出生前検査への期待と不安 いのちに向き合う時間こそが検査の意義

浜之上はるか
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 2月18日、日本医学会から「NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」が公表されました。遺伝カウンセリングを実施する医師が解説します。アピタルコラム「おなかの中の命を見つめて」です。

 昨年、厚生労働省ワーキンググループの調査結果をふまえ、日本医学会に「出生前検査認証制度等運営委員会」が発足しました。複数回の議論を重ね、今月、出生前検査に関する新しい指針をまとめました。

 この指針には、今後、妊婦さんやパートナーに対して出生前検査に関する対応の仕方が書かれています。

 具体的には、検査を説明する際や検査を実施する際の医療体制のほか、結果によって、または必要に応じて求められる際の医療体制、検査会社に求められることなどです。

出生前検査は安心のため?

 改めて、出生前検査がどのように実施されるのが適切なのか考えてみようと思います。

 出生前検査は、おなかの赤ちゃんの病気の可能性を知ったり、診断したりすることが目的の検査です。

 妊婦健診でも、お母さんと赤ちゃんが妊娠期間を健やかに過ごせるようさまざまな検査をしますが、出生前検査というのは通常の妊婦健診とは別に行われることが多いです。

 それは、出生前検査の実際、意味について一人ひとりよく考えて頂く必要があるからです。

 わたしの病院にも毎日のように出生前検査を受けようと妊婦さんたちが受診に来ます。最近は、出生前検査の情報はあふれています。妊娠が分かってその情報を目にすれば、当然気になるものではないでしょうか?

 訪れる多くの方が、とても大事な検査だと思われています。そして、検査に大きく期待されています。出生前検査をすると安心できると――。

 大切なわが子のことを少しでも多く知っておきたいと思うのはとても自然なことなので、そんな妊婦さんたちを応援する気持ちで対応しています。

 ですが、出生前検査の前後の診療場面は、妊婦さん家族やお子さんの過ごしている毎日の中の、ごくごく限定的な場面でしかないことをいつも感じています。

 検査で分かったこととは別に、彼らにはさまざまな将来が待ち受けていて、いっときだけ関わったわたしは、そんな彼らの何らかの力になれているのだろうかと自問します。

検査への期待と現実には差が

 検査を受けて頂く前にまず、「生まれてくる赤ちゃんには3~5%の確率で病気や障害があります」とお知らせしています。

 「100%健康な子であるはずはない」と頭では分かっているのではないか、と思うのですが、それでも「健康な子でないと育てられない」と思っている方だと、少し戸惑うような表情をされることもあります。

 そして、「この時期の出生前検査ではっきり診断できるのは、赤ちゃんの染色体疾患の部分(全体の4分の1くらい)です」とお伝えします。

 「そこを知りたいんです」と思う方もいますし、「確かに一部かもしれないけど可能な範囲でできるだけ知りたいのだからこれでいいんです」という方もいます。

 一方で、「それしか分からないのか」と落胆される方もいます。

 検査の意義は人それぞれの感じ方があって良いし、正解はありません。

 ですが、お話をしていくと、「みなさんはどうしているのか?」「なぜ検査をしたいと思うのか?」「自分はなんのために検査を受けようと思っているのか?」など改めてご自身の気持ちを確認したり、問い直したりする様子が見られたりします。

 同時に、検査では分からない赤ちゃんの病気のこと、赤ちゃんの病気の有無に限らずこの先の妊娠生活やお産、その後の生活に対する不安にまで考えが及んだりします。

 当然です。

 妊婦さんの抱える不安はどこまでも広がっていきます。検査で分かることはごく一部なのですから……。

 それでも、命を育み、家族が増えるかもしれないというよろこびや望みもそれと匹敵するくらい大きいと思っていますし、それも忘れないでほしいです。

妊婦らが自ら選択できるよう後押し

 わたしは、検査を受ける方々お一人お一人がそういう時間を持つことや、その気持ちをパートナーさんと共有することこそが実は大切なのではないかと考えています。

 世間がどうとか、家族から勧められたからとか、受けた方たちの声、検査を提供する側の広告など、ぼんやりとした情報だけを頼りに何も考えずに検査を受けるのは、とても心配になります。

 なので、どの方にも明確な情報を知っていただいて、自分(たち)はどうしたいのかよく考えた末に検査を受けていただけるよう、より適切な体制を準備していければと思っています。

 さて新指針では、運営委員会が、NIPTを実施する施設を基幹施設と連携施設の2階建てにして認証することが記されています。

 これまで、NIPTの認可施設は全国に100施設ほどで、無認可施設を利用して検査を受ける方が多くいらっしゃいました。

 今後は、一定の基準を満たした施設(産科施設その他)である程度検査が可能になり、そのうえで必要に応じて連携する基幹施設での対応を求めたり精通した小児科医師に相談したりできるような体制も保証されるようになります。

 また、検査会社にも質の高い検査を提供するよう義務付けています。

 出生前検査の拡大だと批判する声もありますが、求めている妊婦さんが適切な環境で相談できて質の高い検査やその後の十分なケアを受けられるように体制を強化したのだとわたしは評価しています。

 もちろん、携わる医療者すべてが、基本的な考え方にのっとって、妊婦さんらへの丁寧な対応を順守することが前提です。

 あくまで、妊婦さんらが自律的に検査や方針を選択できるよう、中立的に関わることを大切にしてほしいと思っています。実際には、そう理想通りにはならないのかもしれませんが……。

 検査を実施する体制が適切で、自由に妊婦さんらが悩み、決断できる環境が整ったその先に、子を授かることの本質や、子や家族の将来・幸せは障害の有無だけで決まらないことが再認識されるかもしれません。

 授かったあらゆるいのちが尊ばれ、祝福され、希望のまなざしで迎え入れられることも同じように大事にされる、そんな価値観が根付いていくと良いなと思っています。(浜之上はるか)

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浜之上はるか
浜之上はるか(はまのうえ・はるか)横浜市立大学附属病院遺伝子診療科講師
2000年東海大医学部卒。横浜労災病院産婦人科、横浜市立大学附属病院遺伝子診療部助教などを経て、18年から現職。産婦人科専門医・指導医、臨床遺伝専門医・指導責任医。日本遺伝カウンセリング学会の評議員・倫理問題検討委員を務める。