(ショートショート)、【障害者施設のボランティア】
「なんだか面倒臭いなあ。」頭の中で僕はつい愚痴をこぼしてしまった。
今日は障害者施設を訪問する日だ。
当番みたいなもの。ボランティアなのだ。
「家にいてサボってばかりもいられないさ。」、頭の中で僕はそう呟いた。セーターを着て仕度をする。
もうすっかり寒くなった。
この辺りは山がちの高地だから秋が来るのも早い。
朝、ボランティアのためにマイクロバスが家に迎えに来てくれる。
僕たちはそれぞれ受け持ちの施設に送られる。丸一日、施設で手伝いをするのだ。
僕が最後だった。もうバスの中はボランティアで満員だ。
人々を乗せてバスは重たそうに動き始めた。
ノロノロと走るバスの中はとても静かで、みんな息をひそめているように思えた。
バスはようやくコンクリート造りの建物の前に到着した。古びた薄緑に塗られた建物だ。
最初に僕たちを降ろすと、バスはノロノロとまた次へ走り去っていった。
僕の他には少し年上の女性のボランティアがひとりだ。
「木嶋君ね。私は野中。背が大きいのねえ。今日はよろしくね。」
元気な人だ。ハツラツとしている。
僕はちょっと照れ臭くなった。
彼女は先に立ってロビーへと入っていった。僕もあとに続いた。
「おはようございまーす!」、野中さんがすごく大きな声を出したので僕はビックリした。
ドカドカと足音を立てて奥から何人か人が出てきた。入所者の人たちだ。
障害者施設といってもここは年齢の高い人が多い。みんなもの珍しそうに僕たちを見ていた。
普段の日、彼らは主に軽作業をして日中を過ごす。
ここで食事もするし寝泊りもする。デイケアと言って夜になると家に帰る人もいる。何日かおきに泊るような人もいた。障害者施設の中では小さい方だと思う。
職員の人たちは朝から忙しそうだった。
今日は「お楽しみ会」の日だ。
歌を歌ったり遊んだりしてみんなで過ごすお休みの日だ。
玄関でうつむいて靴を脱いでると、手が伸びきて誰かが僕の手を握った。
子供だか大人だか、男女どちらかも分からないような不思議な感じの二人。
僕よりずっと背の小さい二人に挟まれて僕の両手はふさがった。館内へ連れて行ってくれるのだ。
彼らに連れられて僕は広間に入った。
僕はそこでリュックを背中から下ろした。二人はいつの間にかいなくなっていた。
野中さんも入ってきて、彼女は広間にかかった写真なんかを見てた。
「時間になるまでゆっくりしててください。」職員の人が顔を覗かせて言った。
僕たちのやることは手伝いだ。入所者の見守りみたいなこともする。
ボランティアだから細かい仕事の段取りなんかない。気が付いたら何でも手伝えばいいだけだ。
でも、ゆっくりすると言ってもこんな朝からヒマにしててもしょうがない。退屈の虫が騒ぎ出した。
野中さんを置いて僕はそこらを回ってみることにした。
中年の男の人がじっとこちらを見ていた。到着したときロビーに来た人だ。
ニコニコしてるけど喋らない。立ったままじっと僕を見つめている。
「建物を回ってみるよ。」僕はなんとなくそんな身振りをしてみせた。
すると、彼はニコニコしながら近づいてきて黙って僕の手を取った。
僕はオジさんと一緒に歩き出した。
職員室、トレーニング室、倉庫、風呂やトイレ。彼は僕を引っ張り回してくまなく見せようとしてくれた。館内を僕に案内してくれているのだ。
作業室。
そこは建物の端にあって狭い階段を昇った奥にあった。ポカポカと陽の差し込む部屋はしんとしている。ホコリが舞ってキラキラと光った。
ベニヤの壁は古びていた。まるで隠されたような場所だ。休みの日だから誰もいないのだ。
テーブルの上に見慣れない部品がたくさん散らばっていた。やりかけの途中みたいに散らかっている。電子部品のソケットのようだ。
こういう軽作業の仕事がよく障害者のために送られてくる。
新しく来たものだろうと僕は思った。
オジさんは指を僕の前に突き出してブイサインを作って微笑した。
一個作れば二円という意味なのだ。何かに勝ったみたいでそのブイサインはおかしな感じに思えた。
簡単に組み立てられるプラモデルのようなものだ。
興味が湧いた僕はオジさんの方を振り返って見た。
意味が分かったのかウンウンと彼はうなづいた。どうやら試してみてもいいらしかった。
やってみると随分と手間がかかるものだと分かった。
コネクタを差し込んでから抜けないよう引っかかりを回すのだがそれが難しい。小さくてなかなか指が入らない。
失敗すると悔しくなった。
僕はムキになって熱中した。
夢中になると僕はいつもこんな風に止まらなくなる。気が付くとオジさんはどこかにいなくなっていた。
やっと五十個を組み立てた。ひどく時間がかかってしまった。やっとこれで百円なのだ。
いつの間にかまたオジさんが僕の横に立っていた。ニコニコしながら無言で僕を見下ろしていた。
ひと息つくと、僕は両手のひらを上に向けて「お手上げ」なんて風にポーズをとってみせて椅子から立ち上がった。
すると、また笑みを見せたかと思うと彼は僕の代わりに椅子に座って組み立てを始めた。
背筋を伸ばして姿勢が良くてそれは何かの儀式のように思えた。
手際よく小さなコネクタを差込んであっという間に二十個ほどのソケットが出来上がってしまった。
僕は感心した。僕よりずっと早いのだ。
オジさんは僕に振り返るとまた少し微笑んだ。
慣れるまでどのくらいかかるんだろう、僕はそんなことを考えた。
ロビーに僕たちは戻った。
隣は図書室だ。
絨毯張りで暖かそうな部屋の壁は据付けのオイルヒーターで囲まれていた。
本棚には小さな子供向けの絵本が並んでいる。寝るときはこの部屋に布団を出して寝るのだ。
広間に行くと野中さんがいた。彼女は壁際のソファに座ってお婆さんに絵本を読んであげていた。
まるで彼女の方がお母さんみたいに見えた。
どこか懐かしい光景のように僕の目には映った。
僕は手持ち無沙汰な気分になった。
「いいさ、仰々しくボランティアでもないさ。」、僕の頭の中が呟いた。
職員の人が入ってきて椅子を出し始めた。
けど、何も言わないので僕は知らん顔で窓の外をぼんやり眺めていた。
気が付くと広間の外の廊下からオジさんが僕をニコニコしながら見ていた。僕はなんだかバツが悪くなった。
職員の人が椅子とテーブルを並べていたので僕は黙ってそれを手伝った。
ここでみんなしてお昼にするのだ。
時々、陽気な黄色い声を上げながらドタドタと数人がやってきた。さっき僕を広間に連れてきてくれた二人もいた。
彼らは広間の中を覗き込んできて、僕たちを見ると顔を見合わせてクスクスと笑い合った。そうしてドタドタとまたどこかへ駆けていった。
僕よりずっと年上のはずなのに彼らはまるで子供のように見えた。
ボランティアと言ってもお手伝いだ。重要な仕事はない。危なくないよう見張ってればいい。
でも、彼らには他人と触れるだけで良い刺激になる。
いつもの職員の人ばかりじゃなくて何か刺激が必要なのだ、僕はボランティアにはそんな役割もあるのだと思ってる。
施設は森の中にあった。たくさんの木々に囲まれて気持ちが良い。
僕はこんな場所が好きだ。静かで落ち着ける。
むやみに人の話す声が聞こえてこないのもよかった。みんな物静かで口数は少ない。
施設には中庭があって外に出られるようになっていた。
庭の真ん中にレンガを組んで作った炉がある。木の破片が残っていて燃えた跡があった。
いつの間にかオジさんが僕の後ろをついてきてた。やっぱり黙っていてニコニコと機嫌がよさそうにしていた。
振り返ると、時折、建物の中から奇声が上がった。
楽しげでハシャいでるような声だ。穏やかな天気だと僕はふと思った。
僕はすっかり施設に馴染んだように感じた。
職員の人が広間から僕たちに声をかけてくれた。
食事の時間だ。
僕もみんなと席についた。オジさんは僕の隣に座った。野中さんは老人たちと並んで座った。数人の老人たちのグループができていた。
それと子供のような小さな人たちのグループ。
何人かの入所者ごとに職員の人たちが間に座った。みんなして二十人ぐらいだ。
「いただきます。」
職員の人が手を合わせた。誰かがそれに合わせて言葉にならない声を出した。
カラダを前後左右に揺らしながら食事する人。口の前にフォークを持っていっていつまでも食べずに見つめている人もいた。
クスクス笑いながら食べる人。
色んな人がいた。みんなそれぞれのやり方でゆっくり食事をした。
みんな楽しそうにお昼を食べた。
昼食が終わると食事休みになった。急かされないのは嬉しい。ここではゆっくりと時間が過ぎる。
午後になって、いよいよお楽しみ会だ。
机と椅子をすっかり片付けて職員の人と僕たちと入所者の人たち、それぞれグループを作って輪になって床に座った。
僕のところはお手玉をした。
お手玉なんて僕には無理だったけど年配の入所者は上手にできた。オジさんはそれを黙って見て微笑んでいた。
野中さんのところでは彼女が童謡を歌った。誰かがリズムを取った。「あ・あ・あ・あ。」うめいて唄に合わせる人がいた。
「あ?、あ、あ?」、野中さんが真似するとクスクスとみんなが笑った。
拍手をして拍子を取る人もいた。
こうしてみんなで車座になって寛ぐのがお楽しみ会だった。
突然、立ち上がってどこかへ行ってしまう人が出た。
何かの衝動があるんだろう、僕はついていって様子を見てから広間に連れ戻した。
無理強いはしないけど危ないことがないよう注意しないといけない。
連れて帰ると職員の人がお礼を言ってくれた。
手をつなぐとみんなすぐに大人しくしてくれた。
連れ戻してもみんな嬉しそうにしていた。まるで面白がってるように思えた。
みんなの輪の中に連れ戻すとまた何事もなかったようにお手玉なんかを始める。
僕は見守り役だ。
また別な人が立ち上がってどこかへ行ってしまう。
立ち上がったり座ったり、僕は一生懸命になった。
みんなが集まってるんだから勝手に出歩いちゃいけないと僕は思った。僕は見守り役に忙しくなってしまった。
お楽しみ会はそんな調子で続いた。
気が付くと三時を過ぎていた。そろそろボランティアは終わりだ。
迎えのマイクロバスが来るまではだいぶ時間があるけど手伝うことはもうないみたいだった。
野中さんはまたお婆さんに絵本を見せている。
職員の人は次の仕事にかかっているようだった。
入所者たちをお風呂に入れるのだ。
手招きされるとみんな順に風呂場へ入っていく。
僕はお風呂が好きだ。湯煙に包まれると雲の中にいるみたいで面白い。
自分の体が温まるのを感じるのはなぜか気持ちがいい。
風呂へ入る様子を僕が見てたら、職員の人が僕を見てニッコリと笑いかけた。「入ったらどう?」そんな風に手を振った。
さっき、立ったり座ったり動き回ったので僕は少し疲れてた。
汗もかいたかも知れなかった。
そう思ったら僕はいてもたってもいられなくなった。
頭を下げてお辞儀をすると僕はそそくさと服を脱いだ。
風呂に入るのに介助が必要な人もいた。風呂場で転べば怪我をする。
僕は職員の人が介助するのを手伝って他の人を洗い場に連れていったり手を引いて湯船に誘導してあげた。
僕も湯船に浸かった。
温泉のお湯はヌルっとしていた。一日の疲れが吹き飛ぶような気がした。
ついでに背中を流してあげようと僕は手ぬぐいを取った。入所者の人たちは背中をうまく洗えない人が多い。
僕には意味不明だったけど、みんな気持ちよさそうに声を出した。喜んでくれたようだった。
他人同士、知らない人だと気がねがない。色んな人とお風呂に入るのは楽しい。
風呂を出ると僕は職員の人にお辞儀して礼をした。
さっぱりして体はポカポカとすっかり温かくなった。
オジさんの姿はずっと見えなかった。入る順番が違ったのかそれともお風呂が苦手なんだろうか。そんな人もきっといる。
迎えのマイクロバスが玄関に到着した。いよいよボランティアは終了だ。
オジさんはいつの間にか玄関口に出てきていた。
僕の方を見なかったからすぐには気が付かなかった。やはり黙ったままニコニコとして真っ直ぐにバスを見ていた。
野中さんがバスの窓から身を乗り出して手を振った。
「木嶋君、さよなら。」
うなずいて僕も手を振った。
職員の人が隣にきて僕の手をつないでバスを見送りながら言った。
「ボランティアさんは後で館内の窓閉めを手伝ってくださいね。」
僕は障害者施設のボランティアをしている。
変わった人たちに見えるがみなごく普通の人たちだ。
みんな喋ることが巧くできない。僕は人と話をしないからそんなに気にはならない。
今日はここに泊まる日だ。
玄関ロビーの入所者の名札が下げてあるところに行って僕は木嶋と書いてある自分の名札をひっくり返した。
【おしまい】
※ 最後までお読みいただきありがとうこざいました(笑)。
お休みのこんな曇天の日、リラックスできましたw。
トランプの暗殺未遂があったと知ったのはさっきの取り組み中でした。
怒りしか湧かない。戦争屋の犬たち。
ナンシーペロシ、オバマ、どいつもこいつもクズばかりだ。
いや。しかしこれはまた別の機会に。
ショートストーリーはお楽しみいただけたか、どうか。
ご講評、ご批評ございましたらありがたく歓迎いたしますw。
なお、この作品は「『ラストで君は「まさか!」と言う」という名前の賞に応募したものを大幅に加筆修正したオリジナル作品です。
懸賞の趣旨は「ドンデン返し」というもの。
読み終わって「まさか」と言わせるような構成の小説を募集していたものです。
受賞はできませんでしたが、まあ考えてみればムリな話かも知れません(笑)。
差別ってのはそんな風に陰湿なものとしてあるものなのですw。
キレイな建前を言っても中身は真っ黒。
加筆修正しましたからまた別な作品として応募してもよさそうです。
「こんなところが合うんじゃないか」なんてアドバイスいただけると感謝です。
お相撲さんみたいに応援していただくってのはどうなのかw。
タニマチのようではないか(笑)。
なお、この作品に登場する人物や施設、名称はあくまで架空のものであり設定等に事実と酷似しているものがあったとしても偶然に過ぎません。
あくまでフィクションであることをお断りしておきます。
もちろん、著作権はアタシに帰属します。
おそまつ
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