移入すべきではないが、クルマでは得られない楽しい時間をくれた原付たちの事を思い返し、残ったジャイロキャノピーは、できるだけ最後まで面倒を見ようと決めた。
縁があってうちへ来たホンダジョルノは、しあわせだっただろうか。
さよならジョルノ。楽しい日々をありがとう。
アーンアーン!
(ウソ泣きやめろ)