◆一過性にならぬか疑問 東洋大客員研究員・川内美彦氏
後世に残るものは
前田主筆 東京五輪・パラリンピックは良いことも悪いことも後世に刻まれます。レガシーとして期待できるものは何でしょう。
田中委員 大会開催に向けて安全安心を追求して悩んだ経験こそがレガシーではないかと思います。コロナ禍ではこれまでの当たり前が当たり前でなくなり、喜ばしいことを心から喜べず、他者に対する配慮も一段と必要になりました。多様性を社会で実現していくために、こうした経験は役立つはずです。異なる文化で育った人と知り合い、互いを理解し、尊敬しあうためには、目の前の人が大事に思う価値観は何なのか、譲れない考えや信念は何かに関心を持ち、思いをはせることが重要です。
川内委員 できないと考えていたものが実はできる、ということではないでしょうか。障害のある人は普段から「あなたはこれはできる、これはできない」と言われています。例えば、河合さんは目が見えないですが、手で点字に触れたり音を聞いたりして「読む」ことができます。私は高いところには手が届きませんが、最初から高いところにはものを置かないようにします。
つまり障害の有無に関係なく、それぞれが工夫しているわけです。一人一人のやり方の違いです。そういう違いを社会が認めないことで社会の側に「不可能」が生じるのです。社会がさまざまな異なったやり方を受け入れることができるかというのが多様性の問題です。それがコロナ禍でも浮き彫りになったと思います。例えば、コロナに感染していなくても会社に行けない状況が生まれた。可能だったものが不可能にされてしまったわけです。第1波の時、リモートワークが広がりました。社会でそういう不可能を受け入れたということです。でも、第2波でリモートは減りました。一過性で終わってしまったわけです。
前田主筆 オリパラに関してはどうでしょうか。
川内委員 オリパラも過ぎてしまえば何も残らないのではと思ってしまいます。例えば、競技場の観客席のあり方も、メインスタジアムになる国立競技場では障害者の利用しやすさに関するIPC(国際パラリンピック委員会)の基準を満たすように造られました。でも、その基準は、日本の法律に反映したわけではないので、オリパラ後に新たに造られる施設について適用されません。IPCから学んだ基準はレガシーにならなかったのです。このままではオリパラは一過性のものになってしまいます。レガシーは、きちんと残すんだという意識が必要です。その意識があったのかなというと、私の専門分野(ユニバーサルデザイン)では疑問が残ります。
◆「商業化」転換すべきだ 事業構想大学院大学学長・田中里沙氏
河合委員 例えば学校のバリアフリーに関する基準や新幹線の車いす席の増設など、オリパラを機に目に見えて改善された部分もあります。それから、学習指導要領に「オリパラ教育」が位置づけられたことも私はレガシーだと思っています。
過去のオリパラでは競技施設などハード面のレガシーが大きかったと思います。今回は、特にパラリンピックを通じて人々の心の中に残るものがレガシーになると思います。社会を作るのは一人一人の個人ですが、個人の認識を変えるきっかけになったことはレガシーです。それは世代を超えて伝承するものにしていかないといけません。
鈴木委員 海外で開かれた場合は五輪もパラリンピックも見に行くのは難しいですが、自国開催ならたくさんの世界の一流選手を見られる良い機会になります。多様性という面ではスポーツが社会の意識を変えてきた部分もあります。例えば大学駅伝の留学生。今は強豪校であれば1大学に1人以上いるのが当たり前です。19年に日本でラグビーW杯が開かれましたが、日本代表にもいろんな肌の色の人がいました。子どもたちが、いろんな国の選手が活躍する場を見られる環境が大事で、良い機会になると思います。
国籍だけでなく、パラリンピックに行くと、これだけ車いすの人をたくさん見る機会はないと思いますが、何日もいると慣れてそれが当たり前になる。小さい頃からいろんなタイプの人に触れ合うことができれば、いろいろ変わると思います。パラリンピックを通じて人々の意識やハートが変わること。それがレガシーの一つだと思います。
30年冬季開催都市
前田主筆 30年冬季五輪・パラリンピックの開催都市に札幌が立候補しています。札幌市の財政状況は決して余裕はありません。今回の東京五輪・パラリンピックも踏まえ、どう考えますか。
川内委員 もう一つ、25年に大阪・関西万博があります。スポーツではないですが、財政の問題や多様性、世界の人と交流する機会という意味で考える必要があります。まずは今回の五輪・パラリンピックをきちんと検証することが重要です。2年前は、海外から訪れる人たちのために市民が「自分たちは何ができるか」と真剣に考えていたのが、コロナ禍で海外客を入れないと決まり、どんどんしぼんでいきました。それはとても残念でした。札幌開催もいいと考えますが、身の丈にあった大会、禍根を残さない大会はどうあるべきか、検証することが重要だと思います。
田中委員 「2030年問題」というフレーズがあるように、明るいイメージが持てない状況があります。人口の3分の1が高齢者になり社会保障費も膨らみます。五輪開催の価値の一つには経済効果がありましたが、現在のビジネスモデルでは開催できる都市が限られてきます。新しい時代における五輪の姿、意義や魅力をIOCから発信してもらい、その上で開催したいという気持ちが札幌で、日本で醸成できるかが今は大切だと思います。商業化によって成長を遂げてきた五輪の歴史が転換される時に来ていると思います。
同時に、国を代表する選手の活躍は他の人の希望になります。夢、希望、勇気の源泉といった五輪の経営資源になるような要素を多様な視点で浮き彫りにして、札幌で開く場合はどうなるかを検証することが第一歩ではないかと考えます。
◆札幌招致、議論深めて スポーツ庁初代長官・鈴木大地氏
鈴木委員 札幌開催の議論を始める前に、東京大会の検証は必要だと思います。公金を使った開催にならざるを得ないので国民のコンセンサスも必要です。国民投票とまではいかないにしても、白黒はっきりつけることが必要かと思います。札幌では、開催に必要な施設の80%くらいはもうあると聞きます。スポーツ施設を無駄な投資だと考える人もいるかもしれませんが、災害時には防災施設にもなる。全体を考えながらメガイベントの招致を議論していく必要があると思います。
知花委員 WFPの活動でケニアを訪ねた時、同国出身の五輪陸上メダリスト、ポール・テルガトさんとご一緒しました。WFPの給食支援を7歳の頃から受けて学校に通い、進学して陸上を始めてメダリストになりました。ケニアではヒーローで、学校に一緒に行った時の子どもたちのまなざしが忘れられません。札幌も夢をつないでいく場所になるし、日本の子どもたちのまなざしがキラキラしたものに変わるのなら、意味あるものなんだろうと思います。日本の技術を活用しながら海外の方との交流も密になっていけば子どもたちの夢にもつながる。
河合委員 今回の大会の検証は必要です。26年には名古屋でアジアパラ大会も行われます。今回のレガシーとして実現し切れなかった課題も含め、マイルストーン(道しるべ)になるものと思います。スポーツ界では20年大会が決まり、競技力も向上してきました。30年までにクリアしなければならない課題はありますが、課題を解決していく姿を世界に示したい。日本ならではの教育、技術の継承につながっていくならば、否定するものではないと思います。
前田主筆 今後の報道について運動部長から一言。
藤野智成・運動部長 感染が収束しない中での大会開催には賛否あります。IOCや政府が唱える「安全・安心な大会」が実現しているのか注視していくとともに、委員の皆様から指摘いただいた共生社会がレガシーとして残るのか、五輪・パラリンピックの意義、本質を問い続けていきたいと思います。
東京オリンピック・パラリンピックに向け、毎日新聞は「共生」をキーワードにバリアーゼロ社会を目指すキャンペーン「ともに2020」を2016年12月に始めた。17年2月に立ち上げた「毎日ユニバーサル委員会」は5人の有識者と毎日新聞主筆を加えた6人で構成し、座談会でさまざまなテーマについて議論している。これまでに街のバリアフリーや障害者の雇用などを取り上げたほか、20年10月にはパラリンピック選手らを招き公開シンポジウムを開いた。委員からの提言を報道に生かしている。
■人物略歴
川内美彦(かわうち・よしひこ)氏
1953年生まれ。横浜国立大大学院修了。工学博士、1級建築士。工業高専在学中にスポーツ事故がもとで車いすを使用するように。
■人物略歴
田中里沙(たなか・りさ)氏
1966年生まれ。雑誌「宣伝会議」取締役編集室長などを経て2016年4月から現職。政府・行政の各種委員、コメンテーターとしても活躍。
■人物略歴
鈴木大地(すずき・だいち)氏
1967生まれ。順天堂大大学院教授、日本水泳連盟会長。88年ソウル五輪競泳男子100メートル背泳ぎ金メダル。スポーツ庁初代長官。
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