介護の記事一覧

         
2023年03月24日

737 :修羅場な話 2019/07/18(木) 11:00:29 0.net
義母を介護してた義父が突然タヒして
コトメが「私が母さんの面倒を見るからあんたたちは相続放棄しなさい」というから
夫と義弟は放棄、義母とコトメあわせて1500万近い資産を相続した
こちらからしたらそのお金で義母を施設に入れるなり
家をリフォームするなりしたらいいのに現状のまま3年過ぎた今年になって
「あんたたちも母親のために何かしようと思わないの」
とか言ってきて、相続したものはどうしたんだと聞いたら「もうない(キッパリ」
相続の後コトメ夫が自営を始めてそれがうまくいかずに全部使い果たし
なおかつ借金もあるらしい
その借金はコトメ夫の実家から借りてるらしく
「うちの旦那、長男だから実家の親の面倒見なきゃらないんだよ!」
って逆だろうよ…


         
2023年03月15日

162 :修羅場な話 2017/06/28(水) 19:46:10 ID:rMZ
過疎ってるのでひっそり投下w

実家の父が倒れて介護が必要になったとき、父を引き取りたいと夫に申し出て大喧嘩になった。
ふたりで建てた戸建て、いつか親の世話をしなきゃいけなくなった時のためにと
部屋は余分に造ってあったのでまさか反対されるとは思わず
私は仕事を辞めるけど、金銭的に迷惑はかけないことを申し出て引き取りを相談したが
夫から了解を得られなかった。
今更他人に入られて窮屈な生活をしたくないと。
建てたころから気持ちが変わってしまったのは仕方がないし
これまで自由に暮らしていたから窮屈になるってその気持ちは分るけど、
母が亡くなった時に何もできなかった後悔があったので
父の介護は精一杯やりたくて説得したが理解してもらえなかった。
そんな時、父は一人娘に迷惑を掛けたくないと言い老健に入ると言い出した。
ずいぶん悩んだが、結局は引き取っても父が気疲れするだけだと思い受け入れた。
それから2年、洗濯物や雑事で週1~2回顔を出す日が続いたが
ある時父がインフルエンザに罹り高熱が続いてると老健から呼び出しがあった時に
たまたま同じタイミングで義父が自転車で転んで怪我をし
病院に連れて行ってほしいと義母から電話があった。
私はすぐに夫に電話して、そういう事情なのであなたが連れて行ってあげてほしいと言ったら
大事な会議があるので無理だから老健で話を聞いてから連れて行けばいいだろうと言われた。
ところが老健に着くと入院させたほうが良いとのことで、付き添っていかなければならなくなった。
義実家にその旨伝えると「困った」を繰り返すばかり。
父の病状を気遣う言葉なんて一言も出ず、それどころか
「一人娘さんなんか貰うんじゃなかった」と言われたことが突き刺さった。
これまで何度も義実家のお手伝い等してきたのに何故今更そんなことをと。
その後しばらく父は入院し退院後は老健に戻ったものの、目に見えて弱っていった。
そして退院してすぐに誤嚥忄生肺炎で再び入院、それから数日で息を引き取った。
この頃から夫に対する気持ちは急速に冷めていった。
父の介護に一切ノータッチだったのは別に構わない。
そりゃあ一緒に心を砕いてくれたらとは思うけど。
でも何もしてくれなかったのに葬儀の時には「一人娘の嫁を貰ったから義親の面倒を見るのは当然」
「精一杯やったから悔いはない」「肩の荷が下りた」などと言ってるのを聞いてしまい
腸が煮えくり返った。

         
2023年03月13日

264 :修羅場な話 2013/02/19(火) 16:35:09 0
義実家で娘に離㲗食上げてたらウトに
「親の介護も子育ても一緒だな。飯食わせたりオムツ変えたりしてればいいんだから。
ま、嫁ちゃんよろしく頼むわ」
と言われたので思わず
「やだお義父さん、子育ては子供が成長するからやりがいがあるけど、介護は段々
弱っていくだけなんだから同じな訳ないじゃないですかー☆」
と言ってしまった。次いで夫が
「子育ては子供がかわいいからこそ頑張れるんだよ。自分のことかわいいとでも
思ってんの?」
と言ったら横からトメが
「そんな言い方しなくてもヨヨヨ・・・」
してきたので
「あっ悪気はないんですう☆ほら私ってサバサバしてるからあ、思ったこと
すぐ口に出ちゃうんですよねー☆ついでに言っちゃうとお、せっかくコトメちゃん
と一緒に住んでるんだから、コトメちゃんに介護してもらったらどうですかあ?

と言って帰ってきた。
「悪気はない」はトメの口癖でそれさえ言えば何を言っても許されると思ってる
みたいなので使わせてもらった。
コトメハゲーム廃人で引きこもり。

         
2023年01月01日

890 :修羅場な話 2017/05/11(木) 14:36:04 0.net
認知症の祖父を助けなかったこと。
母親と二人で見てたけど言うことも聞けなくなるし失禁や徘徊などがあってあまり記憶がないけど大変だった。
真夜中に庭を徘徊する祖父を見たときは本当におかしくなってしまったのだととてもショックだった。
祖父が風邪を引いてしまったとき、体調のせいか特にグズついて母親が困ってた。
その日の夜中、祖父の部屋から苦しんでいるような声が聞こえた。
私はうっすら命の危険があると気づいていたけど何もしなかった。
次の日の朝、母親がうろたえて祖父が息をしてないというようなことを報告しに来た。驚いたけど心のどこかでやはり…と思った。救急車や警察が来て亡くなったと確認された。
母親はもっと何かしてあげてれば…と後悔して泣いていたけど私は少し安心してしまった。
今でもあのときの判断は人には言えないけど間違ってはいなかったと思うし、長年介護で疲弊している人には適当に風邪でも引かせて放っておいても良いのではと思っていること。

         
2022年12月31日

582 :修羅場な話 2017/04/30(日) 05:20:39 a.net
母親の介護をいい加減にしていたこと
周りの人は皆「最期までよく面倒みた」と言ってくれるが本当はそうではない
母子家庭で母親は年金、私は残業が100hr/月という職場にいて休日は本当に眠りたかったのに母親と自分の通院で潰れがち
そのうち休日の朝は起きられないし面倒になって自分の通院を止めて母親も連れていかなくなった
当然病状は悪化し母親は障碍者となった
障碍者になった最初の頃は仕事もやや落ち着き、ちゃんと世話していた
しかし病院から緊急呼び出しがあって仕事を抜けたりして上司から嫌みを言われたりの仕事と介護の生活にうんざりして何か楽しいことがしたくなり岀会い系サイトで男遊びを始めた
始めはきちんと帰宅してい食事を作ったりしていたが、だんだん弁当にしたり冷蔵庫に食べるものを入れておいたりして泊まりがけで遊んでいた
母親と会話することが少なくなったせいか母親は認知症を発症し入院、肺炎となって亡くなった
ネットで色々な情報を得られる今、皆が普通に出来ることが出来なかった自分の生きづらさは発達障碍に因るものなんだと思った
もっと早く原因がわかってきちんとした対処方法を取っていれば母親はもう少し長く生きられたかもしれない
こんなクズ、最低な娘であることを誰にも言えない

         
2022年12月15日

720 :修羅場な話 2013/08/04(日) 10:05:34 ID:DHGQCzDⅤ
近所に長い間病気で寝たきりだったおじいさんがいたんだけど4年前に亡くなった。
当初つきっきりで看病をしていたおばあさんはショックで寝込んだり入院したりで、いつ後を追ってもおかしくない
位に気落ちしていたんだけど、半年経った位から次第に明るくなり白髪だらけでボサボサだった頭も綺麗に染め
てパーマをかけ、すっぴんだった顔もバッチリ化粧をし、地味な色合いだった服装もこじゃれた華やかな色合い
になってすっかり別人のようになり「彼氏でもできたんじゃないか」と近所で噂になっていた。
ある日、私と母が犬の散歩をしていると道端でおばあさんに会い「お茶でも飲んでって」と家に呼ばれた。
その時に母が「最近明るくなったよね」と言うとおばあさんは「そうなの!これ見て!」と旦那さんの遺影が飾られ
ている仏壇から手紙を取り出して見せてくれた。
それは遺品整理の時に見つけたと言う旦那さんからの最後の手紙との事で非常に丁寧で柔らかい筆跡で
「僕はあなたより先に行きます。あなたには本当に迷惑をかけた。僕はあなたの明るく溌剌とした笑顔に惹かれ
結婚を申し込みました。どうか僕がタヒんだらあの時のようにいつも明るく元気でいて下さい。存分にお洒落をして
沢山遊んで笑って下さい。僕はあの世からあなたの笑顔を見ています」←だいたいこんな内容

         
2022年09月26日

253 :修羅場な話 2007/12/14(金) 09:51:30 ID:0+2UAw0yO
11月始め、お祖父ちゃんが入院した。
その時からお祖母ちゃんは毎日欠かさず見舞いに行っていた。見舞いというより軽く介護だったかもしれない。
バスで行くには遠い所だったので、大体は姉が車を運転し一緒に病院まで行っていた。
そんで長くて半日ぐらい二人でお祖父ちゃんの所にいた。

後から姉に教えてもらったが、お祖母ちゃん、帰る時に姉がいないとお祖父ちゃんにキスしてから帰っていたんだそうだ。
それ聞いた時、お祖母ちゃん本当にお祖父ちゃんが好きなんだなって思った。
頑固でちょっと細かいお祖父ちゃんの言うことに素っ気ない返事してたりしてたお祖母ちゃんだったけど、何かすごい暖かくなった。

先日、残念ながらお祖父ちゃんは亡くなったが、この前古いアルバムを見せてもらった。
それを見ながら昔のお祖父ちゃんの話をするお祖母ちゃんが、何だかとても可愛く見えた。
結婚とか考えたことも無かったけど、ちょっといいなって思えたよ。ありがとうお祖母ちゃん。

長くてスマソ。

         
2022年09月09日

434 :修羅場な話 2018/07/17(火) 15:25:11 ID:jYwMp3qP.net
前世紀に亡くなった祖父の財産は、かなりあったらしい。
それを祖母が半分、残りを母と、その兄弟姉妹で分割。

それから20年、事業に失敗した叔父が、
ちょこちょこと祖母から「借りる」と言いつつ、
お金を引っ張っていたらしい。
その内に他の伯母伯父叔父が亡くなり、
祖母、母、寸借叔父だけが残った。

祖母は母と同居中で、遺族年金だの色々で、
遺産を使う事なく穏やかに暮らしていたようなのに、
「私も早くタヒなないといけないなぁ…」と、
ここ5年くらいで頻繁に、母に言うようになる。

お金に困っているわけでもないし、
介護するほどの弱り方もしていないのに、
何があったのかと思ったら、祖母のタヒ後、財産整理で判明した。
祖母の貯金は、お葬式代程度しか残っていなかった。

それまで叔父が、そんな巨額を引っ張っていたとは露知らず、
最後の4年で妙に溜息をついたり沈みがちだった祖母の仇、
親戚連中は寸借叔父との付き合いを絶ったのだが、
広い実家で一人暮らしとなり、心細くなった母は、
唯一の生き残りの兄弟でもあるので、付き合いを再開したらしい。

私は元々母との縁が薄く、長く他家に預けられていた為、
母は突然のプチ天涯孤独に耐えられなかったのだろうが、
きっと、実家も、母の財産も、
生きているうちに根こそぎ持って行かれるんだろうなぁ…

         
2022年09月04日

867 :修羅場な話 2018/07/24(火) 09:11:29 ID:KtfHmw8k.net
私が大学出たくらいの年齢のときに、
伯母と従姉に、「長男は親の介護をするかわりに遺産を多くもらえるんだよ!」
「そうそう、それが普通なんだよ!」「それが常識なんだよ!」と言われたこと。

私の父は男ばかりの5人兄弟で、4男である父が祖母を引き取って、母が介護した。
長男・次男・3男と「そりが合わなくて」たらいまわしにされたあげくうちに来た。
そんなワケありの忄生格の祖母だったので、当時中学生だった私も嫌いで嫌いで、
体調が悪くなるくらいだった。

伯母も従姉もその事情を知ってるはずなのに、無邪気ににこにこと
「普通は長男がみるんだよ~。その代わりに遺産はね~」と「常識」を説く神経を疑った。
いやさすがに大学まで出てる年でそんな常識を知らんわけないだろう。
被害妄想かな…とも思ったので誰にも言ってない。
自分でも神経質だと思う。

         
2022年06月21日

112 :修羅場な話 2019/12/18(水) 01:49:48 ID:hP.7q.L1
中学の時、学年全員で障碍者とその家族の講演を聞いたが内容が胸糞だった。

健常者として生まれた康(やすし)さんは事故に遭って肢体不自由と知的障碍含む障碍が残ってしまった。

両親は「私達がタヒんだらこの子はどうなるの」と思い康さんのために弟を作った。

康さんの弟には「康を介助してくれる子になってほしい」という願いから「康介(こうすけ)」と命名。

両親は康介さんに「あなたがお兄ちゃんの面倒を見るのよ」「ママとパパがタヒんだら康介ちゃんがいるから安心ね」と言って育てた。

そのお陰で、康介さんはかなり小さい時からお兄ちゃんのお世話をして頑張ってくれた、

幼稚園のお泊まり保育も「お兄ちゃんが寂しがったらいけないから」と自主的に休んでくれた、
康介さんには彼女もできたが彼女が康さんの介護を嫌がるからすぐ別れてしまった、康介がいるから康を任せて夫婦で出かけることができるなどのエピソードを微笑ましいテンションで語っていて怖かった。

講演には両親の他、ベッドみたいな特殊な車椅子に乗って何も言わない康さん、康介さんも来ていて、
康介さんも
「僕には普通の子と違って友達と遊んだ経験はありませんが、僕には兄を世話するという特別な役割があるので友達と遊びたいなんて思ったことは一度もありません。」
「僕は将来、奥さんと子供達みんなで兄を介護していきたい」
「新婚旅行で奥さんと2人で兄の車椅子を押しながら沖縄に行くことが夢です!」と瞳を輝かせながら語っていた。

康介さんは当時高校生で1年生だったと思う。
(制服姿で来ていた)
まだ結婚もしていない当時中学生だった彼女さんに兄の介護をさせようとしたのか?とものすごいモヤモヤした。

しかも、康さんの上には「健」という息子さんもいるらしく、「健には健の人生があるのだから普通の子供らしく康のことは気にせずのびのびと成長してほしい」
「康には康介がいるから健は友達と遊んだり、勉強したり、彼女とデートしたり、遠方の大学で充実した生活を送ることができる。」と言っていたことから長男には全く康さんの介護はさせていないと思われる。

もちろん。これらの名前はフェイクなのだが、長男と次男の名前を合わせると良い意味の熟語になることと、障碍がある次男のために作られた三男が次男の名前に「介」という文字を足した名前になるのは事実。

先生方の中にも講演の後に両親を批判している人が何人かいたのを覚えている。

学年主任だけは「感動した」とその後何ヶ月もことあるごとに康さん家族の話をしてきてみんながうんざりしていた。

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