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2024年07月27日休日の土曜日。暑い日が続いているので、早朝に散歩も兼ねて江戸城にやってきました。江戸城は日本で最大の巨大城郭でした。東京の中心部ということもあり、現在残っている遺構はだいぶ縮小されましたが、それでも圧巻の城郭を至る所で感じることができます。今日は竹橋方面へ内堀周りを散歩したいと思います。7時頃に東京駅に到着。東京駅前から江戸城に続く、片側4車線の永代通り。現在は日本の中枢なので、見上げるほどの高層ビルが立ち並びます。ここが江戸城のメインゲートとなる、大手門。巨大な櫓門が見えます。大手門から東皇居に入れますが、今日は早朝の為まだ開城していません。この大手門の石垣は改修の際に伊達政宗が担当したといわれています。江戸城の内堀。皇居ランでも使われる内堀周りは約5.5Km。九段下や、武道館方面...江戸城@東京都
和歌山城は、日本100名城の62番のお城。 グリーンのスタンプでした。 設置場所はチケット売り場付近。 チケットを買う時に、「後ろにあります」って書いてあって、振り返ったら、普通に台の上にありました。 他にも「どこですか?」って聞いてる人もいて、「ここです」って教えてもらってた方もいたり。 この情報は、2024年6月のお話なので、次に行くときはまた違うところに設置してあるかもしれません。 晴れの日に行ったから、屋根のない場所に設置してありました。 雨だとまた違う感じで設置してあるかも。 スタンプ押したい方は、最新情報みたいのを見てから行くのもアリです。 チケット売り場以外でも、近くに職員さんが…
朝から、100名城の一つを見学しました。歴史とお城の勉強。ついでに地域の学習も。 旅行は何度かしてますが、兄と違い、弟は訪れた場所やそこで聞いたことをよく覚えているので連れて行った甲斐があります。
2024年3月3日月曜日に神戸で設計の打ち合わせの為、前乗りして姫路城にやってきました。前回の訪問は昨年2023年9月。姫路城は世界文化遺産で国宝。日本が世界に誇るKingofcastleです。前回訪問してから幾つもの城を訪問したことで、改めて姫路城の凄さを実感できると思い、また前回は時間の都合上周りきれなかった場所を見たいと思い訪問することにしました。今回は一人で訪問したので、じっくり自分のペースで周ります。朝6時に家を出て、姫路の到着が11時頃。駅を出ると直線的に姫路城の天守閣が見えます。この堂々とした出立ち。この景色を見るだけで痺れまくってます。姫路城は城下町も城に取り込んだ惣構えだったので、姫路駅あたりまで城となっていました。はやる気持ちを抑え、歩いて城郭を目指すと長く伸びた土塁が現れます。この土...姫路城【二回目】@兵庫県
秋田城から秋田駅にもどるバスを途中下車(『川反入口』バス停、『秋田城跡歴史資料館前』バス停より320円)して、久保田城も見学しました。前回登城は2009年、干支が一回り以上するほど久しぶりです。 現地案内図 久保田城について 歴史 江戸時代
2024年2月17日若林城→松音寺→瑞鳳殿→最後は宮城県の誇り、仙台城に向かいました。普段、東京では電動自転車で怠けているワタクシが、主発地点と到着地点も含めて1日で約45kmの大移動を自転車でやってのけました。好きな事への執念はこんなにも強いものかと自身で感心してしまいました。しかし、江戸時代はこんな距離は歩いて移動していたと考えると、まだまだ足元にも及びません。さて、瑞鳳殿で伊達家の霊廟を見た後は、ゆっくりと広瀬川を眺めながら移動しました。仙台城に向かう大橋からのショット。木に埋もれて分かりずらいですが、仙台城の石垣が見えます。本丸は標高130mの青葉山に築かれました。昨年の夏以来の訪問です。昨年は途中、突然のゲリラ豪雨に見舞われた為、今回はゆっくり周りたいと思います。大橋を渡り直進すると左手に三の丸...仙台城【二回目】@宮城県
2024年2月10日設計の打ち合わせの為、1泊2日で生まれて初めて熊本の地にやってきたワタクシ。羽田空港から阿蘇くまもと空港に到着です。初日の飛行機は天気が良く、窓側だったので外を眺めていると琵琶湖の上空近くを通過!小さくですが彦根城が見えました。超拡大すると、ちゃんと城郭の形が分かります。初日に無事打ち合わせを終え、熊本城の近くに宿泊。当然、熊本城に行きます。しかし、帰りの飛行機は11時55分。阿蘇くまもと空港まではここから約50分ほど。手荷物検査やレンタカーの返却などを考慮すると遅くても9時45分くらいには熊本城を出ないと間に合わない。数ヶ月後に再び熊本に来るので、今日はあえて復旧が進む現在の熊本城を見ておこうと思いました。朝の7時半にホテルをチェックアウトして熊本城に向かいます。繁華街から南大手門の...熊本城@熊本県
2024年2月6日朝イチに明石城に行き、神戸での打ち合わせと現場視察が終わり、やや時間があったので出張の最後は大阪城に行くことにしました。大阪城といえば、やはり豊臣秀吉。大阪府民の心にも豊臣秀吉が強く刻まれています。しかし、現在の大阪城は歴史上ではやや複雑。豊臣秀吉の時代の天守閣は大坂夏の陣で焼失、その後徳川家が天守閣を造るも落雷焼失、現在の天守閣は昭和6年に府民の寄付金によって復興されました。当時は発掘調査も進んでいなかった為、今残っている大阪城は豊臣秀吉が造ったものと皆思っていたそうです。しかし、実際には秀吉時代の大坂城は江戸幕府に埋められて新たな巨大城郭に変貌を遂げました。つまり、現在見ることのできる櫓も石垣も、全て徳川が造ったものになります。徳川期の石垣の上に豊臣期の天守閣を復興した形になります。...大坂城@大阪府
2024年2月6日昨日に続き、本日も再び日本100名城の明石城にやってきました。昨日は夕方に訪問したことで、外が暗くなったので断念したエリアを見るのが目的。やはり城は事前の予習と、ゆっくりと周るための時間が必要だと再認識しました。明石城の築城は1619年。江戸時代の初期に明石藩初代藩主、小笠原忠政によって築かれました。三度目の訪問のため、以前に書いたブログと内容が重複するところもありますが、お付き合い頂けると幸いです。JR明石駅の目の前が城跡という最高の立地。本丸下からのショット。こちらは大きな広場になっていますが、当時は御殿などが多く建築されていたエリア。休みのはイベントなどが開催されています。昨年9月に訪問した際は、イベントをやっていたのでこの広場から写真を撮ることができませんでした。今日は平日なので...明石城【三回目】@兵庫県
2024年2月5日東大阪の現場視察、堺市での設計打ち合わせが15時半頃の終了した為、急いで兵庫県の明石城に向かいました。昨年に明石城には一度訪問しているのですが、均整の取れた現存の三重櫓に圧倒されすぎて、他の見どころを完全に見落としてしまった為、再度訪問しました。ちなみに、明石城は個人的に好きな城のトップ3に入るほどお気に入り。大阪駅から神戸線に乗って不覚にも到着が17時30分頃。既に外は薄暗かったのですが、予定通り決行です!時間がないのでJR明石駅から門を抜けてストレートに本丸方面へ向かいます。写真撮影も省略しました。まずは左手には三重の坤櫓。櫓とは思えぬほど風格があります。こちらは現存の櫓で天守閣が無かった明石城の天守代用とされた櫓です。続いて右手には巽櫓。こちらも現存の三重櫓。この二つの櫓が本丸の両...明石城【二回目】@兵庫県
2024年1月2日年が明け2024年、おそらく激動の一年が始まることでしょう。被災された地域の方々の無事を祈り、一日も早い復興を願っております。新年一発目の城巡りは小諸城からスタートしました。個人的に小諸市自体、あまり馴染みがなかったので地図でチェックしてから車で向かいました。ちょうど長野市と群馬県高崎市の中間くらいでしょうか。電車の場合は信濃鉄道の小諸駅の目の前に城跡があります。小諸城は日本100名城に選定されている名城。最初に向かったのは大手門。大手門は駅前北口にあり、本丸や二の丸のある曲輪と大手門と付随する三の丸のある曲輪は、しなの鉄道の線路で分断されています。こちらは大手門公園として独立した広場となっています。完全に街の一部に溶け込んでいて、市民の為の広場となっています。ゆったりとした感じが良きで...小諸城@長野県
2024年1月5日新年を迎え三城目は新潟県の春日山城。ついにワタクシの好きな武将、上杉謙信を語る時がやって来ました。上杉謙信は生涯70回も戦い、勝率は95%とも98%とも言われており、戦国最強であったのは間違いありません。最大のライバル武田信玄とは12年も戦い続け、戦国時代最大規模の死傷者を出した第四次川中島の戦いや、織田軍に大勝利を納めた手取川の戦いは有名です。そして上杉謙信といえば、義を重んじていたこと。そんな上杉謙信が居城としていたのが、新潟県上越市にある春日山城。巨大な山城で、本来は豪雪地帯の越後はこの時期に登城する事は難しいのですが、今年は暖冬で圧倒的に雪が少ないので、快晴を狙って登城しました。車は春日山神社に止めることができます。急な階段を登り、新年なので春日山神社で参拝してから登ることにしま...春日山城@新潟県
2024年2月4日週明け月曜日に堺と神戸で設計打ち合わせがあるため、前乗りして奈良県大和郡山市にある郡山城に行きました。続100名城に選定されている名城です。天正8年、筒井順慶がこの一帯を織田信長に与えられたことで入城し、縄張りを行い築城したのが始まり。天正13年には豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が入城して大改修を行なったことで城が拡張され、城下町も覆う総構えの巨大な城となりました。織田信長、豊臣秀吉時代に築城された城は織豊系と呼ばれますが、まさに織豊系の築城技術を色濃く残した城跡。その後、秀長以降は城主が度々変わりますが、郡山城は幕末まで残ります。近鉄郡山駅から歩いて五分ほど。早速郡山市役所前の交差点に石垣らしきものを発見。見るからに城門の石垣の遺構。信号を渡って近くで見ると柳御門跡となっています。櫓門を連想さ...郡山城@奈良県
2023年9月10日静岡城巡り2日目は掛川城。掛川城は室町時代に遠江進出を狙って今川氏が家臣の朝比奈氏に築城させました。その後、戦国時代に入ると山内一豊が10年間在城しました。その際に大改修をしたと言われています。また、城下町も整備されたようです。現在の掛川城は1994年に日本初となる木造での天守閣復元を果たしました。新幹線も走っていて、駅からも比較的近いのでアクセスは良好です。掛川城の魅力の一つでもある大手門。こちらも1995年に復元されたものです。上には鯱もあり、なかなか見応えある門です。礎石と埋め方の資料もあります。これは貴重かも。門の中には入ることができません。城からかなり距離があるところに門があるので注意です。城の近くに車を停めてしまうと、こちらの門を見るとができません。天守閣と太鼓櫓が見えてき...掛川城
2023年9月9日静岡の城巡り1日目は駿府城。天下人、徳川家康は幼少時代に今川義元の人質として19歳までの12年間この駿府城で生活していました。豊臣時代に駿河を両国とした際、徳川家康は駿府城を居城として築城しますが、その後江戸に移封。しかし、徳川の時代となり家督を譲り大御所なった際、再び駿府城に戻ってきます。天下普請によって巨大な城郭があったそうです。現在は櫓と門が復元されています。そして、天守台が現在も発掘調査中です。かなり立派な城郭です。江戸城の天守台は45m×41mでかなり巨大ですが、現在進行形で発掘調査している駿府城の天守台は68m×61mと日本最大の天守台だったことが近年判明しました。徳川家康にとって、駿府城がいかに特別な存在だったかが分かります。東御門はどっしりと重厚感があります。門に使われて...駿府城
2023年9月23日関西方面城巡り2日目朝から兵庫県の明石城に行き、安土城を周りラストは彦根城のライトアップに行ってきました。安土から彦根まで電車で移動し、近くのビジネスホテルに宿泊。次の日は彦根城に行く予定だったので、ゆっくり休む予定でした。ラッキーなことに部屋から彦根城が見えます。しかも、一泊素泊まり4500円くらいの格安!夕陽に照らされた彦根城は、とても綺麗でした。部屋でゆっくりして、何気なく外を見ると彦根城が光っています。ライトアップされているなら、行かないという選択肢は有り得ません。疲れた体にムチを打って、再び外に繰り出します。歩いて15分ほどで彦根城に到着。メインとなる佐和口から入城します。多聞櫓が待ち構えていて、美しくにライトアップされています。井伊家の家紋が輝かしい。続いて天守閣方面へ向か...彦根城ライトアップVer
2023年10月1日小江戸として観光客に大人気の川越市。江戸時代にタイムスリップしたような、蔵の街並みを楽しむ事ができます。オシャレなお店なども多いので若い方にも大人気のエリアです。しかし、忘れていけないのは城下町という事。当然、川越市には城がありました。城好きの人なら皆知っていますが、小江戸というワードが先走って、城の存在を知らない方が多くいます。城あっての城下町。川越城は日本100名城になっていますので、城好きの方なら絶対に抑えておきたい城。当時から天守閣は無く、江戸幕府の重臣達が代々居城としていて、北の守りとなる重要拠点でした。江戸時代の主な城主は酒井家、松平氏。現在は本丸御殿の一部が現存しています。日本で本丸の現存は、高知城と川越城の二棟のみ。貴重な城跡になります。川越城は本川越駅から、ゆっくり歩...川越城
2023年10月20日東北城巡りの一城目は福島県白河市の小峰城。日本100名城です。東北新幹線の新白河駅で降り、白河駅に向かいますが電車のタイミングを逃して1時間待ち。約3kmの距離を歩いて行くことにしました。小峰城が表舞台となったのは幕末。南北朝時代に結城親朝によって築かれ、江戸時代の初代藩主丹羽長重によって、石垣の近世城郭に改修されました。幕末の戊辰戦争で本丸やシンボルの三重櫓が焼失して落城。30分以上歩くと石垣と水堀が見えてきました。なかなか立派な石垣が見えてきます。当時は11基の櫓と18の門があったとされているので、規模としては大きめの城だったと考えられます。早速、入城です入城したら会津門があり、その先に二の丸があります。現在、二の丸には茶屋と資料館があります。月見櫓跡の石垣です。打込接の布積み。...小峰城
2023年11月3日東北城巡り四城目は山形県の名城、山形城。別名は霞城。現在は霞城公園として地域の方、観光の方に親しまれています。場所は山形市の中心部で、JR山形駅からも近い場所にあるのでアクセスは良好です。現在の巨大城郭になったのは11代城主、最上義光の時代です。出羽の関ヶ原での戦いの功績が認められ、52万石の大大名となりました。ちなみにワタクシの祖父も同じ山形で、光義という名前でした。最上義光から拝借したんでしょうかね。祖父が生きていた時は、ワタクシもよく山形に行っておりました。二の丸東大手門が、メインの門となります。橋の下には水堀と新幹線が通ります。新幹線に乗る方には、こんな近くに城が見えるので絶景だと思います。二の丸東大手門は1991年に復元されました。高麗門を抜けると巨大な枡形の虎口が登場!隅か...山形城
2023年9月24日関西方面城巡り3日目ラストは昨日のライトアップの彦根城に引き続き、朝イチの彦根城です。昨日はナイトバージョンで暗かった為、今日は城の隅まで見ていこうと思います。関ヶ原で勝利した徳川家康は西国の牽制の要所として、徳川四天王の井伊直政を石田三成の居城だった佐和山城に移封しました。その後井伊直政は琵琶湖に近い、現彦根城に築城を計画。しかし、慶長2年に井伊直政は死去。意思を継いだ井伊直継、井伊直孝によって20年に渡って築かれた城です。江戸時代以前に作られた天守閣が、そのまま現存している貴重な城。天守閣は国宝に登録されています。井伊家が14代に渡って藩主を務めてきました。本日は佐和口の右手から歩いて向かいました。昨日のライトアップも格別でしたが、昼は水濠に多聞櫓と二重の隅櫓が映って綺麗でした。こ...彦根城
2023年9月13日 今朝は、人生初の秋田県での目覚めでした。 北の方は、日の出時間が関西より20分強早いです。 夜に雨が降ったようで、路面が濡れてて空は雲が…
2023年9月11日 朝食は、ホテルのバイキングです。 ご飯が美味しいですね。 残念ながら今日は暑くなりそうです。 朝ごはん食べて準備ができたら出発です。 で…
概要 アクセス 熊本城内 発券所 御城印 武将印 熊本地震 西大手櫓門 元太鼓櫓 未申櫓 二の丸広場からの熊本城 概要 熊本城は熊本県熊本市中央区にある安土桃山時代から江戸時代の日本の城 別名 『銀杏城』 城郭構造 『梯郭式平山城』 天守構造 『連結式望楼型3重6階地下1階』 築城主 『出田秀信(千葉城)』 『鹿子木親員(隈本城)』 築城年 1469年(文明元) 主な改修者 『加藤清正』 主な城主 『加藤氏』 『細川氏』 廃城年 1874年(明治7) アクセス 熊本県熊本市中央区本丸1-1 駐車場 有料 熊本城内 発券所 北口ルートと南口ルートと2通りありますが、今回は北口ルートから入城します…
8月10日、始発の新幹線で新大阪へ。尼崎で乗り継いで、篠山口駅に10時前に降り立ちました。 すぐの神姫バスに乗り換え。 二階町で下車しました。 篠山城の大手口はすぐそば。馬出は失われていますが、その分再開発が進んでいます。公園の中にかすかに名残があるでしょうか。 篠山城は、豊臣包囲のため1609年に天下普請によって築かれました。 縄張は藤堂高虎と伝わります。直線的な塁線と犬走りが特徴的。 盆地の中央にある小山を利用しており、二の丸へは急な坂虎口に枡形を二重にした堅牢なものです。 二の丸に入ると、2000年に復元された大書院。 当時、二の丸には御殿があり、発掘調査の結果が平面表示されています。 …
松江から車を使い、今度は安来市へ。 中海から飯梨川沿いを上流に向かったところに目指す月山富田城跡がありました。 To Instagramまずは100名城スタンプが置かれている安来市立歴史資料館へ。 1階の展示は無料で見ることができました。 ただし、2階の企画展については料金を払う必要があります。 To Instagram月山富田城の本丸跡までは、登城というよりは登山ですね。 時間の都合もあり、今回は麓から少し登るだけにしました。 城跡にたくさんの幟が立てられており、麓からも見ることができました。 To Instagram麓から千畳平まででもこのような山道でした。 本丸へ行くまでの大変さが思いや…
昨日まで5日間かけて山陰を旅してきました。 この旅行のてん末はまた後日書くとして、今回は2日に分けて旅行中に訪れた100名城の感想を書きたいと思います。 松江城 まずは松江城から。 今回は米子駅で車を借りて歴訪することにしました。 松江城南側の大手前に駐車場があったので、そこに車を停めて城内を散策することに。 To Instagram大手前から松江城に入城。 入口には松江を開いた堀尾氏の祖堀尾吉晴公の銅像がありました。 To Instagram松江城大手門跡より。 すぐ目の前にあの歴史ある天守閣が見えてきました。 To Instagram国宝指定されている天守閣は全国で5城のみ。 その1つがこ…
梅見も兼ねて水戸城の見学に行ってきました。2009年以来、10年以上ぶりの訪問です。前回の見学時から新たに大手門・二の丸角櫓・土塁・堀が復元され、『城』としての見学ポイントが増えました。水戸城について歴史水戸城といえば、有名な徳川光圀はじめ
水戸城内にある弘道館を見学しました。水戸城跡の遺構・展示施設・復元建物の中では唯一の有料施設です。弘道館について水戸城三の丸にある弘道館こうどうかんは、水戸藩第9代藩主・徳川斉昭とくがわ なりあきが設立した藩校です。天保11年(1840年)
3日目2023年5月1日今日も快晴☀️気持ちいい朝を迎えました。では出発したいと思います。昨日までは西に西に向かって来ましたが今日からは東に東に向かって行き…
4日目2023年5月2日今朝も快晴☀️今日もお城廻り開始です。本日1つ目のお城へ向けて移動です。 道後温泉の方へ向かいます。道後温泉の南に公園があります。今…
信州、松本へ1ヶ月以上前の話になりますが春発売の青春18きっぷで長野県松本市へ行って来ました。関西圏在住なので新快速電車で米原を目指します。車窓から見えるの…
基本情報 城名:赤木城 城地種類:平山城 主な城主:藤堂高虎 住所:三重県熊野市 交通:JR紀勢本線「熊野市」駅から車で
13時過ぎに甲府城へ。JR甲府駅の南口から歩いて数分程度のところにあります。甲府城は武田氏の城ではなく、武田氏が滅亡してからずっと後、豊臣秀吉の名により築城されたものです。関ヶ原の戦い以降は徳川家のものになり、そのまま幕末まで存続しました。
甲府城見学を終え、次は武田神社に向かいました。武田神社は武田信玄の館、躑躅ヶ崎館跡に建てられたもので、武田信玄を祀っています。武田神社までは、甲府駅北口バスターミナルから武田神社行きのバスで10分ほど。平日は30分に1本程度ありますが、土日
高遠町歴史博物館から高遠城へと移動。博物館に近い側は搦手になるようです。途中に美術館もあるのですが今回は時間がないのでパス。ここは【法輪院曲輪】。松井芒人の歌碑があります。廣瀬奇壁・河東碧梧桐句碑。非常に読みにくいですが、表面には廣瀬省三郎
鑁阿寺(ばんなじ)/足利屋敷について栃木県足利市にある鑁阿寺に行ってきました。鑁阿寺は真言宗大日派の本山です。鎌倉時代以来800年以上の古い歴史を持つ寺院であり、本堂が国宝にしていされている他、重要文化財などに指定されている建築物が多数あり
馬場下曲輪・大堀切・月ノ池馬場曲輪を降りて先へ進むと、城の中心部まであと少し。馬場曲輪を出て石階段を降りていきます。途中に馬場曲輪からの排水路が。【馬場下曲輪】。このあたりから儀式用と思われる土器が出土しているそうです。馬場曲輪東側の大堀切
金山城について群馬県太田市にある金山城に行ってきました。金山城は標高235.8mの金山の上に築かれています。三の丸・二の丸・本丸が一列に配置された【連郭式】です。東日本の山城には石垣がほとんどないと言われているのですが、この金山城は石垣ばか
箕輪城について高崎にある箕輪城に行ってきました。箕輪城は、西側を流れる榛名白川の河岸段丘の上に築かれた平山城です。 東西500m×南北1100mの長方形の領域に、本丸を中心として三方を囲むように二の丸・三の丸などの曲輪を配置した梯郭式の縄張
鉢形城について埼玉県寄居町にある鉢形城に行ってきました。鉢形城は、深沢川と荒川の合流点を頂点とするV字型の地形の上に築かれた平山城です。川沿いの辺は断崖となっており、攻めるのが難しい天然の要害になっています。唯一V字の口が開いた南西側に外曲
佐倉城見学春休みを利用して、100名城のうち関東地方では最後に残った佐倉城址の見学に行ってきました。始発バスで出発、8時に現着。国立歴史民俗博物館の開館時刻前に城址公園を一周できました。平山城で城内に入ってからも上り下りがあるのでちょっと疲
本佐倉城について本佐倉城全体図(東山馬場下駐車場付近にあった案内板より)続100名城登城15城目(通算113城目)は千葉県佐倉市の【本佐倉城(もとさくらじょう)】です。構造本佐倉城は平山城です。築城当時この一帯には広く湿地が広がっており、そ
鳥取城について今回は全体が判りやすい平面図を現地で見つけられませんでした…。100名城登城98城目、鳥取城です。歴史鳥取城は戦国時代中期、因幡国(現在の鳥取県東部)守護の山名誠通やまな のぶみちが家臣・武田国信たけだ くにのぶに命じて築城し
竹田城について100名城登城97城目は、竹田城です。歴史竹田城は、室町時代の嘉吉かきつ3年(1443年)に但馬守護・山名宗全やまな そうぜんによって築城され、山名氏の配下であった太田垣光景おおたがき みつかげが初代城主となったと言われていま
4日目は播州赤穂へ。有名な赤穂浪士の故郷であり、有数の塩の産地である街です。中心駅であるJR播州赤穂駅へは、姫路駅からは在来線で30分程度と比較的近く(この区間は新快速も全駅に停車します)。面積の大きな兵庫県の南西の端ちかくで、もう3駅西へ
赤穂城について赤穂城跡案内図(三の丸大手付近の案内板より)歴史現在の赤穂城は、赤穂浅野家初代の浅野長直あさの ながなおが、慶安元年(1648年)に築城を開始、寛文元年(1661年)に完成した、かなり新しい城です。三代にわたって赤穂浅野家が城
二の丸塩屋門からもどってまた奥に進みます。このあたりに二の丸門があったとのことですが、三の丸大手門や本丸門と違いそれらしいものは何も復元されていません。二の丸門近くにある山鹿素行銅像。山鹿素行やまが そこうは江戸時代の儒学者です。赤穂藩お預
篠山城について17世紀後半頃の篠山城(現地解説パネル掲載の古絵図)100名城登城95城目は、兵庫県の篠山城ささやまじょう(57番)です。歴史篠山城は、慶長14年(1609年)に徳川家康の命により築城されました。山陰道の要衝である篠山に城を築
明石城について明石公園(明石城跡)全体図/現地の案内板より100名城登城94城目は、兵庫県の明石城(58番)です。概要古来より山陽道上にあって畿内と畿外の境界にあり、淡路・丹波方面へ続く経路のあつまる交通の要衝であった明石の地に、西国の外様