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その翌日、ヨハネは再び二人の弟子とともに立っていた。そしてイエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の子羊」と言った。二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。(35~37) ヨハネの言葉を信じた弟子が、イエスについて行くのは健全な反応である。彼らは師であるヨハネから、イエスがどなたであるかをしっかり聴いていたのだ。ヨハネはイエスに導く忠実な働きをしている。イエスの福音を聞きながら人の教えに留まり続けることは、その教師の無能を現わす。いのちは生きている限り成長を求めるものであり、それもキリストを求めることは、神に造られた者の健やかないのちの活動である。 イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳すと、先生)、ど...何を求めているのですか①(ヨハネの福音書Ⅰ章)
息子の通読箇所を交読していて、此処にある三通りの「懇願」に気付かされた。 イエスがカペナウムに入られると、一人の百人隊長がみもとに来て懇願し、「主よ、私のしもべが中風のために家で寝込んでいます。ひどく苦しんでいます」と言った。イエスは彼に「行って彼を治そう」と言われた。しかし、百人隊長は答えた。「主よ、あなた様を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒やされます。(5~8) 百人隊長はイエスさまに、しもべを癒やすおことばをくださいと懇願した。彼は自分の役職によって発せられた言葉にある権威を知っており、猶更みことばの権威が如何に価値あるものであるかは、信仰によって確信していたのである。イエスは彼の信仰をほめられ、みことばをたまわったしもべは直ちに癒...「懇願」(マタイ8章)
こんにちは! キャリアコンサルタントの江藤セツ子です。自分らしい生き方や働き方を見つけていきましょう。 先日、天海祐希さん主演の舞台「レイディマクベス」を観…