鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

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    両親

    478 :鬼女日記 2013/10/13(日) 20:26:53 ID:i43vFezA0
    お酒に超弱い幼馴染(当時彼女持ち)を酔い潰して、
    なんとかズボンとパンツだけ脱がせた上で、裸で添い寝。
    翌日両家両親まで巻き込んで責任とって結婚してもらった。

    本当はなんの間違いも起こっていない。

    78 :鬼女日記 2015/12/09(水) 19:25:57 ID:???
    最近よく母親の夢を見る。
    一緒に料理をして、テレビを見ながらご飯を食べたり。
    カフェでケーキを食べて買い物したり、二人で喋りながら電車に乗っていたり。
    犬の散歩をしたり、パンフレットを広げて旅行の計画をたてたり。
    でも目が覚めてすぐに気がつくけど、夢に出てくるのは自分の母親じゃない。
    毎回顔も声も全然違うし、会ったこともない女の人が違和感無く私の母親をしているんだ。
    実の母親は3年近く会っていないし、声も聞いていない。
    頭のおかしい毒親だった。
    家事も仕事も一切しないで、娘にも夫にも暴力をふるって罵声を浴びせて奴隷扱いして、
    不倫して何百万も借金を作って、娘の学費を使い込んで自分の親から金を騙しとって、
    些細な事でヒステリーを起こして包丁を振り回したり、マフラーで首を糸交めたり、灰皿を投げつけたり、車で轢きこ○そうとしたり。
    気違いの母親は惨こ○してやりたいほど嫌いだった。
    扶養はしてくれたけど、娘を盾にして自分の身の安全しか考えない父親も嫌いだった。
    洗脳だか共依存だか知らないけど、同じ様に育った姉は説得しても「自分が面倒見ないと他人に迷惑がかかる」と親を捨てなかった。
    だから夜逃げ同然で引っ越しして転職して、1人で逃げた。
    いまだに父親と姉に対する罪悪感でタヒにたくなる時がある。
    母親と背格好の似た人を見掛けたり同じ香水の匂いを嗅ぐと、息が苦しくなって動悸がして視界が暗く狭くなってくる。
    もし自分が母親になってあの女と同じ事をするかもしれないと思うとタヒにたくなるし、自分の遺伝子を残すべきじゃないと思っている。
    『母親』という存在に嫌悪感しか沸いてこない。
    でも夢に出てくる見ず知らずの母親は、自分に危害を加える事はないし不快感も与えない。
    アダルトチルドレンってやつなのかな。
    潜在的に母親の愛情を求めたりしているのかな。
    今の仕事が落ち着いたらカウンセリングでも受けてみようかな。
    やっぱり自分も気違いだったんだな

    52 :鬼女日記 2017/10/12(木) 02:33:18 ID:TUf
    なんか盛り上がってるけど…書く。

    父親は、俺が小さい頃から何が理由でキレて暴力振るうか分からない人で、毎日のように殴られて育った。
    殴る理由は「勉強して良い子ちゃん振ってるのが気に入らない」とかの言いがかりだったり、
    「会社に入ってきた若手社員が気に入らない」とか俺が気をつけようがないものがほとんど。
    母親も同じように父親にキレられて殴られることが多かったが、母親も母親でよくキレる人だったので、
    その後は大抵、「あんたがしっかりしないから私が殴られるんだ」と母親から殴られた。
    ほかに7歳上の姉もいるが、姉は父親にキレられることすらまず滅多になく、
    あれが欲しいこれがしたいと言えば父親はホイホイ言うことを聞いていて、自分に対する扱いとは真逆だった。
    当然父親は小さい頃から大嫌いだったが、小3くらいの時に母親に「何で毎日父親に殴られなきゃいけないのか、離婚して父親から離れて欲しい」と言ったところ、
    「姉しか居なければとっくに離婚してる、あんたがいるから離婚できない」と言われ、それから母親も大嫌いになった(離婚して子供を二人も養えない、という意味だと今では思うが)。
    ついでに姉も、しょっちゅう俺が父親や母親に殴られて抵抗しなかったのを見ていたからか、俺を見下してストレス解消のサンドバッグにするようになっていたので大嫌いだった。

    中2くらいには物理的な暴力はなくなったが、「働きもしないお前を養うのに年間いくらかかってるのか知っているのか」とか
    「誰の金で飯食ってると思ってるんだ」とか、以前からあった言葉の暴力が一層ひどくなった。
    両親は姉を私立中→私立高→私立大とエスカレーターで進学させて、海外留学までさせた。
    自分は公立中→公立高で、姉と比較すれば金がかかってないのに、
    それでも「お前なんかに何でこんなに金を使わなきゃいけないのかと思うと泣けてくる」など散々嫌味を言われた。
    その後、奨学金借りて他県の国立大に進学して家を出て、そのまま他県で就職。
    それから5年間実家にはほぼ帰っていなかったが、2年前に両親が揃って倒れ、
    当時海外で仕事をしていた姉から「私は仕事を辞めたくないからお前が辞めて親の面倒を見ろ」と言われ、
    さすがに親戚とかに親の面倒を見てもらう訳にもいかず、仕方なく転職して実家に戻った。

    両親はそれぞれ一回倒れて毒気が抜けたんだか知らないが、昔の性格が嘘だったかのように今は穏やかな性格で、
    近隣住民に通報されるレベルの夫婦喧嘩をしょっちゅうしていたとは思えないくらいの仲良しな夫婦になり、二人で旅行に行くこともある。
    俺に対しての態度も両親共に信じられないくらい優しくなり、例えば昔は風邪ひいても「男が風邪ひくなんて情けない、
    勝手に自力で治せ」だったのが今では「仕事が大変なのか」などと心配される。
    そんな両親を見ていると、「穏やかになってくれてよかった」ではなく、
    「これだけ穏やかになれるんだったら何で昔からそうでいてくれなかったのか」という気持ちしか湧いてこない。
    置かれた環境の割には頑張ってきた方だと思うが、家が穏やかであれば無駄な苦労もなく、
    もしかしたらもっと良い大学に行けてたんじゃないか、違う未来があったんじゃないか、
    そもそも毎日暴力に怯えて精神的にやられていた過去の自分は何だったのか、という考えが止まらない。
    両親には悪人でいて欲しかった。
    親にも姉にも誰にも何も言わずにふっと遠くに消えたい、という気持ちがずっと消えない。

    847 :名無しさん@おーぷん
    私は就学前、幼稚園にも保育園にも行っていなかった。
    いきなり小学校に入った私はもともと内向的な性格なこともあり
    友達が出来ず、小1、2年は孤独に過ごした。
    小3になって初めて友達ができた。といっても1人だけだけど。
    相手はけっこう社交的な子だったのに、なぜか私しか友達がいなかった(この理由は今も不明)
    生まれて初めて私は「お友達の家にお呼ばれ」をした。

    衝撃だったのは、その子のご両親が笑顔で会話していたこと。
    私の父親は家で口をきくということがなくて、
    母も父にしゃべりかけることがなかった。
    物心ついた時からそうだったので、特に疑問に思ったことがなかった。
    ビックリした私は友達に「お父さん、しゃべるんだね!」と言い
    友達は不思議そうな顔をしていた。そりゃそうだ。

    その子の家で私は色んな初めての物を見た。
    テレビでしか見た事がなかった二段ベッドやシャンデリア。
    三時のおやつも初めて食べた。
    家に入るとき「おじゃまします」と言い、靴を揃えることもその子に教えてもらった。
    今思うと友達がいなかった理由がよくわかる。
    最低限の礼儀作法や、挨拶すらできなかったんだよね。ありがとうも言えなかった。

    それ以後ちょっとずつ人間らしくなって、小5のクラス替えでは普通に数人の友達ができた。
    中学でも普通にふるまえた。
    本当にあの子のおかげだと思う。
    うちの親は毒親ってわけじゃないが、自分以外どうでもいい人同士が結婚して
    家庭を作ってしまった不幸な例なんだろう。
    時々叩かれたりネ果にされて外に放り出されたりしたが、
    ごはんは食べさせてもらってたし、不潔気味だったけど服も買ってもらってた。
    でもうちの親がしてたことは、やっぱり軽度のネグレクトだったんじゃないかと。

    運良く小3で気づけたけど、めぐり合わせによってはもっと高年齢になるまで気づけなくて
    矯正不可能になっていたかもしれないと思うと、少しゾっとする。

    548 :名無しさん@おーぷん
    大した修羅場じゃないけどずっと誰にも話せなかったこと

    小学校低学年くらいの時期に
    姉と両親で川の字に寝ていた時
    父の義兄嫁(私にとっておば)が浮気したと言う話を始めた時
    母の「えっ!!」という大きな声で完全に目が覚めた
    ばくばくなる心臓の音が聞こえるんじゃないかとかが気じゃなく
    しかも父が私の手をずっと握っていたので手汗が半端じゃなかった
    ぬるぬるで気持ち悪いわ生々しい話が頭上で飛び交うわ
    動くに動けず子供だから動きたくてたまらんで
    親の話が終わった辺りでちょっとだけ起きたフリをした
    そしたら姉も動いてたので姉も聞いてたのか?と思い聞きたかったけど
    誰にも話せなかった
    それから親戚の集まりに一切おばが顔を見せなくなったり
    まあいろいろあって10年近く経って最近ようやく解決して
    母からあそこいろいろと大変だったけど落ち着いたみたいよ〜と言われ
    ようやくあの夜全て聞いていたと告白できたので記念にカキコ
    ちなみに姉は全く聞いていなかった模様、いとこ家庭が崩壊していたことも気づいてなかったらしい

    724 :名無しさん@おーぷん
    現在進行中の神経わからん。

    彼と同棲して2年。
    もうぼちぼち結婚を…と思っているんだけど相手の両親に反対されてる。

    イジメで不登校だった事、高卒なのに管理職な事、お酒が好きな事。
    一番は私が養子である事。
    言わなくてもいいことまで全部言ったのは彼氏なんだけどね…。
    仕事やお酒はどうにかなるけれど養子である事は変えられない。
    生まれる前から乳児院行きが決まってた私を救ってくれたのは今の両親で、普通の家庭以上と何ら変わらず育ててくれたから養子だなんだって事は自分でも忘れてる事が多いぐらい。
    でも、世間から見れば異常だともわかってるから説明させて欲しい。と彼のご両親に伝えてもらったが答えはNO
    話も聞きたくないと拒否され続けてきた。

    業を煮やした彼が
    「もう知らん!こっちは勝手に結婚するからな!」
    って宣言した矢先、彼の弟が仕事中の怪我で入院した。
    彼がお見舞いに行ったんだがご両親も来てたらしくて
    「うちの嫁になるつもりなら何故一緒に見舞いに来ない!非常識だ!」
    って怒ってるらしい。
    そこから如何に私の常識がないか、嫁の心得とはなにかを語ってくれたらしい。
    一人暮らしの弟の家の掃除しなきゃいけないんだってさ。家の場所も知らねーよ。
    もう意味がわからん。
    きっと行ったら行ったで「何しに来た!」って怒ってただろうに。

    彼は彼で、ここまで来ても「話せばわかる!」って言ってる。
    性善説を信じる彼が純粋で好きだったが、それすらもストレスになってきた。
    正直、彼を含めて関わりたくないって思い始めてる…。

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