そのご夫婦は、絵画展の会場に入ってくると一緒に絵を観て回った。
そして、一枚の絵画の前にあるテーブルに座ってお茶を飲んでいた。
最初は仲良さそうに見えていたのだが、そのうちなにやら口喧嘩をし出した。
ついに夫が席を立って、そのまま入口から立ち去ってしまったのである。
夫人に訊ねた。「どうしたんですか?」
『いやね、実は夫は重度のうつ病の認定を受けているのよ。今無職だけど働く意欲がなくて、なかなか仕事が決まらず、私一人が働いていて、体が疲れてしまって・・・ああでもなくてこうでもなくて・・・ブツブツ・・・』
「わかりしました。それでご主人を責めてしまったのですね?」
『そうなのよ。そしたら怒って帰っちゃった』
「あんたが悪い」と言うのをぐっとこらえて「ところで目の前の絵をご主人がジーっと見ていましたが・・・」
そこにはベニー・アンダーソン画伯の版画作品「聖なる花園」がかけられていました。
■ベニー・アンダーソン「聖なる花園」ジグレプリント
その婦人は、ご自分もその版画をジーっと見ながら「そうなのよね。夫はこの絵でとっても癒されていたわ。私もなんか知らないけど癒されるわ~」
●うつ病患者を癒す
ベニー・アンダーソン画伯の絵は、アメリカの精神科医数名が、もう何十年ものあいだ治療に役立てていて元気になった患者がいるという報告を受けていると聞く。
事実、日本の展示会でも、ベニー先生の一枚の絵の前に1時間も座って動けなくなった「うつ病患者」がいた。癒されているのだ。
もうひとつ、うつ病患者がベニー先生の絵に魅了されていた例を紹介したい
これも重度のうつ病だという男性が両親と祖母と4人で来場したことがある。その男性は30代後半くらいで顔中無精ひげだらけ。強い薬のせいか彼が話す言葉は舌がもつれていた。
男性は、キャンバスにアクリル絵の具で描かれたベニー先生の一枚の絵に惹かれていた。
何度もその絵を観て、母親に「この絵が欲しい」と告げると「お前の障害者年金からコツコツためたお金で買うならいい」と許可をもらうものの、父親にも同意を求めたところ「こんな高いもの!ここで売っている100円の絵はがきでいい!」と言われてしょげていた。
それでも、息子はその絵の前に座ってじーっと眺めているのだった。隣に座っていた祖母が「これを見てるとなんだか涙が出てくる」と、理由はわからないが涙をぬぐいながら見ていた。
息子は意を決したように「やっぱり、ボク、これ買う!」
もう一度父親のことろに行ってその意思を告げると、父親は「勝手にしろ!」
「勝手にしろ」と突き放したあと、その展示会に来場していたベニー画伯から作品に対する思いを家族4人で聞いて、色紙にサインをしてもらうと、父親はコロッと変わって「とってもいい絵だね!」。
ほんとは父親も気に入っていたのだろう。
この髭だらけの男性がその後どうなっているかの調査はしていない。
●手紙がとどく
今回の主役の婦人に話を戻そう。
夫が怒って帰ってしまった婦人は、その後も私に身の上話をするのだが、話があちこちに飛ぶので聞いているこちらが鬱になりそう。
「あんたも病気かい?」という言葉をぐっと飲みこんで、しかしはっきりと「(夫に対しては)あなたが問題だ」と言った。
でも、このご婦人は、意外と言っては失礼だが素直で純粋なところがあり、こちらの言葉をしっかりと受け止めていた。
私が「この絵を家に飾ったらいい。でも欲しくないのなら別に買わんでいい」と骨董屋の親父のように言った。
すると、婦人は自分もその絵に癒されるのを実感しているようで、5万円くらいのその版画を購入申し込みして帰った。
それから2か月くらいしてこの婦人から手紙が来た。
誤字脱字の多い読みにくい手紙だった。読んでみると、あの絵を飾ってからご主人が少し元気になり就職に対して前向きになったようで、
『夫の仕事が決まって、今日、初出社の日です・・・』
感謝の手紙だった。
↓ポチっとおどろく
芸術・人文ランキング
にほんブログ村
↑こっちもポチっとあっと
「あっと不思議なアートのお話」
トップページ
不思議な現象のメカニズム
■ベニー・アンダーソン「癒しの園」ジグレプリント
この記事へのコメント