宮中に仕えた和歌の家 京都・冷泉家の後継者に決まった野村渚さん
京都御所(京都市)の周りには、江戸時代まで公家町が形成されていた。近衛家、九条家、二条家……。明治初め、天皇とともに多くの公家が東京へと移るなか、冷泉(れいぜい)家は「留守居役」として京都に残った。今も変わらず、京都御所の北にある。
18世紀末に再建された現存最古の公家住宅(国重要文化財)だが、幼い頃は「おばあちゃんち」。ここでのあいさつは「ごきげんよう」だと母に言われて育った。
今年3月、冷泉家の後継者に決まった野村渚さん(42)には、そんな思い出が残る。現在の25代当主の冷泉為人(ためひと)さん(79)と妻の貴実子さん(75)のめいで、先代の故・為任(ためとう)さんの孫にあたる。
冷泉家は、平安末期から鎌倉初期に活躍した歌人、藤原俊成(しゅんぜい)・定家(ていか)父子を遠祖とする「和歌の家」だ。江戸時代まで、和歌を家業として宮廷に仕えた。
「古典を専門に学んだ姉やいとこではなく、私が跡継ぎになるのは不思議な運命です」
冷泉家には国宝の古今和歌集や藤原定家の日記「明月記」をはじめ多くの文書類が伝わります。後世に残すにはどうしたらいいか。野村さんが語ります。
小学生のときにあった定家の…