この時期になると、啓蟄の虫ではないが、なんとなく動きたくなり、河津の早咲さくらか真壁のひな祭りか、どちらを見に行こうかと迷うことがある。しかし、ここ数年はコロナ禍による催しの中止が余儀なくされていたのだが、河津桜は昨年から、真壁のひな祭りは今年から再開に踏み切ったようだ。
ということで、今年は再開なった真壁のひな祭りを訪ねることにした。東京からは常磐道を走り、土浦北ICで降りて、国道125号(中里坂東線)→県道14号(筑西つくば線)→県道41号(つくば益子線)と、のどかな田園風景の中を走る。走路右側には低い山が連なっていて、真壁が近くなってくる辺りから筑波山の麓を走ることになる。
真壁はその筑波山の北側麓の町であり、最近でこそ町興しのひな祭りが有名になったが、昔から真壁石で知られる石材(花崗岩)の産地であり、日本三大石材産地の一角をなしている。従って、41号線が真壁に近づいてくると、道路脇には大きな石材店が並び、巨大な観音像から石塔や灯篭などさまざまな石の彫り物が展示されている。巷では41号線を石材ストリートと呼ぶとか。やがて41号線が真壁街道にY字分岐する辺りまでくると突然、道路脇に茶色の埴輪と思しき奇怪な焼き物の一群が目に入ってくる。
いつだったか、成田山新勝寺から九十九里浜へ抜ける広い畑の中の道を走っていると、道路脇に埴輪が等間隔で点々と配置されていた。車を止めて写真を撮りたい欲求にかられたのだが、車の流れが多くまた駐車もままならず「成田になぜ埴輪が?」と疑問に思いつつ走り抜けたことを記憶している。そんな何故?が重なっては車を止めないわけにはいかない。急停車もできず一度通り過ぎてしまったが、慎重に走り戻ってきたのが写真の「はにわの西浦」だ。道路ぞいの歩道脇から店先の庭はおよばず木造校舎のような2階建ての店舗にまで、収まりきらないほどの数の大小様々な埴輪の焼き物が並んでいる。
先客と話をしていた年配の奥様と思しき方に話を伺ってみると、店は古く元々は素焼きの植木鉢で繁盛していたそうだが、70年代に入り安いプラスチック製の鉢が市場を席巻すると素焼きは衰退。西浦では趣味性の高い鉢や置物に商品を変え、素焼き陶芸を継続する中、埴輪を中心に据えたのが10年ほど前だとか。
Wikipediaによれば、埴輪は三世紀後半から六世紀後半にかけて造られ、円筒埴輪と形象埴輪に大別されるらしい。円筒埴輪は文字通り土管のような形状をしているのに対し、形象埴輪は家形、器財、動物、人物の4種類に区分されるとか。数少ない古墳の発掘調査などを経て千数百年後の現代に蘇った埴輪に対して、何となく外見を似せた現代の埴輪を造って良いものかと一瞬思わないでもないが、用途も役割も違う現代の埴輪造りがあっても良いのではないか。真壁石で知られる石材の町に、多くの焼き物好きに支えられた埴輪陶芸の店がユニークな希少価値で根付いているようだ。…(閑話)
■参照情報
▼真壁のひなまつり (桜川市観光協会 HP)
▼はにわの西浦 (桜川市観光協会 HP)
▼ 真壁石 (いしマガ HP)
▼ 埴輪 (Wikipedia)
▼<突撃イバラキ>「埴輪だらけの怪しい店」 (東京新聞 Web)
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忙中閑話。。閑話。。。
2023年03月07日
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