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ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって6-3
「それは一般市民のリークを恐れた、発言ですね」 「店長さんは、口が堅そうですので、まあ、従業員の女性とかが気になる対象です」鈴木ははにかんだ。手袋が手渡される。 珍しく、人と話す。得意な状況、しかも見慣れない角度、見下ろす通りの景色が気分を高めたのかも、店主は何気なく弁解するみたいに自己を分析した。 鈴木が開いたコンテナを覗いた。マジシャンのごとく種も仕掛けもない、と肩を竦め、どうぞ存分に中の様子を、お望みならば触っていただいてもよろしいですよ、鈴木の態度が言っていた。 種田が述べた事件の概要と大きな違いは見受けられないな、と僕は感じる。港に置いていある金属のコンテナが形状は似ているが、近づく…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって6-2
シンプルな店内、白の内装は建物の品位に合わせている、と伺える。 微妙にサイズの異なったPCが数台、持ち運びとデスクトップ型が左手の島に、右手は携帯端末に音楽プレイヤー、イヤフォンやヘッドフォンは壁にかかる。二階に続く階段の手すりや支柱はブロンズのようなくすんだ青だ、この距離からも冷たいと知れる。金属の特徴。 「屋上に上がれるそうです」鈴木が戻り、顔を寄せた。彼の肩越しにこちらの動向を窺う店員の鋭い視線を浴びた。余計なことをするな、顔全体が口の役割を代わってしまう、接客の規範とはかけ離れた態度。僕らはお客とは種類が異なるのだから、いいや行列の喪失がもたらした苛立ちをぶつけてしまっているのかも。隠…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって6-1
ブルー・ウィステリアの店舗に行き着く。鈴木は時折店主の横顔を覗き見たが、声を掛けづらくそうに、無言を貫いた。うす曇、粒の大きい粒子を弾いた光、それが雲の代名詞である白、黒い色はそれではすべての色が混ざった白を越える色の集合なのだろうか、店主は何気に視界に入る空を見ていた。 「どうかしました?」店の入り口で立ち止まる鈴木に呼ばれる。彼に続き、中へ入った。いつの間にか行列はぱったりと姿を消していて、自然災害を予期する動物たちの行動みたいだった。そう、動物に災害を予知する能力があるか否か、調査は過去についても、おそらく現在も行われているとは思うが、大抵屋外に生きているものならば、その機能は必然といえ…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって5-2
「否定はしない」 「他殺ですね?」思い切った。部長の懐に入る。 「自殺に見せかけるのは困難だ」 「自殺と断定しますよ」 「令状が欲しいのか?」 「S市警察の不穏な動きに興味があります」 「……現場に急行してくれ、君の職務を全うして欲しい。これは上司からの命令だ」 「聞こえていますが、聞こえなかったことにします」 「面倒だな」 「お互い様です」 「鈴木はどうした?」 「はぐれました。端末にも出ません」 「飛行船を調べろ」 「部長、ブルー・ウィステリアと事件の関連を知っていますね?」 「……応えられない、これが答えだ」 「私たちは名目上、呼ばれたうわべの捜査員でピエロや操り人形を演じるぐらいなら、…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって5-1
機種変更を見送る通信機器の店舗を後に、真っ先に鈴木へ所在の確認を求めたが繋がらず、屋外で待機していた事実から騒動の中心に鈴木の関わりを予感した。種田は駅前通りを南へ、明るさが不穏な心境に寄り添ったみたいな空模様を感じつつ、進路を取る。 が、歩き出しの数歩、そのときに手にする彼女の端末が震えた。通行人たちは通りに佇む種田を諸共しない勢いだった。 「はい」 「飛行船協会の事務所が燃えてる、火災だ」抑制の効いたバリトンボイス……部長だ。「出火の時刻は定かではない。ただ、煙が立ち昇って間もないらしい。通りかかったタクシーのドライバーの通報だ」 「いまどちらに?」 「私が現場に行くことは叶わない、諸事情…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって4-5
「わかりました」店主は決めた。可能性の高さが六割を超えたのである。鈴木の案は検討の材料、警察の助力あるいは逼迫した求めに感化されたのでは、まったくない。「ただし、条件を二つ、つけさせてもらいます」 「はい、協力してくださるのであれば、それはなんなりと」 「三十分の時間制限です。事件現場、プルー・ウィステリアに入り、出るまでをカウントします。一切の例外は受付けないと思ってください。そしてもう一つは、料理の提供に支障が生じるとの連絡が入った場合です。何があろうとも、引き止められようとも、事件が解決の兆しをみせようとも早急にここへ戻ります。よろしいですか?」 「それはもう、どうにでも、同行していただ…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって4-4
「僕にそれを聞かせて、一体何を求めるのです、刑事さん?手がかりをあなたは掴んでいる、と見受けられますが」 「中心部の地上交通を停止させる」毅然、彼はすっと天井に首を伸ばした。「移動は地下に限定、幸い一体のほとんどのビルは地下に繋がる、交差点に入らずとも大体のビル、建物に辿り着けるでしょう」 「だから?」 「ブルー・ウィステリアに直接、乗り込みます」 「捜査権は降りたのでしょうか?」 「依然として現場周辺の聞き込みは制限されたままです」 「現場ってどこです?」小川が尋ねる。忙しなく首が動く。彼女は数十分前の騒動とブルー・ウィステリアの屋上の死体を結び付けられないでいる。店主は思う。確かに、端末の…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって4-3
「あっと、いや、ランチは食べてません」鈴木は言葉を濁す。予測するに視線は僕の背中を捉えているはずだ。「店長さん、少しお時間によろしいですか?」 「なんです、また事件って、もしかして外でわんさか仰々しく不穏な雰囲気を匂わせてる正体ですか?」 「物々しいですね、正確には」鈴木は、はははと笑い、それとな訂正した。「あのう、ほんの数分でよろしいのです、なにぶん現場を一始終を眺めていた目撃者に逃げられまして……」 店主は振り返った。積んだ皿に隠れる鈴木の顔、わずかに小川の体の向きで位置を把握する。鈴木からはこちらが見えているらしい、店主は厨房の段差、カウンターの切れ目に立ち位置をずらした。鈴木の眉は八の…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって4-2
店主は、館山とホールの国見蘭の二人を同時に休憩に入れる。小川は三十分後に休憩に入るよう言い渡す、時間は各自の管理を任せてある、彼女たちが案じる懸念を僕は微塵も感じられない、という意味にも、まあ取れるだろうか。しかし、だからといって……、弁解はこの辺でしめよう、店主は明日のランチに気持ちを切り替えた。 館山から引き継ぐディナーの仕込みを小川に任せ、店主の行動は明日のランチへと移った。 そこへ、あろうことか、先ほど別れた鈴木が数十分も経たずに再会、顔を出した。構う気はさらさらない。緊急性は十二分に理解、しかしこちらも仕事である。わかっている、彼も仕事だということは。 「お取り込み中ですよね?」下手…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって4-1
交差点中央で倒れた歩行者の介抱に当って、十数分後にようやく走り寄る警察官が一名ずつが到着した、今朝店を訪れたO署の種田と鈴木という男性の刑事である。端末の電波が通じない、複数人がほぼ同時期刻に倒れた、突発な容態の変化であり、気を失う予兆は感じ取れなかったことを報告、彼らはそれを聞き入れると、周囲の交通整理を取り仕切る。どこかおどけた人任せな態度、という鈴木の印象ががらりと、店主のなかで変容を遂げたのであった。 制服警察官は通行人が倒れて三十分後にやっと到着した。店主の記憶では一本北の通りを西に数ブロック進んだ近辺に警察署があったはずだ、他の事件・事故に人員が借り出されていたのだろうか、いいやそ…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって3-5
種田は手元に重なったパンフレットを指した。 店名が入ったポールペンを透明なペン立てから抜き取った。 「ここに端末代の月賦制度と書かれてますが、具体的な説明を。月々に料金がこれ以上増えてしまうのは、困ります」口調を多少大げさに逼迫さを強調、ただし手元はすらすらと言葉を書き付ける。 これから尋ねる質問にイエスならば、返事の前に一つ頷き、ノーは二つ頷く。 パンフレットを沢木が見やすいよう回転させた。「ここですよ、書いてありますよね?」 彼は、パンフレットと種田とパンフレットに視線を移し、二往復目でぐるりと回した瞳を定め、こっくり頷いた。絡んだ痰を喉を鳴らし、声を整える。「……ご、ご指摘の月賦という制…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって3-4
「どのようなことでしょうか?」 種田は顎を引いた。「支店長の所在がここ一週間知れない、というのは事実でしょうか。しかも、失踪が発覚した前日にブルー・ウィステリアの近辺でこちらの店員と支店長が一緒にいた、そのような証言を掴みました。こちらではブルー・ウィステリアが発表した新製品を取り扱っておられるようですから、盛大だった記念パーティーに支店長が足を運んで当然といえる。支店長の行方に心当たりがあれば、お聞かせください」種田はそっと警察手帳と取り出し、胸元に収めた。マジシャンのごとく、さっと引っ込める。 「……私、私は何も知りません、聞かされてもない」沢木は顔を近づける、口元に手を当てた。小声で話す…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって3-3
「まったく。使い勝手がよくなれば、利用に踏み切るかもしれない、試しに使ってみては、そういったお誘いはメールか、最近では減ったダイレクトメールで十分、おなか一杯です。まるで、話を理解していないようですね、機種変更をお願いしているのに、何故要求が通らないでしょうか。すみませんが、どなたか、あなたよりも上の方を呼んでください」 「あっと……、実は、そのですね、支店長は」彼女は暖簾のかかる、カウンター側の壁の奥まった地続きの空間を見やる。そちらが事務室、控え室なのだろう。 「どうかされましたでしょうか?」背後、後頭部の上部から声がかかった。種田は首をねじる。頬に縦の皺が刻まれた男性、スーツに身を包み、…
前回に引き続き、『新機動戦記ガンダムW』の後半から登場する機体、Wing Gundam Proto Zeroと Endress waltz版のGundam Death Scythe Hellを紹介する。 たまには内部骨格もしっかりと塗装している事を見せておこう。 左:Wing Gundam proto Zero、右:Gundam Death Scythe Hell EW 両方とも同じ色に見えるが、一緒ではない。説明書の色の配合に限りなく近い色で塗装するように努めている。 内部骨格の上に装甲をまとわせて完成。 左:Deathe Scythe Hell EW、右:Proto Zero 差し替え式の…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって3-2
「なにか私の端末に不都合でもありましたか?」無知を装って、種田は尋ねた。 「いいえ、そんなことはありません。……大変申し上げにくいのですが、お客様の機種はかなり古い型で、現状に見合う機種を探しておりました」 「変えろ、といったのはそちらですから。こちらは届いたハガキに従った」 「ええ、現在の機種では新しい料金プランに適合しないのです」店員は過度に笑う。真実を和らげる働き、滑稽であると気がついてもいる、感情の板ばさみはとっくに克服、通り過ぎた過去の産物、図太い神経は自らの居場所の確保。「お客様、この際大画面の機種に変更を思い切る、というのはいかがでしょうか。大変便利ですし、通話もクリアで聞き取り…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって3-1
機種変更役は種田が務める、先月に変えたばかりの鈴木は月賦の支払いを理由に捜査の種田に任せた、喫煙の機会も含まれるはずだ。種田は、かれこれ十分を通信端末会社の窓口、駅前通店で待機を言い渡された。四つ用意された椅子は埋まり、お客は苛立ちを露わにする。端末が暇つぶしの材料だから、余計に待ち時間の消費に苦労する、と彼女は観察していた。 椅子を立ち、店内を見渡す。入り口に対して右側にカウンター、左手は三歩で手が届く壁、新商品の実物、あるいはモックアップが並ぶ。価格、機能、新性能の文字が躍る、蛍光色で縁取どった手書きのポップ。仕様に関する表示は印刷された、艶やかで光を弾く材質だった。商品の特徴が書いてある…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-5
「お客さんがなにか渋滞のようなことは言ってましたね、事故か、人が倒れているとかで、救急車も警察が来ないとも。なにかあったのですか?」 「さあ、私が訊いているのですから、事情は知りません」 「あっ、それはそうですね、はい。……わざわざ運んでいただいて、良かったら一杯飲んでいかれませんか?」若い男性店主がコーヒーのサービスを承諾させようとする。私は、視線を左に送った。お客が並んでいたのを、それとなく教えた。 「無礼な振る舞いとは思いません。ご心配なく、お客さんが第一ですし、私の用事は済みました。それでは」 頭を下げる。誰に対する礼儀だろうか、美弥都は自分に問いかけた。錆付いた証拠である、そうやって…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-4
「携帯は持ってますか、警察を呼んでください」よく通る声、しゃがんでいるにしてはだ。また、綺麗に人ごみが直線所に私と声の主とを繋ぐ。周囲、取り巻き、野次馬たちは無能であるかのように、鈍感にこちらを覗き見た。しかしだ、美弥都は考えを訂正した。何らかの理由、要因が私に通話の可能性を求めたのかもしれない、わずかではある。 「どうかしましたか?」 「携帯の電波が通じないみたいで、かけてもらえませんか?」 二日ぶりに屋外で取り出した端末のディスプレイ、機種変更はこれまでのままで良かったが、先週、料金プランの改正が迫る旨のはがきが自宅に届き、急ぎ、販売店にて新しい機種に変更を余儀なくされたのだ。縦長の鏡を思…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-3
そして西へ信号を渡った。時間が止まったみたいに、車は止まったままだ。運転席の顔と何度も目が合う、車を降りて、流れの回復を待つ人も数人。しかし、美弥都は渋滞発信源を、ラウンドしたビルの玄関口、交差点の角に立ち、眺めた。彼女が正対する西に通りを進む現れる、ビルの隙間、路地を通り最短距離でコーヒースタンドの店に出るのだが……、面倒ごとに巻き込まれる覚悟で時間の短縮を図るのがベストか、このまま南下して目指すか、彼女は数秒ほど悩んで、進路を渋滞に取った。 警察の赤色灯は未確認なので、呼び止められ職質を受けたり、あるいは遠回りするよう通行を妨げられたりする確率は大いに低いと考える。しかも、こちらは仕事の名…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-2
あまり外へは出歩かない。いや、正確には大勢の人がひしめく場所を避けて、外出をする彼女だ。車移動は、私が働く喫茶店では主流である。ところが、美弥都は車の免許は持っていない、移動はもっぱら徒歩か電車である。不便ではないのか、店主には何度か聞かれていたが、緊急時における選択性の多さ、といつも答えを返す。 美弥都は川に突き当たってから南に進路を取った。より人が少ない通りを選んだ。潤沢に水がうねる。自動車の音も水を真似て一定のノイズであるならば、気にはならないだろう。エンジン音を一定に奏でる装置、というものが開発されてもいいように思う美弥都である。 二ブロック半を歩いて、前方に不穏な動きが見られた。なん…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって2-1
「届けたら、直接家に帰って。店は僕だけで何とか対処する、手が終えなくなりそうだったら……いや、やっぱり今日の仕事は配達まで」 「戻ります。配達で時給を支払っていただくのです、それに今日は月見客の来店が見込まれます」道路を挟み、真迎えが日本海の荒波。海に浮かぶ月は拝めないものの、二階の窓を開け放った斜め上を見上げる角度は絶好のビューポイントとして去年に個人のネット記事にアップされ、それ以来秋が終わる九月半ばごろまで、月を拝むお客が夕方以降に増えたのだった。常連客は一階のカウンターでしっぽりとコーヒーを嗜み、また二階をよく利用するお客の大半は若者という住み分けが出来上がって、新参者に不平がましい態…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-7
一時間、二時間とお客の入退出を視覚が捉える。 その度に不確かだった移転のイメージを膨らませる方向へやっと気分が高まりつつある、店主は送られた移転先の仕様書に目を通した余韻だ、と感じた。 ランチ終了後、片づけにひと通り目処がついた頃、僕は店を離れた。外から移転先のビルを眺める時間は五分に設定、約二ブロック先だから、赤信号の時間も考慮して片道は七分と長めに見積もる。つまり、約二十分の休憩である。 事件のことなどすっかり頭から取り去っていた。僕には無関係な、近場で起きた事件だ。取り合うべき対象には決して引き上がらないさ。身近な人が亡くなることで、命を奪う突発的な危険・驚異を事前に法によって守るのだっ…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-6
「祈るかぁ、ぬううんん……」 「推理にかまけてないで、お前の将来を祈れ」 「先輩はどう、思います?」小川は厨房に戻る、一味足りない料理について、アドバイスを尋ねるみたいだった。 「店長は事件の核心にとっくに気がついている」 「やっぱり、考えることは一緒なんだぁ」小川はこちらに振り返った、ちょうど店主が作業台に振り返ったときと重なる。 「二人とも、いいかげん手を動かしてくれると有難いね。ランチまで三十分を切ったよ」店主はいい加減に、といった表情を顔全体に作る。警察に話した内容はとっくに記憶から抹消していた。おぼろげな感触、輪郭を感じ取れるまでに、短時間で無用な部類に施す処理の迅速さ、抱えておく重…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-5
しかし、飛行の事実は否定したのでした。つまりは、はい、これで予測が立ったでしょう。腑に落ちませんか、納得できないと、……困りましたね。約束の時間はとっくに過ぎてます、私は仕事に取り掛りたい。いいえ、作業しながらは無理です、これからランチのメニューを考えるつもりなので、喋りながらお断りします。しつこいですね、煙草がなくなりました。また提案ですか、……仕方ありませんね。では次の一本を吸ったら、ということに切り替えます、譲歩だと肝に銘じて欲しい、必ず退出を。それにですよ、樽前さんがあなた方よりも先に、お話しをしていたのです。まずは彼の承諾を得るのが、自然の流れではないのでしょう。いいえ、今更遅い、彼…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-4
「まず初めにこれは不完全な見解であることを確認します。よろしいですね、また、見解をともに捜査を進めたとして、その責務を私は一切関知しないことも、続けてご理解ただくことを重ねて肝に銘じてください。煙草を吸います。さて、前回、女性がおっしゃった前文を踏まえ、私の意見と共通認識である、この事件は事件そのものの公開が真相に行き着いてしまう、謎解きの要素は微塵も感じられない、これが妥当な意見です。あなた方が捜査の対象をはずされた周辺への聞き込みの禁止は、そのことを如実に表している。事件から遠ざけるのが目的でしょう、捜査に抜擢された理由を想像するほど私は材料を持ち合わせはいない、ですので、あなた方が各自の…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-3
「結局、警察の訪問で店長はあんまり仕事にならなかったんですもんね?」 「ある程度の拘束は受けた」 「少し気にかかりますんねえ」 「なにが?」店主がきいた。菜ばしで衣に包まれ細長い形状はとどめる笹の子をひっくり返す、大粒だった気泡が細かく変化。 「ちょっと読み上げますね」彼女はカウンターに回る。 「おいおい、仕事中だぞ」 「先輩だって、ロッカーで気になるって私に言ってたじゃないですか、手遅れですよ」 「そうじゃない。店長の手前だっていうことだよ」 「仕事に差し障りがあるようだったら、僕は止めてる。読み上げるのはたった数分、もやもやとした気分で仕事をされれば、提供する料理に影響がでる」 「ほら」と…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-2
「ええっと」彼女は温度計を見る。「……はい、あと数分で四百五十度に達します」 「そう」 「店長、ピザも焼くんですか、掻き揚げ選ぶ形態で十分じゃないかと。だってご飯と味噌汁も作って、それにピザを加えちゃったら採算が合いそうにもないと……」 「ピザはテイクアウト用も兼ねる、店内での飲食もお客さん次第さ」店主は隣の小川を見つめる。「昼食はあまり食べたくはない、だけど夕方や帰宅まで、それか夕食にありつくまで小腹が空くんだろうね。僕はそういった経験とは無縁だ、なんとも言えない。けれど、お客さんの最近の傾向では、テイクアウトでは余分にもう一つを買っているように思えたんだ」 「よくみてますね、店長。ずっと厨…
ご観覧をありがとう。忘れ物をなさいませんよう、今一度座席をお確かめになって1-1
「これが、店長が語った推理って言うやつですかあ。なるほど、ほどほど」 「口を動かす前に、手を」館山リルカはピザ釜の温度を調節、汗を拭いたついでに後輩の動きを戒める。 「動かしてますぅ。リルカさんに隠れた右手で混ぜてますもんねー」 「店長はよく承諾しましたね」国見蘭はカウンターのコピー用紙に見入る。その正面に立つ小川安佐は身を乗り出して、何とか文字を視界にとどめようと、片足立ちで踏ん張る。 「断ったさ。だけど、退出の討論よりも素直に受け入れた状況に分があった、それだけのこと」店主はカウンターに背を向けて温めた油、百八十度弱にしっかり水分をふき取る一センチ幅に切った笹の子、衣をまぶした液を、投下す…
「……」開いた口、樽前は塞ぐことを忘れて、まるで死を悟った様相に見える。しかし、ぶるぶるっと首を振って、意識を戻した。それからは、瞬きを繰り返しては、こちらになにか言いかけようとして、つぐみ、またその動作の反復。店主は、ズボンのポケットを探って煙草がないこと気付き、席を立つと、二人の人物に対峙した。 さきほどのベルは従業員でなかった。 「お取り込み中のところ申し訳ありません」種田という女性の刑事がわずかに頭を下げた、隣の男性刑事は愛想良く顔の皺を作る。僕はホールの段差を降りて、通路へ。男性の名前はたしか魚の名前だったと記憶するが、定かではない。 「勘違いをされている」 「は?」 「営業時間外に…
二度、店主は頷いた。おぼろげな茫漠としたランチの様子は、彷徨から解き放たれたらしい。自らのことなのに、他人事ように考えられるのが僕の、一般的に言われるひらめきなのだ。主体はお客だ、僕ではないのだ、だから正当性は認められる。 「どうも、どうも」完璧にキャラクターが異なる。樽前は従業員分のコーヒーを入れた紙袋を顔の真横に引き上げる。差し入れ、と言いたいらしい。 「店はよろしいのですか?」僕は素直な感想を尋ねた。有無を言わさずに断る前に、紙袋を押し付けられ、受け取った店主。 「ええ、一度十分ほどで戻りますとは、ホワイトボードに書いておきました。トイレ休憩のときに使うんです」 ランチに相応しい食材、店…
まずは、気温から歩み寄る。厨房に上がって、ピザ釜を真横に通りを眺めた。 斜向かいに並ぶ人の列、テイクアウトのは数十分後の映像を先送っても最後尾のお客が残っている。現在の最後尾のお客ではなくて、新たに列に並んだお客だ。それほどにお客は一定の数のまま放出と参加を交互に行っていた。 寒いのか、体感温度としてはそれなりに秋の気配だった、具体的な数字を今日は改札の大画面で確め忘れた。足早に、込み上がった移転先のシミュレートの改善点を念仏のように唱えていたんだ、仕方ない。ピザ釜に触る。上部は半円形にラウンド、間口は真四角に形成、灰と熱が元の灰色と赤茶色のレンガを火の当る内部色を変えていた。足元の薪は昨日の…
地上に上がる。交差点角のファッションビルの細い路地を左折し、一通の通りへいつものごとく店を目指した。コーヒースタンド・テイクアウトの開店時間は僕の出勤よりも早い、窓の内部に人影が見えたが、声を掛けることはしない。お客が三人並び、接客にあくせく応対する姿が見えたからだ。 「店長さん!」呼ばれた。テイクアウトの若い店主、樽前である。大学生風の容姿がこちらに手を振る。まるでアイドル。声に釣られてお客もこちらを何気に見つめる。今日はよく人の視線と交錯する日だ。 「おはようごさいます」 「後で、お話しがあります。窺ってもよろしいですかぁ?」小窓から頭が飛び出す。早朝という時間帯も相まって彼の声はよく通り…
ホッケーのスティックが目の前を通過した。僕らの前にはつり革に捉まる大学生が二人、ひとつ前の駅から乗車している。 彼らにスティックを返す。 「すいません」 「あぶなー、顔に当ったらお前、治療代請求されるぞ」 「立てかけておいたのに、お前が動くからだろうに」 「黙って人の肘使っておいて、なんだよそのいいぐさはさぁ」 「狭いんだからしょうがないだろう。まったくだから彼女が出来ねーんだ」 「関係ないだろ、それ」 「いいや、大いに関係ある。おおあり、オオアリクイ」 「訂正しろよ、おいっ」 「だーれが」 「……言い争いやお喋り、適度なスキンシップは構わない。公共の場だ、許されるだろう。眠っている人もいるし…
入り口付近を避けるこちらの要望を宇木林は受け入れた。彼自身は店の性質上、中に人を呼び込める店を僕に求めたので、利害は一致した。コーヒースタンドのテイクアウトが小径に面するビルの入り口に店を構える。ここは左右不均等に通り道が作られ、左側が販売と製造、スツールのみの客席を配し、右側にコの字型のソファ席を設けた。お客同士の交流を図った様相とはコンセプトが異なり、資料に書かれた注訳では、コーヒーを受け取りに利用する短時間の滞在向けで、歯科医院や病院の受付という位置づけらしい。書きなぐるような筆跡は、テイクアウトの樽前の字と店主は想像する。 二駅を過ぎる。 利用者目線でいえば、パン屋のコンセプトも異質な…
《その①》 《その②》 《ここ》 蒼井は、階段を降りるとまっすぐと、改札機の方へ歩いてくる。シンジを見て、一瞬不思議そうな顔をした。 「どうしたんですか?」…
《その①》 《ここ》 《その③》 『落ち着け、シンジ。まだ、終電までは時間がある」なんとか落ち着くように、声に出して言った。 ―――スマホがない。財布がない。…
秋の味覚週間、と小川安佐が題した先週は過ぎ去る。 日曜があけ、新たな七日が時を刻む。 いつものように地下鉄に店主は乗る。自家用車は運転しない、休日のみの利用と決めている。だからなのか、野ざらしの車は誤った理解に及んだマンションの住人が不当な駐車のビラをワイパーに挟めている、日曜の朝に出かけると、その処理が夏場の日課となった。 どうでもいい考えを川に流すよう、捨てた。目を閉じる。適度な揺れに身を任せる、十数分の揺れだ。都会に職場を設けることは、こうした交通網が発達した都市では自動車よりも格段に正確な時間が読める。しかし、それは自らの生活を追い詰める要因にもなりうる、ということをおそらく車両の乗客…
異質であるから、生み出せた世を賑わす開発製品の具現化。大変だとはまったく思わない、日々異なるのだ、些細で微細な変化が私の喜びであり、目標に近づく、今日の研究を全うする短期間の目的。私は、開発に生活を支配させた。それ以外の時間は仕事である、このように考えを柔軟に変化させてからは、仕事が億劫になった。無償の仕事は敬遠されるようになる、中々のアイディアであった。それからは、もう開発一辺倒。パスポートは再発行が必要なほどとは疎遠に、移動はたしかに気分を転換させてはくれたが、思いつたアイディアしかし出先では実際に開発に転化するライムラグが生じてしまう。数時間後、数日後では手遅れだった、書きとめたメモや頭…
私は用済みなのだろうか。何のために生きてきたのか、不意に考えが襲った。まだまだ動けるはずだ、頭もクリアだし、体だって負荷を掛けられる。 雇われるだけがすべての世界とは思っていない。これからは、一人で一から何もかもを作り上げてみようか。 時間は足りるだろうか、その前に予想を立てなくては。時間は、そう、最も限られてる。 決まったのか、こんなにあっさり次の予定が? つい数秒前に取り込まれそうになった不安はどこへ消えたんだ? 私は立ち上がる、几帳面に寝袋をたたんだ、丸めて空気を抜く。太ももに当てて、ぎゅぎゅっと最後まで圧縮。紐を巻いてコンパクトな筒を作り上げた。 広げる、折りたたみ、二つの動作を商品に…
「いいえ」種田は足早に通り過ぎる通行人を鈴木の背後に隠れ、やり過ごす。二人が広がって歩くには多少手狭な道幅である。駅前通りに比べてこちらの仲通りは比較的老朽化したビルが少ないものの、区画はビルの建設の最盛期、五十年ほど前の基準による。 「情報を」彼女は念を押した。コンビニが目印の交差点で二人は足を止めた。 「飛行船の当日の予約は事件前日にキャンセルされていたらしい、一週間前に予約の電話があったそうだが、キャンセルは直接、女性が山奥のあの事務所に訪ねてきたんだとさ」 「信じられる情報源でしょうか?」種田はいぶかった声で訊いた。すると鈴木は首をひねる。腕を組んだ右手の拳に丸めたにビニール袋の皺が覗…
「だろうね。それか僕らが調べることにとっさに反応して、事務所や倉庫の案内には言い出せなかったとか」 「犯人の検討がつくから、ということですね」 「店長さんの有難い見解をしたためた後に、寄ってみるとするか。嫌な予感がしてきなあ。きな臭い」 二ブロックを南下、南北を分断する片側四車線の通りに突き当たる。 信号待ち。 まだ残りは二ブロック先。 「あれっ?」鈴木が高い声を出す。額を水平に遠方を視界に収める仕草。 種田もそちらに方向とピントを合わせた、彼女の視力は両目ともに二・0である。 「人がわんさか走ってく、あれって、見えにくいけど、ブルー・ウィステリアの辺りじゃないか?」鈴木の声が高まる。 建物の…
「わざわざお礼のためだけに、来るとは思えない」私は体を起こす、寝袋のチャックを引きあける、体に震えが走った。そうはいっても、彼女を相手に身動きが取れない状態を続けるのはそれこそ命に関わる、私はしゃっきりと危険を想像することで意識を目覚めさせた。 彼女はテラスの手すりに腰を乗せる。 「二択を迫ってもいいかしら?」顔が見えない。シルエットはくっきり。目をこする。 「二択?」聞き返す。エンジン音が鳴っていたが、鳴り止んだ。最近の車らしい。電装はエンジンとは別の動力機構から力を得て動くのだろう。 「ええ、あなたが嘘を突き通すか、この場で姿をくらますか」 「くらますとは現実から、という意味ですかね?」 …
引き出された拳銃、無造作に胸元のジャケットから引き抜かれた。コンパクトな銃身は光を嫌うように反射を抑えたマットな質感だ、照度と同化。軽々、彼女は銃口を向ける。表情は窺えない。 「あなたが手を下すのか、それとも僕が自らで殺めるか、二つ目は想像できないな」 「今すぐ、とはいってません。パフォーマンス、こちらの態度を示したまで」 笑ったように見えた。うっすらと朝日が昇り始めたのか、背後の空が白みだした。 「……ブルー・ウィステリアの事件に心当たりはある?」彼女は拳銃を構えたまま、きいた。銃身がライトを吸い込み、彼女の右側面に陰影が生まれた。好奇心を押し出した目つきと片側に伸びた口元。 「私は目撃者で…
「失礼」彼女は断りを入れて端末を取り出した。「はい。……はい、起きてます。ええ、問題ありません。実行に移す段階ですが……判断は保留に。……発覚の恐れはないとは言えません。ただ、用意は整えてありますので、懸念材料は払拭できるかと、ええ、はい。わかりました。ええ、それでは、失礼します」 「なんです?」私は顔を突き出して訊ねた。もしかすると、自分の処分に関する取り決めがまさに目の前で執り行われた可能性があるからだ。 「……」彼女はおもむろに端末をしまい、拳銃も左胸に収めた。「警告は一度きりです。あまり暇な身分ではありませんので、しかも私は面倒くさがりな性格を有します。二度手間は避けたい。ですから、訪…
『おかけになった電話は電波の届かない……』 「なんだよ、スマホは繋がんないのかよ」十九階のオフィスの、窓の外は暗かった。 シンジはスマホを机の上に置くと足元…
「とりあえず 酒森は見てな…… 私が殺るから…………」 「…は…い……」 ベキィィッッ 「…」 ボキッ バキィィイッッ ゴキッ バキッ ベキィィィイッッ 「ハァ…ハァ…… 酒森…ハァ……」 「…は…い………」 「ハァ…ハァ…… あんたも…殺る?…ハァ…ハァ………」 「私…… 無理です………」 「ハァ… なんで?…ハァ…ハァ……」 「ちょっとキツ過ぎますよ…… 鯖戸先輩… 殺り過ぎですって………」 「ハァ…ハァ…」 バキィィイッッ 「ハァ…ハァ… ハハッ…… 気持ち 良いよ? ハァ…ハァ…」 「鯖戸先輩…… ………… 怖い……です………」 「………… しょーがないなあ…… それじゃあ マイルドな…
小説投稿サイトのアルファポリスにミステリー部門の24hポイントで11月中に1位獲得宣言をしましたが…… その結果は 残念ながら、28日の2位が最高でした …
「嘘?いつから?」鳥のように首を忙しなく鈴木は動かした。 「こちらが気付いてることは感知していない、と思います。喫茶店の壁際、階段を下りて左手、中央のボックス席の男女の真横のラインです。私たちよりも前に座っていたので、それほど気に留めていませんでしたが、待ち合わせにしては二人組みの会話が少なく、時間をつぶしてるような仕草、たとえば時計を気にするといった行動は見られませんでした。よって、彼らは一階のお客に用事があった、と予測されます。そして、現在私たちを追尾することで確証が得られました。S市警察中央署のどなたかであるならば、写真を撮って照合を求められませんかね?」 「大胆すぎやしないか?泳がせて…
左手のバスターミナルに続く小道そびえる時計は午後の三時二十を指していた。 「人の意見に耳を傾ける、種田にしては恐ろしく従順」対峙するなりの発言。鈴木は右手にビニール袋を下げる。おもむろに取り出す、印刷した文書は右脇に挟み、左手で肉まんを差し出した。「はい、どうせ食べる時間がないと言い出すんだったら、この際歩きながら食べてやる、これなら文句は出ないはず、だろ?」片方の眉が上がった。 「ええ、話をまとめるために四ブロックほど歩くのですから」 二人は並んでS駅を南に下る。この通りは時計台と市役所と事件現場のブルー・ウィステリアが立ち並ぶ通りだ、彼女にとっては都合がいい。一本中の駅前通りに比べると人通…